ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
弁当屋のお姉さん
「おはようございまーす」
私の名は白尾結。二十代半ばの、しがないフリーターだ。
いや、大学を出てから数年、千葉駅から少し離れた場所に佇む弁当屋の店員として一日中働いているので、フリーターというよりはもう『弁当屋の店員』と自称したほうが良いかもしれない。なんなら、私が考案した弁当を販売もしているくらいだ。
いつまでもこんなふらふらした立場ではなく、店の旦那さんの言うように正社員として迎え入れてもらった方がいいのかもしれないが、なかなかその決断に踏ん切りがつかないのが、私の悩みの種だ。
とにかく、私はこの日も通勤ラッシュのサラリーマン諸君に逆流するように道を行き、早朝から仕込み作業を行っている職場の弁当屋へと足を運ぶ。
従業員用の扉から挨拶とともに入ると、弁当屋のおかみさんが本日の惣菜の下ごしらえをしているところだった。旦那さんは奥で大鍋につきっきりのようだ。この店の夫婦は既に熟年で跡継ぎもいないため、私は最近、店の夫婦の娘だと思われている節がある。
「おはよう結ちゃん。そろそろ冷えてきたでしょ、外寒くなかった?」
「朝方はもう息が白くなってますね。日が昇ればまだそれ程じゃないんですけど」
「ちょっと前まで残暑が続いてたのに、寒くなるのはすぐだねえ。食欲の秋があっという間に過ぎてっちゃうよ」
おかみさんは室内に入ってきた私の頬が寒気で火照っているのを見て、外の気温を察したようだ。
今年は十月の上旬まで夏日が続き、「秋はまだこないのか」等と言われていたのだが、寒くなるのは本当にあっという間である。気付けばすでに晩秋だ。
私はおかみさんと挨拶を交わしてから、奥で手を洗い、調理服に着替え終えると調理場へと入る。
「私、秋のお弁当が一番好きなんですけどね。こう秋が短いと、なんだか寂しいですね」
「そうそう、秋の味覚は今だけだからねえ。じゃあ今日も元気に秋のお弁当を作っていこうか」
「おっ、今日はそっちの釜は栗ご飯ですか? いいですね、秋らしくて」
調理場には、今日も様々な惣菜の香りが漂っている。定番の揚げ物の香り、煮物の香り、まさに今コトコトと音を立てている大鍋から漂う秋の香り。
そして、その中でも特に鼻孔を刺激するのは――。
「なるほど、今日はタンドリーチキンですか?」
「あら、よくわかったね。とうとう香りだけで弁当の種類が分かるようになってきたねえ」
「うーん、まだまだ半分以上は勘ですけどね」
「それじゃ、モモちゃんのレベルにはまだまだ遠いねえ」
ここの弁当屋は、毎日何かしらの『カレー味』の弁当が存在するのが特徴だ。
厳密にはタンドリーチキンはカレーとは言わないかもしれないが、何にせよ、スパイスの風味を活かした弁当が常に存在しており、それがなかなか好評なのだ。
私がこの店で働き出した当初は、決してそんなことはなかった。
ならば、何故そんなことになったのか。それは全て、たった今話題に出てきた『モモちゃん』という少女の影響である。
「あの子は、カレーの伝道師みたいなところがありますからね」
「お陰で、うちの弁当の評判も上々だよ。本当に、感謝してもしきれないねえ」
モモちゃんというのは、お昼時になるとやってくる、この弁当屋の常連の少女である。
最初にやってきたのは二年ほど前だろうか。見た目はまだまだ小学生のようであり、頻繁に昼食を買いに来るのを見て、最初は私たちも『ワケアリ』な子供かと心配していたものだ。しかし驚いたことに、実はあの見た目ですでに社会人として働いているらしい。
それはそれで、モモちゃんはやはり『ワケアリ』な子なのかもしれないが、さすがに私たちがそれ以上考えるべきではない。私はあくまで顔なじみの店員であり、彼女は常連のお客さんでしかない。
「モモちゃん、今日は来ますかね」
「今日のタンドリーチキンは自信作だから、モモちゃんにも食べて貰いたいねえ」
この店にはお弁当の感想や意見を募るためのお客様アンケート用紙というのが存在する。
もっとも、わざわざアンケートを書き込む客など滅多にいなかったのだが、ある日、そこに颯爽と現れたのがモモちゃんだ。彼女はアンケート用紙に真面目に意見を書き込んでくれるのだ。
もっとも、内容は少々偏り気味である。やれ最初は『カレーのお弁当が欲しいです』から始まり、じきに、この惣菜にはあのカレー粉が似合うと思います、このスパイスを少し混ぜてはどうでしょうか、そして挙げ句は自作のスパイスの配合レシピまで丁寧に書き込んでくれる始末だ。カレーかスパイスのことしか書いていない。
しかし、せっかくの意見だからと軽い気持ちでその通りに作ってみたところ、それが大ヒット。更には、漂うスパイスの香りが新たな客を呼び込み始めたらしく、それ以降の店全体の売り上げが明らかに上がっている。
まさに、モモちゃんはカレーの伝道師なのだった。
そして昼食時。私が店先に出ていると、そこには長い三つ編みにツナギ姿の、とても可愛らしい少女の姿があった。彼女こそは我らがカレーの伝道師、モモちゃんだ。
今日は彼女の同僚兼、保護者役の『ワカさん』も一緒である。ワカさんは私と同年代か、下手をすれば年下の女性だとは思うのだが、私より圧倒的に大人の雰囲気を持った女性だ。
いったいどういう育ちをすればこのような貫禄を持てるようになるのだろうか。実に羨ましいものだ。
「こんにちは、白尾さん。今日は……くんくん、わかった、タンドリーチキンだ!」
「桃ちゃん、相変わらず早いですねー」
余談だが、『モモちゃん』という名前は、このワカさんがそう呼んでいるから私たちも覚えただけであり、本名は知らなかったりする。
一方で私は名札をつけているため、名を知られている。なんだか不公平な気がするが、そればかりは仕方がないことだろう。
「タンドリーチキン、大正解です。どうしますか? 今日はタンドリー弁当にしますか?」
「お願いします! あ、でもそれとは別に、サラダもお願いします。今日はレタスで」
「はい、タンドリー弁当とレタスサラダですね」
モモちゃんは、毎回注文が早い。
うちの店は毎日変わる弁当のレパートリーの豊富さが売りなのだが、なにせ彼女は弁当の種類を見るまでもなく、その謎の嗅覚でカレー味の弁当を探し当ててしまうのだ。彼女が悩むとすれば、合わせて購入するサラダをどれにするか、くらいだろう。
「お姉さんのほうはどうします?」
「私は今日は、秋らしいのが嬉しいですねー」
「和歌さん、栗ご飯のお弁当がありますよ、栗ご飯と鮭です」
「あら、いいですねー。じゃあ、私はそちらの秋の栗ご飯弁当にしましょうか」
そして、お姉さんのワカさんの注文は、特製の栗ご飯弁当だ。
彼女は店に来てから弁当を選ぶタイプだが――というか、弁当を見ずに選ぶのはモモちゃんくらいだが――いつもながら、あっさりと即決してしまう。
判断力に優れているのか、あるいは思い切りが良いのか。なんにせよ、所々に謎の『凄み』を感じる女性である。同年代だというのに、一体どういう経験をしたらその凄みを身につけられるのだろうか。実に謎の多いお客さんだ。
「それと、親方さんと所長さんのお弁当はどうしましょうかー」
「あはは、『なんでもいい』っていうのが一番困っちゃうんですよね」
そして、どうやら今日は、職場の人たちの弁当も頼まれているようだ。
自分の分ならば即決してしまう二人だけれど、さすがに他人に頼まれたものとなるとある程度は相談の時間が発生する。二人で本日の弁当を眺めながら、あれにするかこれにするかと考え込んでいる。
ちょうど良いので、ふと、私は二人に声をかけてみた。
さすがにこの二人は既に顔もよく知った仲の常連なので、最近では弁当についてあれこれと意見を聞いたりすることもあるのだ。
「そういえば、おにぎりの新しいのを最近考えているんですよ」
「カレーおにぎりですか?」
モモちゃんの反応がやたら早い。しかし惜しい。
「それが、カレーおにぎりっぽいんですけど、カレーおにぎりじゃないんですよね」
「あら、謎かけみたいなおにぎりですねー」
「あはは、実はですね。遠野ダンジョンで有名な『座敷童子おにぎり』を試行錯誤してるんです。山椒味噌と、風味の強い薬草――の代わりに、いくつかの香草で試してるんですが、なんだかカレーっぽくなっちゃったんですよね」
「へ、へー……」
「あら、あら。カレーっぽい『座敷童子おにぎり』ですか。それはそれは、面白いおにぎりですねー」
千葉には房総ダンジョンがあるので、この近辺にももしかしたら実は探索者だというような人たちがいるのかもしれないが――この『座敷童子おにぎり』というのは、遠野ダンジョンの座敷童子が遭難した探索者たちに出してくれたおにぎりとして、おにぎり界隈では有名な代物なのだ。
しかし、それを実際に食べたのはあくまでその探索者グループのみであり、私たち一般市民に伝わるのはその漠然としたイメージだけだ。山椒と味噌。それに、風味の強い薬草が混ざっていた、らしい。情報としてはそれだけで、実際のところは分からない。
なので、レシピサイトでは『座敷童子おにぎり』という名称で、様々な人が考案した山椒味噌おにぎりが掲載されている。
モモちゃんとワカさんも、座敷童子おにぎりの話くらいは聞いたことがあるのかもしれない。
反応は……モモちゃんのほうはなんだか視線があちこちに彷徨う不思議な反応を見せているが、ワカさんはにこにこと笑顔を浮かべている。
「今度、きちんと納得いく配合が作れたらお店でも出す予定なので、その時はどうぞ食べてみてくださいね」
「は、はい! 責任を持って、食べに来ます!」
「桃ちゃん、落ち着いてください。桃ちゃんには何の責任もありませんからねー?」
「で、でもぉ……」
モモちゃんは何故だか、緊張した様子で返事をくれた。責任を持つらしいが、何の話やらさっぱりだ。
私が一方的に話題に出したおにぎりに、モモちゃんが責任を持つ必要など一ミリたりともないのだけれど……まあ、モモちゃんにも色々とあるのだろう。
そこで、ふと私は思い出す。そういえば、遠野の座敷童子は『萌々子ちゃん』と言うのだったか。名前も似ている。
なんとなく、目の前のモモちゃんが座敷童子っぽく見えてくる。この子は実際にこの店に運気を運んでくれたので、あながち間違いではないかもしれない。
モモちゃんって座敷童子みたいですね――などと。さすがにお客さんに対して言う言葉ではないので口をつぐむけれど。でも、私のイメージする遠野の座敷童子の姿は、この会話をきっかけに「モモちゃんを小さくしたような着物の女の子」に固定された。
なお、最終的に、モモちゃんたちは『ドワーフハンバーグ弁当』を職場の人たちの弁当として選択し。
二人仲良く、弁当を持って職場へと戻っていった。
「座敷童子が常連でやってくる弁当屋……ふふっ、いいかも」
あとで、おかみさんにもこの話をしてみようかな。
私は、道の先で揺れていた大きな三つ編みを思い出しながら。寒さと暖かさが同居するような、秋の午後を迎えるのだった。