ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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龍宮職員

 時刻は夜の十九時。

 龍宮ダンジョンギルドのロビーに隣接する喫茶店はまもなく閉店時間だが、この時間ならぎりぎりまだ間に合うことを俺は知っている。

 食堂で夕食を食べる職員たちとともに『朝食』を食べ終えると、喫茶店が開いているうちに食後のコーヒーを飲むため、俺は足早に喫茶店へと移動した。

 喫茶店には、我らが女神がいるはずだ。

 果たして、今日の女神様はどういうお姿をしているだろうか。毎日変わるその姿は、なんだかんだで面白い。

 俺がそう考えたところで、廊下の先には喫茶店の看板が見えてきたので、俺は駆け込むようにその店内へと入っていく。

 

「ローラさん、まだ空いてる?」

 

「オッケーよ。注文はどうするの? ニャン♪」

 

 そこには、猫がいた。

 いや、猫とはいっても実際の猫ではない。あくまで猫耳と猫しっぽをつけた女性――いわゆるコスプレイヤーだ。チェシャ猫のようなコスプレ姿に身を包んだウェイトレスが、喫茶店のカウンター内でくつろいでいた。

 彼女の名は阿瀬ローラ。テレビドラマにも出演を果たし、今ではこの龍宮ダンジョンギルドの名物となっている、この喫茶店の美しすぎる看板娘だ。

 店内には俺以外の客も二人ほどいるが、彼らは既に食事を終えているようだ。

 

「今日は猫なんだな。じゃあ、アメリカン……いや、めちゃ濃いやつ、エスプレッソをお願い」

 

「了解よ。今日はこれから夜勤かしら? ニャン♪」

 

「ああ、今週いっぱいは俺が夜間守衛だから、よろしくね。あ、あと夜食用に持って行けるサンドイッチセットも頼める?」

 

「ニャン♪ 了解だニャン♪」

 

 俺の注文を聞いた猫――ローラさんは、早速店の奥へ行き、エスプレッソマシンを起動する。

 サンドイッチも頼んだのでもう少し時間がかかるだろうと踏んで、俺は座席にどっしりと座ると大きく背を反らせて伸びをした。

 

 このギルドが管理している龍宮ダンジョンは、日本でも数少ない完全なる離島のダンジョンだ。ダンジョンそのものは規模が小さく、ここを訪れる探索者たちは特殊な場合を除けば大体が日帰りだ。そもそもこの小さな離島には、探索者用の宿泊施設など用意されていないのだ。

 なので本来ならば、夜間に訪れる探索者というのはいないはずだが、それでもダンジョンはダンジョンだ。入り口の守衛小屋は、持ち回りで二十四時間体制を保つ必要があるらしい。

 そして今週の夜間の守衛担当が、俺である。

 皆が夕食を食べている中で俺は朝食を食べ、閉店準備をしている喫茶店では、夜警に向けて目覚めのカフェインを取り入れている。

 

「まずはエスプレッソ、おまたせニャン♪」

 

「ん、ありがとさん」

 

 そして、もう一つ。目覚めの目の保養が、この化け物じみた美しさのウェイトレスだ。

 絵画から飛び出てきたかのような美しいブロンドの長い髪に、宝石のような蒼い瞳。あまりにコテコテな説明しか出来ないが、そんな人物がここに実在するのだから仕方がない。

 今でこそギルド職員達も彼女の特異性に慣れてきているが、彼女がこの島にやってきた当初は、職員達がざわついた。

 特に、俺も含めた男性職員にとっては大事件だったのを、今でも覚えている。

 

 そう、あの時は――。

 

 

 

『おいおい、大丈夫か?』

 

『あんな美人がこの島に……? うお、ヤベえな、みんな喫茶店に居着くようになるんじゃないか?』

 

『なんでコスプレしてるんだ?』

 

 今でも思い出す。軽い紹介を受け、彼女が去ったあとの室内のざわめき。

 

『あー、男性職員は変なことを考えないように。互いに互いを監視しておけよ』

 

 そして、男連中の反応を予想していたのだろう、事務的に職員達に注意を述べるギルド長。

 俺もあの当時は「これから彼女を中心に嵐がくるぞ」と思っていたものだ。あれだけ美しい女性ならば、多くの男性職員が心を奪われてしまうのだろう、と。場合によっては事件に発展するかもしれないな、と。

 

 しかし、現実とは奇妙なものである。

 意外にも彼女を取り巻く状況は凪のように静かで、彼女を狙う男というのは、一人たりとも出てこなかったのだ。

 

 

 

「そういえば、須内さんと桂さんがようやくゴールインしたのよね? あの二人、たまに一緒にここにきて、いい雰囲気だったのよ。ニャン♪」

 

 俺がそんなことを考えているとは知りもしない彼女の声に、俺は我に返る。どうやらサンドイッチの包みを持ってきてくれたようだ。

 そしてさすがにもう、この時間から新しい客は来ないと判断したのだろう。入り口に閉店の看板をたて、彼女も堂々と座席に腰を下ろし寛いでいる。

 普通の喫茶店でこの態度をとっていたら問題だろうが、良くも悪くもこの場所にはギルドの身内しかいないため、営業時間外はほどほどにアットホームな空気が許されている。

 そんな、寛ぐ彼女が持ち出した話題は、ここのギルド職員同士の結婚話だった。

 

「ああ、聞いたよ。最近は職場結婚が増えすぎて、人事担当が頭抱えてるらしいけどね」

 

「龍宮ダンジョンは結婚率が高いから、異動希望者が妙に増えたって、部長さんがぼやいてたわよ。ニャン♪」

 

「喫茶店であの人はなにをぼやいてるんだ……」

 

 職場結婚が増えた。それは間違いなく、事実である。

 ここ龍宮礁は、ダンジョン以外は何もない島だ。娯楽はこの喫茶店か、視聴覚ルームで定期的に開催される映画鑑賞、そして時折有志が開催するバーベキュー大会、あとは各自が室内にゲーム機を持ち込んでいる程度だろう。

 人によっては苦痛にも思えるこの何もない職場だが、いつの間にか『龍宮礁で働くと結婚できる』という噂の舞台となっていた。

 

「星空の島で紡がれる運命の出会い、素敵だわ。この龍宮礁の美しい環境が、皆を祝福してくれてるのね。ニャン♪」

 

「祝福……か。もしかしたら、恋愛成就の女神様がいるのかもしれないな」

 

「もしかしたら、ニライカナイの神様かしら? ニャン♪」

 

 そんな話をしつつも。

 俺は、知っている。いや、俺だけではなく、既に察している職員は少なくないだろう。

 この島における、恋愛成就の女神の存在を。

 

 人は、美しいものに惹かれる。それは、当然だろう。

 だが、どれだけ壮大で美しいとしても。プライベートルームにまで、ミケランジェロやダ・ヴィンチの巨大で荘厳な絵画を飾りたいという人は、あまりいないと思う。少なくとも俺は、『最後の審判』よりは『雑誌の付録の猫写真』のほうが落ち着くのだ。俺のプライベートに、ミケランジェロはとてもではないが釣り合わない。

 つまり、彼女はその『壮大で美しすぎる絵画』なのだ。

 初めのうちはその美しさに惹かれたけれど、彼女の美しさは――怖い。正直に言うならば、時に畏怖すら感じるのだ。

 

 その畏怖に晒された俺らは、自分を本当に安心させてくれる『普通の女性』を求めるようになる。その結果が、職場結婚率として出ているわけだ。

 なので、このウェイトレスがこの龍宮礁における恋愛成就の女神だというのは、あながち間違ってはいない。

 

「ごちそうさま。ローラさんは夜にダンジョンに入るの?」

 

「もちろんよ♪ 夜勤の守衛さん、がんばってね、ニャン♪」

 

 俺は仕事前のエスプレッソを飲み干して。

 施設のガラス戸を押し開け、外に出る。この綺麗な空気と美しい星空をいつでも見られるというのは、役得だ。

 そして俺は、ダンジョン入り口に立てられた本日の職場、守衛室へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

「交代でーす」

 

「おう、じゃあ頼むわー」

 

 ノックとともに守衛室の扉をあけて、この時間までダンジョンを見張っていた同僚と会話を交わす。

 同僚は本を読んで時間を潰していたらしく、なんだか守衛室にはそぐわないライトノベルが置いてある。こいつ、こういうのが趣味だったのか?

 俺もあとで暇な時間にでも読ませてもらうことにするか。

 

「今は何人入ってます?」

 

「探索者はゼロ。鉱石の業者だとかも今日は来てないな。夕方頃からお婆さんが外で迷ってるけど、ローラちゃんは今日は?」

 

「猫コスです。あとで中に入るって行ってました」

 

「そっか、じゃあ案内は大丈夫そうだな」

 

「そっすね……はは」

 

 入れ違いに、いつものように簡単な申し送りだ。

 基本的に、探索者や業者の出入りは、口頭ではなくデータを見た方が確実なので、わざわざ深く聞く必要は無い。

 ただ、データに残らない情報はこのタイミングで聞いておかねば、あとあと面倒臭いことになるのだ。それこそ――外で迷っているお婆さん、だとかは。

 もっとも、今日は『ローラさんがダンジョンに入る日』なので、お婆さんは大丈夫だろう。

 

「ははは……はぁ。塩なめて、酒飲んで寝るわ」

 

「え、なんすかその塩」

 

「俺の故郷のダンジョンの塩。お守りみたいなもんだよ。んじゃ、お疲れさん」

 

「あ、はい。お疲れっした」

 

 なんだかよく分からないが、塩を舐めながら同僚はギルド社屋へと戻っていった。

 しかし、塩か。よく魔除けに使われるイメージがあるが、この場所だとどうなんだろうか。俺は考える。

 

 

 

「ふう……」

 

 守衛室は、暇である。

 もっとも、仕事がないわけではない。そもそも持ち回りで夜勤にあてられているものの、俺の所属部署は別にあるため、守衛室でそちらの仕事を進めることも可能なのだ。

 だが、それにしても、だ。人の出入りのないダンジョンの守衛というのは、なんとも不可解な仕事だと思う。

 

「あー、あれかあ……」

 

 1時間ほど経っただろうか。先の同僚の言っていたお婆さんの姿が見えた。

 お婆さんは、龍宮礁の島の芝生の上を、ゆっくりと歩いている。しかしその姿は、行き先に迷っているようにも思えた。

 この龍宮ダンジョンには言い伝えがあるのだ。ここは、常世の国――ニライカナイへの入り口だ、と。

 

 そして、信じる信じないは別として。

 この守衛室の窓からは、ときおり。これからニライカナイへと旅立つ人たちの姿が見えるのだ。

 

「俺も、いつかはここに来ることになるのかなあ」

 

 お婆さんは、未だに外を歩いている。

 きっと、いつかはこの洞窟の存在に気付くだろう。彼ら彼女らがどこに向かうのかは分からないが、このダンジョンは彼らが向かうべき場所に通じているのだろう。

 それはきっと、俺が生きているうちは知ることのない場所なのだと思う。

 未だに外をうろついているお婆さんの様子を眺めながら、俺はつい、そのようなことを考えてしまう。

 

「ニャン♪」

 

 そのときだ。

 

 そんなしんみりとした気持ちを吹き飛ばすような、猫の声が聞こえた。いや、正しく言えばあれは猫ではない。猫のコスプレ姿の、阿瀬ローラの声だ。

 これが、彼女の特殊な趣味である。彼女は毎晩のように、喫茶店を片付けたあとは、屋外、あるいはダンジョン内で、自前のコスプレ撮影会を繰り広げているのだ。

 

「やっぱり猫ちゃんは基本よね、ニャン♪」

 

 パシャ、パシャ、とカメラのシャッター音が聞こえる。

 彼女は自分でカメラをセッティングし、遠隔で最高の画角で自分を撮り続けるという、謎の技術の持ち主だ。

 

「今から龍宮ダンジョンに入って、撮影場所に向かうわね、ニャン♪」

 

 どうやら今は配信中なのだろう。時折独り言のように呟いている。

 夜の離島だというのに、まるで彼女の周囲だけが、煌めき、別空間のように色がついていた。

 彼女は、一人で撮影会を行っている。カメラマンはいない。

 そんな彼女の姿を見ているのは、俺と、ネット越しの視聴者たちと――先ほどまで道に迷っていた、お婆さんだけだ。

 

「ローラさん、今日も相変わらずだね。ちゃんと武器は持ってる?」

 

「ええ、もちろん。でも、何かあったら救助要請を押すから駆けつけてくれるのよね? ニャン」

 

「まあ、何もないのが一番だけどね。行ってらっしゃい」

 

 簡単な受け付けを済ませ、いつものようにダンジョンへと潜っていくローラさんを見つめる。

 そして。

 まるでローラさんの光に引き寄せられたかのように、迷っていたお婆さんもまた、ローラさんと共に龍宮ダンジョンへ――ニライカナイへと、旅立っていった。

 

 

 

「ニライカナイ……か」

 

 そして、再び守衛室には何もない時間が戻ってくる。

 もう、外を迷っていたお婆さんもいない。もしかしたら先ほどのお婆さんと同じような存在が夜間にまた増えるかもしれないが、あの人たちの案内は俺ら守衛の役目ではない。というか、関わってはいけない、と口酸っぱく言われているので、見つけたとしても何もしてはならない。

 あの人たちを導きたければ、自然のままに任せるか、あるいは――。

 

「ローラさんには、この場所での仕事は天職だったのかもな」

 

 あまりの眩しさに、生きている俺たちには畏怖を与え。

 そして、行き先に迷う人々には、光を与え。

 意図せずとも、彼女はたくさんの人々を導いているのだ。

 

 龍宮ダンジョンと、喫茶店のウェイトレス。

 その不思議な関係性について考えながら。

 再び暇になった俺は、守衛室に置かれたままの、誰かが持ち込んだ『人魚の姫はボコらない!』なるライトノベルに、手を伸ばすのだった。

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