ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「うげぇ……む、無理です……」
「お、でも十五分は動けたじゃないか。よく頑張ったな」
「でも、十五分て……俺、情けない……」
頭の中がグルグルする。
俺は、こともあろうにダンジョンの中で立っていられなくなり、無防備に倒れ込んだ。
周囲には、白い結晶で作られたような鉱石の洞窟が広がっている。地面も白い結晶だ。
大きく深呼吸すると、俺の呼吸は白い湯気となる。ここは非常に気温の低いダンジョンで、倒れ込んだ地面も氷のようにひんやりとしていた。
「普通の探索者じゃ五分もいられないんだから十分だ。よし、みんな今日はいったん戻ろう」
そして、倒れ込んでいるのは俺だけだが、周囲にいる仲間たちもみな、足下がふらついており、限界が近い様子だった。
唯一元気に全員に指示を出しているのは、俺の所属するパーティ『深援隊』の幹部であるサカモトさんだ。
全身を黄金の西洋甲冑で覆った彼は、死屍累累のこの環境でも一人だけ元気でぴんぴんとしている。化け物か。
「おーい、立てるかー?」
「すみません……無理です……」
「そうか。じゃ、俺が運んでやるからな」
この人は、今回の『引率役』だった。
自分で言うのは非常に恥ずかしい話なのだが、俺を含めた深援隊メンバーの大半は、この蔵王ダンジョン第二層にて『トレーニング』の真っ最中である。
高ランクパーティとして日本各地のダンジョンで戦ってきた俺たちが、この第二層ではあっという間に動けなくなるのだ。情けないやらなにやらだ。
なので、このダンジョンが未だ世間に広く公開されていないことをいいことに。この第二層では、深援隊メンバーの修行が行われているのだ。
そして俺は、その修行を十五分こなした段階でグロッキーになり、黄金鎧のサカモトさんに運ばれようとしているところだ。
「よし、持ち上げるから力抜けよー? よいしょっと」
「はい、すみませ――痛ててて! ちょ、鎧のカドが……! 刺さる、刺さります!」
「なんだよ、元気じゃん。じゃあ歩こうか」
「うげぇ……」
サカモトさんに、ぽいっと放り出された。鬼畜すぎるだろ。
この人、基本的には気のいい兄貴分って感じなんだけど、結構やり方が雑なんだよなあ。あといびきが酷いのと、何かと女児向けアニメの話をしてくるので困る。
この人、推してるキャラが妹タイプばっかりなんだよ。そういうところは趣味が合わない。年上キャラの良さがわかっていないんだ、この人は。
……と、まあ。
どうでもいい雑念で気を紛らわせながら、俺はどうにか、ぶるぶる震える四肢を動かして。
生まれたての子鹿のように立ち上がり、ふらふらと。出口へ向けて、歩き出すのだった。
「お帰りなさい。大丈夫ですか?」
「あ、クヌギさん、すみません。まだ足がふらついて……」
死ぬ気で第一層も抜けて外に出れば、ある程度は体調が回復する。けれど、まだ足元はふらつき、油断をすれば倒れてしまいそうになる。
なので、ダンジョンを出てすぐの地面にへたり込み休憩していたのだが、そこに声をかけてくれたのはここのダンジョンの管理人こと、クヌギさんだ。
クヌギさんは、昨年末に突然、深援隊の協力者として加入することになった訳ありの人だ。でも、謎だらけの人ではあるけれど、人当たりは穏やかであり、魔法やダンジョンについての知識が豊富だった。
「ふむ。魔力酔いがまだ続いてますね。一度……そこに仰向けになれますか?」
「え、見ただけでそんなのわかるんですか?」
俺は、言われるがままに地面に横になる。視界がチカチカし、俺を見下ろすクヌギさんの後ろに白い光が見える。
なんだかもう思考が回らないが、クヌギさんは信頼できる人なので言うとおりにして間違いはない。
「大きく呼吸をしながら、目を閉じてください」
「あ、はい……」
そして、俺は目をつむって深呼吸を繰り返す。目をつむっていると、世界がグルグル回っているような感覚に襲われる。
これがきっと、魔力酔いが続いている、ということなのかもしれない。
「ここが右手です。魔力を通してください」
クヌギさんが、俺の右手の指先に触れる。
意識して、そこに魔力を集中させる。
「次に左手。同じように魔力を通してください」
同じく、左手の先に魔力を集中させる。
その後クヌギさんは、右足と左足にも同じことをしていき、俺は言われるがままに、右足の先っぽ、左足の先っぽに魔力を集中していく。
以前の俺ならば、手足の先にだけ魔力を集中させるなど意味不明な真似は出来なかっただろう。だが、今日はクヌギさんがサポートしてくれているからか、なんだか自然に魔力を集中させることができた。
「あ……楽になってきたかも」
クヌギさんは、同じように丹田や鳩尾、額に触れていき、俺はその通りに魔力を意識していく。
すると、気づけば先ほどまではぐるぐると世界が揺らいでいたはずなのに、その不快な感覚がほとんど無くなっている。
「すげえ、本当に楽になってきた……!」
「もう目を開いて良いですよ。体内でぐちゃぐちゃになっていた魔力の配分を、今ので一度リセットしましたから」
魔力酔いの治し方など今まで聞いたことはなかったけれど、こんなあっさりと身体が整うだなんて考えもしなかった。
この治療法は、世にもっと広めるべきだろう。
さすがはクヌギさんだ。優しげな丸眼鏡に、俺が女の子だったら惚れてしまいそうだ。
なお、後から気づいた話だが、そもそも任意のポイントに魔力を集中させる魔力操作など、一般の探索者に期待できる技術ではない。
なので、今の治療法を一般に広めたところで、全く役には立たないのだった。
「人間の身ではあの第二層は少々酷かもしれませんが、あなたは深援隊に選ばれるだけの素質がありますからね。きっと大丈夫ですよ」
「はは、そう言ってくれると嬉しいですね」
俺らがいま、修行の場として使っている蔵王ダンジョンは、かなり特殊なダンジョンだ。
というのも、ここは非常に『魔力が濃い』ダンジョンなのだ。
それこそ俺のように魔法を使うタイプの探索者は、その魔法の効果が明らかに上昇しているのがわかる。決して自分が強くなったわけではないが、自分の放つ魔法が劇的な威力を見せるので、魔法使いとしては感動ものだ。
だが、それは決して良いことばかりではない。
これまた有識者の言葉をそのまま借りているだけなのだが、魔力が濃すぎるため、きちんと自分で魔力を制御しなければ、魔力に振り回されてしまうのだそうだ。
それが先ほどの、立っていられないほどの魔力酔いである。
「魔法使いタイプの方は魔力を豊富に持っている反面、武器や四肢に魔力を込めて臨機応変に戦う近接職の方々と比べて、魔力操作に不慣れな場合が多いんです」
「なるほど。魔法使いの方が操作はうまいイメージでしたけど、逆なんですね……」
「ええ。それに、魔力酔いがひどいのは、それだけ身体を廻る魔力が多いということですから。自信を持ってくださいね」
「んふふ♪ クヌギの言うとおりね♪」
サカモトさんやオウカさんも同じようなことを言っていたが、クヌギさんの説明が一番わかりやすい。
サカモトさんもオウカさんもいい人たちなんだけどさ、基本的に雑なんだよ。特に、お酒を飲んだあとのオウカさんはヤバい。言動がダメな人になる。
まああれはあれで、俺としてはかなり高得点なんだけど……いや、それはいいとして。
気づけば、体調はすっかりと良くなっていたので、俺はクヌギさんに礼をいいながら立ち上がる。クヌギさんの背後に白い光が見えた気がするが、俺は大丈夫だ。空耳が聞こえた気もするが、俺は大丈夫だ。
「来年になれば、ここも一つのダンジョンとして開かれますからね。第二層で動ける人員がいれば、それだけ多くの事故を防げます」
「はい。俺、がんばります……! 一番の下っ端ですけど、せめて先輩方に置いていかれないようにしないと!」
「深援隊としては、私が一番下っ端ですけどね」
「クヌギさんが一番下っ端だったら、俺の立場がなくなるのでやめてくださいよ」
加入順ではクヌギさんは一番の新人だが、こんな飛び抜けた才覚を持つ下っ端がいてたまるか。
なんなら、クヌギさんは実は人間じゃないんじゃないか、なんて噂もあるくらいなのだ。さすがに失礼だし、本人の前でそんな話はしないけどさ。
そんな話をしながら歩いていると、クヌギさんが唐突に、別な話題を口にする。
「ああ、そういえば、深援隊に新人が増えるかもしれないようですよ?」
「え、そうなんですか?!」
「ちょっとしたワケアリらしいですけれどね」
「はあ……」
どうやら、副隊長のオウカさんが知り合った、ワケアリの人材絡みなのだという。
オウカさんは回復術のエキスパートだ。そしてその上で、彼女は地上では医者としての免許も持っている。つまり、世にも珍しい、マジモンの医療知識を持つ回復術のエキスパートなのだ。
そんな彼女は、時折依頼をうけては各地のギルド提携の病院を飛び回っている。かく言うクヌギさんも、そういった特殊な怪我の治療としてこの窪地に滞在しているという話だ。
「その相手が加入するのか、あるいはその身内なのかはわかりませんが。もしかしたらあなたもいよいよ、先輩になるのかもしれませんね」
「俺が、先輩か……」
「んふふ♪ 頑張ってね♪」
空耳が聞こえる。
クヌギさんの周囲に、白い光が飛んでいる気がする。
そこで俺は、思い出した。
――ウワバミ様と出会っても、気付かないフリをせにゃならんよ? 逃げちまうからね。
地元のお婆さんから、アドバイスをもらっていたのだ。
その時は半信半疑だったけれど、村の人たちがみんなで頷いていたじゃないか。ウワバミ様が、この『桃の窪地』で皆を見守ってくれているんだ、と。
きっと、俺の視界に映るこの白い光が――いや、小さな黄金の光を放つ美少女が、ウワバミ様なのだ。
……めちゃ可愛い。
「どうしましたか?」
「い、いえ……」
クヌギさんは、先ほどからの空耳に反応する素振りがない。
きっと、クヌギさんには見えていないのだろう。
だから、俺も『何も見えていない』フリをしなければいけない。俺が気付いてしまったのを知られて、村の人たちの大切な守り神が逃げてしまったら一大事だ。
ああ、でも可愛い。……いや、俺は年上派だったのに、あんな小さな神様を見て何を考えているんだ!
「まだ魔力酔いですか? 先ほどから、視線があちこちさまよっていますが……」
「いえ、いえ、なん、なん、なななんでもありません!」
「……ならいいんですが。今日はもう、ゆっくりと休んだ方がいいかもしれませんね。サカモトくんには私から伝えておきますよ」
ウワバミ様が、クヌギさんの肩に腰掛けて俺を見ているので、俺はクヌギさんのほうをまともに見られない。
あ、あー、もう何がなんだかわからん。どうしたんだ俺は。
「あ、あいあとーございあしたー!!」
そうして俺は。
ろれつの回らない挨拶と共に踵を返し、後ろを振り返ることもなく宿舎へとダッシュで帰っていった。
余談。
夕方頃、サカモトさんが俺の部屋を訪ねてくれた。
クヌギさんから話しを聞いて、どうやらダンジョンでの修行が原因でダウンしてしまったのだと思ったらしく、お見舞いに来てくれたのだ。
この人、こういう素朴な良いところがあるから、なんだかんだで好感度が高いんだよなあ。雑なんだけど。俺の部屋に全身鎧のまま入ってきたけど。無遠慮に床に座るから、鎧で床が傷ついてるんだけど。
「元気そうなら大丈夫か。ほら、これお見舞い品な。お前も好きだろ?」
「あーもう、サカモトさんは本当、そういう人なんだよなあ」
お見舞いありがとうございます! 気持ちはすげえ嬉しい! でもお見舞いに女児向けアニメのウエハース持ってくる奴がいるか! もらうけどさ!
この後、三十分ほど年下キャラと年上キャラのどちらがいいかをテーマに、滅茶苦茶ディベートした。