ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「沙羅美ちゃん、予約のピザ六枚、焼きあがったよ」
「あいよー!」
あたしの名は沙羅美。大学に通いながら、房総ダンジョン前のピザ屋で働いている。いわゆるフリーターってやつだ。
沙羅双樹のように美しい人間に育って欲しいという願いの込められた『沙羅美』という名前。しかし両親には申し訳ないが、あたしは今、ピザ屋のサラミちゃんだ。沙羅双樹どころかイタリアのドライソーセージだ。
どこかにチーズちゃんとかバジルちゃんとかがいるなら、お友達になってみたいところだ。
閑話休題。
あたしは店ではもっぱら配達員として働いてるんだが、最近はバイトエースに昇格しており、店のサービスがあたし抜きでは成り立たなくなりつつある。
そのうち大学をやめてプロのピザ屋バイトになるかもしれない。
「うん。まあいつものキャンプファイヤー広場ってことね」
「はい、もう何度も言ってるから分かってるかもしれないけど……」
「『危険なら、配達より自分の安全を優先しろ』でしょ。あたしだって探索者の端くれだから、それくらい大丈夫だよ店長」
「そうは言ってもね。見送る側は、毎回心配なんだよ」
「心配してくれるのはうれしいけどなあ。アタオカな『ダンジョン配達サービス』を提案した本人が言うことじゃなくない?」
「返す言葉もないなあ」
そう、あたしが今から配達に向かうのは、房総ダンジョン第一層『森林迷宮』だ。
知る人ぞ知る、予約があれば房総ダンジョン内にまでピザを届ける頭がおかしいピザ屋、略してアタオカなピザ屋、それがあたしのバイト先だ。
そして、あたしはそのダンジョン宅配のエースである。
「ま、ここのゴブリン程度ならピザ二十枚背負ってても逃げおおせられるからさ。大丈夫だって」
「うん、行ってらっしゃい、沙羅美ちゃん。早く帰って来てね」
おっさん店長が店の出口までやってきてあたしを見送る。あんたはあたしのカーチャンか。
「準備運動もよし。靴もおっけー。よっし、行きますか」
房総ダンジョンの第一層は、巨大な森だ。メインとなる中央広場までのルートは多くの探索者によって開拓されて、それなりに歩きやすい道が出来ているが、それ以外はまだまだ自然のままの森の姿を保っている。
そして、あたしが進むのは、後者。自然のままの森をゆく、直線ルートだ。ピザの配達は時間が命。わざわざでっかく回り道なんてしていられないのだ。
準備運動はすでに店で待機時間に済ませており、身体はすでに温まっている。
以前は市販品のトレイルランニング用のシューズを使用していたが、バイトで儲けた金で、今はそれより更に高級な、ダンジョン素材を活用したものを愛用している。
ダンジョン素材やらダンジョン技術やらはよくわかんないけど、履いてみるととにかくすごい。これなら十キロでも二十キロでも山や森を駆け抜けられそうだ。
あたしは早速、直線距離の森の方角へと、スタートダッシュを決める。
「あー、こっちにはゴブリンがいるのかな? んじゃ、少しだけ回り道すっか」
背中にはピザのつまったリュック。
武器はトンファー型の警棒を両の腰にさしている。森を走るときは両手をあけておくのが鉄則だ。
なので、あたしは地図で居場所を確認するようなこともない。
もちろん、場合によっては一度立ち止まり、探索者用端末に表示される地図で現在地や客の待つ座標を確認しなければならないこともある。
けれど、それは他の配達バイトたちの話だ。
あたしは地図など観なくとも、届け先が――そして、そのための適切な経路が分かるのだ。直感とか第六感とか言うような、具体的には説明し辛い感覚だが、とにかく分かってしまうのだ。
それこそが、あたしに目覚めた不思議な【スキル】の力である。
「ふぅー、いい汗かいた」
森の中を、第六感を頼りにしたルートで駆け抜ける。おかげで魔物と遭遇することもない。
元々は趣味のトレイルランニングと金稼ぎを両立できるバイトとしてやってみたのだが、この仕事は思いの外あたしと相性が良かったらしい。
探索者としてはなんのスキルも得られず、魔力とかいうのもあまり分からなかったあたしだが、ダンジョンを駆け抜けることに関してはどうやら一級品だったようだ。
なにせ、延々とピザの配達を続けているうちに、森を駆けるためのスキルが二つも身についてしまったのだから。
「お待たせしましたー、ピザの配達でーす」
「ピザ屋さん、今日もお疲れさん!」
キャンプ場にたどり着くと、そこでテントを張って過ごしていたパリピ的な探索者たちがあたしに気づいて声をかけてくる。
昼間からテントを張ってピザを囲む余裕があるなら、少しは探索でもしてったらどうだ? などと思わないこともないが、まさにそのピザを配達に来ているあたしが言うことじゃないな。
「すげえ、まだ温かいじゃん」
「お姉さんて、もしかして噂の【デリバリー】持ちの配達員さん?」
「そーだよ。まあ、このキャンプ場はそんなスキル使わなくても、迷うことなんてないけどね」
「そりゃそうだ」
あたしのスキルの一つ【デリバリー】は、どうやら初対面のこいつらも知っている、ちょっとした有名スキルになってしまったようだ。
【トレイルラン】より効率的に、自然の中を駆け抜けることができる。
【デリバリー】届けものを必要としている相手の居場所と、そこへ至る道筋がわかる。
あたしは、スキルをたった二つしか持っていない。
そのなけなしのスキルを、どうして目の前のこいつらが知っているのか。
それは全部、【デリバリー】なるスキルに目覚めたあと、自ら自慢げにあちこちで語ってしまったのが原因だ。ザ・自業自得である。
あたしが新人だった頃に「自分のスキルは他人にひけらかすべきじゃない」って、探索者の先輩が口を酸っぱくして教えてくれたんだけどな。
なんか凄そうなスキルを手に入れて、浮かれちゃったわけよ。きちんと教えてくれた先輩には申し訳ない。顔も思い出せんけど。
「じゃ、また次のご利用をお待ちしておりまーす」
ちなみに、【デリバリー】は相手に荷物を届けるまでの往路でのみ、効果を発揮するスキルである。
なので、帰りは大きく遠回りをして、探索者たちがならしてくれている安全な道から帰っていくのだった。
「ただいま店長。あたしがいないうちに何かあった?」
「おかえり。次の予約が一時間後に入ってるよ。あとは、ギルドの人から連絡があって、バイト終わりにギルドにきて欲しいって」
「あー、面倒臭いんだよなあ。契約書やらなにやら書かなきゃならないの」
ピザ屋に戻ると、店長が笑顔で出迎えてくれた。
次の予約は一時間後。ってことは、三十分くらいは控え室でごろごろしてていいわけか。
にしても、ギルドからの呼び出しか。面倒臭いなー。
「沙羅美ちゃんのスキルは、それだけギルドも気にかけてるってことだからねえ」
「あたしのスキル、そこまで使い勝手がいいものじゃないんだけどな」
ザ・自業自得その二。
あたしのスキル【デリバリー】は、あっと言う間に情報が広まってしまった。そして、それがギルドの耳に届くのはすぐだった。
いや、そもそもギルドでスキル鑑定をしてくれた以上、ギルドは最初からあたしの力を把握してたんだろうけど、そこは守秘義務とかあるじゃん?
まあ、受け付け担当の人が個人情報として守ってくれてた詳細を、あたしが自分から広めちゃったんだけどさ……。
「救助活動、なあ……」
あたしの【デリバリー】は、とんでもない可能性を秘めていた。
ピザを届けるならば、ピザを欲している相手の場所が分かる。
そして――救援物資を運べば、助けを求めている相手の場所が、あたしには分かるのだ。
それがたとえ、端末で連絡を取れないような状況下に陥った行方不明者だったとしても。
数ヶ月前、どこかのダンジョンで女の子の配信者が行方不明になったことがある。
その時はあたしもまだスキルを得ていなかったけれど、もしあのときすでに【デリバリー】があれば。あたしも、その子を助ける一助になれたかもしれないのだ。
ギルドは、あたしにその役目を求めている。
もちろん、ギルドの専属とかじゃなくて、あくまで「そういう事態が起きた場合」の、エージェント契約ってやつだ。
人を助けるのはやぶさかではないのだが、そもそもあたし自身はろくに戦う力もなく、ただ自然の中を走るのが得意ってだけの弱っちい探索者だ。あたしに何かあったとしても、救助に駆けつけてくれる『あたし』はいないんだ。
なので、あたしはあたしで、色々と悩んでいるのだった。
「じゃあ沙羅美ちゃん、次のピザも焼きあがったから、頼むよ」
「あいよー! ……お、これってカレーピザ?」
次のピザが焼きあがった。再び、あたしのトレイルランニングの時間だ。
箱を背負う際に、ふわりと。独特の香りがあたしの嗅覚をくすぐる。カレーのにおい、つまりこの中にはカレーピザが入っているわけか。
「そうだよ。ただ、ダンジョンではカレーのにおいが魔物を引き寄せるっていうから、香りは抑えめだけどね」
「心配しすぎだよ店長。あれはあくまで、鍋でぐつぐつ煮込むくらいやったら危険って話で、ピザの香りくらいじゃどうにもなんないでしょ」
「そうは言ってもね。見送る側は、毎回心配なんだよ」
「あれー? なんかデジャヴ」
今日だけでも二度目の似たようなやりとりを終えて、あたしは再びダンジョンへと潜っていくのだった。
準備運動よし。靴もよし。
目的地は先ほどと同じくキャンプ場なので、地図で確認するほどではない――はずだ。
「カレーピザか……。これ、難しいんだよなあ」
しかし、あたしだけの感覚として。今回の『カレーピザ』の配達は、少々難易度が高くなる。
これは、他の誰にもわからない、あたしだけが知る感覚だ。
「ま、お客さんはキャンプファイヤー広場だから、迷うこたないか」
森を駆け抜ける。
相変わらず、スキル【デリバリー】は、このピザを求める客までの最適な道順を、第六感としてあたしに教えてくれる――のだが、あたしは今回は、その感覚にはあまり頼らない。
「ドワーフはハンバーグが好きだって言うけど……」
あたしのスキル【デリバリー】の欠点だ。
このスキルは、決してピザ屋に注文した本人だけを対象にしているわけではない。あくまで『それを欲している相手』への場所を示しているのだ。
そして、こと『カレーピザ』の場合は、その第六感が――滅茶苦茶になる。
キャンプ場から更に離れた、人の寄りつかないような丘の上。そこへ向かう道筋があたしの脳裏に浮かぶが、そこにピザを注文した客はいない。
下層への道筋があたしの脳裏に浮かぶが、そこにピザを注文した客はいない。
房総ダンジョンのへんぴな場所へ続く道筋があたしの脳裏に浮かぶが、そこにピザを注文した客はいない。
君子、危うきに近寄らず。
魔物と戦う力を持たないあたしは絶対に、そこには近づかないようにはしている。好奇心で死にたくはない。
「このダンジョン、絶対に、カレーを好む『何か』が頻繁にうろついてるんだよなあ……」
あたしの脳裏にだけは判明している、『カレーを欲する何か』の居場所。
これは、あたしだけの秘密である。
きっとこれは、人に広めちゃいけないという、不思議な確信があるのだ。
どうしても誰かに相談したくなったら、ギルド職員……いや、ダメだな。これ以上やっかいごとに巻き込まれたらイヤだ。
なんか、房総ダンジョンをホームにしてる、都市伝説を専門にしてる配信者の女の子がいたはずだ。こっそりその子に投書でもして、あとは丸投げでもいいかな。
そんなことを考えながら。
今日もあたしは森の中をひたすら駆け抜けていくのだった。
幕間 街角の声 了