ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「じゃ、ダンジョンに入る前に改めて簡単にまとめますね」
「うん」
次の日。どうにか朝早く起きた桃子は、ガタンゴトンと電車に揺られ、午前中には鎌倉へと到着した。
ダンジョンが出現する前から有名な観光地だったため、市街地には観光客向けの店が多い。
鎌倉のどこかにはダンジョンができるより前から武器屋が開業していたという噂も聞くが、果たして桃子たちの見ている店先にある武具が観光土産なのか、ダンジョン用なのか、見た目ではなかなか判別が難しい。
「鎌倉ダンジョンの第一層は、二つに別れた魔物の軍がそれぞれ数ヶ月かけて軍勢を増やしていき、一定数に達すると階層全土を戦場にした魔物同士の合戦が始まります。のべ数千はいるらしいですよ」
「すごいよね」
「ええ、一度覗いたことありますけど、本当にすごい迫力ですよ。ただ、合戦が始まったら通常の探索者は立ち入り禁止になります。危なすぎますから」
「うんうん」
桃子は柚花の話に相づちをうちながら、パクパクとお昼の生しらす丼を食べている。
桃子はまだ昼食をとっていなかったため、ダンジョンに入る前にランチを済ませようという話になったのだが、ならばせっかく鎌倉に来たのだし地元の名産を――と考え、最初に思いついた食事がしらす丼だったのだ。
なお、探せばしらすカレーを扱う店もあるらしいが、今回は柚花がみつけたオーソドックスなしらす丼を提供する店である。
「それで、鎌倉ダンジョンの魔物は、倒した相手の魔力や瘴気を吸収し強力な個体に進化していきます。合戦を最後まで放置すると、全ての魔物の力を秘めた個体が発生するため、それは防がねばいけません」
「女王アリと女王蜂みたいな感じなのかな」
「ですね。なので、魔物がある程度減りつつ、強力な個体が発生していない二日目以降に、許可制で探索者たちが入場可能となります」
「それが、今日なわけだね」
柚花が説明しているのは、この鎌倉ダンジョン特有の、ギルドが主導している入場システムだ。
通常時はこのような回りくどいことは行っていないのだが、柚花の話にある『合戦』の時期には、厳しく入場審査があるらしい。
桃子たちは両者とも十代の少女ながらもギルドの探索者カードには高ランク探索者として記載されており、さらには世界魔法協会のVIPカードも所持しているので、入場は可能なはずだ。
もっとも、桃子の幼い外見もあり、良識的なギルド職員によって引き止められることはあるだろうが、そのときは有名探索者でもある柚花に説得してもらう予定だ。
「大量の魔石を拾うことになりますが、報酬は参加した探索者たちに均等に分配されます。まあ、そういう事情があるので、先輩にも地上から入ってもらう必要があったわけですよ」
「噂では聞いてたけど、鎌倉ダンジョンもずいぶんと不思議なダンジョンだね」
桃子は、小皿に残った醤油にわさびを豪快に溶かして、器に半分ほど残ったしらす丼に大胆にふりかける。明らかにわさびの入れすぎだ。
柚花が一瞬「なんだこの人」という顔で桃子のどんぶりをちら見するが、しかしそのまま話を続けていく。
「このシステムが確立するまでは、それなりに大変だったみたいですよ。初日から探索者が入った結果、多くの犠牲者が生まれたこともあれば、最後まで静観していたら、もう手のつけられない準特殊個体が生まれてしまったりもしたそうですね」
「まあ、つまり……気をつけて頑張ろう、ってことだよね?」
豪快にわさびを溶かしたしらす丼のラストをパクパクと食べきった桃子が、話をまとめる。
なお、その目にはわかりやすく涙を浮かべている。
「理解がシンプルで助かりますけど……大丈夫ですか?」
「わさび、入れすぎちゃった……」
「でしょうね」
最終的に、わさびのおかげでまじめな空気がどこかへ霧散してしまったけれど。
本日は「魔物同士が争う戦場に乱入し、ひたすら倒して魔石を拾う」といった日だと覚えておけば、問題はなさそうだ。
鎌倉駅から西へと真っ直ぐ進んだ先。鎌倉の有名な大仏から見れば、さらに北の谷あいにあたる場所。山の斜面に抱かれた谷戸に、そのダンジョンは口を開いていた。
今でこそダンジョンの影響で施設などが増え、周囲の土地も第二の市街地のようになっているが、数十年前にはこの地は木々の茂る静かな山裾だったらしい。桃子たちは、その土地に居を構える鎌倉ダンジョンギルドへと足を運ぶ。
案の定、初めて訪れる鎌倉ダンジョンギルドでは良識あるギルド職員に足止めをくらってしまった。
柚花が間に入り、房総ダンジョンギルドに直通電話をつないで室長のヤマガタからのお墨付きを得て、桃子はようやくダンジョンに入れることになったのだが、それはそれとして。
「うわ、なんか……まさに古戦場って感じだね」
鎌倉ダンジョン第一層『枯戦場』。響きとしては「こせんじょう」なのだが、枯れた戦場と書いて『枯戦場』だ。この階層名を最初に定めたギルドの人員は随分と洒落ているが、しかし実に的を射た名称と言えるだろう。
桃子が見渡したそこは、水も樹木も枯れ果てた、荒れた大地だった。山と呼ぶほどではないが起伏が多く、視界は悪い。
空は明るい――が、分厚い砂塵に覆われ、太陽の位置すらわからない。重苦しく、そよ風すら吹かない、乾ききった世界だった。
桃子は足下に注意を払いながら、どんよりと重たい空気が漂う、ひび割れた土と岩の階層へと足を踏み入れた。
「ニムさんたちも私たちが来たことには気づいてるでしょうけど、合流するなら人のいない場所に移動しましょうか」
「そうだね。とりあえず、移動してみよう」
すでに何組もの腕に自信のあるパーティが通り過ぎていった区画なので、入り口周辺に魔物の姿はない。
そして桃子たちも、合戦で荒れ狂っているという魔物たちの姿を探しに、階層の奥へと進んでいく。できれば他のパーティがいない場所だとありがたいが、それは【看破】を持つ柚花の瞳に頼ることにした。
いくつかの丘を越え、高台に登ると、それらの姿が見つかった。
それは、武者の集団だった。
和風な鎧を着込んだ者たちがその手に武器を握り、ただひたすらに斬り合っている姿があちこちに見える。
鎧も武器も全てがボロボロで、手入れなどされていない、今にも壊れそうなものばかりだ。
刃こぼれの酷い大太刀を振り回すもの。錆び付いた刀をがむしゃらに振り回し、敵を切りつけるもの。武器として、折れた枯れ木そのものを振り回す豪快なものもいる。
そして、その武者たちは――。
「先輩、骸骨ですけど大丈夫ですか?」
全てが、骸骨だった。
鎧を着込んだ亡者たちが、死してなお、この枯れた戦場で戦い続けていた。
もっとも、彼らは亡者に見えるけれど、あくまで魔物だ。
長崎ダンジョンで聞いた話では、アンデッドの魔物というのは負の念――いわゆる瘴気に残った人間としての姿が強く出ているだけであり、あくまで彼らは人間の遺体そのものではない。
しかし、それでも。
「なんか……怖さよりも、不憫ていうか……なんだろう、可哀想な感じがする魔物だね」
「まあ、気持は分からないでもないですが。でも魔物ですからね、変な同情は駄目ですよ?」
「うん、わかってる。大丈夫!」
「じゃ、いきましょうか! あくまで第一層の魔物ですから、私たちの敵じゃないですよ!」
彼らは別に、何かしらの信念の為に戦っているわけではないのだろう。
過去の戦の数々のように、主を護るためでもなければ、敵を倒して身を立てようとしているわけでもない。ただただ、武者としてこの階層に発生し、斬り合っているだけの哀れな魔物たちだ。
柚花は桃子にそれを念押ししてから、颯爽と骸骨たちの争う戦場へと駆け下りていく。
高台から駆け下り、その勢いのまますれ違いざまに骸骨の武者をハンマーのひと薙ぎで吹き飛ばす。
柚花もまた、密集して争っている骸骨たちに、容赦なく【チェイン・ライトニング】を浴びせていく。電撃を受けた骨は火花とともに弾け飛び、折れた骨の数々が煤へと変わっていく。
だが――。
「うわ、生き返ってきた?!」
桃子が吹き飛ばした骸骨は。
柚花の電撃で弾け飛んだはずの骸骨たちは。
のそりと、ボロボロになった骨を軋ませながら、かくかくとした動きで再び立ち上がり、武器を構えている。
その動きは遅く、お世辞にも洗練されたものではない。強さ、という意味では脅威は感じないけれど、しかし桃子は驚きを禁じ得ない。
「この骸骨たち、タフなんですよ。重要な臓器もなにもないですし、カルシウムはしっかりとってるらしくて骨もかなり堅くて丈夫なんですよね!」
柚花が冗談交じりに言いながらも、起き上がってきた骸骨の群れに向けて電撃を連続で叩き込む。そのたびに骨が弾け飛び、骸骨たちの身体が文字通り、削られていく。
「先輩の場合は、ハンマーで吹き飛ばすんじゃなくて、地面で潰して粉々にすれば倒せるんじゃないですかね」
「うぇ、なんか……申し訳ないなあ。でも……うん、ごめんね骸骨さん!」
起き上がり、よたよたと歩いている骸骨の背後に回る。
この骸骨にも桃子の【隠遁】は効果があるようで、自分を吹き飛ばした敵の存在にも気付いていない。
桃子は気づかれないのをいいことに、ボロボロになった骸骨目がけて大きくハンマーを振りかぶり――振り下ろす。
ズドン、という重たい衝撃と共に、ハンマーと地面にすり潰されて粉と化した骸骨は。二度と復活してくることなく、静かに煤へとなっていった。
柚花の方も骸骨たちが復活しない程度に電撃で打ちのめし、討伐が終了したようだ。骸骨の集団が、その身を形成していた鎧もろとも、煤へとなって消えていく。中には錆び付いてボロボロの刀を残していく骸骨もいるけれど、いかに魔物素材とはいえ、既に武器としては終わっている。杖代わりにもならないだろう。
桃子は、そんなボロボロの刀を、墓標のように地面に突き立てて。煤となっていく骸骨に手を合わせて、そこに残されている黒い石を拾い集めていく。
「先輩ったら、本当に人がいいんですから。別にこれ、実際の仏様じゃないっていうのに……」
「あはは、まあほら、気分の問題だよ」
柚花の瞳は、この骸骨たちが信念を持った死者などではなく、瘴気で動く魔物だということを見通している。なので、骸骨に同情するようなことはない。
それでも、桃子の気持を尊重し、柚花もそっと手を合わせてから、魔石を拾い集める。
「ところで柚花、このダンジョンの『骸骨武者』っていうお話あるじゃない? あれってさ、なんていうか……」
「ええ。言いたいことはまあ、分かりますよ」
魔石を集めて、ギルドから支給された袋に詰め込んでいく。今回の魔石の利益は最終的に探索者たちで分配されるので、個人でちょろまかすのは厳禁だ。
そんな中で、桃子は戦闘中からずっと思っていた疑問を口にする。
「うん。魔物がみんな骸骨の武者だから、どれが『骸骨武者』なのか、全く見分けがつかないよねえ」
「そうなんですよね」
実を言えば、都市伝説解明系配信者を名乗っていた柚花が、中学の頃に真っ先に探りにきたのはこの『骸骨武者』である。
家からも近く、当時は噂が出まわり始めた頃で、柚花としてはかなりちょうど良い案件だったのだ。
だが、実際にはそううまくことが運ぶことはない。
「出てくるのはどれも『骸骨武者』ですし、当時の私じゃひとりで下層まで行くのは危険だったので、武者の捜索は数ヶ月で断念しました」
「あ、数ヶ月は頑張ったんだね」
そんな雑談を交わしながら、次なる戦場を探しに歩いていると。
桃子たちの視線の先に、緑と青の光がこちら目がけ飛んでくる姿が見えてきたのだった。