ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ヘノちゃんたちは、このダンジョンって来たことないの?」
「来たことはあるぞ。でも。ここは風がないから。あまり面白くないな」
「そういえば、ここって風が吹いてないんだね」
枯れた荒野には先ほどの骸骨の群れが落としていった魔石がちらほらと落ちており、桃子たちは雑談を交わしながらそれを拾い集めていた。
ヘノの言う通り、ここは全く風が吹いていない。広大な荒野だというのに、どことなく空気が淀んでいる気がするのはそれが原因なのかもしれない。
遠くからは魔物たちが争う剣戟の音が聞こえてくるけれど、他の音が少ない、とても静かなダンジョンだった。
不思議なことに、先ほどの騒がしかった探索者が大声を出すのをやめたとたん、周囲から骸骨が寄ってこなくなったのを桃子は思い出す。もしかしたら、本来静かなはずの階層に響きわたる彼の大声こそが、骸骨たちを引き寄せていたのかもしれない。
そうだとしたら、大声を出して闘争心を燃やすスキルと、このダンジョンの相性は最悪だろう。
「わ、私も……こ、ここは、乾燥していて……あ、あまり好きでは、ないですねぇ」
「ヘノ先輩とニムさんにとって、この鎌倉ダンジョンはあまり相性が良くないわけですね」
「そっか。ここは風も水もないんだね。空気が淀んでるわけだ」
「空気が気になるなら。ヘノが風くらい。吹かせてやるけどな」
ヘノがツヨマージを掲げて、広範囲に風を吹かせる。
地面にたまっていた砂塵が舞い上がり砂埃となり、多少は視界が悪くなるものの、しかし淀んでいた空気が入れ替わる。やはり、空気の流れというのは大切なのだ。
それでも、ヘノは面白くなさげな顔で言葉を続ける。
「ここは。食べ物もなさそうだし。あまり面白そうじゃないぞ」
「言われてみれば、からからに乾いてて、キノコも生えてないね」
「せめて、水辺でもあれば違ったんでしょうけどね」
桃子は立ち上がり、周囲の風景を見回してみるけれど、残念ながら水辺はおろか、枯れ木と岩の他は何も見当たらない。
もしかしたら、この階層には原生生物すらいないのではないかとすら感じる。
「うぅ……み、水がないダンジョンなんて、き、危険ですねぇ。水がないと、みんな……死んじゃいますから」
水の妖精ニムの漏らした言葉は、半ば大げさにも聞こえるけれど。
動くものが鎧を着た骸骨しか存在しないこの階層では、「みんな死んじゃう」という言葉も、あながち間違いではないのかもしれないな、と。
桃子は内心、感心するのだった。
ヘノが風を吹かせて、桃子たちは魔石を拾う。
さすがに魔物同士の合戦場と呼ばれるだけのことはあり、最中には魔物同士で争っている姿もちらほらと見かける。
先ほどの大群ほどではないが、静かな階層なので、剣戟の音がわかりやすいのだ。
ただ、それらを見つけては退治して、を繰り返していたのだが――どことなく、桃子たちは違和感を覚える。
「先輩、これって明らかに、ちょっとおかしいですよね?」
「うん、実は私もそう思ってたの。なんかさ……どう見ても、あっちから寄ってきてるよね?」
骸骨たちは、争いながらも桃子たちへと近寄ってきているのだ。まさに、先ほどの大声で戦う探索者に引き寄せられていた骸骨たちのように。
もちろん、本質的に魔物というものは人間を見つけては襲ってくる存在だ。なので、人間である柚花の存在を認識した魔物たちが寄ってくるのならば、何も不思議ではなかったのだが――。
「こいつら。みんなヘノに寄ってくる癖に。弱くて。歯ごたえがないな」
「うぅ……ヘノぉ、ほ、他の探索者もいますから、あまりやり過ぎないでくださいねぇ……?」
骸骨たちは、人間の柚花でもなく、ましてや桃子でもなく。
明らかに、ヘノを目指して群がっていた。
飛んで火に入る夏の虫という言葉があるけれど、まさにそれである。骸骨たちがヘノのもとに集まり、戦うまでもなくヘノの周囲に渦巻く竜巻で簡単に粉砕されていく。まさに『全自動骸骨ミキサー』だ。
もっとも、こんなのはヘノの望む戦いではないので、ヘノもさほど楽しそうではない。
「まあ理屈はともかく、私たちは最後に魔石を拾って持ち帰るだけで済みますし、楽と言えば楽ですけど……」
「わ、柚花、見てこれ! これ、なかなか立派な魔石じゃない?」
「本当だ、すごいじゃないですか。きっと、他の魔物をたくさん倒して強くなった骸骨が混ざってたんでしょうね。ヘノ先輩の前では瞬殺されてますけど」
ヘノの竜巻を横目に、桃子たちは周囲に飛び散る魔石を淡々と拾っていく。
一番初めに骸骨の武者を倒したときには仄かな同情心が湧き、骸の消失に向けて律儀に手を合わせていた桃子だったが、こうもわらわらと出てきては砕けていく骸骨の群れに対して、さすがにもう同情心のようなものはなくなった。
「大きな魔石が落ちてるとうれしくなっちゃうよね」
「わかります。とは言っても、今回の魔石は分配制ですけどね」
落ちている魔石は大半は魔石としては最小サイズか、あるいはそもそもひびの入っているようなクズ魔石が大半だ。だが、ときおり他よりも大きな魔石も混ざっている。
この合戦の骸骨は、他の魔物を倒して魔力や瘴気を食らうことで強くなっていくという。
つまり、ヘノに粉砕された中には、それなりに強く育った骸骨がいたということなのだろう。
「つ、強い魔物の方が、大きい石を落とすなら……つ、強くなるのを待った方が、得じゃないですかねぇ……?」
「魔石の価値だけで言えばそうなんですけどね。昔、強くなりすぎた骸骨によって甚大な被害が出たことがあったんです。なのでそれ以降は、魔物が強くなる前に殲滅するっていう方針に切り替わってるみたいですよ」
「そりゃそうか。さすがに、ギルドの立場としては探索者の安全を優先させてるってことだね」
おそらく、理屈だけで言うならば。
この合戦を放置し続ければ、最強の骸骨が生まれるのだろう。
合戦が何度も繰り返されれば――いつの日か、全ての力を得た『特殊個体』が誕生する日がくるのかもしれない。紅珠を持つ個体が現れるのかもしれない。入手できる魔石の価値としては、これ以上ない貴重なものだ。
けれど、それは人間にとっての災害であり、災厄だ。
そんなものをわざわざ育てるようなことは、決してあってはならない。
「骸骨の連中。ほっといた方が強くなるのか。腕が鳴るな」
そして、桃子たちの話を聞いていたのは竜巻で骸骨粉砕マシンと化していたヘノだった。
骸骨粉砕に飽きたのか、先ほどまで猛威を振るっていた竜巻は、すでに消滅している。ヘノが風を作り出すのをやめたので、辺りはまたそよ風ひとつない静寂のダンジョンへと戻っている。
「ヘノちゃん、強くなる前にみんなで退治しようっていう話だから、腕は鳴らさなくていいからね?」
「そうか」
強いものと戦いたいヘノとしては、もう少し魔物が強いほうが、戦い甲斐はあるのだろう。
闘争心が溢れ出ているのも考え物だな、と。
周囲に散らばった魔石を拾いながら。桃子は心の中で、なんとなく考えているのだった。
――その日の夜。千葉、桃子の自室にて。
「桃子。なんだこれ。お菓子か」
「わ、ヘノちゃん、それは工房へのお土産だから食べちゃ駄目ね? ヘノちゃんはこっち」
「クッキーか。桃子の部屋には。いつでもクッキーがあるんだな」
「ヘノちゃんがうちに泊まるっていうから、さっき買ったんだよ」
鎌倉ダンジョンの『石拾い』を終えた桃子は、電車に揺られて無事に自宅へと戻ってこられた。
別れ際、ニムはダンジョンから直接妖精の国へと帰っていったのだが、ヘノは桃子の部屋に泊まりたいらしく、桃子の服の中に隠れての帰宅となった。魔力が拡散してしまう地上には長くはいられないヘノだが、桃子の部屋に一泊する程度ならどうということはない。
桃子は荷物を置いてベッドに腰をおろす。ヘノは桃子の部屋を飛び回ってから、今はテレビの上に着地している。
「ところで桃子。明日はダンジョンに。入るのか」
「うん。ヘノちゃんを送らないといけないし、連休で一応明日まで休みだからね。どこか行きたい場所あるの? 鎌倉ダンジョンとか?」
そう。実はあの後で柚花から聞いたのだが、鎌倉ダンジョンの第二層『五重の塔』では、宝箱が頻繁に見つかるのだという。
風が吹いていないことであまり鎌倉ダンジョンが好きではなかったヘノも、宝箱のような『ギミック』には興味を引かれていたようで、第二層の探索には乗り気だった。
もっとも、柚花が言うには「かなり面倒くさい場所」とのことだが、それは実際に見たほうが早いだろう。
「鎌倉ダンジョンも。気にはなるけどな」
「ん、違うの?」
「女王に聞いたんだけど。長崎ダンジョンに。自由に行き来できるように。なったんだ」
「あ、そうなんだ? じゃあ、長崎ダンジョンに遊びに行ってみる?」
長崎ダンジョンは、少し前の事件の際に、かの地の守護者である『英霊』とりりたんが協力関係を築き、妖精女王ティタニアと友誼を結ぶことになった。
その際、桃子もアンデッドの巣で暴れたり、不死者の城で英霊たちと共に戦ったりしたのは、今も記憶に新しい。
「あそこの海で。何か。食べ物を探そう」
「海かあ……」
桃子は思い出す。長崎ダンジョン第一層『入り江の教会』は、入り江というだけあってダンジョン内に海のある階層だ。実際に、そこの海水で精製された塩は長崎ダンジョンにとっての最重要アイテムとなっている。
けれど、海そのものは荒々しく、砂浜のような立地もなかったために、人が気軽に潜れるような場所とは思えない。
「桃子なら。少し溺れれば。人魚姫が助けに来てくれるだろ」
「いやいや、普通に一度琵琶湖に寄ってからヒメちゃんに口答で説明しようね?」
「そうか」
桃子は、ベッドにごろんと横になって考える。
ヘノも桃子に合わせて、枕元にあるクマのぬいぐるみの足の間にすっぽりと収まる。まだ眠るわけではないのだが、クマぬいの股の間は、この部屋におけるヘノの特等席だ。
人魚姫のヒメの協力があれば、多少荒れた海でも探索は可能だ。魔物がいても、第一層の魔物程度、ヒメならば対応できるだろう。
ならば、次に気になるのは長崎ダンジョンの海産物だが――。
「海産物かあ。なまこ……とか?」
ふと、昨日の文化祭で食べた『乙女のなまこセット』が頭に浮かぶ。朧気な記憶だが、実際の長崎の大村湾でもなまこは穫られているはずなのだ。
りりたんが言うには、琵琶湖ダンジョンの『深潭宮』になまこはいなかったらしい。だが、尾道ダンジョンの『瀬戸幻海』や、長崎ダンジョンの『入り江の教会』ならば、もしかしたらなまこを見つけられるかもしれない。
「なまこ? なんだそれ。食べ物か?」
「食べ物――っていうか、まあ食べられる生き物なんだけど、どうかなあ。ぐにゃぐにゃで、ゴツゴツしたぬめぬめで、見た目だけなら魔物みたいな生き物なんだよね」
「全然。何を言ってるのか。わからないぞ」
「なんだろう、私もよくわかんないの。海の中って、奇妙なのが多いんだよね」
海の生き物には、なまこやウミウシといった、非常にその容貌が説明しにくい生き物が多いのだ。桃子とて、なまこが何なのかと聞かれても適切に説明できる自信はない。
それでも、なまこは調理次第では高級食材にも名を連ねるのは事実なので、食べ物としては悪くはない――はずだ。
「よく分からないけど。わかったぞ。明日は。なまこするぞ」
「なまこは『すること』じゃないけどね」
よくわからなくとも納得してくれるので、ヘノは話が早い。微妙に何かしら誤解をしている気もするが、それはそれ、これはこれ。実際になまこを目で見れば誤解はとけるだろう。
桃子は頭の中でなまこのことを考えながら、ヘノとともに、ベッドに横になってぐうたらと一日の疲れを癒すのだった。