ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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人魚となまこ

「……潜る。なまこ、探そう」

 

「うん、よろしくね、ヒメちゃん!」

 

 桃子はパレオの水着を着て、ヘノと共に長崎ダンジョンを訪れていた。

 いや、もっと厳密に言うならば、今の桃子は褐色肌でいつもより胸が膨らみ、野性的な戦士の目つきで、腰から下は大きな魚の尾ヒレに変化している。

 ――つまりは、桃子はその身に人魚姫のヒメを憑依させた状態で、長崎ダンジョンの海中を漂っていた。

 今も、ヒメと桃子の会話は『一人二役』状態で、発言ごとに表情が切り替わる奇妙な姿を披露している。

 

「相変わらず。桃子と人魚姫が会話すると。面白いな」

 

 そしてやはり、ヒメと桃子が会話する姿を、ヘノは興味深そうにまじまじと見つめていた。

 

 

 

 

 

 三連休の最終日。

 

 この日、桃子とヘノは予定通りに長崎ダンジョンの海を探索することにした。パレオの水着は、こんなこともあろうかと予備で準備していたものである。

 昼頃、まずは琵琶湖ダンジョンに向かい、そこで人魚姫に事情を伝えて協力を要請することにした。

 ヒメは母である桃子の気配を察知できるようで、桃子が『滝の迷宮』へと訪れると、探すまでもなくヒメのほうからやってきてくれた。

 そうしてセイレーンも交えて互いの近況を軽く話しつつ、ヒメの協力を取り付けられたので、次はいよいよ長崎ダンジョンだ。

 

『良く来たな、妖精と、その加護を受けし少女よ』

 

「ひゃ、ひゃああ」

 

 長崎ダンジョンの光の膜は、なんとダンジョン内ではなく、この長崎ダンジョンを守護する英霊たちの集う空間である『聖堂』の内部に作られていた。

 パレオの水着に着替えて光の膜を通った先には何人もの光を纏う英霊たちが集まっており、その全員が桃子に注目しているのだ。

 彼らの大半は微笑ましいものを見る温かい視線だったけれど、桃子は恥ずかしさで爆発する寸前だった。カレーを食べていなければそこで精神が折れていたかもしれない。

 

 そんな、なんやかんやの末に。

 長崎ダンジョンの岩場から海に入って。つい先ほど、ようやくヒメに憑依してもらったところである。

 

「……海には。魔物、いなさそう」

 

 長崎ダンジョンの海は、瀬戸幻海と比べれば潮の流れが速く、岩場も多いために人間が水中に潜るには適していなさそうである。

 だが、そこはさすがの人魚姫。流れが強かろうが地面がゴツゴツしていようが、全くのお構いなしだ。瀬戸幻海よりは水深の浅い海域を、すいすいと泳ぎ進んでいく。

 桃子は身体の主導権をヒメに引き渡し、自分はじっくりと海中を観察する。そこには確かに魔物らしき影はおらず、いくつかの原生生物の魚が自由気ままに泳いでいる姿が目にとまる。

 

「魔物がいなくてよかったー。長崎ダンジョンの魔物ってアンデッドが多いから、ちょっと心配してたんだよね」

 

「そうなのか? 何か。心配だったのか?」

 

「ほら、ゴーストとか、骸骨とか、ゾンビとか、なんかぐちょぐちょの変なのとか。水中にああいうのがいたら嫌だなって」

 

「骸骨なら。昨日いくらでも。見ただろ」

 

 長崎ダンジョンの魔物は、アンデッドが多い。

 たとえば第一層は昼間は薄らぼんやりしたゴーストしか出現しないけれど、夜になればしっかりと人間の姿を模した悪霊となって人間に襲いかかってくる。第二層ではゾンビのような魔物が増え、更には第三層になるとスプラッタ映画に出てきそうな名状しがたい魔物が増える。

 万が一、海の中にもそのような魔物がいたら――と、桃子は内心不安を覚えていたのだが、海の中まではアンデッドの魔物は存在していないようだ。

 ヘノの言う通り、骸骨なら昨日は嫌と言うほど目撃し、もはや恐怖というよりは「ミキサーで粉砕されるなんとも言えない魔物の集団」という残念なイメージが桃子の脳裏にも根付いてしまったが、それはそれ、これはこれだ。

 

「……魚。泳いでるけど、食べる?」

 

「よし。食べよう」

 

「待って待って、今は食べなくていいよ? お腹すいてないでしょ?」

 

 ヒメに身を任せていたら、いきなり魚をつかみ取ろうとしたので桃子があわててストップをかける。

 最近発売した『人魚の姫はボコらない!』というラノベのヒロインに抜擢された存在だとは思えないほどに、ヒメは野生度が高い。すぐボコるし、物事を考えていないし、すぐに魚を食べようとする。どこかの風の妖精と行動パターンがだいたい一緒だ。

 しかし、それで困ってしまうのは身体を共有している桃子である。

 以前、瀬戸幻海でヒメが身体の主導権を握っていたときは、泳いでいる魚を素手で捕まえ、その場で普通に丸かじりしていた。桃子の身体で。

 人魚の身体になればその嗜好や味覚も変わるのか、魚の丸かじりは確かに、美味しくはあった。

 が、今は魚を食べるためにやってきたわけではないので、食事は今度にして欲しいというのが桃子の意見だ。

 

「……わかった」

 

「わかったぞ」

 

 ヒメも、ヘノも。どうやらそこまでお腹がすいていたわけではないようで、似たような口調で桃子の言葉に納得してくれた。

 本当にわかっているのかどうか怪しい部分もあるけれど、人魚と妖精はすいすいと海中の探索を進めていく。

 

 

 

「桃子。あれは。なまこか?」

 

「ううん、あれは妙な形だけど、お魚だね。深海魚かな?」

 

「……深海魚。食べる?」

 

「よし。食べよう」

 

「待って待って、私はいまお腹すいてないからさ、なまこを探そうね」

 

 既視感――デジャヴというものだろうか。桃子は、つい先ほどにも全く同じようなやりとりをした気がしてならなかった。

 今は魚を食べるためにやってきたわけではないのだ。食事は今度にして欲しいという意見を、桃子は二人に伝える。

 

「……わかった」

 

「わかったぞ」

 

 ヒメも、ヘノも。どうやらそこまでお腹がすいていたわけではないようで、似たような口調で桃子の言葉に納得してくれた。

 本当にわかっているのかどうか怪しい部分もあるけれど、人魚と妖精はすいすいと海中の探索を進めていく。

 

 

 

「桃子。もしかして。あれか? 水の底に。魔物のなり損ないみたいなのが落ちてるぞ?」

 

「え、どれどれ……って、でっか!? た、たぶんあれはなまこ……なまこ? え、本当になまこなの? あれが?」

 

「どうした。大丈夫か。桃子」

 

 そして次にヘノが見つけたのは、今度は本当になまこだった。少なくとも、なまこの形をしていた。

 桃子曰く、ゴーヤとスライムを足したような姿。形はボテっとした楕円筒状の生物だ。その表面には幾つもの、にょろっとしたイボイボが伸びている。人によってはグロテスクと感じる外見のそれは、恐らくなまこで間違いない。

 ただし――サイズがやたらに大きい。

 通常のなまこは、大きく育ったとしてもせいぜい三十センチくらいだが、目の前にいる生物は、少なく見積もっても倍の六十センチはありそうだ。二十、いや、三十キロの米袋くらいの大きさは普通にあるだろう。

 はっきり言えば、スライムやら巨大昆虫やらに慣れた桃子ですらドン引きするビジュアルである。魔物を見慣れていない地上の人々がこれを目にしたら、悲鳴をあげて逃げ出したとしても何もおかしくはないだろう。

 

「……なまこ。食べる?」

 

「よし。食べよう」

 

「待って待って待って! とりあえず二人ともさ、なんでもいきなり食べようとするのやめよう? これ、そのままかじりつくようなものじゃないからね?」

 

「……わかった」

 

「わかったぞ」

 

 二人とも絶対わかってないだろうなと、桃子は内心で思いながらも、話を続けていく。

 

「そもそも、なまこはね、食べる前にきちんと下処理とかしないといけないものなんだよ。だから、丸かじりは禁止ね?」

 

 桃子の知る限り、なまこは丸かじりをするものではないし、仮に丸かじりで食べられると言われても、普通に嫌だ。

 特に今は、人魚であるヒメと一つの身体を共有している状態なので、ヒメが勝手になまこにかじりついてしまえば、桃子も一緒の肉体でなまこを味わう羽目になるのだ。

 そのような悲劇が起こらぬよう、桃子はしっかりと言葉にして言い聞かせる。あとは、ヒメがきちんとそれを理解してくれていることを祈るのみである。

 

「それにしても。桃子は。こんなでかくて変なものが食べたくて。探してたのか? どうしちゃったんだ? 大丈夫か?」

 

「いや、私のイメージではもっと小さいやつだったんだけど……」

 

 ヘノが巨大ななまこに近づいて、ツヨマージでツンツンとつついている。十センチにも満たないヘノが横に並ぶと、小山のようなサイズ感だ。

 桃子も――いや、桃子の身体を動かしているヒメもなまこに近づいて、無造作に指で押したり、むんずと掴んでみたりと興味津々なようだ。

 肉体の持ち主の桃子としてはまだ困惑中なのだが、ヒメと身体を共有しているからか、巨大ななまこにもそこまでの拒否感はない。ただただドン引きしているだけだ。

 

「……母様。奥にまだ、落ちてる」

 

「本当だ。大量だな。よくわからないけど。拾っていこう」

 

「なんか、凄いことになってるなあ」

 

 見れば、同じく巨大な米袋サイズのなまこたちが、海底にはごろごろと転がっていた。

 これは苦手な人が見たら気絶してしまう光景だろうな、などと思いながら。桃子は開き直って、今度は自分の意志でそのなまこをむんずと掴み、持ち上げるのだった。

 

 

 

 なまこを発見してから、三十分ほど。

 長崎ダンジョン第一層『入り江の教会』のとある海に面した岩場には、いくつかのなまこが並べられていた。

 

「……母様。また、なまこあつめで遊ぶときは。呼んで欲しい」

 

「う、うん。なまこあつめで遊んでたわけじゃないんだけど、今日はありがとうね」

 

「……それじゃあ。帰るね」

 

 あの後、調子にのってなまこをつかんで岩場に運び、なまこをつかんで岩場に運び、を繰り返していたら、岩場に十匹近くのなまこが集まってしまった。

 あきらかに捕りすぎである。

 

 やってしまった、と困惑する母の気持ちなど置き去りに、海の協力者であるヒメは憑依をといて、琵琶湖ダンジョンに戻っていくという。

 このあと、セイレーンとともに瀬戸幻海を探索し、あちらでもなまこを探して食べてみるらしい。

 

「相変わらず。桃子と。人魚姫は。見てて面白いな」

 

「自分でも、傍から見たらおかしい子に見えるんだろうなって思うよ」

 

 ヒメがいなくなり、普通の肌の色、普通の人間の足に戻った桃子は、ぽつりと。

 人魚状態の自分の姿を、頭のなかで想像してみるのだった。

 

 

 

 

 

「ところで桃子。なまこ。これ全部持って帰るのか?」

 

 目下、悩みの種は目の前のなまこだ。

 ヒメ曰く『なまこあつめ』で、無駄に集めすぎてしまった。

 水の中でなまこを運ぶのはなんだか体育祭の競技みたいで実際に楽しかったのだが、ここからこのなまこをどうやって持ち帰るかとなると、実に悩ましい。

 

「うーん、正直いうと、この量は持ちきれないよねえ……」

 

「じゃあ。いくつかは。そこら辺に戻しておくか」

 

「まあ、集めてくれたヒメちゃんには悪いけど、そうしよっか。ごめんね、なまこさんたち」

 

 桃子には腕が二本しかない。両脇に抱えたとして、桃子の小さい身体ではこの巨大なまこは二匹しか持てない。頑張って両手で抱えても、三匹以上はバランスが悪すぎて難しいだろう。

 しかも、それを持って帰り道はまた『聖堂』の中を経由していかなければいけないのだ。山のように巨大なまこを抱える姿など見られては、英霊たちの注目の的になることは確実だ。

 このままでは恥ずかしさでトドメを刺されてしまう。やはり、持ち帰るのは二匹で十分だ。

 

「残りはせめて海水に浸かってる場所に戻しておこうね。きちんと海に帰ってくれるといいけど」

 

「ここなら。このダンジョンの連中が。拾って。食べていくだろ」

 

「それはそれで、新種の魔物と勘違いするんじゃないかなあ」

 

 というわけで、桃子は二匹だけを両腕に抱えて。

 他の巨大なまこたちは、岩場の、きちんと海に浸る場所に解放して、桃子たちも家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精と少女のやりとり】

 

 

「桃子。妖精の国に帰ったら。さっそく。なまこを食べてみような」

 

「うー」

 

「桃子? どうかしたのか?」

 

「や、なんかさ。このパレオの水着姿で、両手にでっかいなまこを抱えて長崎ダンジョンを歩くのってさ……その、なんか恥ずかしいなって」

 

「そうか? ぱれおの水着で。でっかいなまこを抱えて。山の中を。のしのしと歩いてるだけだぞ?」

 

「言葉にすると間違いなく不審者だよね?」

 

「言われてみれば。変だな。桃子。何してるんだ?」

 

「実は、なまこあつめの帰りなんだよね」

 

「そうだったな」

 

「自分でも、【隠遁】で他人からは見えないから大丈夫だとは分かってるんだけどさ。こういうのって、人から見えてるかどうかじゃなくて、自分がどう感じるかなんだよね」

 

「なんだかよく分からないけど。前の方の道から。知ってる連中が歩いてくるぞ」

 

「うわあ、ヘノちゃん、ヘノちゃん! なんだかやっぱり恥ずかしいや、ちょっと別な道から行こう?」

 

「じゃあ。そうするか。桃子は。でっかいなまこを両腕で抱えて。ぱれおの水着を着て。山の中をのしのし歩くのが恥ずかしいんだな。ヘノも覚えたぞ」

 

「どう考えてもそれって新種の怪談話だからね?」

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