ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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なまこクッキング

『こわーい』

 

『なにあれ! なにあれ!』

 

『かいじゅう、かいじゅうだ!』

 

 

 妖精の国の調理部屋を遠巻きに眺める小妖精たちが、口々にざわめきたっている。

 彼女らが見つめる先にあるのは、まな板に載せられた未知の生物だ。まな板より断然大きいため、まな板から大半がはみ出ている。

 その生物には、手足はもちろんのこと、顔すらついておらず、全体的にねばねばして、イボイボして、ぐにゃっとしていて、それはまさに怪獣――というのは大げさだが、少なくとも小妖精からすれば未知の怪生物であるのは間違いない。

 

「ええと、まずは内臓を抜き出して、塩でぬめりをとります」

 

 小妖精たちの注目を浴びている怪生物。

 それはもちろん、なまこだ。

 全長六十センチ以上はありそうな、怪獣の子供扱いされてもおかしくないような、海の生物だ。

 

 桃子は長崎ダンジョンからなまこを抱えて持ち帰ったあと、着替えてからさっそく調理に取りかかった。海産物は鮮度が命なのだ。

 昼頃に訪れてニムと過ごしていた柚花も、桃子の助手として調理部屋に立っている。

 

「うえぇ……先輩、よくもまあ、すいすいと迷いなく包丁入れられますね……」

 

「うん。ヒメちゃんと一緒に触ってたら、慣れてきちゃった。サイズがすごいだけで、なまこはなまこだしね」

 

 柚花が引いた表情で眺めている先では、桃子が躊躇なく巨大なまこに包丁を入れていく。

 桃子の前に置かれている端末には、今回の教本としてなまこの捌き方を紹介するサイトが表示されている。だが、はたして地上のなまこと、この巨大なまこが同じ調理法で問題ないのかと、横から見ている柚花は不安を隠せていない。

 

「マヨイガの包丁があってよかったよ。このサイズのなまこだと、持ち込みの調理ナイフじゃなかなかこうは行かないもんね」

 

「はあ……」

 

 この包丁は、昨年マヨイガの調理場を初めてみつけた時に貰って帰ってきたものだ。これもまた魔法道具らしく切れ味は抜群で、巨大なまこが相手でも滑るように刃が通っていく。

 桃子の説明を聞きながら、柚花は先に内臓をぬかれたなまこを、こわごわとした手つきで塩もみ中である。

 

「桃子がスーパーで買ってきた塩。全部なくなっちゃいそうだな」

 

「ありゃりゃ、仕方ないね。また次に来るときに忘れずに買ってこなきゃね」

 

 そして。

 二匹の巨大なまこの内臓を取り除き終えると、桃子はその場で手を合わせて、食べ物になってくれる巨大なまこに、そっと祈りを捧げるのだった。

 

 

 

 

 

「桃子、この内臓はもちろん塩漬けにするのよね♪」

 

 サイズがサイズなため、取り出した内臓もなかなかの量で、まとめれば小瓶いっぱい分はありそうだ。

 そして桃子が捨てずに器に入れておいたその内臓を覗きこんでニコニコしているのは、桃の木の妖精クルラである。

 クルラは相変わらずお酒を飲んでいるようで、赤ら顔でふらふらと飛んでいる。とは言えこれがクルラの平常運転なので、桃子も柚花もすでに何も気にしていない。

 

「な、内臓まで食べられるんですかぁ……? な、なまこ……すごい……」

 

「んふふ♪ なまこの内臓を塩で漬けたものは、とても有名な珍味なのよ♪ しょっぱくて、独特の風味があって、お酒にぴったりなの♪」

 

「うぅ……クルラはお酒のことになると、あ、相変わらず……詳しいですねぇ……」

 

 クルラがニムに、お酒のあてとなる珍味について解説をしているが、桃子がなまこの内臓を捨てずに器にとっておいた理由は、まさにそれだった。

 日本三大珍味と知られる『ウニ』『カラスミ』『このわた』。お酒を飲まない桃子でも、お料理研究部に所属していただけのことはあり、その存在は知っている。

 そのうち一つ『このわた』がまさにクルラの言うとおり、なまこの内臓を塩漬けにしたものなのだ。つまり、なまこの内臓というものは貴重な食材なのである。

 ただし、そこには問題があった。

 

「うーん、それなんだけどねえ。このわたを作るためのお塩がもう残ってないんだよね。

 あと、一日二日じゃ作れないから、誰かが毎日見てないとならないんだけど……」

 

「そんなことか。見るだけなら。ヘノが見てやるぞ。じー」

 

「み、見るくらいなら……わ、私でもできますよぉ……? じー」

 

「いや、見るっていっても、本当にじーと見てるだけじゃなくてね」

 

 残念ながらこの日で連休は終わり。桃子は平日は仕事をしているので、このわたの管理は難しい。妖精たちに頼む手もなくはないが、すでに失敗する予感しかないので、却下である。

 つまり、塩も足りなければこのわたを作る人材も足りないのだ。

 

「先輩。いっそこれ、桃の窪地に提供したらどうですか?」

 

「え?」

 

「あちらなら塩も人材も問題ないですし。オウカさんがその貴重な『このわた』を無下にすることはあり得ませんからね」

 

「なるほど、確かにそれは一理あるね! 柚花ったら、天才!」

 

 あっさりと解決法を導き出したのは、先ほどからずっとなまこのぬめりとりを続けている柚花だ。

 柚花自身は『このわた』については知らなかったし、なんなら大して興味も持ってはいない。

 けれど、それが「お酒のあてとなる珍味」だというのならば、深援隊のオウカに任せておけば間違いはないという結論を、柚花の脳内スーパーコンピュータはあっさりと導き出した。

 餅は餅屋。珍味は酒飲み。まさに適材適所というやつだ。

 

「んふふ♪ じゃあ、この内臓は、私が桃の窪地まで持って行くわね♪ 袋に包んでもらえるかしら?」

 

「うん、ちょっと待ってね――」

 

 そして、大量の内臓は抗菌のポリ袋に移されて、クルラによって桃の窪地に運ばれることとなる。

 大量の内臓を袋につめて、赤ら顔のニコニコ笑顔で受け渡す少女たちの姿を。柚花は横から、なんとも言えぬ気持ちで眺めているのだった。

 

 なお、この後。

 まだ明るいうちから、師匠でもある村の守り神に「なんだか分からない内臓が大量に入った袋」を押しつけられて途方に暮れる深援隊の隊長の姿が目撃されることになるのだが――それはまた、別な話である。

 

 

 

 

 

 そして、内臓をクルラが桃の窪地へと持って行くのを見送ってから、桃子と柚花の二人は巨大なまこを延々と塩もみしていく。

 赤とも茶色とも言い難いぬめぬめした粘液がどんどん垂れ落ち、ニムが定期的に水でそれを流していく。

 

「あはは、これだけでっかいと、ぬめりとりもなかなか一苦労だねえ」

 

「これ、どれくらいやればいいんですかね……」

 

 説明サイトでは『ぬめりを取る』とだけ書いているけれど、単純にサイズが大きく、ぬめぬめしている表面積が広いのだ。

 その上で、取っても取っても新たなぬめりが出てくるような気すらする。

 つい先ほどまで別な作業をしていた桃子はともかく、柚花などは先ほどからずっと両手に塩をつけて巨大ナマコにマッサージし続けていた。

 

「なんだか。後輩がずっと。物凄く嫌そうな顔でぬめりとりしてて。面白いな」

 

「あれれ、柚花、もしかして巨大なまこ苦手だった?」

 

「いや先輩、この巨大なまこが苦手じゃない女の子なんてそうはいませんからね? まあ……ここまで来たら私も最後まで手伝いますけど」

 

「うぅ……柚花さん、頑張れ……頑張れ……」

 

 塩でもんでいるうちに、ぬめりだけでなくなまこの余計な水分も抜けてきているのだろう。心なしか、もとのサイズよりは縮んできているように思える。

 もっとも、元のサイズがサイズなので、多少縮んだところでなまことしては規格外だ。

 

「まあでも、そろそろお塩がそもそもなくなっちゃうし、ぬめりとりはこれくらいでも大丈夫かなあ。今日の夕食はこれを使ったなまこのお刺身と、あとカレーに入れてなまこカレーだね」

 

「でも先輩、この量はどう考えても食べきれませんよ?」

 

「それなんだけど、余ったのは一度まとめて茹でてから、ヘノちゃんとニムちゃんの魔法で良い感じに保存が利く乾燥なまこにしてもらおうかなって思うんだよね。それで、色々な人にお裾分けしようかなって」

 

「このサイズの乾燥なまこですか……」

 

 柚花は、乾燥なまこというものの価値を脳内で計算する。桃子は全く気にしていない様子だが、そもそも乾燥なまこというものはかなりの高級食材だ。黒いダイヤなどという別名もあるくらいで、量によっては普通に数十万円単位で取り引きされている食材だ。

 この巨大なまこを乾燥させた際の重さはわからないものの、なんにせよダンジョンの巨大なまこが地上のものと比べて価値が劣るわけがない。むしろ、桁がそこから更に一つ増えてもおかしくないほどだ。

 このサイズの、恐らくまだ誰にも見つかっていないであろう未知の巨大なまこを妖精の魔法で乾燥させたもの。その価値を考えると、ニコニコ笑顔でのほほんとなまこを調理している桃子の姿に、柚花は空恐ろしさすら感じる。

 

「それって、高級食材ですよ? お裾分けされる側も、あまりの価値に過呼吸とか起こして倒れちゃいませんか?」

 

「あはは、柚花ったら大げさだなあ。それに価値がすごくても、売るわけじゃないしね。食べちゃえば全部ゼロ円だよ?」

 

「……先輩って本当、妖精の国の住人って感じですよね」

 

「それにさ、乾物って言うのはただ乾かせばいいっていうものじゃないから、そう簡単に高級食材の再現はできないんじゃないかな」

 

「まあ、それもそうですかね」

 

 この後、桃子たちの想像の斜め上を行く乾燥テクニックで理想的な乾物となった乾燥なまこが、香川ダンジョンのうどん職人、風祭えあろへと手渡され。

 その価値に気付いたえあろが過呼吸を起こして倒れそうになっている姿が目撃されることになるのだが――それはまた、別な話である。

 

 

 

 

 

 

『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』

 

『しんじてまぜるー! しんじてまぜるー!』

 

『まぜる! まぜる!』

 

「完成! 桃子特製、巨大なまこカレー!」

 

 というように、この後はいつものように小妖精たちの熱烈コールと共にカレーを作り。

 予定通りになまこの刺身となまこカレーが、この日の夕食となったのだけれど、思いの外おいしかった。

 なので、また後日、改めて長崎ダンジョンになまこを捕りに行き、食べずに妖精の湖で繁殖させようという話に落ち着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【美食三銃士の美食チャンネル アーカイブコメント抜粋】

 

 

:長崎ダンジョンの食べ物って何があるんだ?

 

:塩だろ

 

:塩は美食とは言わないだろ

 

:お前は何もわかっていない。塩の重要さを。

 

:待て待て、三銃士が喋ってるぞ? なんか、美食の月が満ちてきたらしいぞ?

 

:相変わらず三銃士の言う『美食の月齢』とか『美食の産声』は常人には難易度が高すぎるんだよ

 

  ・

 

  ・

 

  ・

 

:ぎゃっ

 

:ぐえーグロい

 

:涙出てきた

 

:え、これがなまこ? なまこなの? だってこれ、俺の枕よりでかいぞ?

 

:案内についてる現地の探索者も「こんなの初めて見た」って驚いてて草

 

:待て待て。三銃士は現地探索者すら知らない「巨大なまこが多数上陸しているタイミング」をねらって長崎にやってきた……ってこと?

 

:三銃士のチャンネルは初めてか? こいつらのスキルはそういうスキルだぞ

 

:これだけあれば、どれほどのなまこ料理が作れるんだ……?













人魚姫のヒメちゃんとなまこを集めてきたこのタイミングであれですが

当エピソード更新日の11月25日に『ハンマー少女はバズらない!2』が無事発売日を迎えました。深潭宮の人魚姫にまつわるお話です。
活動報告にもあれこれ余談なんかを書いておりますので、もし気が向きましたら活動報告もご覧になってくださいませ。です!
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