ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
この日は平日。
工房の職員である桃子は午前中から様々な武具とにらめっこをして過ごし、いまは昼食の時間を迎えていた。
お昼休みになったらさっそく近場の弁当屋へと足を運び、工房に持ち帰ってお待ちかねのお弁当タイムだ。
「あら、今日はおにぎりのお弁当にしたんですかー?」
「そうなんです。新しく座敷童子おにぎりが出来たみたいなので、せっかくだから食べておかないとなーって思って。山椒味噌と、何かハーブをブレンドしたみたいですね」
「カレーおにぎりじゃなくて残念でしたねー」
「あはは……」
桃子が食べているのは新メニューの『座敷童子おにぎりセット』と『カレー味の唐揚げ惣菜サラダ』の組み合わせだ。
座敷童子おにぎりとは、座敷童子の萌々子が探索者たちに振る舞ったとされるおにぎりのことであり、その再現を目指したおにぎりレシピの総称である。
もっとも、世間一般で言われている座敷童子おにぎりとは『薬草入り山椒味噌おにぎり』のことであり、実際に桃子が彼らに提供した『カレーおにぎり』のことではない。真実というものは、後世で語られる物語によって歪んでいくものなのだ。
とはいえ、桃子としては美味しいおにぎりが行きつけの店に増えただけなので、そこに何ら文句などはない。強いて言えば、これとは別にカレーおにぎりが食べたいな、と思う程度である。
そして、和歌と並んでランチを食べながら。桃子は何の気なしに、先日の話を持ち出した。
「この前、鎌倉ダンジョンの石拾いに行ってきたんですよ」
「石拾い? ああ、例の合戦ですかー」
「和歌さんも合戦に行ったことあるんですか?」
「あれは……そうですね、もう十五年近く前ですかねー」
「じゃあ、ヒカリさんたちと潜ったんですね。あ、和歌さん、おにぎり一つとそっちのおかず交換しませんか?」
「ええ、どうぞどうぞ。桃ちゃんは偏食ですし、お野菜たくさん食べましょうねー」
和歌が食べているのは、野菜多めのヘルシーな弁当だ。ときおり、桃子と和歌はごく自然なやりとりで弁当の具を交換し合いながら、鎌倉ダンジョンの話題を掘り進めていく。
今でこそ探索者に復帰している和歌だが、彼女は十三年前にパーティの仲間を失っており、十年程前に一度探索者を引退している。
十五年前ということは、まだパーティの仲間とともに探索をしていた時期の話だろう。
「私たちはそれなりに高ランク探索者として扱われていたんですけれど、ある日、鎌倉ダンジョンギルドから依頼が来たんです」
「依頼、ですか?」
「ええ。というのも当時、魔物の合戦が危険だからと手を出さずにいたら、その結果としてものすごく強力な骸骨武者が誕生してしまったらしいんですよねー」
和歌の体験談は、柚花から聞いている話とも合致していた。
合戦に参加している魔物――骸骨武者たちは、自分以外の骸骨を討伐することによって相手の魔力や瘴気を吸収し、己の力にしてしまう。
なので、合戦を放置しすぎると、他の骸骨武者の力を全て吸収した強力な骸骨武者が生まれてしまうのだ。
過去にはそれが原因で、探索者側に大きな被害が出たこともあるというが、もしかしたらその解決依頼を受けたのが、和歌たちのパーティだったのかもしれない。
「依頼を聞いてすぐ『これ以上犠牲者を出すわけにはいかない!』って、ヒカリが仲間に相談もなしにその討伐依頼を受けちゃいまして」
「それはまた……ヒカリさんらしいですね。それで、それは討伐できたんですよね?」
「えーと、それがですねー――」
そこで和歌の語った話。
それは、懐かしい思い出話というには、あまりにも、あまりにも、雑すぎるオチだった。
第一層で最強の存在となった骸骨武者を追い掛け、ヒカリを始め、当時の仲間たちはあの広い荒野を駆け回り、そしてようやくその姿を見つけたという。
どうやら相手側もヒカリたちを標的として定めたらしく、広々とした荒野を挟み、互いに相手目がけて駆け出したところで――。
「あの頃はちょっと、私もやんちゃでしたからねー。さっさと終わらせたくて、ヒカリたちの背後から全力の【フレアバースト】を撃ち込んじゃいました」
「ぜ、全力のあれを、ですか?」
「結局、跡形もなく消えちゃいましたねー」
残されたのは、荒野に残された巨大なクレーター。そこに生えていた木々は跡形もなく吹き飛び、ついでに仲間だったヒカリたちも吹き飛び、そして――骸骨武者に至っては、鎧の破片ひとつ残さず吹き飛んだという。
「そ、それはまた……」
絶句するしかない。
桃子は知っている。和歌の【フレアバースト】は、本当に大地にクレーターを造ることができる威力の魔法だ。
和歌は懐かしい笑い話のように語ってはいるけれど、あんな魔法を背後からいきなり撃ち込まれたヒカリたちのその時の恐怖や焦りを考えると、引きつった笑いしか出てこなかった。
「鎌倉ダンジョンの第一層はそのとき人払いをされていましたし、人的被害は皆無だったんですけどねー」
「皆無というか、ヒカリさんたちが被害者だと思いますけど」
「大丈夫ですよ、無傷でしたからねー」
大丈夫、という言葉の意味が分からなくなってくる。
「ええと……でも、とりあえず骸骨は討伐できたんですね」
「んー、そこが微妙なんです。跡形もなく吹き飛ばしてしまって、肝心の骸骨の討伐が確認できずに依頼としては未達成になっちゃったんですよねー」
「あー……」
つまり、この話は『討伐話』ではなく厳密には『討伐失敗話』だったわけだ。仮に好意的に受け取ったとしても『討伐できた可能性が高い』止まりだ。結果を聞いたギルド職員も頭を抱えたことだろう。
桃子は、いつも隣の席でにこにことしている柔和な同僚の過激な一面を、知ってはいたが。知ってはいたのだが。
内心では、もし今後和歌と一緒にダンジョンに潜ることがあっても。あまり和歌の前に立ちたくはないな、と考えていた。
「まあ、私の全力の【フレアバースト】ですから、不死身の魔物でもなければ生き残りはしませんけどねー。うふふ」
「そもそも十五年も前の話ですしね……あはは」
頭では理解している。地面にクレーターができるような爆発を食らって無事に生きている魔物などそうはいないのだ。
それがたとえ、第一層の魔物全ての力を吸収した魔物だったとしても、瞬時にして消し炭になったと考えるほうが自然である。
ただし、骸骨は――一種の不死である。身体のパーツがバラバラになったとしても、再び動き始める魔物である。
それだけが、二人の笑みに、どことなく乾いた空気を挟み込むのだった。
「そういえば、その頃にはあれってあったんですか? 人を助けてくれる『骸骨武者』の噂って」
そして、話のついでに、桃子は和歌にも例の噂について聞いてみることにした。
それは、鎌倉ダンジョンの守護者『骸骨武者』について。魔物が全て骸骨の武者なので、名称としては非常に紛らわしいが、和歌も噂程度は耳にしていたようだ。
「うーん、当時は、別段そういうお話はありませんでしたねー」
「あれ、それじゃあその頃には無かったんですかね、その噂って」
「あれは確か……三、四年くらい前でしたかねー? 一時期その噂が出回って、親方さんが、炎の武器を作ることになったんです」
「炎の武器……ですか? 魔法じゃなくて?」
桃子が、きょとんとした顔で和歌を見上げる。
和歌は、苦笑を浮かべて、当時うけた依頼についての余談を語っていく。
「噂話で『骸骨武者』は炎の刀を所有していた、なんていう目撃談があったんです。それに影響されて、誰かが依頼を出したんでしょうねー」
「炎の刀……。なんか、漫画みたいですね」
「さすがに親方さんも炎の刀は製作できませんが、炎の形をした剣とかは製作しておりましたよー?」
「へー、面白い武器を作ったんですねえ」
炎の剣。
そんなものを愛用する探索者がいたとしたら、よほどの変わり者に違いない。
頭の片隅で、どこかの『熱さ』が売りのうどん職人の姿が浮かび上がるのだが、しかし昼休みはまもなく終わり。
炎の刀も、炎の剣も。火を司る『格好いい武器』の話題はすぐに、桃子の脳裏から出ていってしまうのだった。
「ごきげんよう、柚花先輩。いまはお時間はありますか?」
桃子が和歌と鎌倉ダンジョンの話をしている頃、都内『聖ミュゲット女学園』では、二人の女生徒が邂逅していた。
三年生の教室に訪れたのは、すでにこのクラスでも顔を覚えられている、ミステリアスな雰囲気の下級生、天海梨々。時折、彼女はこのクラスに在籍する橘柚花に会いにやってくる。
「ごきげんよう、天海さん。じゃあ、お弁当箱を片づけたら行きますよ。いつもの場所でいいですか?」
「ええ、分かりました。お待ちしておりますね」
二人とも、言葉は少なく。
互いに暗黙の了解のように待ち合わせをするのだった。
そして数分後。校舎裏にある、花壇脇のベンチにて。
座って静かに本を読んでいる天海梨々のもとに、上級生の橘柚花が――いや、わかりやすく言うならば、本を読んでいたりりたんのもとに柚花がぷんすか怒りながらやってきた。
「ちょっとりりたん。用があるならメールでいいじゃないですか。教室に顔まで出すと、絶対にクラスで変な噂になるんですから」
「ふふふ。いいではありませんか、乙女たちに夢を見させてあげるくらい」
「純情なクラスメイトもいるんですから、ホントやめてくださいよ。私には先輩がいるんですから、あなたとの噂なんて冗談じゃないですよ」
「ぷりぷりしないでください。それより実は、鎌倉の件についてお話があるのですよ」
柚花の文句など素知らぬ顔で、りりたんは読んでいた本を膝へと下ろした。
本の表紙には『元ヤクザ幹部が教える500の真実』とあるが、柚花は何も見なかったことにして自分もベンチに座り、話を続ける。
「話というと? また何か、特殊個体がどうこうとか、そういう話ですか?」
「ふふふ。それはそれで面白そうなのですが、あの地の特殊個体は、今のところは下層から上がってくる様子はありませんよ」
「ああ、下層にはやっぱりいるんですね」
りりたんが柚花に持ってくる話。それは「どこそこのスイーツが食べたい」というどうでもよい話から、「まもなくダンジョンに特殊個体が出現する」などといった重要な案件まで、様々だ。
だが、どうやら今回は少なくとも特殊個体に関わる最悪な話ではなさそうで、柚花は心のなかでこっそりと安堵の息を吐く。
「本題はそこではありません。ゆかたん、先日鎌倉に観光に行きましたよね?」
「いや、別に観光に行ったわけじゃないですけど」
「ならば、出すべき物があるでしょう?」
「さては私の言葉は聞いてませんね?」
飛び出てきたのは、ダンジョンではなく観光地としての鎌倉の話題である。
どうやら今回は『どうでもよい話』のパターンだなと、柚花は内心で確信する。
「お土産です。鎌倉は日本でも有数の観光地なのですから、お土産は色々と売っていたでしょう?」
お土産の催促だった。本当にどうでもいい話だった。
柚花は「このまま無視して教室まで戻ろうかな」とも一瞬考えたが、お土産という意味では今日は実際にお土産があるのだ。
柚花はちょうど良いとばかりに、ここまで持ってきていた小さな手提げから、一つのポリ袋を取り出して、りりたんに手渡した。
「鎌倉土産じゃないですけどね。これ、先輩からのお土産です。喜んでください」
「あら、これはなんですか? なんだか、真っ黒で堅くて……魔力は豊富ですが」
「なるほど、やっぱり調理風景までは覗き見てませんでしたか」
普段からりりたんは桃子の冒険を覗き見ているような事を言っているけれど、決してそれも四六時中ではない。
たったいま柚花が手渡した袋から透けて見えるもの。それは、妖精の国の調理部屋で作られた、真っ黒くて堅い『とある食材』なのだが、りりたんにもそれが何なのかまでは分からなかったようだ。
そりゃそうだ、と柚花も思う。桃子に手渡された柚花とて、自分がなんでこんなものを学園に持ち込んでいるのかと疑問に思うくらいなのだから。
「それ、乾燥なまこです。あなたの孫たちが乾燥させたんですから、きちんともらってくださいね」
「……ふふふ。さすがのりりたんも、困惑ですよ」
それは、ヘノとニムが協力して乾燥させた、長崎ダンジョンのなまこだった。
果たして、一般的な女子高生がダンジョンの乾燥なまこを貰ったとしたら、どういう反応を見せるのが正解なのか。
りりたんにはそれがわからない。なんなら、柚花にもわからない。
ただ、本気で困惑するりりたんの姿をみて、柚花はしてやったりと目を細め、笑顔を見せるのだった。