ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『――っていうわけでね、ピサ市にある斜めの塔を、一般的にはピサの斜塔っていうの』
「うぅ……ピザ屋さんじゃないんですか?」
「なんだ。ピザ屋は。関係なかったのか」
ピサの斜塔とは、イタリアはピサ市、世界遺産「ピサのドゥオモ広場」に建つ大聖堂の楼閣である。その詳細は知らなくとも、斜めに傾いた巨大な塔の姿は誰しもが写真などで見たことがあるのではないだろうか。
さすがに、妖精であるヘノやニムがそのような知識を持つわけもないのだが、ピザ屋と間違えられ続けるのもどうかと思い、桃子はピサの斜塔について説明をしていた。
ちなみに、ヘノとニムはピサ市とかドゥオモとか言われても全然よくわかっていないが、桃子が可哀そうなのでうんうんと頷いてあげている。
『っていうか、ダンジョン内にピザ屋さんいないでしょ? どこで覚えてきたの?』
そして水の中を泳ぎながら一通りピサの斜塔について説明していた桃子だが、まだピザの話は続く。
先ほどは気づかなかったが、ダンジョン内に住んでいるヘノたちが、何故ピザ屋などというものを知っているのだろう。人間の子供の姿すら知らなかったというのに。
まさか、ダンジョン内までピザ屋の宅配がやってくるわけでもあるまいに。そうだとしたら、流石にそのピザ屋はどうかしている。
しかし、その疑問に対しては、桃子の想像の斜め上の返答が返ってくる。
「ピザなら。知ってるぞ。房総ダンジョンに。ピザ屋の。ハイタツとかいう奴が。たまに来てたからな」
「あ、あの……丸くて、色々乗ってる、不思議な食べ物ですよね……?」
『ええ、待って!? 最近のピザ屋さんってダンジョン内にまで配達するの? ウソでしょ……』
本当に、どうかしているピザ屋だった。
「たまに。房総ダンジョンの第一層で。集団で騒いでる連中のところに。ハイタツが来てるぞ」
「うぅ……桃子さん、お友達いないから……知らなかったんですねぇ……めそめそ」
『いや、友達いるからね!? ダンジョン内ではソロだけど……』
房総ダンジョンの第一層は、特殊なキャンプ場のようなものとして使われることも多い。ゴブリンや獣人たちが出没するとはいえ、ある程度腕に覚えのある探索者が数名でもいれば、殆ど危険なことはないのだ。
しかし、だからと言って。まさかダンジョン内まで宅配されるピザがあるとは思いもしなかった。
「桃子。こんど。後輩が来たときに。後輩に頼んで。ハイタツを呼んでみたらどうだ」
「わ、私も少し……興味が、あります……」
『まあ……ちょっと、興味はあるね。柚花に今度、お願いしてみようかな』
桃子は【隠遁】の効果で、ピザを頼んだとしても配達員が桃子を認識できないので受け取れない。だが、確かに柚花ならば問題ないだろう。傍から見たら柚花がひとりでピザを頼む変な子になってしまうけれど。
ピザ屋はどうかしているが、それはそれとして、ちょっとダンジョンで食べるピザにも興味がわいてきた桃子である。
なお余談だが、桃子たちがこんなどうでもよさそうな話を長々と続けているのは何故か。
それは単に、つい先程引き起こした、「ダンジョン崩壊事件」から目を背けているだけ。つまりはただの現実逃避であった。
現実から目を背けていても、正しく進んでいる限りは目的地にたどり着くものだ。
『ニムちゃん。ピサの斜塔まで来たけど、ここからどうすればいいのかな?』
目の前にそびえ立つピサの斜塔――とは、あくまで桃子が便宜上つけただけの名称で、実際には斜めに傾いているだけの大きな柱だ。
深潭宮にはギリシャの神殿を思わせるような巨大な柱が所々に建っており、この柱はそのうちの一つである。
この柱だけ斜めになっていて目印にちょうど良いということで、桃子も覚えていたのだ。
「ええと……こ、これが傾いている方向に、ずっと真っすぐって……魔女さんは、言ってました」
柱が傾いている方に真っすぐ。実に分かりやすい説明だ。
先を見てもずっと先まで魔法光で照らされた水中の景色が続くだけなので、途中で方向さえ間違えない限りは、障害物も何もないシンプルなルートと言えるだろう。
桃子はニムの案内通り、ピサの斜塔こと傾いた柱の示す方向へと真っすぐに泳ぎだす。
『わかった。でもニムちゃん、どれくらい先なのか分かる?』
「つ、突き当りにあるので……ええと、魔女さんは、12キロくらいって、言ってましたけど……」
『12キロッ?!』
想像以上の数字に、ついつい大きな声を出してしまった。
少し先にたむろしていた半魚人が声に反応し、発生源を探そうとキョロキョロしているので、桃子は慌てて自分の口を押さえる。
しかし、12kmは想定外だった。例えば、房総第一層の森林ダンジョンも広さは新宿区一つ分程度と言われている。そして新宿区は、少なくとも直径にして10kmもない。
つまりはこの深潭宮は、新宿区が丸まるひとつ入ってもまだまだ余裕があるくらいには広い空間ということだ。下手したら新宿区が複数入ってしまうのかもしれない。
それが全て水に沈んでいるのだから、最難関ダンジョンのひとつと言われるのも当然であろう。
「うっ、うぅ……」
「桃子。いきなり大きな声を出したから。ニムが怖がっちゃってるぞ」
『あ、ごめんごめん。想像以上に広かったから、驚いちゃって。こりゃ深潭宮が攻略できないわけだよね』
「桃子が驚くほど。ここは広かったんだな」
ヘノたちには人間から見た広さの感覚というのはあまり分からないようだ。
確かに、水中でも空の上でも、場所を選ばず自由に飛び回るヘノたちならば、10kmを超える広さがあろうとも、ただただ気持ちよく飛べる空間程度の認識なのかもしれない。
『うーん、少なくとも普通の人間には難しい場所かな。ま、今日は頑張って泳ごうね。水流はよろしくね、ニムちゃん』
「は、はい……!」
ニムの水流に乗って、再び人魚のように人並み外れた速度で水中を進む。
この深潭宮は、はじめこそずっと先まで代わり映えのない水で満たされた階層という印象だったが、しかしダンジョンの水底に注視してみればそれなりにバリエーションが豊かなことに気がついた。
ちょっとした建築物のようにも見える不思議な地形郡や、唐突に現れる地面の割れ目であるクレバス。海底火山を彷彿とさせるような、ブクブクと泡を発し続ける岩場など。
それらを横目に桃子はひたすら真っすぐに遊泳し続ける。
そして、たどり着いた場所は。
「こ、ここです……」
『え、ここって……壁というか、崖というか、行き止まりだよ?』
そして三層からの入り口とはかなり離れた、いわば反対側の壁面に、ようやく到着する。
しかし、そこにはただただ巨大な岩壁があるだけで、以前ペルケトゥスに連れられていったような洞窟の姿はない。
「桃子。ここ。魔力で出来た。幻覚だぞ。真っすぐ進めば。そのまま入れそうだぞ」
『嘘、これ幻覚なの? ……いやでも、触ったら壁だよ? ゴツゴツしてるよ?』
目の前の岩壁に触っても、普通に硬いしゴツゴツしている。所々には海藻のようなものが根を張ってすらいる。
とてもではないがこれが幻だとは思えない。
「それは。桃子が。幻覚を見てるからだな。目を瞑って。体当たりしてみるといいぞ」
『そうなの?』
確かに、幻覚が視覚的に影響するものだけとは誰も言っていない。手で触った感覚なども含めて、そこに感じるすべてが、幻覚なのかもしれない。
桃子には信じがたい話ではあるのだが、こと妖精のヘノが言うのだから本当なのだろう。
桃子自身の感覚よりも、こういう場合は妖精たちの感覚の方が信頼性は上なのだ。
『なんか怖いけど……じゃあ目を瞑るね、ゆっくりでもいいよね?』
ヘノを信頼するのはいいのだが、やはりそれはそれとして、目の前の巨大な壁に勢いをつけて体当たりするのは怖かった。少し距離をとってから目をぎゅっと瞑り、そして恐る恐る肩からぶつかるような体勢で岩壁へと向かい少しずつ泳いでいく。
そろそろ先ほどの岩壁があった場所だ。
まだか。
もうぶつかるんじゃないか。
桃子は自分の距離感が分からなくなってきて、とにかく壁にぶつかる衝撃を覚悟しつつも、真っすぐに泳いでいく。
「も、桃子さん……もう、目を開けても、大丈夫ですよ」
そして聞こえたニムの声に気付くと、その場で泳ぐのをストップして、ゆっくり目を開いていく。するとどうだろう、その場所は先日にペルケトゥスに連れられてきた、巨大な巨大な洞穴ではないか。
『うわあ、本当だ! 壁だと思ったのに壁じゃなかった! 不思議だねー』
「巨大な洞窟だな。クジラの。ペルケトゥスは。ここを住処にしてるんだな」
桃子の胸元から顔を出したヘノも、改めてこの洞窟の広さに感嘆の声を上げる。
やはり、風の妖精というだけあって普段は空を飛んでばかりいるヘノなので、水中の巨大洞窟というのは珍しいのだろう。
ここまで来ればニムの案内がなくとも洞窟を進むだけだ。真っすぐ進むと、以前ペルケトゥスに案内された空気のある水面へとたどり着いた。
ザバァ、と自ら顔を出すと、やっぱり桃子の口から水がぼだぼだと流れ出て、そしてやっぱり咳き込む。
これさえなければ水中呼吸は素敵な魔法なのに。
ゲホゲホ、ジャバジャバ、肺から水を排出する桃子であった。
そしてしばらく、どうにかして桃子が普通に呼吸が出来るようになるのを待ってから。
「よし。桃子。大丈夫そうだな。あとはまっすぐいって。階段を下りるだけだぞ」
「あー、あー。うー、うー。よし、声も出せるようになった!」
「み、水から陸に上がるたびに……声が出なくなるのって、な、なんか……本物の人魚姫、みたいですね」
この前朗読を聞いたばかりの『人魚姫』の物語を思い出して、ニムは小さく呟く。
残念ながら、この先にいるのは王子様じゃないけどね。
桃子も心のなかで、小さく呟き、第五層へと続く階へと踏み出した。
「ふふふ……ふふ……ぷっ……くくっ……ふふふふっ……」
夜空の下。
冷たい印象すら受ける、青い、青い花畑には少女の……いや、小さな妖精の声が響いていた。
「ふふふ……く……くるし……ぷっ……」
中指ほどに成長した今のヘノよりも大きく、サイズ的には女王ティタニアと同程度の体躯。
ティタニアと似た形をした、黒い蝶の羽根。
夜を思わせる黒い髪に、深海のような青く暗い瞳。
そんな一人の妖精が、桃子たちの姿を見るなり、滅茶苦茶に笑っていた。
笑い死にするんじゃないかというくらい、呼吸困難になるほど笑い転げていた。
「え、妖精?! え? メチャクチャ笑ってるけど大丈夫? っていうか、え? あなたりりたん……?」
桃子は困惑するしかない。
りりたんが待っているのかと思ったら、りりたんそっくりの容姿の妖精が待っていたのである。
しかも、桃子の顔を見る限り馬鹿みたいに笑い転げるのだ。
桃子はどこからツッコめばいいのかよく分からず、「え?」を連呼している。
そんな桃子に対して、状況を説明してくれたのはその黒い羽の妖精ではなく、桃子のそばを浮遊していた蒼い妖精、ニムである。
「あ……あの、魔女さんの分身が……この妖精の姿なんです……」
「ぶ、分身なんだ……?」
そういえば、確かにニムは言っていた。りりたんは【分身】のスキルを使用して、人間の少女として普通に学校に通っているのだ、と。
しかし、てっきりその作りだされた【分身】も普通の少女の姿だとばかり思っていた。妖精姿の分身をつくるスキルだなんて、聞いたことがない。
「ふふふ……か、壁が爆発して……ももたんが吹き飛んで……三人揃って、わわーって叫んで……その上……宅配ピザの話が……とても、長くて……プっ……く……くるしい」
「こいつ。滅茶苦茶。笑い転げてるな」
なんだか話題の中心であるべき少女がひたすら笑い転げていて、話が何も進まない。
どうやら、先ほどの第三層の壁面崩壊事件を、何らかの手段で覗き見ていたらしい。
桃子の顔を見て、その桃子たちが吹き飛んだりパニックになって叫んでいる光景を思い出したらしく、思い出し笑いでひたすら苦しんでいる。
桃子たちからすれば笑い事ではなく、下手したら命を失いかねないとんでもない状況だったというのに、まったく酷い話である。
「ふふふ。失礼しました。りりたん、あんな面白い光景をみたのは、この世界に生まれてから初めてなのですよ。さすが、ももたん……ぷっ…」
「あのね、私は笑い事じゃなかったんだよ」
さすがに笑いすぎだろうと、桃子が少しだけ頬を膨らませる。おこである。
ヘノより大きいとはいえ、それでも手のひらに乗りそうなサイズであることには変わりない妖精姿のりりたんが、それを見て謝罪する。
「はあ、はあ……ご、ごめんなさいももたん。私が妖精だった頃も、あんな衝撃映像を観たことがなかったので……」
「ん、わかった、許す。……って、妖精だった頃って?」
ちゃんと謝ったら許す。これが桃子の怒りかたである。
が、許すとか許さないの前に、妖精りりたんがさらりと口にした発言でおこなど吹き飛んでしまう。
「ふふふ。以前は……そうですね、ももたんに分かりやすく言うなら、『前世』のようなものでしょうか? この姿は『前世』で妖精だった頃の名残なのですよ」
「そういうことか。やっぱり。ただの人間じゃないと思ったぞ」
「す、すごいですねぇ」
「え? え? え?」
前世。
もちろん意味は知っている。輪廻転生の環の中で、自分の今の生涯が始まるその1つ前に、授かっていた生のことだ。
ヘノとニムは雑談のように流しているが、妖精界隈では前世とか転生とかいうのはそんなに普通のことなのだろうか。
桃子は和やかに言葉を交わす三人の妖精を交互にみて「え?」しか言えない生き物になってしまう。
「ふふふ。前世というか、新しく得た肉体というか、まあお気になさらないでくださいね。では桃子さん、イリアさんに解毒薬を届けに行きましょうね?」
「え? あ、はい……」
結局、妖精りりたんにさらっと話を流されてしまった。
りりたんが秘密主義なのか、本格的に会話が噛み合わないだけなのか。
今の桃子にはわからないし、きっと未来の桃子にもわからないことだろう。