ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子とヘノは、塔の壁際に沿って設置されている急勾配の階段に腰を下ろし、一息ついているところだった。
ニムが入れてくれた水筒の水で、こくこくと喉を潤わせる。第一層『枯戦場』と同様にこの第二層『五重の塔』も内部の空気は乾燥しており、気づけば喉がカラカラになっている。
「色々探したけど、さっきの球根くらいで、あとは何もないねえ」
「そうだな。だいたい。全部。荒らされてる感じだな」
球根の納められた箱をリュックに入れた後、他にもいくつかの部屋やフロアの探索を続けたものの、残念ながら収穫と呼べるものはない。持ち帰れそうなサイズのものが無かったわけではないが、ヘノ曰く「魔力もないガラクタ」ばかりだった。
荒らされている――と言うと言葉が乱暴だが、しかしすでに他の探索者の手で取り尽くされているのは確かなようだ。
しいて言えばヘノが退治した大ネズミの魔物がそれなりに上質な魔石を落としたが、時間をかけた割に入手できたのはそれくらいである。
「うーん……やっぱり、もっと奥の方に行った方が宝箱とかはあるのかな?」
「そうかもな。奥の方なら。探索者たちが見つけてない宝箱とか。あるだろうしな」
「そっかー。なんか、ごめんね?」
「いきなり謝って。どうした? もしかして。おにぎり潰しちゃったのか?」
「そうじゃないんだよなあ」
最初にヘノが延々と階段を下り続けるのにストップをかけ、手近な部屋の探索を始めたのは桃子である。
しかし結果として、それは悪手だった。ヘノに任せて階層の奥へと進んだほうが、宝箱を探す上では正解だったことに気づいた桃子は、申し訳なさでヘノに謝罪する。
もっとも、ヘノは初めからそんなことは考えておらず、ただ進みたいから進んでいただけなので、桃子の謝罪の意味はさっぱり分かっていない。
「そんなことより。桃子。せっかくだから。宝箱に何か入れておくのはどうだ」
「へ? いきなりじゃん」
「前に。武器の宝箱をあちこちにばら撒いただろ。あれみたいに。箱に何かを入れておくんだ。そうしたら。次にきた奴が喜ぶだろ。楽しくないか?」
「うーん、まあ……楽しいかも」
沈んでいた気分も、ヘノの提案でなんとなく上昇してくる。宝箱が何もないなら、自分が宝物をセットする側になればいい。逆転の発想だ。
とはいえ、この日は桃の刻印の武器など持ち込んでいないし、リュックにおにぎりは入っているけれど、さすがにおにぎりなど隠したところで二日もたたずに傷んで食べられなくなってしまうのは間違いない。
「なにかあったかな……あっ」
「なんだそれ。真っ黒で。堅そうだな」
「いやいやヘノちゃん、これ乾燥なまこだよ、乾燥なまこ」
「そういえば。そんなのもあったな」
桃子は非常食としていくつかリュックにいれておいた乾燥なまこを取り出していく。これは乾物なので、この乾燥したダンジョンの箱の中でも保存が利くかも知れない。
食べるのに非常に手間がかかるので、宝箱から入手したところですぐには食べられないが、そこは戦利品として持ち帰ってくれればいいだけだ。
「いくつかあるし。せっかくだから。このダンジョンで。ばらまこう」
「なんかもう、趣旨が変わってきてない?」
そう返しつつも、桃子もなんとなくヘノと同調してしまっている。
宝箱探しならぬ、なまこ隠し。
これが、この日の探索に。もう一つの目的が生まれた瞬間だった。
「よし。ここにはなまこを隠したし。そろそろ人間がたどり着いてないくらい。奥の方に。行ってみよう」
「あ、残りのなまこをリュックにしまうからちょっと待って待ってね」
思いついたら吉日とばかりに、持ち込んだ乾燥なまこの一つを空箱に入れて現在のフロアに隠し終えると、ヘノの次なる行動は早かった。
桃子が慌ててなまこをしまい、リュックを背負いなおす間にも、ヘノはグイグイと桃子の耳たぶをひっぱって前に進もうとする。
「あわわ、ヘノちゃん待って! 待って! 耳が伸びちゃうから、行くから、行くからちょっとストップだよ!」
「わかった」
耳たぶへのちょっかいはヘノの甘えたがりの発露だったりするのだが、桃子にしてみればあまりぐいぐい引っ張られるのは困るのだ。このままでは片耳だけが福耳になってしまう。
「準備できたか? ちゃんと。ヘノの後ろをついてくるんだぞ」
「ヘノちゃんはもうちょっと落ち着こうね。じゃあ、お願いね?」
そして再び、桃子が準備完了したのを確認してから、ヘノは桃子を先導するように飛んでいく。
風の感知で分かっているはずだというのに、チラチラと後ろを歩く桃子の姿を目視で確認しながら進むヘノを見て。
桃子は気のせいか、心と、左の耳たぶが温かくなっていくのを感じた。
ギシギシと鳴らしながら階段を下りていく。
桃子の両足には申し訳程度にヘノのつむじ風が渦を巻いているけれど、狭い通路や梁も多く、階段は急勾配なため、足取りはゆっくりだ。
ときおりネズミの魔獣や骸骨の魔物が近づいてくるが、梁の上のネズミはヘノが暴風で吹き飛ばし、近くにきた骸骨は桃子がハンマーの不意打ちで煤へと還す。今のところ、苦戦はない。
「ん? ねえヘノちゃん、あれってなんだろう」
「あれは。道だぞ」
「いや、それはそうなんだけどさ」
ビルでいうなら、すでに高層ビル一つ分くらいは下っただろうか。桃子が降りた階数を数えるのをやめた頃に、それまでとは違う風景が現れた。
桃子たちが降りたった階には、ヘノの言うところの『道』――この建物の造形にあわせて言うならば、まっすぐに延びた『廊下』が存在していた。
この塔の階ごとの広さは体育館一つ分程度だ。それを考えれば、廊下が延びたところでせいぜいが三十メートルほどが限界なはずだが、桃子の前に延びる廊下は明らかにそれより先まで延びている。
「これってもしかして、別の塔と繋がる渡り廊下かな? 廊下っていうか、長い橋みたいな」
「なるほどな。塔と塔の間にある。道っていうわけか。ヘノが見てくるから。動かないで待ってるんだぞ」
「うん、待ってるね」
ヘノは桃子に一言伝えると、すいっと遥か先まで延びる渡り廊下を飛んで行ってしまう。廊下は微妙に曲がっており、一〇〇メートルもすればヘノの姿は見えなくなってしまい、桃子は静かな塔の中に一人取り残された。
一人で周囲の部屋を探索してみようかとも思ったが、万が一何か変なことがあっても困る。ヘノに「動くな」と言われたからには、この場から動かない方が良いだろうと桃子は判断する。
桃子はその場の階段に腰を下ろしたまま、ぼんやりと頭を空っぽにしてヘノの帰還を待つことにした。
そうして頭を空っぽにして、数分は経った頃だろうか。
廊下を吹き抜ける風に乗りヘノが戻ってくるが、頭を空っぽにしている桃子はヘノにも気付かない。
ヘノは恐る恐る、桃子に近づいて声をかけた。
「桃子。大丈夫か? どうかしちゃったのか?」
「……あっ、頭からっぽにしてた! 何かあった?」
「頭からっぽじゃ。仕方ないな。向こうの方の。廊下がたくさんある場所に。なんだか探索者が集まってたぞ」
「探索者さんたちが?」
ここはダンジョンであり、探索者がいても何の不思議もない。
と言うよりむしろ、ここに降りてくるまでの間に他の探索者が一人もいなかったことのほうが意外なくらいである。それくらいには、桃子たちが降りてきた塔には人の気配というものがなかったのだ。
「あいつら。みんなして。ヘノたちとは違う。別な塔から降りてきたみたいだぞ。集まって何をするのかは知らないけど。桃子も覗きに行くか?」
「そっか、ここって入り口が五つあるんだもんね。んー、ならとりあえず行ってみようか」
桃子は今いる塔しか見ていないので、探索者たちが選んだ他の塔がどのようなものなのかは分からない。
はたして五つの塔は、どれも今の塔と同じものなのか、あるいは全く違うものなのか。
どうせ、戻るためには再び階段をひたすら上っていかなくてはならない。ヘノのつむじ風の魔法もあるので階段を上ることはさほど苦ではないけれど、どうせなら帰りは別な塔の別な景色を見てみたいとも思う。
他の探索者の集まりを覗き見するついでに、塔を変えてみても良さそうだ。桃子はヘノの提案に頷くと、まっすぐに延びた渡り廊下を進んでいく。
「でも桃子。絶対にヘノの後ろから。離れちゃ駄目だからな」
「はーい」
そしてやっはり、桃子が逸れていないかを小まめに確認しながらも。
ヘノは長い渡り廊下を、ゆっくりと進んでいくのだった。
この日。鎌倉ダンジョン第二層『五重の塔』を、渡り廊下の深度まで降りてきた五人パーティのミーティングの場には、六人の探索者がいた。
「水と食料の残りは――」
「ネズミにつけられた傷は、念のため解毒薬を――」
「第五塔の右手側の壁に手をついて進み、ここから第二塔へ――」
「ヘノちゃん。ここにも乾燥なまこをひとつ――」
「私の感知魔法も問題ありません――」
「よし、このまま――」
五人パーティの、六人目。
それはもちろん、懐にヘノを隠した桃子である。
とは言っても、パーティメンバーになりすましているわけではない。ただただ、ぬらりひょんのように、いつの間にかそこにいるだけだ。
ミーティングにある程度区切りがつくと、彼らはこの場所を休憩場所と決めたようで、廊下に荷物を下ろし、それぞれが探索者用のエナジーバーを口にしている。一方、桃子は彼らが見ていない隙に、休憩場所の隅に乾燥なまこの入った箱を隠しておく。
探索者たちが集まり、そして桃子もいるこの場所は、渡り廊下を進んだ先にあった広間である。円形のつくりになっている開けた広間で、そこには五つの廊下が繋がっている。
どうやら、全ての塔がこの中央の広間と繋がっているようだ。
「私たちが来た塔が第一塔だったみたいだね」
「そうみたいだな」
会話を聞く限り、桃子たちがやってきたのが第一塔。彼ら探索者パーティは、第五塔の壁に手をついて降りてきて、ここから第二塔へと移動するようだ。
「あの人達、なんでそんなに回りくどい移動方法をとってるのかな?」
「たぶん。バラバラにならないようにだろうな」
「バラバラ?」
「この塔。あちこちに。転移の罠があるからな」
「え、そうだったの?!」
ここで衝撃の事実が飛び出した。
ヘノの説明によれば、この階層のあちこちに転移の罠が存在しているらしい。
遠野ダンジョン第四層『マヨイガ』も、あちこちに転移ポイントが存在しているために、一度迷えば二度と出られないと恐れられているのだが、ヘノが言うにはまさにそれと同質のものなのだそうだ。
しかも、転移の罠の行き先まではヘノでも特定できないため、第二層という浅い層でありながら、場合によってはマヨイガ並みにたちが悪いと言える。
「桃子はヘノの後ろをついてきたから。そういうのは全部。避けて来てるけど。普通に歩いてたら。今頃。迷子だぞ」
「うわ、そっかー……ヘノちゃん、だから私のことずっとチラチラ見ててくれたんだね」
「桃子がいなくなったら。嫌だからな」
言ってくれればいいのに、と思わなくもないが、そういうヘノの不器用なところも好きなのだ。
探索者たちにヘノの声が聞かれぬよう、彼らから少しだけ離れた場所で、ヘノは桃子の服の胸元に隠れてこそこそと会話をする。
ヘノがもぞもぞと動く度にくすぐったい。
「多分。後輩とかなら。迷わずに降りていけると思うけどな」
「柚花くらいだからね? 見えないワープを避けて探索出来るのなんて」
「それもそうか。桃子は。ヘノについてくれば。大丈夫だから。安心するんだぞ」
「ん、頼りにしてるね」
廊下の見通しがよく、探索者たちが見張りに立ってくれているこの場所は、桃子が休憩するにも都合が良い。
桃子は廊下の端に腰を下ろして、少しだけ目を瞑る。
静かなこの空間で、数人の探索者たちの交わす会話の音が、妙に心地よく。桃子とヘノは、しばしの休憩をとるのだった。