ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ヘイ、ハスカ、そっちはどうだー?」
「あのお、それが……また、ありました!」
鎌倉ダンジョン第二層『五重の塔』の、第二塔と呼ばれる塔内部にて。
現在、とある五人組の探索者パーティが、新たに発見された部屋を探索中だった。彼らの目的はあくまで第三層へのルート開拓だけれど、まだ調べられていない場所が発見されたならば、そこを調べてまわるのは当然だ。
そんな探索中の彼らが、まさに今、ダンジョンの『謎』に直面しているところだった。
「は? あの、黒い奴か?」
「そうです。アケビちゃん、さっきの分を出せますかあ?」
「ん。こっちがさっきのやつ」
ハスカと呼ばれたのは、感知系の魔法を使用しているふんわりとした独特の雰囲気の女性探索者。戦う力は持たないようだが、この塔を進む上では彼女の力が大いに役に立っている。
進む度に空間に感知の魔法をかけ、どこにあるかもわからない転移の罠の位置を割り出すのが彼女の役目だ。
その彼女を守るようにして立つのは、アケビと呼ばれた、鋭い雰囲気を持っている女性探索者だ。
短剣を装備した彼女は、剣士というよりはスカウトや斥候の役目らしく、新たな部屋では、彼女が主にメインの探索役を買って出ている。
そして、そんな彼女らがこの部屋で見つけたもの。
それは――。
「ワオ、本当だ。これで三つ目か? しかし、こりゃあ一体……」
黒くて、硬くて、ゴツゴツした不思議な物体。まるで――禍々しい触手のような存在が干からびてミイラになったかのような、少なくとも、この『五重の塔』では初めて観測される代物だった。
それが不思議なことに、彼らの行く先々で発見されているのだ。
はじめは、途中で休憩した渡り廊下の中央部屋。全員でのミーティングが終わり、ふと室内を見渡したところで、見知らぬ箱を発見したのだ。
そこに入っていたのが、この黒くてゴツゴツしたもの。何かを乾燥させたものなのだろうが、これが何なのかも分からない。
「何かしらの魔物の遺体……にしては、煤にならないのはおかしいんだよな。ホワッツ? 原生生物か?」
「不明だね。誰が、何のためにこの塔に残していったのか」
それが一つならば、まだよかった。
しかし、行く先々で彼らを先回りするようにして発見されるそれに、何らかの意味が込められているような気がしてならない。
彼ら探索者パーティは、第三層へのルート開拓とともに、不思議な黒い物体の謎とも戦っているところだった。
そして、この部屋にいるのは彼ら五人だけではない。
「桃子。この遊びはなかなか。面白いな」
「遊びっていうか、悪戯っていうか。なんだかちょっと、驚かせすぎてる気もするけど」
室内には、彼らとともにこの場所までやってきた六人目の探索者――つまりは【隠遁】で姿を隠している桃子が、ちゃっかり彼らに同行しているのだった。
そしてもちろん、彼らが先ほどからしきりに困惑している『黒い謎の塊』は、乾燥なまこである。
作りすぎた乾燥なまこを、彼らが探索する部屋にこっそりと置いておき、彼らがそれを見つけて驚く姿を楽しむという、ヘノ考案の悪戯だ。
「ヘノと桃子が楽しくて。探索者は喜ぶんだから。このくらいなら悪戯をしても。いいだろ」
「まあ、喜んでるかどうかはちょっと怪しいけどね」
「どうせなら。さっきのおにぎりも。全部食べずに残しておけばよかったな。おにぎりがあったら。こいつらももっと喜んだろ」
「そうだね。このやりかたなら、新鮮な食べ物とかも提供できるかもしれないね。カレーとか」
「宝箱から。カレーが出てきたら。みんな喜ぶぞ」
元々、彼らに同行するつもりなどはなかったのだが、ヘノがこの悪戯を思いついたことで、桃子とヘノも彼らに同行することが決定したのだ。
はじめのうちは、桃子も純粋にこの悪戯を楽しんでいた。誰も損をしないし、なんなら乾燥なまこはきちんとした食べ物なのだから、彼らとしてもプラスしかないはずなのだ。
だが、本気で困惑し、悩み始めた探索者たちの姿を見ていると、なんとも気まずい思いがこみ上げてくる。
せめて、もう少しわかりやすい食料や薬草にしたほうが良かったかな? と、今更ながら迷いが生じていた。もちろん、手遅れだ。
「でも桃子。あのゆるっとした勘のいい女には。近づきすぎるなよ。もしかしたら。【隠遁】も。破られるかもしれないぞ」
「え、そう言われると……なんだか緊張するなあ」
ヘノの言葉に、視線の先にいるハスカという女性に注視する。彼女はいわゆる『感知系魔法』と呼ばれる特殊な系統を操る魔法使いだ。
彼女は時折、何かを探すように背後に視線を向けてくるときがある。それは決まって、桃子とヘノが会話をしている最中だ。
柚花や檸檬のように『見破る』ことに特化したわけではないようだが、感知を得意とするスキルの持ち主には注意しなければいけない。
さすがに、ぬらりひょん擬きの悪戯犯として、見知らぬ探索者たちに叱られるのは桃子も遠慮したい。
そんな風に、勘の鋭い女性探索者に少しだけハラハラしながらも、室内の探索を進めている矢先のことだった。
ハスカとアケビの二人の女性探索者――と、桃子とヘノ――が室内を探っていると、階段や廊下を見張っていた男性探索者たちの声が響きわたった。
「出た、魔物だ! 骸骨が湧き出てきた!」
その声に反応し、すぐに桃子もハンマーに手を添えて、敵襲に備える。
当然、彼らの仲間であるハスカとアケビもそれぞれが魔法杖と短剣を構えて、部屋の探索から魔物との戦いにスイッチを切り替える。
しかし、そこに焦りの色を色濃く見せているのは、ヘノ曰く『ゆるっとした勘のいい女』ことハスカである。
「でもここ、まだ罠の感知が終わっていないので……まずいですよお? まずーいですよお?」
「そう。動き回っちゃ危険てことね」
「オーケイわかった! ハスカとアケビはそこで動かず身を守れ!」
「動かずって、ええと、頑張りますけどお」
「はあ。こっちに魔物がこなきゃいいけどね」
この階層には、あちこちに転移の罠がある。遠野ダンジョン第四層『マヨイガ』と同様に、迂闊に移動をすると全く違う座標へと飛ばされてしまうのだ。
しかも、大体の場合は転移の罠というのは一方通行であり、危険な場所に飛ばされてしまえばそこから二度と戻れなくなることもある。
「桃子も気をつけろ。すぐそこの。床の色が変わってる場所に。転移の魔法がかかってるからな。触れたら。どこに飛ばされるかわからないぞ」
「えっ!? すぐそこって、ハスカさんとアケビさんのすぐ後ろ……ってこと!?」
この場で、転移の罠を感知できるのは魔法使いのハスカと、妖精のヘノだけだ。特にヘノは感知魔法を使うまでもなくその瞳で全て見通しているため、ヘノについている限りは桃子が転移の罠に飛ばされる恐れはない。
けれど、この場で戦っている探索者たちは別である。彼女らは転移の罠に気付いていない上に、そのすぐ側で魔物と戦うことになる。
桃子は慌てて彼女たちを守るべくその近くで構えるが、下手に近づきすぎて桃子が罠に触れてはどうしようもない。ヘノから場所は聞いたけれど、実際の罠を桃子は目視できないのだ。
「仕方ないな。ヘノが助けてやるか。あいつら。上に集まってるネズミの群れに。気づいてないからな」
「え!? うわ、本当だ!!」
ヘノの言葉に釣られるように真上を見てみれば、そこには何体かの動く巨大な魔獣の影が見えた。
完全に、探索者たちは気付いていない。なんなら、桃子もヘノに言われるまで気付きもしなかった。
唯一その襲撃に気付いていたヘノが躍り出て、ツヨマージに魔力を込める。無防備に探索者たちに姿を現すことになってしまったが、戦闘中だ。彼らもわざわざ背後の何もない場所に視線を向けたりはすまい。
ヘノの魔法が迸る。ごう、と強い風が室内に吹き荒れた。
そして――。
「上だ! 上にも魔物がいる! デンジャーだぜ!」
「挟み撃ちかよ! くそ!」
急に発生した強風を気にして上を向いた剣士の叫びと、奇襲を暴風に妨害されたネズミたちが騒ぎ出すのは、ほぼ同時。
探索者パーティたちの、転移の罠に晒されながらの乱戦が、いま開始されるのだった。
「このぉっ!」
桃子がハンマーを一振りすると、ネズミの魔獣が一匹ぺたんこになって煤へと還る。
ネズミの魔獣たちは、柱を一直線に駆け下りてきた。骸骨などよりも圧倒的に速く、この梁や柱の多い『五重の塔』では四方から襲い来るネズミの魔獣は大きな脅威となっている。
そして、前方から襲いかかってきた骸骨たちもまた、油断出来る相手ではない。技量や耐久力に劣っていたとしても、骸骨たちは生半可な衝撃では煤に戻らず、何度でも復活してくるのだ。
それでも所詮は第二層の魔物であり、単体ではどうということはない。つまり、問題は数そのものだ。とにかく倒して、数を減らさなくてはならない。
「さすが桃子。ネズミも一撃だな」
「ヘノちゃんのサポートがなかったら危なかったけどね。それに、探索者の皆も戦ってくれてるから――」
桃子は倒したネズミが煤になって消えたのを確認すると、後ろを振り返り、そこで戦っているはずの探索者たちの方へと視線を向ける。
が、桃子はそこで、硬直する。
「わあ、妖精だあ……!」
「しまった。見つかったか」
ゆるっとした探索者、ハスカが。
ネズミの襲撃を受けている最中だというのに、背後の空間を――そこに漂う緑の光に気付き、呆然としていた。確実に、ヘノが見つかった。彼女は、ヘノをしっかりと見つめている。
そして、そのハスカの行動は。この戦闘中では、致命的とも言える『隙』となる。
「ハスカ! なにぼーっとしてっ……!!」
「きゃあんっ!」
「あっ!」
ぼーっとしているハスカの真横から、ネズミの魔獣が強襲をかけた。そのハスカに飛びかかり、抱きしめるようにして魔獣の牙から庇ったのはアケビだ。
そして最後の「あっ!」は、すぐ横にいた桃子である。
というのも、ハスカを庇ったアケビが、そのまま横っ飛びをする形で色違いの床の上へと着地し――。
そのまま、消えてしまったのだ。
「ヘイヘイ! ハスカ、アケビ、どこだ!? おいっ!!」
「くそっ! 骸骨ども、さっさと煤になってくれ!」
戦っていた残りの三人が、悲痛な叫びを上げる。
それでもなお、骸骨は何度も復活をとげ、ネズミたちは未だ数がいる。
もっとも、数が多くともあくまで第二層程度の敵である。彼らの技量ならば、時間はかかれど後れをとることはないだろう。
けれど、消えてしまった仲間は、彼女らの安否は――。
「う、嘘……」
「まずいな。転移の罠。消えかかってるぞ」
転移の罠は、あくまで罠なのだ。獲物がかかれば一時的にその役目を終え、その場から消えていく。
桃子はヘノの言葉を聞き――ギュッとハンマーの柄を強く握りしめて、彼女らが消えていった空間を睨みつける。
その目に、迷いはない。
「……行こう、ヘノちゃん、罠の場所教えて!」
「仕方ないな。そこの柱に向けて。まっすぐだ。もうすぐ消えるぞ」
「こっち? ええと……ええい、ままよ!!」
桃子には、罠の姿が見えない。けれど、ヘノの声は聞こえる。ヘノの姿は見える。
だから、ヘノを信じた。
桃子は、ヘノが指し示す方向に、ヘノと共に全力で飛び込んでいった。
視界が一瞬暗転し。
そして、次に目を開けたときには、桃子は全く違う景色の中に立っていた。
「ヘノちゃん、ここ……」
「まずいな」
ふと、空気が変わる。
桃子が目を開くと、そこには一面の、赤。
それは、彼岸花だ。
「桃子。気をつけろ。ここ。下層だ」
ヘノの冷静な声だけが。
一面の彼岸花に彩られた大地に立ち竦む桃子の耳に、嫌にはっきりと届くのだった。