ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
その空は、曇天のように厚い塵に覆われており、世界を茶褐色に染めている。
そして、その下に広がる大地には。
見渡す限りの赤い――赤い彼岸花が、咲き乱れていた。
「これ全部、彼岸花……なの?」
初めて訪れるダンジョンというものは、それがどのような階層であれ、最初はその未知の姿に驚かされるものだ。
けれど、この彼岸花の大地は、何か違っていた。
たとえるならば、初めてりりたんと遭遇したとき、あるいは初めてニライカナイの第三層に踏み込んだときと同様の、儚さを、寂しさを、恐ろしさを。桃子は心の中で、感じていた。
ここから先は、怖い場所だと思った。
「桃子。ここは瘴気が濃い。ヘノから離れるんじゃないぞ」
「……う、うん」
立ち竦む桃子の肩に着地したヘノが、つんつんと桃子の頬を突いて話しかけ、桃子はようやく我に返る。
そして、いま自分がやるべきことを思い出した。いまは決して、初めて見る階層を眺めて、その感想を心に描いている場合ではない。自分たちは、転移に巻き込まれた探索者たちを追ってきたのだ。
しかし。桃子が周囲を見回しても、そこに先ほどの女性たちの姿はない。
「ヘノちゃん! さっきの二人……ええと、ハスカさんとアケビさんは?!」
「ゆるっとした奴と。無口な奴か。転移のタイミングがずれて。離れたところに出ちゃったみたいだな」
「じゃあやっぱり、あの二人もこの場所に飛ばされたっていうことでいいのかな。探さないと!」
「そうだな。探してみるか」
幸か不幸か、桃子が転移してきた現在地には魔物らしき姿はない。
けれど、先に転移してしまった二人も無事だという保証はない。無口な方のアケビはまだ短剣で戦う心得があったが、ゆるっとした方のハスカは感知に特化した能力のようで、彼女は骸骨やネズミと戦う力すらろくに持っていなかったのだ。
桃子はまずその場からすぐ近くの、地面が盛り上がった高台へと駆け出した。まずは何よりも、彼女らの身の安全を確保しなければいけないと、どうにか冷静さを保ち身体を突き動かしていく。
高台に到着すると、そこから見える景色は見渡す限りの彼岸花だった。桃子に続いてその赤い世界を見回したヘノは、その場で高々とツヨマージを掲げる。すると、ふわっと空気が動き始めた。
階層が変わっても相変わらず風の吹いていないダンジョンだったが、神槍ツヨマージを中心として、ヘノの魔力の込められた風が最初はゆっくりと、そしてだんだん疾風となり、彼岸花の大地を駆け巡っていく。風が彼岸花を揺らし、広範囲に巨大な花びらの波紋が広がっていく。
そして――。
「いたぞ。あっちだ。魔物に囲まれてるみたいだな」
「魔物に?! ヘノちゃん、すぐ行こうっ!」
「そうだな。急いで。助けにいくか。桃子はヘノから離れるんじゃないぞ」
「わかった!」
ヘノが場所を確認するや否や、桃子の両脚につむじ風の魔法をかける。
初めて訪れる階層で、しかもどちらを向いても見渡す限りの彼岸花だ。どちらが入り口なのかもさっぱり分からない。
だから桃子はただ、ヘノを信じて。ヘノがツヨマージで指し示した方角へ向けて、とにかく全力で駆け抜けるのだった。
桃子たちが高台で二人の探索者の行方を捜していた頃。
当の二人の探索者――ハスカとアケビの二人もまた、彼岸花に埋め尽くされた見知らぬ階層に落とされて、そして運の悪いことに、魔物たちに囲まれていた。
ガチガチと関節を鳴らし、あるいは地面からボコボコと現れ出たそれは、鎧を着込み、各々が武器を手にした骸骨たちだ。
「まずいですよお、まずいですよお! アケビちゃあん、ここって噂の第三層ですよお!」
「わかった、わかったからハスカは身を守ってて」
ハスカは、戦う力を持たない魔法使いだ。ゆっくりと自分たちを包囲するように集まってくる骸骨に向けて、魔法杖をぶんぶんと振り回すようにして威嚇するが、残念ながら全く恐ろしさはない。そもそも、骸骨の双眸にあたる暗い穴が、ハスカに視線を送っているのかどうかも怪しい。
そしてもう一人の女性探索者、アケビはその手に短剣を構え、ハスカを守るように彼女の前に立ち、迫り来る骸骨たちへと備えていた。
骸骨は耐久性が高いものの、その強さとしては程々だったはずだ。持久戦を覚悟しつつ、アケビは短剣へと魔力を込めていく。
「気をつけてくださいね、この骸骨、上層のやつより強いですよお!」
「わかった、わかったからハスカは身を守ってて」
ハスカは、戦う力こそないものの、対象を感知し、状態を詳しく知る能力を持っている。
その彼女が『上層より敵が強い』と言うのならば、この目の前の骸骨武者たちは本当に強いのだろうとアケビは理解する。そして、覚悟する。
先ほどはいきなり視界が切り替わり、気づけば別な場所で骸骨に囲まれていたのだ。実を言えば、この事態にまだ理解は追いついていない。
けれど、大切なハスカを守らなくてはいけない。その使命感だけは、紅く、煌々とした『闘争心』として。
アケビの心の中で熱を帯びていた。
目の前で構えていた骸骨の腕がしなり、刀が振るわれる。
瞬発力でいなし、その肘から親指に向かって延びる橈骨を砕くように短剣を叩きつける。
別な骸骨が切りつけてくるが、先に斬りかかってきた骸骨を軸にするように入れ替わり、同士討ちを誘引する。
しかし、休んでいる暇はない。ふ、と肺の空気を全て出し、全身のバネを使いその場から飛び退くと、別な骸骨の振るう槍の穂先がたった今いた空間を薙ぎ払う。
目の前にいた骸骨たちが巻き添えで槍に砕かれたが、一分もせずに復活し襲ってくるだろう。
「くっ……!」
骸骨たちは、強かった。
上層で戦ってきた骸骨とは、そもそも魔物としての格が違っていた。純粋に力が強く、動きが機敏だ。そしてその武器を操る技量もまた、明らかに高くなっている。
恵まれた瞬発力と速度によって、アケビはどうにか骸骨の振るう鈍く光る刃の数々をいなし続けていた。
けれど、完全に決定力不足であり、そして多勢に無勢であった。
幸運によるものか、別な理由があるのか。骸骨たちの矛先はアケビに集中しており、無力なハスカに襲いかかる魔物がいないことだけが救いである。
「うわあ、アケビちゃあん! このお! 骸骨このお!」
背後で縮こまっていたハスカが骸骨の群れに向かい杖を振り回し、手当たり次第に石を投げ、空の木箱を投げ、乾燥なまこを投げつける。
骸骨たちがそれに気をとられている隙に、アケビが敵の囲みから離脱する。
「ハスカ、助かった。でも、無理せず身を守っててね」
「わ、わかりましたあ!」
桃子たちがそこに辿り着いたのは、アケビが奮闘している最中のことだった。
赤い彼岸花のなかで、丸まっているハスカ。短剣で何体もの骸骨を相手取っているアケビ。
骸骨の数は五体ほどだが、見るからに上層の骸骨たちより練度が高く、アケビの分が悪い。
「ヘノちゃん、あそこに二人が! すぐに行こうっ!!」
「……待て」
しかし。
桃子が駆けつけようとしたところで、その両足に纏われていたつむじ風が、消える。
ヘノが、魔法を解いたのだ。
いきなりのことで桃子はつんのめりそうになる。
「ヘノちゃん?! どうしたの?! 二人が……っ」
「待て。違うんだ。違うんだ桃子。何か。おかしいんだ」
「え……?」
突然のヘノの行為に、桃子があわてて振り返る。
今は、あそこで襲われている二人を助けるべきときだ。足を止めている場合ではない。
それは桃子も分かっているし、当然ヘノもそのつもりでこの場所までやってきた。
けれど、ヘノの愕然とした表情を見て、桃子も言葉をなくしてしまう。
いつも無表情で、しかし強気なヘノが、本当に焦っている。困惑している。
何かを恐れている。
「何かおかしい。なんだ? なんだ?」
「ヘノ……ちゃん?」
そして、それはヘノの困惑の呟きと、ほぼ同時だった。
アケビたちを囲んでいた複数の骸骨たちが。
突如として現れた骸骨――甲冑を着込んだ骸骨武者によって。彼の構える、赤く煌々と光る、炎の刃によって。
その刃の、ひと薙ぎで。
舞い上がる炎とともに、殲滅されたのだ。
「え……?!」
それは、ものの数秒足らず。
アケビとハスカの目の前にいるのは、瞬時にして、炎の刃を持った骸骨の一体だけとなった。
「桃子。気をつけろ。あれがなんなのか。わからない」
「まって、あれって……炎の刀だよ! ヘノちゃん、あれは――『骸骨武者』だよ!」
桃子はすぐに、あの『武者』の正体に思い当たる。
この鎌倉ダンジョンにて語られる『骸骨武者』は、彼岸花の咲き乱れる階層で、炎の妖精を引き連れて。炎の刀を手に、人々を救い出す存在なのだ。
炎の妖精こそ見あたらないが、それ以外は全てがその噂に当てはまっていた。
「桃子が話してた。人間を守ってるっていうやつか? でも。あれは――そんなこと。そんなこと。あるのか?」
それでも、ヘノはひとりで困惑し続けている。
通常の人間の感知能力しか持たない桃子には、残念ながらヘノが何を恐れ、何に戸惑っているのかはわからない。
けれど、ここで足を止めていても仕方がないことだけは間違いない。
桃子はヘノの小さな手を指先で摘まんで、視線を合わせた。
「とりあえず! とりあえずヘノちゃん、私たちも行こう! 分からないなら、まずは調べよう! 急がば回れだよ!」
「……そうだな。イソガバだ」
イソガバを回す。
それが何なのかは分からないけれど、今こそイソガバを回すときなのだと。
桃子とヘノは、意味も分からずに、二人で頷きあうのだった。
「アケビちゃあん、これは、アレじゃないですかあ?!」
「アレかもしれないし、違うかもしれない……」
一瞬にして、炎の刃で周囲の骸骨が両断された。骸骨たちは復活するそぶりもなく、彼岸花の中に沈み、パチパチと炎に焼かれて、煤となっていく。
ハスカはもとから縮こまって騒ぐだけだったが、つい今し方まで勇敢に戦っていたアケビもまた、新たに現れた存在の実力を肌で感じ、逃げ腰だ。すでに闘争心は失せ、恐怖心に変わりつつある。
『……弱し……』
「うわあ! 喋ったあーっ!」
「ハスカ、お願いだから静かに」
新たに現れた骸骨――『骸骨武者』は、周囲の魔物を両断すると、その炎の刃を下ろして、二人の人間を見つめる。
髑髏の窪んだ相貌には、当然眼球などはなく、そこには暗い闇しかない。しかし、それでも。
ハスカとアケビは、己の全てが見透かされるような視線に晒されていた。
「わ、わかりましたあ! これですねえ!? この、黒くて堅いやつを御所望ですよねえ?! ど、どうぞ!」
「ハスカ、お願いだから静かに」
ハスカが、何を思ったか己の鞄から、黒く堅いもの――乾燥なまこを、『骸骨武者』へと差し出した。
先ほどの骸骨の群れにすでにいくつか投げつけてしまったので、手持ちとしてはこれが最後の一品だ。
恐る恐る差し出されたその乾燥なまこを、『骸骨武者』は、その骨だけの左手で受け取り。
『……奇怪なり……』
粉砕した。
「あ、違いましたかねえ?!」
「桃子。あの骸骨。なまこの魔力を。吸収したぞ」
「なまこの魔力を……っ」