ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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骸骨武者

 骸骨武者。

 それはこの鎌倉ダンジョンにて噂されている都市伝説の一つである。

 彼は、見知らぬ空間――彼岸花の花園に迷い込んでしまった探索者を守り、地上へと案内してくれるという、そんな噂話だ。

 そしてまさに今、第二層に存在した転移の罠で下層まで飛ばされてしまった二人の女性探索者が、彼の眼前で震えている。

 

『弱き者。ここは……戦場……貴様らの訪れる場所では……ない……』

 

「ひ、ひいっ……」

 

「ハスカ?! な、何を……」

 

 骸骨武者は、喉も口もなくなっているその身体で、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。

 まるで、音で聞こえているはずなのに脳に響くような声色で、二人に向かい『弱き者』と呼びかける。

 彼は、おもむろにハスカに歩み寄り。

 そして。使い古し、傷だらけになった小手から、白い骨だけになった手を差し出す。

 

 それは。まるで一つの流れのように、極めて自然な動作だった。

 落とし物を拾うように。荷物を持ち上げるように。カレーをスプーンですくい上げるように。

 何の威圧もなく、害意もなく、そして――優しさもなく、骸骨武者は自然にハスカの衣装の首元をつかみ。あっさりと持ち上げて。

 

「ぐええ」

 

『還るがいい……』

 

 放り投げた。

 

「ひょええええ!」

 

 ハスカが空を飛ぶ。ヘノと桃子は、離れた場所から目を丸くしてそれを眺めている。

 

 続いて、短剣を構えたアケビへと振り返る。

 彼はアケビが突き出した短剣を、まるで埃を払うかの如く、流れるような動きであしらうと、やはり先ほどと同じくアケビをあっさりと掴み上げて。

 

『弱き者に……用は、ない』

 

「なっ!?」

 

 放り投げた。

 

「うわああっ!!」

 

 アケビが空を飛ぶ。

 しかし、宙へと放り投げられたハスカとアケビが着地することはない。

 いや、彼女らは悲鳴を上げながら着地したことだろう。ただしそれは、この彼岸花の大地ではなく、ここではない何処かである。

 彼岸花の花畑に投げつけられたはずの彼女らの姿は、着地寸前で。音もなく消えてしまった。

 

 

 

 

 

「き、消えちゃった!?」

 

「安心しろ。桃子。あそこに転移の膜があるんだ。多分。上層に。転移したんだと思うぞ」

 

「あっ、そうなんだ……?」

 

 離れて見ていた桃子の視界からは、先ほどまで騒がしくしていた女性探索者たち姿はすでに、消えていた。

 もっとも、ヘノの見立てでは彼女らは上層へと飛ばされたようだ。上層だからと言って安全とは限らないが、端末でギルドや仲間に連絡が取れるのならば、きっとどうにかなるだろう。

 残るは――彼岸花の咲き誇る大地に佇むのは、古めかしい甲冑に身を包んだ骸骨武者だけである。

 彼の刀は、パチパチと。小さな火の粉を散らしながら燃え続けていた。

 

「つまりさ。噂は本当だった……っていう、ことだよね?」

 

「噂か。桃子が話してくれたやつだな」

 

「うん。『骸骨武者』は本当に、迷い込んだ人間を魔物たちから守ってくれるって。ええと、あれって魔法生物なのかな?」

 

「わからない。ヘノには。魔物に見えるけど。でも。あいつの魔力は――魔物のものだけじゃないんだ」

 

「えと、どういうこと……?」

 

 桃子は、言葉を濁すように言うヘノに視線を向けて、聞き返す。

「魔物に見える」というヘノの言葉。

 魔力や瘴気を目視できるヘノの言うそれはきっと、見た目だけの話ではないのだろう。

 

 しかし、そこにいる骸骨武者は、やり方は少々荒っぽくはあったものの、探索者たちを救い出してくれた。それは、噂に違わぬ姿である。

 事実、このダンジョンに出没する数多の骸骨たちと外見上は大差ないはずだというのに、そこにいる存在からは守護者として語られるだけの何か――不思議な力を、桃子も肌で感じ取っていた。

 だから、やはり。桃子にはあれが魔物だとは思えなかった。

 

 それでも、ヘノの顔色は優れない。

 ヘノはその手にツヨマージを構えて、骸骨武者へと向けている。すぐにでも、戦えるように。

 そして。

 戦いに備えているのは、ヘノだけではなかった。

 

『妖精……焔とは、違うようだが……闘争に、不足……なし……』

 

「えっ?」

 

 あろう事か、骸骨武者は下ろしていた刀を再び両手で構え、その刀身に激しい炎を宿し始める。パチパチと火花を散らしていただけの刀が、再び。赤く、赤く、燃え上がる。

 赤い光に照らされた骸骨の相貌がジッと見ているのは、先ほどから離れて様子を見ていたはずの、風の妖精の姿だ。

 

「こいつも。やる気だな。聞きたいこともあるし。ちょうどいい」

 

 ヘノがふわりと宙を舞い、骸骨武者の正面に躍り出る。

 風の吹かぬ彼岸花の大地に、ヘノを中心にした風がゆっくりと巻き起こり始めた。風はゆっくりと、しかし巨大な渦となり、この戦場を風の領域へと変えていく。

 風の中で、ヘノと骸骨武者が、睨みあう。

 

「ちょ、ちょっと待って! なんで二人が戦おうとしてるの?!」

 

「桃子。気をつけろ。こいつは人間の味方なんかじゃないぞ」

 

「え、でも! だって、さっきは……!」

 

 桃子は、骸骨とヘノを交互に見る。

 あの骸骨は、間違いなく人間を助けてくれた。もちろん、人間の味方だからと言って、妖精の味方だとは限らない。

 けれど、けれどだ。

 桃子は、骸骨武者はもとより、ヘノの考えていることが分からず、その場でおろおろと困惑を隠せずにいる。

 

『そちらの人間は……弱い。……用は、なし』

 

「桃子のことも。見えてるみたいだな」

 

「うわ、えと、あの、骸骨さん! 私、戦う気とかはなくて! あなたの噂を聞いてきたんですけど……!!」

 

 この骸骨は、桃子の姿も見えているようだ。

 しかし、桃子はそこに驚きはしない。彼が本当にこのダンジョンに住まう『守護者』だというのならば、ポンコのように、パイカラのように、桃子の姿を認識できたとしても何もおかしいことなどないのだから。

 

『……笑止……』

 

「え、あの……骸骨さん?」

 

『……』

 

「無視されちゃった」

 

 桃子の姿が見えてはいても、コミュニケーションを交わす意志はないようだ。返ってきたのは「笑止」の一言のみである。

 認識されているからと言って、相手をしてもらえるとは限らない。そう分かってはいても、桃子の心の中に空しさがこみ上げる。

 そんな桃子の何ともいえない感情をよそに、ヘノがツヨマージを軽く振る。すると、先ほど消えたばかりのつむじ風の魔法が再び発生し、桃子の両足にまとわりつく。

 

「桃子。念のために伝えておくぞ。さっきの人間達が消えた場所。分かるな。あそこが出口だ」

 

「ヘノちゃん、待って、本当に戦うの?」

 

「戦うぞ。こいつには。聞かなきゃならないことがある」

 

『……妖精……いざ、参る……!』

 

 困惑から復帰できないままの桃子を残して、両者が共に動きだした。

 桃子は単に、守護者が本当にいるのならば。会いたかっただけなのだ。言葉を交わしたかっただけなのだ。

 それがまさか、どうして骸骨武者とヘノがその闘争心を隠すことなく、相対しているのか。桃子にはわけがわからない。

 だが、焦る桃子のことなどお構いなしに、骸骨と妖精は――互いの力を、全力で放出した。

 

 

 

 

 桃子の目には、その動きは見えなかった。

 骸骨武者が、目にも留まらぬ速度で炎の剣を走らせる。

 紅蓮の光の筋が空中で弾けたかと思えば、しかしそれと同時に圧縮された暴風の渦が大気中で爆発し、骸骨武者を吹き飛ばす。

 

「きゃあっ?!」

 

 訳の分からないまま、桃子の小さな体躯も衝撃の余波によって吹き飛ばされ、彼岸花の大地に尻餅を打つ。

 それでもなお、ヘノと骸骨武者は、止まらない。

 

「くそ。こいつ。やっぱり――」

 

 桃子が慌てて顔をあげると、そこには人ならざるもの同士の激しい戦いが繰り広げられていた。

 ヘノがいくつもの風を砲弾のように打ち込んでいく。空中に舞う彼岸花の花びらが、いくつもの風の弾丸に吸い込まれていく。彼岸花の赤い色を巻き込んだいくつもの風の弾が、骸骨武者めがけて発射される。

 けれど炎の刃は、その風を斬り裂いた。弾丸を斬り裂く骸骨武者の動きは、すでに人間である桃子にはついていけるものではない。

 もはや、コミックの世界のそれだ。

 

「風が、斬られてる……」

 

 桃子は、唖然とする。

 目に見えない風の弾丸を切り裂くなど、どれほどの瞬発力と判断力があれば可能なのだろうか。

 もはや、人間業ではない。もっとも、ヘノも骸骨武者もはじめから人間ではないけれど。

 

 桃子が驚く間に、一度距離をとったヘノが声を上げる。

 いつもならば淡々としたヘノが、声を荒げる。

 

「答えろ。骸骨。どうして――」

 

 ヘノは、一瞬だけ言いよどみ。

 それでも、強く、言葉を叩きつけた。

 

「どうして。魔物が。妖精の力を持ってるんだ!」

 

 桃子が息をのむ。しかし、骸骨は答えない。

 あたりには、ヘノを中心とした風の音だけが響きわたっている。

 

『……』

 

「くそっ」

 

 ヘノの問いかけにも、骸骨武者は答えない。

 骸骨武者は無言のまま、更に刃に強い炎をまとわせて、ヘノの周囲を取り巻く暴風の盾を斬り裂いていく。圧縮された嵐を、紅蓮の刃で斬り刻んでいく。

 風に巻き込まれていた彼岸花の赤い花が飛び散り、それはまるで――ヘノがまき散らす、大量の血液のように見えた。

 

 そしていつしか、ヘノの周囲の風が全て斬り裂かれ、無防備な妖精の姿が露わになる。

 

『いざ……』

 

 桃子の中で、その光景がスローで再生されていく。このまま次にあの刃が翻れば、ヘノに届いてしまう。

 

 ヘノならば、如何に相手の速度が速かろうが、避けられる。ヘノならば、即座に上空に逃げられる。ヘノならば、ヘノならば。

 そんな希望に満ちた楽観的な考えが過るのは、しかし、たったの一瞬にも満たなかった。

 桃子の世界は、急速に覚醒する。大切なもののために、全身が、全力で動き出す。その身に宿る大量の魔力が全身を駆けめぐり、一気に燃え上がる。

 スローだった世界が、色を、音を取り戻す。

 

 次の瞬間。

 炎が煌めき、宙に舞う妖精へと光が走り――。

 

 ドゴン

 

 爆音と共に、骸骨武者の全ては阻まれた。

 臓腑を揺らすほどの衝撃と共に大地が爆発し、地面が弾け飛ぶ。

 間一髪。その衝撃を避けた骸骨武者は背後に飛び退き、たたらを踏む。

 

「桃子!?」

 

 爆発と共に弾けた土と彼岸花が、パラパラと地面に降り注ぐ。

 彼岸花の雨のなか。ヘノの眼前には、大切な妖精を骸骨武者から守るように立ち塞がる桃子の背があった。

 

「ヘノちゃんに……ヘノちゃんに! 酷いことしないでっ!!」

 

 地面にはハンマーの一撃による大穴が空いており、その穴を挟むように、桃子は骸骨武者と対峙する。

 その瞳は、怒りに燃えていた。守護者だとか、魔法生物だとか、そんなことはもう。どうでもいい。

 桃子はただヘノを守るためだけに、骸骨武者に牙をむいた。魔力を燃やし、戦う力に変換する。

 身体が熱くなる。手が震えている。全身の魔力が暴走し、気を抜けば倒れてしまいそうになる。

 けれど、桃子は強く、骸骨武者を睨みつける。

 

『……人間。弱者かと、思ったが……なかなかの……闘争心……』

 

「バ、バカにしないで! わ、私だって、戦えるから!」

 

『ならば……戦うのみ……!』

 

 骸骨武者が炎を迸らせ、数メートルの距離を瞬時に詰め、桃子に迫る。

 だが、それはヘノが許さない。ヘノの暴風が骸骨武者の全身に叩きつけられ、一瞬の停止を生む。その瞬間に桃子の第二撃が振り下ろされる。

 ヘノと桃子は合図もなく、阿吽の呼吸で骸骨武者と相対する。

 

『……ふむ……』

 

「これでも、沢山退治してきたんだから……っ!!」

 

 続いて、ヘノの風の援護を受けながら【氷結】の力を込めた一撃を放つ。

 骸骨武者は桃子の一撃は躱すけれど、先ほどと同様に爆発とともに大地が弾け、周囲の彼岸花が凍り付く。骸骨の身には霜が降り、多少は動きの阻害になったかもしれない。桃子とヘノは、優勢とは言えないまでも、骸骨武者と戦えていた。

 

 だが、武者が再び距離をとったところで、ヘノが小声で桃子に囁いた。

 

「桃子。悔しいけど逃げ道に行くぞ。こんな奴を相手にしてたら。桃子が危なすぎる」

 

「わ、わかった!」

 

 逃げ道。それは先ほどヘノが言っていた、『ハスカとアケビが消えた場所』そのものだ。

 桃子には見えないが、恐らくそこにはまだ、転移の膜が存在しているのだろう。

 ヘノだけならば引き続きこの戦いを楽しんだかもしれないが、桃子までが標的となったならば話は変わる。ヘノとて、一番大切なものが何かくらいわかっている。

 

「おい。骸骨。お前のことは。気になるけど。勝負はお預けだぞ」

 

『……逃げる……のか』

 

「違う。桃子を守るんだ」

 

 ヘノがツヨマージを掲げ、周囲の彼岸花を全て吹き飛ばす勢いの暴風で骸骨武者の足止めをする。

 そして、数秒の足止めができれば十分だった。

 縮小したハンマーを掴んだ桃子とヘノの二人は、全力で骸骨武者の斜め横を一気に駆け抜けていく。

 

 骸骨武者は、炎の刀を下ろし。

 逃走する桃子とヘノの背中を、ただ静かに見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

「あいつ。強かったな。ツヨマージがなかったら。負けてたかもな」

 

「……うん」

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