ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「はぁ……なんだか、大変だったね」
「あの骸骨。久々に。歯ごたえのある。敵だったぞ」
「私は、ヘノちゃんが死んじゃうんじゃないかって肝が冷えたよ……」
ヘノと共に鎌倉ダンジョンから無事に帰還できた桃子は、妖精の国の調理部屋にて、玄米を水に浸しながら小さくため息をついていた。その肩では、ヘノもどことなく放心した様子でぼんやりとしている。
二人の放心の原因は、この日遭遇した『骸骨武者』である。
彼は確かに、人間を守る守護者だった。彼は桃子の目の前で、魔物に囲まれていたハスカとアケビの二人を救出したのだ。
けれど直後、彼はヘノと戦い始め、桃子までもがヘノを守るために彼と戦うことになってしまった。
最終的には無事に逃走できたものの、心の中では「どうしてあんなことに?」という思いでいっぱいだ。
「うぅ……そ、そんなに強い骸骨さんだったんですねぇ。元気がでるように……お、お水あげますねぇ?」
「カレー! カレー食べたら元気でる、よ! はい、氷!」
「あ、ううん、ごめんね! カレーを食べればすぐに力が戻ってくるから! あと、私の頭から氷水はかけなくても大丈夫だからね」
「そうだぞ。ちょっと。骸骨相手に。負けそうになっただけだから。桃子の頭から氷水はかけなくても大丈夫だぞ」
桃子たちの話を聞いた仲間たちが、心配げに声をかける。
ニムは善意で桃子に癒やしの水を垂らしてくれるし、ルゥは善意でそこにしゃきっとする氷を足してくれる。頭から氷水をかけられた桃子は、妖精たちの優しさに身震いしてしまうほどだ。
「そ、それにしても……ヘノがそこまで、危険な目に遭っていただなんて……うぅ……めそめそ」
「桃子、ヘノ姉様、今日のハンバーグ、わけたげよう、か?」
「んふふ♪ ニム、ルゥ。今日は桃子さんたちはそっとしておいてあげましょ♪」
「ククク……そうだねぇ。桃子くんとヘノのことは、我らが女王ティタニア様に任せようじゃあないか」
それでもなお、心配して桃子にあれこれと言葉を投げかけてくるニムとルゥの二人をとめたのは、妖精姉妹たちの年長者である二人、クルラとルイだった。
彼女らは、普段の行動パターンそのものはろくでもない妖精として数えられる存在なのだが、こと妹たちが関わると、しっかりした姉としての顔を見せるのだ。
桃子としても、別にニムやルゥとお喋りをするのが嫌なわけではない。ただ、今の頭のなかが疑問でいっぱいの状態では、あれこれ聞かれても言葉に詰まってしまうので、そっとしておいてもらえるならば正直ありがたい。
「あはは……なんかさ、ごめんね、心配かけちゃって」
「やれやれ……たかだか魔物に一度負けただけだろう? キミはポジティブさが売りだというのに、今日は辛気くさくていけないねぇ……」
「うー、耳が痛いや」
「さっさと女王にでも、相談してきたまえ。毒キノコが大量に入ったカレーでも食べながらねぇ? ……ククク」
「でも。そうだな。あの変な骸骨のことは。一度。女王に問いただしてみるとするか」
さすがは妖精たちの長女。ルイの言葉は実に的を射ているものだった。
辛気くさいのは桃子には似合わない。そして、ダンジョンの未知の存在について悩んでいるならば、相談すべき相手は女王であるティタニアしかいないだろう。
なお、相談すべき相手としてはりりたんも候補の一人ではあるのだが、りりたんはいらぬ悪戯心を出して桃子を煙に巻きかねないので、あまりアテにならない。
「なるほど。つまり、ヘノと桃子くんは、謎の骸骨武者とやらに敗北し、あわや命の危機だったということでは、ないかな?」
「さっきから桃子さんたち、そういう話してたんだよぉ?」
「やれやれ。全く、聞いていなかったのさ」
「ちゃんと聞かないと駄目だよぉ?」
心が沈む桃子をよそに、妖精たちは相変わらずのトンチンカンな会話で、桃子の心を温めてくれるのだった。
カチャ、カチャ、と食器の音が響く。
女王の間ではいつものように、女王ティタニアを交えてのカレーディナーを迎えていた。
この日のカレーは、昼に大量にとれたキノコを山のように入れた『キノコまみれカレー』だ。キノコの旨味がこれでもかというほどに凝縮されており、その香りだけでも非常に食欲をそそられるカレーとなっている。
しかし、この日の桃子は、カレーを食べながらもなお、気もそぞろな様子を見せていた。
「――というわけで、守護者だと思っていた骸骨武者さんとヘノちゃんが戦い始めちゃって」
「普通の魔物だったら。負けなかったんだけどな。あいつ。ちょっと普通の魔物じゃなかったんだ」
「そうですか。……なんにせよ、お二人が無事で良かったです」
桃子とヘノは、カレーを食べつつも、夕食を共にしているティタニアにこの日のことを説明していく。
鎌倉ダンジョンで、ヘノと二人で塔を降りていったこと。途中で探索者パーティに遭遇し、彼らに混ざって行動していたこと。
二人の女性探索者を追っていった先が彼岸花の大地であり、そこで『骸骨武者』によって、彼女らが救出されたこと。
そして最後に、ヘノと骸骨武者が戦い、危ないところで二人で逃げ出したこと。
「逃げるときは追いかけてこなくて、見逃してもらえたみたいなんですけど……」
「なるほど」
桃子は未だに、あの骸骨武者のことがよくわからなかった。
彼は、明らかに他の魔物たちとは違っており、なんなら人の言葉を交わす知性と理性を備えていた。他の魔物のように人間に襲いかかってくるわけでもない。
だのに、なぜ。
ヘノを前にして、あそこまで好戦的になってしまったのか。
もっとも、好戦的という意味では相棒であるヘノもどっこいなのだが、それを踏まえてもなお、桃子にはあの骸骨武者がわからない。
「桃子。女王。そんなに話してばかりだと。カレーが冷めちゃうぞ。食べないなら。もらうぞ?」
「いや、食べるけど、ヘノちゃんもついさっきまで会話に参加してたよね?」
「ふふふ。とりあえず、ヘノに食べられてはかないませんし、冷めないうちにカレーを頂きましょうか」
桃子にはあの骸骨武者もわからなければ、未だにヘノの考えていることが分からない時もある。
とはいえ、カレーが冷めたらもったいないのも事実なので、大人しくカレーを食べることにした。
鬼のようにキノコが入っているキノコまみれカレーは、ハンバーグもピザも入ってはいないけれど、どことなく房総ダンジョンの味がした。
馬鹿みたいにキノコが大量に入ったカレーを食べ終えて、ティタニアとの話を再開する。
ヘノはどうやらカレーの具材であるキノコを一つずつ味わうことにしたらしく、ずっとむぐむぐとキノコを味わっている。それでも桃子たちの会話には耳を傾けてくれているので、桃子は話を続けた。
「なんか、分からないことがたくさんで。なんであの骸骨さんはヘノちゃんに襲いかかったのかなって」
「なるほど」
桃子の疑問はいくつかあるが、やはりまずは、あの骸骨武者がヘノと戦い始めたことだろうか。
思えば、先日の石拾いのときにも、骸骨たちは人間である柚花ではなく、ヘノに襲いかかっていた。それを考えると、偶然とはとても思えない。
ティタニアは、ちらりとヘノに視線を向けてから、数秒ほど間をあけて、桃子に語り始める。
「桃子さん。魔物というものは、人間たちの生み出した瘴気を糧に動く存在だということは、把握しておりますね?」
「あ、はい。それはもちろん」
ダンジョンに棲まう魔物たちは、瘴気――人間社会で止めどなく生まれる負の念――を糧にして動いている。
だからこそ、魔物たちはダンジョンに踏み込んだ人間に襲いかかるのだと言われている。人間という生き物が負の念の生みの親だからか、それとも負の念の矛先が同じ人間だからなのか、そこまでは桃子には分からない。
そして、ティタニアが語り始めたのは。その『魔物と瘴気の関係』について、更に踏み込んだ話だった。
「実は、全てというわけではありませんが、ダンジョンごと……いえ、魔物ごとに、その瘴気の元となる負の感情には特色があるのです」
「えと、特色ですか?」
「たとえば。そうですね……尾道ダンジョンで人魚姫が討伐したという魔物――あやかしは、『悲しみ』の呪いをかけてきたと仰っていましたね。そして、桃子さんに二度にわたり討伐された鵺は、『憎しみ』の衝動に強く突き動かされた魔物でした」
「悲しみと、憎しみ……」
言われてみれば、なるほどと思う。鵺については知らなかったが、少なくともあやかしは人間の悲しみによって象られた魔物だった。
セイレーンの身体を操っていたあやかしは、底のない悲しみの呪いで、人間たちを暗闇の底に沈めていったのだ。
そして桃子は、それと似た話を別な土地で聞いたことがあるのを、ふと思い出した。
「そういえば……長崎ダンジョンの魔物は、主に亡くなった方々の『心残り』で動いてるって、イチゴちゃんに聞いたことがあります」
「なるほど、心残り……」
ふむ、と桃子の言葉を吟味するようにティタニアは一度頷き、チラリとヘノを見てから、言葉を続ける。
「感情など本来千差万別ですから、地上の言葉で区切れないような複雑なものも多々ありますが――今回桃子さんが訪れた鎌倉ダンジョンの魔物たちは、主に『闘争心』に強く影響された存在のようです」
「闘争心、ですか? ええと……」
ティタニアに続き、桃子もヘノをちらりと見る。
おそらく、ティタニアも同じことを考えたのかもしれない。闘争心とは、戦いを好む感情だ。
桃子の身近な相手のなかで一番『闘争心』に溢れている存在。それは間違いなく、今ここで顔をカレーまみれにしているヘノである。
ヘノはことあるごとにツヨマージを振りかざし、魔物とは戦いたがるし、初対面の相手とも戦いたがる節がある。
「なんだ。どうした?」
「あー、ええと、なんでもないよ?。ほらヘノちゃん、お顔のカレー拭こうね」
「んぐ」
ヘノを片手で無造作に掴みあげ、もう片方の手でティッシュを手に取り、ヘノの顔についたカレーを綺麗に拭き取っていく。
両者とも慣れたもので、カレーを拭き取るときも阿吽の呼吸だ。ヘノもむぐむぐ言いながら、桃子が拭きやすいように自分で顔の向きを調整してくれている。
そんなヘノの姿を見ながら、桃子は思う。『闘争心』とは、はたして負の感情なのだろうか。少なくとも――少なくとも、いま目の前で大人しくティッシュにされるがままになっている妖精は、少々荒くれている部分はあるけれど、決してヘノは負の存在ではないのだから。
そこまで考えたところで、桃子の感情が読み取れたのか、それとも桃子の顔に出ていたのか、ティタニアが桃子の心を読んだかのように言葉を紡ぐ。
「桃子さんの疑問はわかります。事実、闘争心は決して負の感情とは言い切れません」
ティタニアも、大人しく桃子の手に身を任せているヘノを見つめている。
その視線は、非常に優しく、愛おしい娘を見つめる温かいものだった。ヘノがどれだけ荒くれだとしても、ティタニアにとっては愛しい娘なのだ。
しかし、ティタニアは一度だけ気持をリセットするかのように目を瞑ってから、桃子に真っ直ぐな視線を向け直す。
「ですが……人が人であることを捨て、獣に成り下がるほどの過剰な闘争心というものは――もはや、呪いなのです」
「呪い……ですか」
「女王も桃子も。なんだか難しそうな話ばかりだな」
桃子は、顔に着いたカレーを拭き取り終えたヘノを、優しく卓上へと戻す。
ヘノも慣れたもので、桃子の手からすとんと両脚でテーブルに着地してから、桃子の食べていたカレー皿の端を椅子代わりにして腰を下ろす。
呪い。
闘争心は、呪いとなる。ただただ、暴力を好み、血を流すことを厭わず、全てを捨てて闘争相手を求めるようになる。
そこで桃子は、思い出したことがある。
「あ、そっか! 石拾いの日に襲われてたのは『大声で闘争心を奮い立たせるスキル』の人が襲われたんだ。あれは大声が原因じゃなくて、声に乗っかって闘争心が広がってたんだ……!」
「まあ、そのような方がいたのですか?」
「そうなんです。この前はその人が骸骨に囲まれてたんですけど……なんだか、腑に落ちました」
そして、それと同様にもうひとつ腑に落ちたことがある。
骸骨たちがヘノに襲いかかったのも。骸骨武者がヘノに勝負を挑んだのも。逆に、戦いに挑む気持ちが――いや、覚悟が無かった桃子が襲われなかったのも。
全ての基準が、骸骨たちの求める『闘争心』の有無だと考えれば。
驚くほどに、全てがしっくりとくるのだった。