ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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すひんくす相談室

 白い布地に身を包んだ桃子がどっしりとした肉厚のロース肉に包丁を突き立て、豪快に切り分けていく。しかもその分厚い肉は一枚や二枚ではない。桃子の目の前では、大量の豚肉が山を作っている。

 この大量の肉の軍団は、ヘノと共に一度地上へと出てから、駅前のスーパーで購入してきたものだ。

 

「桃子。今日は本当に。肉がたっぷりだな」

 

「えへへっ、やっぱりさ、獅子って肉食で強いイメージあるじゃない?」

 

「獅子はわからないけど。こいつ。やっぱり強いのか」

 

「そりゃあ、どう見たって強いと思うけど……」

 

 ここは妖精の国ではなく、とあるダンジョンの奥深くにある空間だ。

 妖精の国にある調理部屋のように調理のための機能が備えられた場所ではないのだが、火も水も、調理に必要な機能はこの部屋の主に頼めばだいたいどうにかなるため、調理そのものに苦労はない。

 強いて言えば、大鍋と大量の豚肉を背負って熱砂砂漠に踏み込んだときが一番大変だった。このダンジョンに住まう守護獣が転移の魔法陣を出してくれなければ、砂漠ポンチョを着込んだ桃子はまだしも、大量の豚ロースは蒸し焼きになっていたかもしれない。

 

「そうか。だったら。すひんくす。戦ってみるか?」

 

『ほほう? 風の妖精は相変わらず好戦的よの。カレーが出来るまで軽く手合わせでもするかえ? 我は構わぬぞ?』

 

「わー! スフィンクスさんも、ヘノちゃんも、こんなところで喧嘩したらダメだよ! カレー抜きだよ!」

 

『あははははは! これはすまん、モモコよ。大人しく待つから、そのようなことはせんでおくれ』

 

「そうだな。カレーがなくなったら。悲しいから。やめておくか」

 

 そう。ここは鳥取、砂丘ダンジョン第三層『地下遺跡』。通称ピラミッドの最奥にある、スフィンクスの間である。

 目の前ではツヨマージを構えたヘノが、この部屋の主であるスフィンクスに勝負を挑もうとしている。

 もちろん、スフィンクスのほうは楽しげに笑っているので、彼女も本気で戦うつもりはないのだろう。だが、それにしても今からカレーに火をつけるタイミングで戦いを始められてはたまらない。

 桃子はヘノとスフィンクスに注意しながら、カレーの下拵えを進めていった。

 

 いつも以上の大鍋も、大量の豚ロースも。全てはこの巨大な体躯の魔法生物、スフィンクスにカレーを楽しんでもらうためのものだ。

 無論、いかに大鍋に肉を大量投入したところで、巨大なスフィンクスにとってはコップ一杯にも満たないサイズではある。だが、それでもスフィンクスは桃子の調理風景を面白そうに眺めており、カレーを楽しみにしているようだ。

 

「よし、じゃあお肉の準備はおっけー! スフィンクスさん、お水をお願いしてもいいですか?」

 

『任せよ』

 

 スフィンクスが術を行使すると、鍋の上に小さな魔法陣が出現し、そこからはザーザーと雨のように水が降り注いでいく。

 およそ十秒もすれば、鍋の中は水で満たされた。水道いらずである。

 

「すひんくすは。色んな魔法が使えて。便利なやつだな」

 

「こらヘノちゃん、人様を便利なやつ呼ばわりしちゃダメだよ」

 

「むぎゅ」

 

 桃子はヘノのほっぺたを指先でつまみ、言葉遣いを注意する。

 女王であるティタニアは身内なのでまだ良いのだが、ハクロウやスフィンクスのような、本来は敬意を払うべき相手にも乱雑な言葉遣いを向けるのはあまりよろしくない。

 

『相変わらず、愉快な連中よの』

 

 もっとも、スフィンクスはスフィンクスで言葉使いなど全く気にしておらず、ただ愉快そうに笑っているのであった。

 

 

 

 

 

「――っていうわけで、昨日は色々とあったんですよ」

 

「骸骨のくせに。かなり強かったんだけど。妖精と家族だったらしいぞ」

 

『なるほど。確かにその『謎』の骸骨とやらは、我とどことなく近いやもしれんな』

 

 桃子とヘノは、持ち込んだ紙皿とスプーンで『肉厚豚肉たっぷりカレー』を味わい、巨大な体躯のスフィンクスは、鍋をそのままカップのようにして持ち上げ、ちびちびと唇に注ぎ込み味わっている。

 未だブラジャーをつけていない豊満な女性の上半身と比べ、その前足は動物である獅子のそれなのだが、意外と器用に鍋を持ち上げている。ちびちびとそこからカレーを味わう姿は、なんとなくお猪口でお酒を飲む人間のように見えなくもない。

 そして、そんなカレーの場での話題は、鎌倉ダンジョン第三層『彼岸花の大地』にて邂逅し戦うことになった存在、骸骨武者――躯についてだ。

 

 そもそも何故この日、唐突にこのスフィンクスの間までやってきたのか。

 それは、桃子の知りうる中では、彼女が一番『骸骨武者』に立場が近いと思ったからだ。

 

 実を言えば、昨日はなかなかに大変な目にあったので、桃子たちはもう鎌倉ダンジョンの下層に再び足を運ぶつもりはない。今後『骸骨武者』と遭うこともないだろう。

 けれどそれはそれとして、心の中に残ったままの『もやもや』がどうにも気持ち悪いのだ。

 そこで相談相手として選ばれたのが、砂丘ダンジョンの守護者であるスフィンクスだった。

 

 彼女は人間に対しては中立的な立場を維持しており、そして何より、『スフィンクスの鍵』から生まれた妖精リドルとは、血を分けた家族のような存在だ。

 人間たちから守護者として語られ、火の妖精と義理の家族として暮らしていた躯と比較しても、要素としては間違いなく似かよっているのだ。

 そして、単純に。スフィンクスが魔物や魔法生物について博識そうだった、という理由もある。

 

「そもそもなんですけど、魔物が人間を襲わず上層へ送り届けるなんてこと、あるんでしょうか」

 

『ふむ。我ならば、目の前で無駄に人間が死にかけていた場合、転移で上層まで送ってやらぬこともないが……しかし魔物、か』

 

 いま、桃子がシンプルに疑問に思っているのはそこだった。

 躯という骸骨は、ヘノの言う通り決して人間の味方というわけではなかったのかもしれない。

 躯の目的は『強敵との戦い』そのものだった。戦う価値のない弱い人間たちを襲う意味すらなかっただけで、それが人間の視点ではたまたま『強い魔物から人間を救い出した』ように見えただけなのだろう。

 けれど、それでも。

 戦う価値がなかったとはいえ、彼は人間に刃を向けることなく、あまつさえ理性を持って人間たちを上層に送り返したのだ。

 それは――とても、魔物の行動とは思えない。

 

『通常の魔物ならばあり得ぬ。が、知性のある魔物ならば、そのようなこともあるやもしれんな。無論、その理由までは我の知る由ではないが』

 

「まあ、そうですよねえ」

 

「じゃあ。結局。何もわからないのか」

 

『仕方あるまい。人間だろうが、妖精だろうが、魔物だろうが、何を考えているかなど本人にしかわからぬものよ。魔物と我らの違いなど、瘴気を取り入れているかどうかでしかないのだ』

 

「そうか? そうか。そうかもな」

 

「瘴気を取り入れるか、取り入れないかの違い……かあ」

 

 その言葉を受け、桃子の脳裏に浮かんだのは、今はまだ妖精の畑の土に埋められ眠り続ける一人の植物少女、アルラウネだ。

 今でこそ彼女は力を失い、物言わぬ植物……と言うべきかどうかはわからないが、とにかく畑で眠り続けてはいるけれど。彼女は以前、不幸な奇跡が重なり、植物と魔物、妖精、人工的な化学の力の全てを併せ持つ存在となった。

 他にも、あやかしに操られていたとはいえ、人魚姫の親友であるセイレーンは間違いなく魔物だったタイミングがある。

 化け狸の父であるクヌギは牛鬼にその心を操られ、一時は全身に瘴気をまとい、その身はほぼ魔物と化していた。

 そういう意味では事実、魔物と魔法生物の境界などというものは、桃子たちが思う以上に曖昧なのかもしれない。

 

『そもそもモモコは無から守護者を生み出す奇跡の体現者ではないか。そなたに比べれば、瘴気の本能に逆らう魔物のほうがいくらかあり得そうな話であろ。

 それこそ、妖精と共に暮らす魔物など、その時点で既に異例なのだから、一般的な魔物と比較する時点で間違っておる』

 

「それは、そうかもですね。じゃあもしかしたら躯も、瘴気に逆らって、人間を助けてくれたのかな……」

 

『だがな、モモコよ――』

 

 桃子の心の中に、希望が灯る。しかしそれは、スフィンクスから見て、非常に危うい希望の灯火だった。

 スフィンクスが答えたのは、あくまで『可能性があるかないか』という話だけである。それは必ずしも、いま桃子が望む未来に繋がるとは限らない。

 スフィンクスは渋い顔を見せて、桃子にひとこと伝えようとするが――しかし、それは突然の乱入者の声に阻まれる。

 

 

『ようやく見つけたワヨ!』

 

「ようやく見つけたのでは、ないかな?」

 

 

 可愛らしく甲高い妖精の声と、聞き慣れたボーイッシュな妖精の声。

 桃子たちが振り返ってみると、閉ざされていたこの空間への入り口――スフィンクスの門が、いつの間にか開かれているではないか。

 そしてそこには、二人の妖精の姿があった。

 ボーイッシュなほうはこの扉を開いた張本人であろう、スフィンクスの鍵から生まれた妖精リドル。額に指を当て、賢そうなポーズを取っている。

 そのリドルの隣には、赤い翅を持つ特徴的な妖精の姿があった。

 ヘノやリドルには備わっていない、蝶のような赤い翅。3D映像のように、うっすらと透けて見えるその身体。

 彼女の名はルビィ。りりたんの眷属であり、実際に過去の妖精の国ティル・ナ・ノーグに生きていたはずの妖精だ。

 

「ルビィちゃん?!」

 

「ボクもいるのでは、ないかな?」

 

「リドルとルビィか。なんだか。珍しい組み合わせだな。カレーはもうないぞ」

 

『アラ? カレーはないの? 残念ネ。……って、こんな所までわざわざカレーを食べに来た訳じゃないワ!』

 

 お手本のようなノリツッコミだ。

 打てば響くとはこのことか、少々怒りっぽいところのあるルビィだが、ヘノたちがヘンテコな発言をするたびに彼女は素晴らしい反応速度でツッコミをいれてくる、テンポの良い妖精だ。

 しかし、ルビィは立場上、ダンジョンの奥深くを自分の意思で自由に遊び回れる存在ではない。

 彼女がわざわざリドルを伴ってまでここに来たということは、そこにはりりたんの意思が介入している。りりたんから、桃子とヘノ、あるいはスフィンクスに何かしらの用件があるということだ。

 

「ね、二人とも、何かあったの?」

 

「ボクは道案内さ。彼女が、桃子くんたちを探していたのでね」

 

『そうナノ! ピーチに、お母様……ネーレイス様からの伝言を持ってきたノヨ!』

 

「伝言? りりたんからの? 私に? こんなところまで?」

 

 桃子の帰りを待たず、わざわざ第三層の最奥までルビィを寄越すとは、穏やかではない。

 桃子はもちろんのこと、スフィンクスとヘノも、何事かと黙ってルビィに注目する。リドルはスフィンクスの食べ終えたカレー鍋を覗き込んでいる。きっと新たな謎を見つけたのだろう。

 

『鎌倉ダンジョンに、急いだ方がいいですよ、ですっテ! フラムっていう子が、先走っちゃったノヨ!』

 

 そして、どうやら。

 骸骨武者との縁は、未だ続いていたようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

「見てくれ! 長崎ダンジョンで面白い槍を拾ってきたぞ! 桃子に直して貰わなきゃな!」

 

「うぅ……フラム、これはさすがに古すぎて、桃子さんでも修理は無理じゃないですかねぇ……?」

 

「そうなんだけど、見てくれ! なんか尾っぽのほうに、不思議なバッテン印がついてるんだ! 何かの記号じゃないか!」

 

「こ、これ……どこかで見たことありますねぇ。じゅ、十字架っていうマークじゃないですかぁ……?」

 

「ニムは変なことに詳しいな! じゅーじかの槍か! とりあえず、桃子に渡しておくか! 桃子はどこだろうな!」

 

「あ、あの……も、桃子さんは昨日は大変な目に遭ったみたいなので、今日はヘノとゆっくり過ごしているらしいですよぉ……?」

 

「そうなのか! え……? なにかあったの?」

 

「え、えとぉ……炎の刀を持った骸骨にヘノが斬られて……き、昨日は逃げ帰ってきたんですよぉ……?」

 

「は? ヘノが……斬られた?」

 

「ふ、不思議な力で、ヘノの風ごと斬られたみたいですねぇ。で、でも……」

 

「……アイツ……」

 

「フ、フラム?」

 

「アイツ……アイツ……! むくろの奴! とうとうアタシの家族に……っ!」

 

「うぅ……き、斬られたとは言っても……あれ? フラム、どうしましたかぁ……?」

 

「アタシ、行ってくる!」

 

「い、行ってらっしゃい……?」

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