ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
妖精姿のりりたんの分身に連れられて、桃子は青い花畑を進む。
前に来たときにも感じたことなのだが、この場所は上空には星空が広がっており、そして視界一面に広がるのは青い花畑。一面の青い世界。
水に沈む深潭宮を抜けた先だからそう思うのかもしれないが、まるで人の世界から切り離された海の底のような、あるいは生者のいない黄泉の国のような、そんな寂しい印象をうける世界だ。
前世が妖精だったというりりたんは、やはり人の世界は好きではないだろうか。だから、この静かで独りきりの世界を創造したのだろうか。
目の前を舞う黒い蝶の羽根の妖精姿を眺めながら、桃子は思う。
「ふふふ。ももたんはなにやら。色々聞きたそうなお顔をしていますが。まずは解毒薬で眠り姫を起こして差し上げましょうね」
「え、あ、私、顔にそんなに出てた……かな。恥ずかしいな」
「桃子は。考え込むと。なんだか。わかりやすいぞ」
「うぅ……桃子さん、考え込んでるときが……一番、きりっとしてて、素敵ですよぉ?」
どうやら、相当に顔に出ていたようだ。
ニムに至ってはフォローなのかなんなのか、考え込んでいる桃子を褒め始める始末である。
桃子はなんか恥ずかしくなり、頬っぺたがちょっと熱くなった。
頬に手をあててみると、自分の頬の温度がわかる。
「ふふふ。ほっぺたに手を当てるももたんも可愛いですね。ではどうぞ、お通りくださいね」
青い光の膜を抜けた先の小部屋。
質素でなにもないその部屋そのものは先日と何も変わっていない。ただ、一つだけ大きく変わっているところがあった。
「わ、すごい。イリアさん……だっけ? 怪我も治って、綺麗になってるね」
前に見たときは包帯まみれの血まみれで、お世辞にも無事な状態には見えなかったのだが、今はもう包帯が全て外されている。所々に固まった血の跡はあるものの、重傷だったのが嘘のようにきれいな肌を晒していた。
乾いた血でガチガチだった髪の毛も、りりたんかニムが洗ってあげたのだろう、綺麗に整えられていた。
さすがにまだ血色がよいとは言えないものの、しかし先日の青白い肌と比べれば大分マシな色合いだ。
「ふふふ。ニムさんが、頑張ってくれたんですよ。たっぷり褒めてあげてくださいね」
「そうなんだ。ニムちゃん、凄いよ。ニムちゃんのお陰で、イリアさん助かるよ」
「うぅ……うぇへ……うぇへへ……」
ニムが褒められたときの笑い方は、相変わらずちょっと個性的だった。
「桃子。桃子。さっそくアレを。解毒薬を。飲ませよう。そのまま口に突っ込めば。いいのか?」
「んー、意識がない場合って、どうするのかな。私も、医療の心得とかはないからあまり詳しくないんだよねえ。とりあえず口に押し込んでみる?」
医療の心得がないので桃子はこういう場合のやり方がよく分からない。が、おそらく医療の心得があったとしても、意識のない人間に葉っぱに包まれた薬を食べさせるやり方を学ぶことはないだろう。
まあ、何か問題があれば妖精りりたんかニムが何とかしてくれるだろう。そう結論を出したヘノと桃子はやや強引にイリアの口を開けさせ、そこに包まれた薬草の葉をぐいぐい押し込んでいく。しかし、口の中で引っかかって止まってしまった。
「ふふふ。ももたんもヘノさんも、強引なのですね。嫌いではないですよ?」
イリアの口元に妖精りりたんが近づいて、首元にそっと手を添える。すると、どういう魔力運用なのかはわからないが、口の中につっかえていた薬草がするりと溶けるように喉の奥へと消えていった。
過程はどうであれ、これで解毒薬を飲むことが出来たのだ。あとは彼女が目覚めるのを待つだけだろう。
「この解毒薬って、どのくらいで効き始めるのかな?」
「ま、魔法の薬草なので……多分、そんなに時間はかからないと、思いますけど……」
ニムがイリアの胸の上に降りて、身体に手を当てている。
水の妖精というのは、おそらく人の体内の循環にも影響を与えることができるのだろう。ニムが手をあてて魔力を集中させると、少しずつ、でも確実にイリアの血色がよくなってきたのがわかる。
「そういえばね、もうりりたんも知ってるみたいなんだけど、第三層から降りる階段が崩落しちゃったんだけど、あれって大丈夫……かな」
ニムがイリアの治療を施している間に、間に、桃子が今更ながら思い出したことを妖精りりたんに聞いてみた。
先ほどの妖精りりたんの笑い転げ方から察するに、恐らくは大笑い出来る範疇で、致命的な損害ではないのだろう。しかしそれでも色々と「やってしまった」という思いが拭えない。
妖精りりたんはまたその光景を思い出したのか、一瞬だけ吹き出しそうに肩を震わせるが、大きく一呼吸してから平静を装う。
「では、見てみましょうか。全ての光は、私の目の中に――【千里眼】」
気づけば妖精りりたんの手には小さな本が載っている。これは、彼女の固有スキル【製本】にて、【千里眼】の魔導書を制作したということなのだろう。本のサイズも妖精サイズで、とても可愛らしい。
しかし、いくら彼女の途方もない魔力ありきのこととはいえ、1つのスキルを基点に別なスキルを自由に行使できるというのは凄いものだと感心する。これがゲームだったならバランス崩壊もいいところだと思った。
そうしている間に、妖精りりたんが【千里眼】を発動し終えると、桃子たちの前に一つの透明な球体が出現した。
ガラスや水晶でもない、水のような液体でもない、かといって何もないわけでもない。目に見える空気の球……とでも言うべき、空間の球体である。
そしてそこには、先ほど桃子が破壊した第三層の風景が映し出されていた。
「ふふふ。探索者さんたち、途方に暮れていますね」
それは第三層の最後。下層へと続く階段……が、本来はあったはずの場所。
しかしそこは、無残にも崩壊した岩々で完全に埋もれていた。
「本当だ、さっきの機械運んでた人たち、どうしようもなくて立ち止まっちゃってるね」
「おひとりほど、頑張って岩を除けようとしていますが、流石に難しそうですよ」
討伐兵器を運んでいた探索者たちだが、岩に埋もれた下層への階段を前にして取る行動も人それぞれだ。
ただただ膝をつき項垂れるもの。諦めて、呑気に休憩を始めているもの。端末でずっと地上と連絡を取っているもの。そして、どうにか岩をどかそうとしているものなど、色々だ。
しかし、少なくとも討伐兵器が深潭宮まで辿り着くことはなさそうだ。
「最初のうちは、ももたんの演じる『人魚姫』があまりにあんまりすぎて、どうしようかと思ったんですよ。でも、結果的にとっても楽しませていただきましたから、おっけーですよ」
「そっか、あんまりすぎてって部分は気になるけど……まあ、りりたんがオッケーならよかったよ。ええと、でも、この通路ってもとに戻るものなの?」
大丈夫かどうかという質問には「りりたん的に大丈夫だったか」という意味と、もう一つ「ダンジョン的に大丈夫なのか」という意味がある。
あのまま下層への階段が埋もれていては、この琵琶湖ダンジョンを途中で蓋をしてしまったようなものだ。
探索者も入れないし、それどころか桃子も出れなくなってしまう。
「ふふふ。あの場所ならば、時間と共に勝手に修復しますよ。ももたんの帰り道も、りりたんの本体が来たときにちゃんと作ってあげますから安心してくださいね」
「そっか、よかったー」
一安心して、もう一度目の前にある不思議な【千里眼】の球体に目を向ける。
そこでは第三層に訪れた強硬派の探索者の人たちの姿が映し出されたままだが、声までは聞こえなかった。
なんにせよ、彼らに被害があったわけではなさそうなので、一安心である。
そして。そうしているうちに。
「……けほっ、けほっ」
眠り続けていたイリアが目覚めたようである。
「ふふふ。眠りの魔法はすでに解いておきましたよ。毒が抜けて、オフィーリアも目覚めたようですね」
「ハムレットだね。でも、深潭宮の水底に眠っていたオフィーリアは、そこで助けてくれる人魚姫に出会えたもんね。目覚めてよかったよ」
オフィーリアとは、シェイクスピアの戯曲、ハムレットに出てくる悲劇の女性だ。
主人公ハムレットの恋人だが、川で水死してしまうという最期を迎える悲劇のヒロインである。
様々な画家が水に浮かぶオフィーリアを題材にした絵を描いているので、もしかしたら劇そのものよりも彼女個人のほうが有名かもしれない。
深潭の底で命を散らしかけたイリアと、悲劇の末に水の中で命を散らしたオフィーリア。なるほど、韻も踏んでいて、読書家なりりたんらしい詩的な例えだなと桃子は感心した。
「ももたんも、そういう話をご存じなのですね。失礼ながら、正直言うと意外ですよ。探索者の方々は、文学など興味を持たない方が多そうですからね」
「私、実はこれでも聖ミュゲット女学園……まあ、いわゆるお嬢様学校の卒業生だからね。一応は、最低限の教養はあるんだよ。ハムレットくらいなら、多少はね」
おしとやかに、大きな声を上げず。くすり、とお嬢様のような微笑みを見せる。これもまた、桃子の一面だ。
ダンジョンでハンマーを振り回し、最終的には脳筋ここに極まれりという勢いでダンジョンの階段を崩壊させたのも桃子ならば、ミュゲットの妖精とまで言われた穏やかで優しい女性も桃子だ。工房で工具片手に武具のつくりをじっくり研究しているオタク気質なのも桃子である。
そう。人間とは、多くの顔を持っているものなのだ。
「ちなみに、この女性。大府イリアさんといって、あだ名がオフィーリアさんなのですよ。ハムレットは関係ありませんよ」
桃子が変に深読みしただけで、ただのあだ名だった。
ドヤ顔で語ってしまった桃子は、羞恥で耳が赤くなる。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
りりたんに、羞恥を覚える魔法をかけられたに違いない。
「って、そんなのはどうでもいいんだよ。大丈夫かな? イリアさん、意識はある?」
よく考えると、今はイリアが目覚めた所なのだ。ハムレットの話などどうでもいい。
いまこの場にいる人間は桃子だけなので、桃子が慌ててイリアの元にかけより、よろよろと起き上がろうとするイリアの横に座り、彼女の上半身を支える。
手で触れあっているので、イリアも桃子の存在に気付いたようだ。
「あ、あなたは……人魚姫? 私は、一体……けほっ」
「うぅ……お水、お水を、どうぞ……」
妖精の姿にも少し驚くが、長かった眠りから目覚めたばかりなのでまだ頭がハッキリと働いていないのだろう。
イリアは半ばぼんやりした状態のまま、ニムが空中から発生させる水をその両の手で受け取り、喉を潤した。
「夢の中でも、聞こえていました。魔女様が、様々な術を駆使して私を治療してくれたこと。人魚姫様が、泣きながら私をずっと看護してくれていたこと……全部、本当のことだったのですね」
残念。はずれである。泣きながら看護していたのは、初日からホームシックにかかり泣きべそだったニムである。
しかしこの勘違いは好都合なので、とりあえず桃子は頷いておく。
ヘノだけが訝し気に首を傾げていた。
【とある探索者たち1】
「大府さん、もう無理ですよ。私たちは、人魚姫の逆鱗に触れてしまったんだ」
「そうっすよ、ギルドから連絡も来てたじゃないですか。アカヒトが生きてたって、深潭宮の主と人魚姫がアイツを救ってくれた。だから……」
「だから、だからどうしたッ……!!」
「おやっさん、手から血が出てる! やめてくれ、もう無理だっ! こんな状態じゃ、アンタが二次災害に巻き込まれるぞ!!」
「アカヒトが無事だからなんだというんだ! イリアが、俺の娘が、この下にいるんだ!!」
「大府さん、何を言って……」
「何をだと?! 俺は見たんだよ! あいつは俺を庇って、腹に大穴が開いていたんだよ。腹をあの魚人どもに切り裂かれて、クジラに食われたんだぞ……!? お前らはそれでも、イリアが無事だと言うのか?!」
「そ、それは……」
「俺は、あのクジラの腹を割いてでも、娘を連れて帰らねばならん! 天罰が下ろうと、それが父親の役目だ!」
「おい、お前ら見てないで止めろ! おやっさん、いいからやめてくれ!」
「あぁ……くそ……どうして、どうして食われたのが俺じゃなかった……くそ……」
「帰ろう、大府さん。イリアさんも、こんなこと望んでいないはずです」
「くそ……くそぉっ……」