ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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決別の日

【焔と躯 肆】

 

 

『……人間……貴様の、負けだ……』

 

「そうか……よ、化け……物め……」

 

 

 

 焔の意識が目覚めたときには、もう。戦いは終えていた。

 彼岸花の大地に、先ほどの人間はうつ伏せに倒れていた。つい今し方まで、躯と言葉を交わしていた彼は――しかし、焔が近づいたときには、すでに事切れていた。

 地面には、彼岸花とは違う『赤いもの』が広がっていくのが見える。鉄のような臭いが広がっていく。

 倒れている人間は、魔物たちのように煤にはならない。

 ただ、動かずに、そこに残されていた。

 

 これが、死だ。

 焔は妖精として生まれて、初めてそれを直視する。

 

『殺し……ちゃったの?』

 

『……うむ……良き、闘争だった……』

 

『良き闘争って……待って、本気で言ってるの?』

 

 躯は、いつものように。魔物の群れを殲滅したときのように。

 何の感慨もなく、淡々と答えていく。

 焔には、それが信じられなかった。信じたくなかった。

 どうして? なんで? 焔の心には、そんな想いがじわじわと湧き上がり、次第に燻るような熱を帯び始める。

 

『だって……だってさ、むくろ。この人間……この人間、何か悪いことしたのか……?』

 

『……死は……ただの結果だ。焔、死した人間のことなど、捨て置け……』

 

『は……?』

 

 焔は、躯の言葉に、今まで覚えたことのない感情が渦巻くのを感じた。

 先ほどまでの、流れが理解できなかったが故の困惑などではない。躯の言葉を許せない。許せない。許してはならない。

 生まれてから今までずっと共に行動し、自分の半身なのだと信じていた躯に対して。焔はいま初めて、強く、身を焦がす程の激情を覚えた。

 

『……おい、むくろ……むくろぉっ! おまえ……なんで、なんでそんな酷いことっ! 言えるんだよっ!』

 

 彼岸花の中には、物言わぬ人間の亡骸が倒れている。

 焔は、彼の遺体を見つめる。彼は確かに、怖かった。いきなり暴力を振るわれた。

 だけど、だけど。

 こんな風に殺して、その身体をこんな場所に捨て置くなどと。それだけは、それだけは絶対にしてはならないことだと、焔の心が叫んでいる。

 ギリギリと、激情とともに膨れ上がる焔の魔力が火花となり、ぱちぱちと空へと上がっていく。焔を中心に空気が揺らぎ、風もないその階層に、熱波で空気の流れが発生する。

 

『この人間はっ、おまえが、殺したんだろ! おまえが、その刀で……炎の刀で……殺したんだろうがっ!! 何とか言えっ!!』

 

『……それは、我らの定めというもの……。闘争に散るのが……命の宿命だ……』

 

 焔は、目の前が真っ赤に染まるのを感じた。

 それは、怒りだ。

 それは、悲しみだ。

 

『ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなっ!』

 

『……焔……』

 

『ほむらは……ほむらは、闘争なんかのために、一緒にいたわけじゃない! むくろに人間を殺してほしくて、力を与えたわけじゃない!』

 

 ずっと、躯は仲間だと思っていた。

 ずっと、躯は家族だと思っていた。

 ずっと、躯は野蛮な魔物なんかではないと思っていた。

 ずっと、自分が与えた炎の力を、躯は正しいことに使い続けてくれると思っていた。

 

 だからこそ、許せなかった。躯が、自分が与えた力で人を殺したことが。

 そして、躯を、魔物のままにしてしまった自分自身が、許せなかった。

 

 そして、それは――"自分自身"へと向いた激情は、皮肉にも。確固たる自我を持たない小妖精でしかなかった焔の世界を、大きく広げることになる。

 

『ほむらは……アタシは……』

 

 焔はその瞬間、自分がたった一人しかいない"自分"なのだと理解した。

 この世界でただ一人、躯と共に生きていた"自分"という存在を、理解した。

 そして。

 

「――アタシは! そんなことの為に生まれたんじゃない!」

 

 激高とともに、燃えたぎる炎の魔力が、爆発するかのように膨れ上がり――。

 光の中には、炎の魔力に包まれた、一人の妖精の姿があった。

 

 

 それは。小妖精だった焔に、確固たる『自我』が芽生えた日の物語。

 

 それは。絆で結ばれていたはずの、魔物と妖精の。決別の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、どれくらいの月日がたっただろう。

 火の妖精フラムは、生まれ育ったはずの鎌倉ダンジョンを真っ直ぐに進みながら考えていた。

 人間に言わせれば、それはたった数年前の話。長い生を生きる長寿の生物たちにとっては、ほんの瞬きほどの時間かもしれない。

 けれど、フラムにとっては。

 躯と袂を分かってからの日々は、長かった。とても、とても長い月日がたっていた。

 

「くそっ! くそっ! むくろのやつ……! まだ、まだあんなこと……!」

 

 フラムは今、第三層『彼岸花の大地』を進んでいる。

 怒りに任せてダンジョンを駆け抜けて、途中で人間の探索者たちの目の前を抜けていったかもしれない。正直、目の前が真っ赤になっていて、人間がいたかどうかもよく覚えてはいなかった。

 けれど、この懐かしい赤い世界は、フラムに冷静さを取り戻させてくれる。

 

「……ヘノは、桃子と遊びに行ってたから、無事だったはずだけど……」

 

 途中で、フラムは飛ぶのをやめる。

 赤茶けた空の下に浮遊し、真っ赤になった大地を見下ろす。

 人間たちから見れば、ここは延々と続く、どこを見ても同じような彼岸花の大地に見えるだろう。けれど、ここには山があり、丘があり、谷間になっている場所もあることを、フラムは知っている。

 フラムは、その全てを覚えるほどに、躯とともにこの狭い大地を旅していたのだ。

 

 フラムは、とある地点に着地する。そこには、一本の剣が突き立っていた。

 まだ、持ち主を失ってから数年だ。風化するにはまだ早く、しかし乾燥した空気にさらされ、握りの部分は少しずつ、素材が劣化してきている。

 これは、あの日。躯が殺した戦士の武器だった。

 

「ごめんな。アタシがあのとき、躯を止めなきゃならなかったんだ……」

 

 フラムは、探索者たちの作法の見よう見まねで、その剣に向かい手を合わせる。

 人間は、仲間が――いや、仲間でなくとも、勇敢な探索者が亡くなった場所で、こうして手を合わせることをフラムは知っている。

 

「ううん、違う。アタシが、あいつに力なんて与えないで。アイツを魔物として、退治しておけば……」

 

 風も吹かないこの大地では、彼岸花はそよぐことすらない。フラムの呟きが、風に乗って運ばれることもない。

 ただ赤く、血のように赤く、大地を染めるだけだった。

 

 

 

 ――どれだけ、そうしていただろうか。

 

 フラムは探索者の墓の前に立ち止まり、考えに耽っていた。

 あのとき、自分は何をすべきだったのか。自分が何かしていれば、結果は変わっていたのではないか。

 しかし、考えても、考えても、答えは出てこない。

 

「むくろの奴は、第四層か……」

 

 フラムは、ようやく顔をあげる。

 過去に目の前で命を失った探索者の形見を一瞥してから、飛び上がり。

 第四層へと続く階段へと向かい、赤い世界を進んでいった。

 けじめを、つけるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「結局。また。来ちゃったな」

 

「なんか、もう来ることはないって思ってたのに、昨日の今日だったね……」

 

 桃子とヘノ、そしてルビィの三人は、再びこの『彼岸花の大地』へと降り立つことになった。

 第二層から降りる階段は一つしかなく、途中で分岐もない。つまり、第二塔以外の塔は、階段を下り切ったとしても第三層にはつながっていないということだ。

 ならば、他の塔には何があるのだろうかという疑問が桃子の脳裏に浮かびはするものの、流石に今はそんなことを考えている場合ではないと、雑念を振り払う。

 

『すでに、先に降りてきた探索者パーティもどこかにいるはずダワ! さっさとフラムを探しちゃいましょう!』

 

「そうだね。ヘノちゃん、フラムちゃんの居場所って分かる?」

 

「このダンジョンは。風が吹いてないから。感知が難しいんだ。いったん。丘の上に行こう」

 

 桃子は、つむじ風の魔法で翔ぶようにして、彼岸花を散らしながら丘の上へと駆けていく。

 ここは、先日転移されてきた場所とはまた違う場所のようだ。小高い丘の上から見える周囲の土地の形が、なんとなく違って見えた。

 

「桃子。あそこに。魔物と戦っている探索者たちがいるぞ」

 

「え?! あ、本当だ! あれって……」

 

「緩いのと。無口なのがいたパーティだな。骸骨が強いし。多いから。苦戦してるみたいだな」

 

 そこで戦っているのは、つい昨日も一時的に行動を共にしたパーティだ。どうやら彼らこそが、フラムを『追跡』することで、第三層への道を拓いたパーティということなのだろう。

 恐らくは、あの感知系の魔法を得意とするハスカという女性の功績だと桃子は当たりをつける。

 

『あそこであんな風に戦ってたら、骸骨武者が寄って来ちゃうジャナイ!』

 

「じゃあ。急いで。フラムのところに行って。骸骨と戦ってやるか」

 

「待って待って! あの人たちも助けないと」

 

 こんな場所で、二者択一が発生してしまった。

 目の前の探索者たちは助けたい。けれど、今はフラムを追い掛けないといけない。

 桃子は、数秒だけ考えて。しかしすぐに、キリッとした顔でヘノに向き直る。

 

「……ヘノちゃんは、フラムちゃんのところに先に向かって。私とルビィちゃんは、こっちをどうにかしていくから」

 

『なるほど、あっちとこっちで、手分けをするわけネ』

 

 桃子の考えは、こうである。

 フラムを助けに行くのは、彼女の居場所を把握出来て、更には妖精たちのなかでも最速を誇るヘノの役目。

 そして、探索者たちを助けるのは桃子の役目だ。桃子ならば探索者たちに姿を目撃されることもなく、ルビィが付いていてくれるならば、あとからヘノの後を追い掛けることも可能だろう。

 

「……ヘノは。フラムも心配だけど。桃子も心配なんだ」

 

 桃子の提案はさほど難しいものではなく、ヘノにもすんなりと理解はできた。

 ただし、すぐには頷けない。ヘノにとっては、姉妹であるフラムは当然大切な相手だが、それと同じかそれ以上に、桃子が大切なのだ。

 けれど、だからと言って、ここでフラムを見捨てるようなことがあれば、ヘノはきっと自分が許せなくなる。

 しかし。そんな迷いを見せるヘノを一喝したのは――桃子だった。

 

「ヘノちゃん! 今一番助けるべきが誰か、ちゃんと考えて! 私はあれくらいなら、大丈夫だから!」

 

「桃子……」

 

『心配する気持はわかるワ。でも、ピーチのことはワタシに任せてちょうだい!』

 

「……そうだな。わかったぞ。ヘノはフラムのところに急ぐぞ。あっちには。ヘノじゃないと。出来ないことがあるしな」

 

 ヘノは、心を決めた。

 ツヨマージを掲げて、桃子の両脚につむじ風の魔法を付与しなおす。これで、ヘノがいなくなってもしばらくは桃子は風のように動けるはずだ。

 

「桃子も。気をつけるんだぞ」

 

「うん、ヘノちゃんもね」

 

 そして、桃子と視線を合わせて、ほんの少し。桃子にしか分からないくらいに、ほんの少しだけ口角をあげてから。

 ヘノは、一陣の風となり。彼岸花の咲き乱れる空を、瞬時に駆け抜けていくのだった。

 

 

 

 

 

 桃子とルビィは、一直線に丘の上から駆け下りて、骸骨たちと戦うパーティの援護に向かう。やはりパーティが揃っている分、彼らも戦意に満ちているのだろう。その戦意に反応するように、周囲の骸骨の数も多い。

 あたりには、探している火の妖精も、そして炎の刀を持つ骸骨武者の姿もない。桃子たちが加勢して早めに目の前の戦いを終わらせることで、沸き上がる『闘争心』の熱は抑えられるはずだ。

 

「えい! 加勢します! 聞こえてないと思うけど……!」

 

 桃子が、後続の骸骨を真上からのハンマーで叩き潰す。

 そして更には、ぐるりと回転するようにハンマーを振り回して、周囲にいた骸骨をとにかく吹き飛ばす。骸骨たちは吹き飛んだ程度では煤にならないが、しかし無視できないダメージは与えているはずだ。

 

『やるジャナイ! ワタシも、手伝うんだからネ!』

 

 そしてルビィは、探索者たちの背後を陣取ると、そこからキラキラと光り輝く紅い魔力を放射状に拡散させる。

 彼女の魔法は、ヘノやフラムのように何かしらの属性魔法ではなく、純粋な魔力そのものだ。紅い魔力が周囲の骸骨たちにまとわりつき、バチバチと弾けていく。

 それは非常に美しい魔法で、見るものが見れば、紅い魔力の光に一つの完成された芸術性を覚えたことだろう。

 

「って、わーっ?! ルビィちゃん、ルビィちゃん、魔法が派手すぎるよーっ! 見つかっちゃうってば!」

 

『なによ、助けてあげたのに、なんで怒られるノヨ!』

 

 桃子が慌ててルビィに声をかけ、派手な魔法を控えてもらう。ルビィは不機嫌だが、わざわざ探索者に居場所を誇示するような魔法を使われるのは本当に困る。

 ただ、この階層は空は赤茶けており、大地も赤い彼岸花で染められた階層だったのは幸運と言えるだろう。

 木の葉を森に隠すが如く、ルビィの紅い魔法は周囲の赤い世界に溶け込んでいたお陰で、それに気付くものはいなさそうだった。

 

 

 ただ一名を除いて。

 

 

「……よ、妖精……」

 

『しまったワ! 見つかったワネ!』

 

 どことなく緩い雰囲気を醸し出す探索者、ハスカが。

 骸骨の襲撃を受けている最中だというのに、背後の空間を――そこに漂う紅の光に気付き、呆然としていた。確実に、ルビィが見つかった。

 そして、その一瞬のハスカの硬直は。この戦闘中では、致命的とも言える『隙』となる。

 

「ハスカ、なにぼーっとしてっ!!」

 

「きゃっ!」

 

「デジャヴ……」

 

 アケビがハスカに抱きつく形で飛びつき、骸骨からの攻撃を危ういところで回避する。

「きゃっ!」という悲鳴はハスカのもの。その後に続く「デジャヴ……」という呟きは、桃子のものだ。

 

「デジャヴだよ、既視感だよ。なんか、前にも全く同じやりとりがあった気がするよ。今回は、ハスカさんもアケビさんも転移してないからいいけど……」

 

『独り言呟いてないで、ピーチも戦いなさいヨネ!』

 

 自分が見つかったことは完全に棚に上げて。

 一日ぶりの既視感に浸っていた桃子へと、紅い妖精が叱りの声をあげるのだった。

 

 

 なお。

 この地でルビィが目撃されたことで「骸骨武者が赤い妖精を連れている」という噂が更に信憑性を増すことになるのだが。

 それはまた、別な話である。

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