ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
【焔と躯 伍】
「ぐすっ……ぐすっ……うう……くそっ、くそっ……」
その日。自我を得たばかりの妖精――焔は、鎌倉ダンジョンを一人彷徨っていた。
ぽろぽろ、ぽろぽろと、止めどなく涙を零しながら。言葉にできない激情と喪失感を抱いたまま。
ただ、あてもなく。あてもなく。
「ククク……新たな妹が誕生したと、我らが女王ティタニアが言うから来てみれば、涙でぐしゃぐしゃじゃあないか……」
「ぐす……だ、誰……?」
そんな彼女の前に現れたのは、焔が初めて出会うことになった同族、深い緑色の髪をした妖精だった。
「私はルイ、キミの仲間さぁ。我らが女王に頼まれて、キミを迎えに来たのだが……」
「なか……ま……うう……ううううぅ……むく……ろ……うわあああ……っ!!」
「ククク……どうやら、話どころではなさそうだねぇ。ま、ゆっくり聞くとしようか……」
ルイと名乗る彼女は、暗い緑色をだらりと垂らし、片目を隠した陰気な妖精だった。彼女は、妖精たちの女王の言葉に従い、新たに自我を得た妖精である焔を迎えに来たのだという。
そして、快活だった焔と真逆な雰囲気を持つその妖精は、突然、涙をこぼし嗚咽の声をあげ始めた新たな妹を目の前にして。
何があったのかも知らぬままに――ただ優しく、優しく。泣きじゃくる妖精を抱き留めたのだった。
「――やれやれ。随分と、複雑な境遇で生きてきたものだねぇ……」
どれほどの時が過ぎだろうか。
泣きじゃくり、嗚咽の声をあげながら、それでも初めて出会えた同族に、焔は自分の悲しみを語った。怒りを語った。今までの自分の全てを、語り尽くした。
ルイと名乗るその妖精は、それを静かに、最後まで優しく聞いてくれた。
「だから……アタシ、もう……このダンジョンには、いられないんだ」
「ならば、来ると良い。妖精たちが住まう場所がある。そこならば……誰も、キミを悲しませることはないのさぁ」
「……うん、アタシを、連れてってくれ」
ここではない場所に、一人の女王を母とする妖精だけが幸福に暮らす、幸せな土地があるのだそうだ。
火の妖精である焔もまた、その身に流れる魔力を辿れば、その女王の娘の一人なのだという。
そこで、仲間として――姉妹として共に暮らそうと、ルイは焔に声をかけてくれた。
その場所には、人間も、魔物もいない。
その場所には、焔を悲しませた存在は、一人もいない。
けれど。
その場所には、躯はいない。
焔の心に、小さな滴が一つ、垂れ落ちた。
「では、行こうか。ホムラ」
「待って……アタシ、その名前は……使わない。アイツがつけた名前はもう、使えないよ……」
「ククク……難儀だねえ。ならば――」
焔はもう、躯とは袂を分かったのだ。二度と会わないと誓ったのだ。
だから、躯が名付けてくれた、躯が呼んでくれた『ほむら』という名は、もう使えない。使わない。それが彼女の出した答えだった。
今の彼女は、名も無き火の妖精だ。
「フレイム……いや、フラムかな。ククク……キミはこれから『フラム』と名乗ると良い。今までの名前については、ひとまず置いておきたまえ」
そして、目の前の『姉』であるルイがつけた名前。彼女の新しい名前。
それが――フラム。
「言葉の意味はわからないけど……今までの名前と似てるし、格好いいな。アタシは、フラム。火の妖精の……フラム」
ルイがどのような意味でその名前をつけたのか、フラムは知らない。そこに込められた意味は、わからない。
けれど、自分はこれからは『フラム』という名の妖精なのだと、彼女は受け入れた。
ルイに連れられて、フラムは光の膜を潜っていく。
生まれてからこれまで、躯とたった二人で生きてきた、鎌倉ダンジョンから旅立っていく。
焔が――フラムが。
再びこのダンジョンに足を運ぶのは、それから数年もの時を経た後のことである。
フラムは、炎の世界にいた。
ここは鎌倉ダンジョン第四層。未だ人間が到達したことのない、探索者たちからすれば全くの未知の領域だ。
巨大な崖や谷が熱波によって揺らぎ、火の粉が常に舞い踊っている。第一層と同じような乾いた地面には、刀、槍、剣、数多の死者たちの得物が、墓標のように突き立てられている。そしてその大地は、至る所から灼熱の炎を吹き上がらせていた。
もし生きている人間がここを訪れたならば――数分も経たずに、その身は地獄の業火にまかれ、果ててしまうだろう。
鎌倉ダンジョン第四層。そこはさながら『炎熱地獄』のような階層である。
ここが、フラムの生まれた場所だ。
そして、一度は炎熱で滅びたはずの躯が、再び力を取り戻した場所だ。
『……久しいな……焔よ……』
「アタシは、ほむらじゃない。今のアタシは、フラムだ! アタシの家族が……つけてくれた名前なんだ!」
『……そう、か』
そして、そこでは二人――いや、一人の妖精と、一体の骸骨の魔物が対峙していた。
妖精、フラムは。炎に照らされながら、骸骨武者の前に立ち塞がっていた。彼女の眼差しは、いつも以上に熱く燃えている。
目の前にいる魔物に炎の力を分け与えてしまったことに対する『けじめ』。フラムは、それをつけにきた。
このまま躯を放置してしまえば、彼はフラムが与えた炎の力で、人間を殺していくのだろう。妖精たちに刃を向けるのだろう。
躯とフラムの思い出の刀は、人間を殺すための武器になるのだろう。
今まで、ずっとその事実から逃げていた。けれど、とうとう――ヘノに、今の家族に凶刃が向けられてしまったのだ。
それだけは、フラムには受け入れられなかった。もう、目を背けるわけにはいかなくなった。
だからこそ、けじめをつけねばならない。
「アタシは、お前を退治しにきたんだ! 理由は分かるだろ! お前は、人間を殺しただけじゃない! お前、アタシの仲間を殺そうとしたろ!!」
『……なるほど。緑の風を操っていた、妖精……か……』
「そうだよ! ヘノは、アタシの家族なんだ! 馬鹿で、ぶっきらぼうで、人の話を聞かない奴だけど、今のアタシの大切な家族なんだ!!」
躯に対峙していると、知らず知らずに心の奥からこみ上げてくる感情が、フラムの心から『怒り』を忘れさせようとする。躯と初めて出会った日々の記憶が蘇る。躯とともに魔物を退治してまわった日々が、二人で生きてきた日々が、いくらでも脳裏に蘇ってくる。
けれど、それではいけないのだと、フラムは自分の記憶を必死で押さえつける。
心に思い浮かべるのは、無表情で、荒くれていて、人の話をろくに聞かない、とても大切な家族の姿だ。その家族を――ヘノを、この目の前の躯は、殺そうとしたのだ。自分が力を与えた、妖精の炎の力を持つ、その刃で。
それは、絶対に、絶対に許せることではないのだ。
フラムは必死に、その事実を心に焚きつけて、怒りを燃やす。
『……ならば、どうする……』
「アタシが、お前を……倒す! 二度と復活しないように、アタシの炎で、お前を煤にしてやる!!」
『……ならば……』
「……戦うっ!」
フラムは、いつでも躯に炎を叩きつけられるように。その身に、赤い、赤い、炎の魔力を練り上げていく。フラムは、ずっと躯と生きてきたのだ。彼がどのように戦うかを知っている。彼らの刀の軌道も知っている。
だからこそ、そこに自分の全力の炎をぶつけるつもりだった。
躯は、怒りに燃えるフラムを前にして、ピクリとも動かない。躯ならば、この脱力の状態から神速の一撃を放つことができる。だからこそ、油断はならない。
ジリジリと。両者は向かい合ったまま、時間だけが刻まれていく。
呼吸すら忘れたような二人の間に、一つの火の粉が舞い降りる。
その火の粉が、地面に設置するその瞬間――二人の時間は動きだした。
フラムは、全力の炎の渦を躯へと叩きつける。
躯はギリギリまでフラムを引きつける気なのか、まだ刃は抜かない。
しかし――。
颶。
フラムの炎は、暴力的な突風によって空高くへと巻き上げられる。
躯は、彼の骸骨の身体ごと吹き飛ばすような圧縮された嵐の壁によって、押しのけられる。
そして、驚きに目を丸くするフラムの耳に、慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
「まったく。駄目だぞフラム。一人で勝手に先走ると。母様が心配するんだからな」
「ヘノ!?」
それは、つい先ほど心に浮かべていた風の妖精、ヘノの姿だった。
神槍ツヨマージを掲げ、既にその魔力は存分に練られている。もういつでも、彼女は全力で戦うことができるだろう。
「だって、だって! お前がむくろに斬られたっていうから……アタシが、けじめをつけなきゃって……!」
「なんだそれ。ヘノは。斬られてないぞ」
「でも、斬られて大変そうだったって……」
「なんだそれ。ヘノは。斬られてないぞ」
会話が、会話になっていない。ヘノはすでその手にツヨマージを握り、フラムに背を向け、躯をずっと睨み付けている。
周囲には、ヘノを中心とした風がゆるりと吹き始める。炎の地獄に、広く、広く風が吹き始める。
灼熱の業火が風に煽られ、熱風とともに火の粉が大きく舞った。
「フラム。お前は下がってろ。あの骸骨とは。ヘノが戦ってやるからな」
「でも! むくろは、アタシ……アタシが……!」
ヘノは、炎の明かりに照らされて。躯と睨みあったままで、背後のフラムに声をかける。
躯は既に、刀に手をかけヘノと一触即発の状態を維持してはいるものの、フラムとの会話を邪魔するつもりはないらしい。熱風の中でピクリとも動かずに、妖精たちの言葉を黙って聞いている。
「フラム。ヘノが守ってやるから。ヘノが戦ってやるから。だから――」
熱風に煽られた業火が、大量の火の粉をまき散らす。だんだんと、ヘノを中心とした風が強くなっていく。辺り一面が、ヘノの支配するフィールドと化していく。
「――泣きながら戦うなんて。やめろ」
そして、火の粉の一粒が、フラムを照らしだす。ぽろぽろと、ぽろぽろと、涙を流し続けるフラムの頬を照らしだす。
フラムは、ずっと泣いていたのだ。何年も会わなかった躯を前にして、袂を分かったはずの相棒を前にして。
彼を倒すと、煤にすると誓いながらも、その瞳からは、とめどない涙があふれ出していた。
「う……だって……だって……」
「だっても福神漬けもない」
ヘノはいま、怒っていた。
決してフラムに対して怒っているわけではない。かといって、フラムを泣かせた躯に対して怒りを抱いたわけでもない。
ただ、ヘノは、目に見えないモヤモヤに対して、この鎌倉ダンジョンの下層で紡がれていた、どうしようもない悲劇に対して腹を立て、とにかく怒っているのだ。憤っているのだ。
「泣くくらいなら。やる覚悟がないなら。お前は下がってろ。だっても福神漬けも。ない」
いまこの場に福神漬けは全く関係ないが、誰からもそれに対する反応はない。
そうして、フラムがおろおろとしている間にも、ヘノはツヨマージに緑の風を集中させていく。階層に広がった風が、業火を巻き込んだ旋風となり、ヘノの元へと収束していく。
「……ヘノが。全力で。戦ってやる」
そして、躯は。
黙ったまま、その鼓膜のない耳で。眼球のない双眸で。ジッと、二人の妖精たちの姿を。
ただ静かに、見つめていた。