ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ヘノちゃん……!」
『危ないワ、ピーチは伏せててネ!』
炎の階層で、ヘノと躯が壮絶な戦いを楽しんでいる頃。
上階で探索者たちに群がる魔物を撃退してきた桃子もまた、この第四層へとたどり着いていた。
けれど、この階層は人間が気軽に足を踏み込める環境ではない。いたる箇所から間欠泉のごとく高温の炎が噴き出し、ただ立っているだけでも熱された空気で喉が焼けそうだ。
桃子はたまたま耐熱装備である砂漠ポンチョを着たままやってきたのが幸いし、肌がひりつく程度で済んではいるけれど、それでもやはり、灼熱に炙られていることには変わりない。
ルビィが魔法で桃子を熱から守った上で、なお。
視線の先。炎熱の旋風が吹き荒ぶ戦場には、近づけないでいた。
「これが、ヘノちゃんの本気の戦いなんだね……」
『あんなの、ふつうの妖精の戦い方じゃないワヨ』
横ではヘノの荒々しすぎる戦い方にルビィがため息をついている。
桃子はただ、火炎に包まれた世界で。ヘノの巻き起こす嵐が業火を巻き上げる様を、ジッと、目を逸らさずに見つめていた。
ヘノの操る竜巻が業火を巻き上げ、灼熱の渦が躯めがけて踊り狂う。
桃子はそんなヘノの戦いを眺めながら、ルビィとずっと、話し合いを続けていた。
それは当然、あの『躯』について。
「フラムちゃん、躯さん……」
桃子は、ルビィから――全てを聞いた。
それはあくまでルビィではなく、その主であるりりたんの知識である。
それは、躯という魔物と、焔と名付けられた小妖精。その二人に関する物語だった。
とある魔物が、生まれたばかりの火の小妖精と暮らすことになるという、とても不思議で――悲しい話だった。
躯は、間違いなく魔物で。
焔にとっては大切な家族で。
結果だけを見れば、実際に彼に救われた探索者が何人も存在していて。
けれど彼は、闘争のために、人間を殺す。
桃子は、彼らを助けたいと思った。
どうにかして他の魔法生物たちのように、焔と躯が静かに暮らす道はないかと、ルビィに――りりたんに、何度も聞き返した。
けれど。『彼は瘴気で生きる魔物そのものである』という現実だけは、覆す術が存在しなかった。
彼は、このままならば。ダンジョンに巣くう魔物たちを屠り続け、己に挑む探索者たちを屠り続け。そしていつしか、人間にとって強大な脅威へと成る日が来るだろう。
彼は「特殊個体」という名を与えられ――数多の人間たちと命を奪い合う日が、やってくるだろう。
その未来だけは、絶対に受け入れてはならない。
そのためにも。今ここで、彼を討伐しなければいけない。それが、桃子たちのたどり着いた結論だ。
「きっと、ヘノちゃんはさ。今もこうして、躯さんのことを……助けてあげてるんだね」
『そうネ。終わることのない『闘争の飢え』から解放してあげられるのは、ヘノくらいダワ……』
こんな遠くからでも、桃子には分かる。
ヘノは、本気で、全力で。躯の心の中で飢餓状態にある『闘争心』を満足させようとしているのだ。
そんな真似を出来るのは、ヘノが他の妖精たちよりも圧倒的な強さを持っていたからだ。そしてヘノが、彼の『闘争心』を理解することのできる精神性だったからだ。
あの戦いは、躯に対する。ヘノの優しさなのだろう。
「でも、それだけじゃ駄目なんだよね……」
躯の闘争を、今ここで一時的に満足させたとしても。
それは、解決にはならない。
『……ピーチがやらなくてもいいノヨ』
ヘノと躯の巻き上げる炎が、一段と明るく輝く。
あの場ではきっと、双方にとって大切な家族であるフラムが、両者の戦いを間近から見ているのだろう。
そして、桃子がやろうとしていることは。
フラム――焔から。大切な家族をひとり、奪い取ることだ。
『きっと、時間さえ稼げば、誰かがやってくれるワ。お母さまに頼んだって、いいんだモノ』
それは、躯を倒すための、算段だ。
『けど、あれを滅ぼすっていう結論は、揺るがないワ』
それは決して、桃子ではなくても良いのだ。
桃子が重荷を背負う義務などない。他の誰かに任せて、安全な場所へと逃げても良い。
誰もそれで、桃子を責めるものなどいない。
桃子本人を除いては。
「……ううん。フラムちゃんの――友達の大切な人を止めるのだって、私の役目だよ」
ヘノの全力の暴風が、躯にたたきつけられた。
桃子たちから、一〇〇メートルは離れた戦場で。岩が弾け飛び、崖が砕け、大岩が転げ落ちる。
そうして、戦場は静かになる。
「私は、ヘノちゃんからのバトンを受け取りたい」
『……わかったワ。でも、ワタシの魔法で守れるのは、一回だけダワ』
「うん。それで私は、大丈夫」
ヘノの戦いは、終わった。
桃子とルビィは立ち上がり、灼熱の道を往く。
躯を、討伐するために。
「骸骨。お前。本当に強いな。下手したら。特殊個体になれるぞ……」
『……そなたも、強い、妖精であった……』
ヘノは、魔力を使い果たして、地面に落下するような形で着地した。その白い布の衣装はすでにボロボロで、纏う緑色の魔力も、今は弱々しい。
ヘノの前に立つのは、躯だ。
彼もやはり、その姿はボロボロの有様だ。
甲冑はもう所々が身体に残されているだけで、半分以上は骸骨の身体が露出されている。
その骸骨の身体も、すでに半分以上は消滅していた。左腕を失い、肋骨も半数以上がへし折られ、脚の骨もいくつかへし折られているようで、歩く動作すら怪しいものだった。
「どうだ。闘争は。楽しかったか」
『……妖精。感謝する。我は……満足だ……』
躯は、ヘノにトドメを刺すことはなく。
ただ、横たわるヘノと言葉を交わし。そして――背を向けて歩き出す。
それは、人間たちが次々と降り立ちはじめた、第三層へと続く道のりだ。
しかし、その躯の前に立ちふさがる妖精がいる。
「むくろ! お前、ヘノのことは助けられるなら! 人間を襲うことくらい我慢しろよ!」
フラムが――焔が、その小さな身体で、躯の道をふさぐ。
身体中が砕け、とてもではないが今にも煤になってしまいそうな躯を、思いとどまらせようとする。
『……焔。我は、やはり魔物なのだ。この本能は、抑えられるものではない……』
躯は、焔を無視するかのように、その横をゆるりと通り過ぎる。
その暗闇の眼窩は、相変わらず、焔になんの答えも与えてくれない。あの頃と同じく、躯の心は、焔にはわからない。
だが、それでも。
焔はぐるりと回り込み、躯の顔の正面で再び、その小さな両手を広げる。
「でも! お前は、アタシと二人で、沢山人間を助けて来たじゃないか! 殺さないで、逃がしてきたじゃないかよ!」
パチパチと、焔の身体から。
激情のような火花が飛び散る。
「だったら、これからもそうしろよ!」
『……力を得るほどに……我の魂が、疼くのだ。強き人間と戦えと。人間と死合い、全てを奪えと……!』
ゴウ、と。二人の周囲で炎が巻き上がる。
それはまるで、躯たちが生まれた日のように赤く、熱く、第四層の空気を燃やし続けている。
「なら! だったら! アタシとまた、二人で暮らそうよ! 人間が絶対来ないところでさっ! どんな深層でも、どんな瘴気の中でも、アタシはそれでいいからっ!!」
すがりつくように叫ぶ焔にむけて、躯は一瞬だけ、その残された右手を伸ばすそぶりを見せる。
しかし、その右手が彼女に触れることは、ない。
しばしの沈黙。
炎の轟々という音だけが響き、二人を照らす。
そして――。
『……焔。お前の安らぎは、そこにはない……』
「そんなことっ……!」
やはり。躯は焔の横を、素通りする。
ヘノとの戦いでどれだけボロボロになろうが、彼はヘノをして、特殊個体になれると言わしめたほどの実力を持つ魔物である。
第三層まで降りてくる探索者たちだとしても。彼と戦い、全員が生き残ることは、叶うまい。
焔の言葉を無視するかのように、再び躯が歩を進め――。
しかし。
躯は立ち止まり、炎の刀に手を伸ばす。
『……人間。そなたも、我を止めに来たか……?』
そこにいたのは――白い砂漠ポンチョに身を包み、紅珠のはめ込まれた巨大なハンマーを構えた、一人の少女である。
この灼熱の階層は、砂漠ポンチョがあったとしても、人間である桃子にとっては苛酷な環境なはずだ。
肌は火照って赤くなり、目もとは赤く腫れて。頬には幾筋かの汗が伝っている。
けれど、彼女は。桃子は。強い、強い眼差しで、躯の前に立つ。
「もし……あなたが、探索者を標的にするというのなら、私はそれを止めます」
「桃子……」
『……ならば我は。貴様を殺して進もう……』
桃子の周りには、紅く煌めく魔力がその身を保護するように漂っている。これは桃子を熱や瘴気から護るための、ルビィの魔法だろう。
けれど、桃子とともにいたはずのルビィ本人の姿はない。ルビィは、魔力を使い果たし危険な状態に陥っているヘノの救助に向かっていた。
桃子は、だから。
妖精の助力もなく、たった一人で。一人の人間として。躯の前に立っている。
「桃子、それは……だって、だって……! 桃子が死んじゃうぞ!」
「ううん、私は大丈夫。私は……躯さんを止めるために、戦うよ」
『……いざ、参る……』
「フラムちゃん……ごめんね」
「もも――!!」
桃子が、フラムに小さく謝罪を伝えてから、ハンマーに魔力を込める。その身体に、全身に、魔力を滾らせる。
ここまで言うからには、きっと何かしら作戦はあるのだろう。きっと、ルビィの魔法が、躯の攻撃を防いでくれるのだろう。きっと、深潭の魔女が裏で動いているのだろう。きっと。きっと。フラムとて、それくらいは予想はつく。
けれど。桃子は戦いそのものが決して得意なわけではないことを、フラムは知っている。
桃子は、躯の素早い斬撃についていけるほどの戦闘能力はないと、知っている。
桃子が、躯の斬撃を食らってしまえば……いつかの探索者のように、あっさりと死んでしまうことを知っている。
たった今。桃子の手が、ハンマーを握る手が、小さく震えていたことを、知っている。
フラムの目の前で、躯の炎の刀が振るわれる。桃子の胴体を横薙ぎにするように、炎が軌跡を描く。
それは、一瞬にも満たない、長い時間だった。
フラムの脳裏に、様々な記憶がよみがえる。
――信じてまぜる! 信じてまぜる!
――フラムちゃんは大剣だね! ぬくぬく大剣、採用!
――よく見てよフラムちゃん。このナイフはただのナイフじゃないんだよ!
桃子は、ヘノのパートナーだけれど。
フラムだって、フラムだって。桃子がパートナーになった自分を想像したことくらい、何度もあるのだ。
死なせたくない。死なせるわけにはいかない。
あの探索者のときのような後悔は、したくない。
「アタシはっ! アタシはっ――!!」
フラムはその瞬間、初めて、躯を滅ぼすために、力を使った。
躯に与えた炎の力を、フラムは全て――消失させた。
鈍い光を宿す刃が、桃子の胴体を横薙ぎにする。
けれど、どれだけ鋭かろうと。どれだけ技量があろうと。炎の力を奪われた刀では、桃子の魔力を斬り裂けない。ルビィの守りを破れない。刃は、桃子に傷を与えることはない。
そして、振りかぶった桃子のハンマーが、数瞬遅れて。
躯へと振り下ろされる。
その瞬間、フラムの視界に映った躯は。
骸骨で、表情などわからないはずの、躯の顔は。
笑っていたような気がした。