ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
煉獄の中で。一対の人間と魔物が対峙していた。
方や、灼熱から身を守る砂漠ポンチョで身体を覆う少女。震える両の手で、しかし力強く。絶大な魔力を込めたハンマーを握りしめ、振り上げる。
方や、すでに身を守る甲冑もなく、満身創痍の骸骨。左腕は失われ、多くの骨が砕かれて。残された片腕に握られた炎の刀を構えていた。
二人の戦いは、たった一瞬の交差で決着がついた。
躯の剣は、速かった。支えのない片腕だけの斬撃なれど、それは一切の無駄を排除した流れるような動きを見せた。
ほんの瞬きの瞬間に、ハンマーを振り上げた桃子のがら空きの胴体を薙ぐ。
しかし――その瞬間に、彼の刀は炎の妖精の力を失った。
魔力を失った刃は桃子の身体に張り巡らされた守護の魔法を切り裂くことなく、振り抜かれたそれは、ただ白い布地に跡をつけるだけで終わる。
そして、次の瞬間に振り下ろされたハンマーは。
激しい爆発も、衝撃もなく。
あっけなく。
躯の残された胴体部分を粉砕し、吹き飛ばした。
『……見事なり、人間……』
「ごめん、ごめんね……躯さん」
『……人間。焔を、頼む……』
腹部から下を失った躯が、その場に文字通りに、崩れ落ちる。
彼はすでに、右肩と、胸と、首しか残されていなかった。もう、立ち上がることは不可能だ。
持ち主を失った彼の刀がカランと音をたてて、大地に落ちる。
桃子はその場にへたり込み、掠れた躯の声に、震えを抑えきれぬ声で、謝罪の言葉を返していた。
そして。
躯の残された身体にしがみつくようにして飛び込んできたのは、火の妖精だ。
フラムは、その場に桃子がいることも、ヘノやルビィがいることも忘れて、大声で叫んでいる。
「むくろ! バカ! バカっ! お前……!」
残された頭蓋骨にすがりつく。
フラムの涙が、小さな、小さな粉となって、躯の頭蓋骨に降り注ぐ。
フラムは、躯に与えていた妖精の力を奪ってしまった。全身を砕かれ、そして炎の力もなくした躯には、もはや再度復活するだけの余力は残っていない。
あの日、躯が殺した人間の遺体を前にして袂を分かったときも。今日、ヘノが襲われたと聞いて激高していたときも。
フラムはどれだけ彼を罵ろうと、躯の力を奪うことだけはしなかった。
その力は、躯の大切な力だと、思っていたから。
その力さえあれば、躯は死なず、いつかは昔のような関係に戻れると思っていたから。
「アタシが、桃子のために……お前の炎を消すって……わかってたんだろ……!」
『……焔。お前の力は、お前が使うべきだ……』
「こんな、やり方……他に、なかったのかよ……」
フラムは、泣き顔を隠そうともしない。
わかったのだ。わかってしまったのだ。
躯は、桃子を殺そうとしたわけではなく、フラムに己の力を取り戻させるためだけに、あんな真似をしたのだと。
躯には、桃子への殺意などなかったのだと。
二度と復活する余地のない、終わりを求めていたのだと。
『……我は、満足したのだ……』
躯の残された胸骨が、肋骨が、煤となっていく。
そこから、音もなく。赤い燐火が舞い上がっていく。
『……緑の風と、存分に死合った……』
躯が、残された右腕を。
焔へと伸ばす。
『……焔には、すべてを任せられる、友がいた……』
焔の顔に、指先が触れる。
しかしその指先の小さな骨は、ボロリと崩れ落ちる。
焔の頬を一瞬だけ撫でた手は、ボロボロと、崩れ落ちていく。
『……だから……もう、良いのだ……』
崩れた腕の骨が、煤へと変わっていく。
幾つもの、赤い燐火が舞い上がっていく。
「勝手なこと……勝手なこと……言うなよぉ! アタシの! アタシの気持ちも……考えてよぉ……」
焔がしがみついていた頭蓋骨が、ピキピキと音をたて、崩れていく。
崩れた破片が煤へと変わり、赤い燐火が音もなく、広がっていく。
『……焔……達者で……』
そして、静かに。
轟々と燃え続ける、炎の階層で。
「むくろ! やだよお! 消えないで! お願い……お願いだから! むくろぉ!!」
骸骨武者は、消え去った。
「桃子。良くやったな」
地面にへたり込み、呆然とその光景を見ていた桃子に声をかけたのは、先ほどまで魔力を失い地面に倒れていたヘノである。
今も横にいるルビィに魔力を分け与えられたおかげで、どうやら宙を飛び回るだけの力は戻ってきたようだ。
しかし、己の相棒に声をかけられても。
ヘノに褒められたとしても。
桃子は、顔をあげられない。
灼熱の空気の中、桃子はすでに汗すら出なくなっている。俯いても、一滴の水滴も落ちてこない。けれど――。
「ヘノ……ちゃん……私、私……助けたかったんだよ。でも、助けられなかったよ……」
「違うぞ桃子。あいつは。最期は桃子に。助けられたんだと思うぞ」
「でも、でも……」
桃子の耳には、フラムの嗚咽が届いている。躯の名を呼び続ける妖精の声が届いている。
こうなることは、わかってはいた。覚悟したつもりになっていた。
それでも、あの悲しい慟哭を生み出したのが自分なのだと思うと、桃子は耐えられない。ぼうっとした頭の中で、絡みつくような、自責の念に囚われる。
『前を向きなさいヨネ! ピーチ、アナタは顔をあげて、最後まで見なきゃ駄目なノヨ!』
「ルビィちゃん……」
しかし。そこに叱咤の声をかけたのは、目を背けるなと怒鳴るのは、それまでヘノに寄り添っていた紅い妖精だ。
ルビィが、その小さな拳を握りしめて。真剣な、そしてどこか悔しげな顔をして、桃子を怒鳴りつける。
『悲しくても、辛くても。託された側は、前を向かなきゃ駄目ナノ! それが託した側の、望みナノ!』
「……うん、そうだね」
桃子は、ルビィの慟哭を聞いたことがある。
ティタニアを残し、自分は消えてしまった。ティタニアとの約束を守れず、先に死んでしまった。
それは、先に逝ってしまった、託した側の悲しみだ。
そして、残された者が前を向いてくれること。それはきっと、先に逝ってしまう側の、悲しみの中で輝く、最後の希望なのだ。
桃子は、唇をかみしめて、顔を上げる。
今も、どこかで躯がこの世界を見ているかもしれない。ならばせめて、自分は前を向かなければいけない。
灼熱の空気で、すでに涙も汗も乾き、肌はかさかさになりつつある。きっと、桃子の身体にも限界は近づいているのだろう。
それでも、桃子はその景色を忘れない。
躯の遺骨から舞い上がる、数多の燐光。
それはきっと、彼が己の糧としてきた、幾つもの魔物たちの力なのだろう。闘争心という呪いに侵され、戦って、戦って、戦って。そして、燃え尽きた最後の炎なのだろう。
燃え上がり、広がっていき、その燐光たちは――第四層の灼熱の空に、消えていく。
紅い燐光が広がり、消えていくその姿は。
炎で造られた、美しい彼岸花のようだった。
――時は、無情にも流れ続ける。炎で咲いた彼岸花は、大気へと消えていった。
『……ピーチたちはもう、これ以上ここにいるのは危険だワ。さっさと帰りなさいヨネ!』
「でも、でも……フラムちゃんが……」
燐光の全てが第四層の大気へと溶けていったのを見送って、しばらく。沈黙を破るように、ルビィが桃子に声をかける。
ルビィの言うとおり、この環境は生きている人間には酷である。砂漠ポンチョもここまでの熱に耐えられる装備ではなく、桃子はずっと、サウナの中で戦っているようなものだった。
このままここにいれば熱によって桃子の身体が持たなくなるだろう。いや、すでに全身にかいていたはずの汗すらかかなくなってきている。もう桃子の状態は危険域に突入している。
けれど、桃子たちの前では、躯の残した刀にしがみついて泣き続ける妖精の姿がある。
桃子は、彼女を一人きりにはしたくなかった。
かける言葉がなくとも、今のフラムは誰かが寄り添っていなければいけない。そう思い、この場に残ろうとしたのだが――。
桃子の横に浮いていたヘノが、その小さな手で桃子の指を引っ張り上げ、桃子を立ち上がらせようとする。
「帰るぞ桃子。安心しろ。フラムにはちゃんと。仲間がきてるからな」
「えっ?」
ヘノの言葉に、桃子はふいに振り返る。
周囲は、あちこちの地面から吹き出る炎により、赤く染まっている。どちらを向いても、ぎらぎらとした炎の熱が飛び込んでくる。
そんな中に、炎の明るさに溶け込むようにして、黄色い光が二つ、すぐ近くに漂っていた。
「大丈夫。ボクたちがちゃんと、フラムについているのでは、ないかな?」
「ごめんねぇ、こんなことになってるなんて、知らなかったんだよぉ」
「リドルちゃん、ノンちゃん!」
それは、スフィンクスの間で別れたはずの鍵の妖精リドルと、その親友の大地の妖精ノンだ。
リドルは興味深げに周囲の景色を眺めながら、こめかみに指をトントンとあて、賢そうなポーズをとっている。もっとも、これはポーズだけで、賢いことは特に考えてはいない。
ノンは、桃子の、ヘノの、そしてフラムの様子をみて、ここで何があったのかを察したのだろう。眉毛を下げて、心配げな、そして申し訳なさそうな表情だ。
「この階層で動けるのは私たちだけなんだけど、上の階層にはみんなも迎えにきてるよぉ」
「スフィンクスのアドバイスがあったのさ。『妖精の皆に声をかけ、フラムを迎えにいけ』とね」
「そうか。なら。安心だな。ヘノも正直いって。これ以上は。しんどいぞ」
他のみんなも迎えに来ている。ノンが伝えたその言葉は、桃子にとって、何よりうれしい言葉だった。
フラムには、今もなお大勢の家族がいてくれるのだ。さすがに氷の妖精、水の妖精、そして植物の妖精たちは、この炎熱の階層までは下りてこられないようだが、そればかりは仕方がない。
『ワタシも、役目を終えたから帰るワネ。ティタに……よろしくネ』
「あ……」
そして、ティタニアの娘たちが集まってきたのを確認すると。
ずっとヘノを支えていたルビィは、役目を果たしたとしてその場からスーッと消えていく。
桃子は思う。
彼女は、あくまでりりたんの使役する眷属であり、りりたんの魔力を糧に活動しているだけの存在だ。どれだけティタニアに会いたくとも、自由にダンジョンを彷徨けない、不自由な存在だ。
自由に生きる生者の世界において、それがどれほど辛いことなのだろうか、と。考える。
けれど――。
「あいつ。死んだ妖精のくせに。本当に。自由で楽しそうだな」
「あはは……どうなんだろうね」
自由と不自由。生者と死者。
ルビィが不自由な存在に見えるのか、自由な存在に見えるのか。見るものによっては、それは真逆に映るようだ。
はたして、死者にとっての自由とは何か。死者にとっての幸せとは何か。
躯は、自由だったのか。幸せだったのか。
そんなことを、ぼうっとした頭の中で考えながら。桃子はヘノに促されるように、灼熱の第四層を後にするのだった。