ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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あなたがくれたもの

「な、なんか……皆の顔を見て気が抜けたら、ふらふらしてきちゃった……」

 

「桃子。桃子。大丈夫か? 桃子?」

 

「おやおや……これは明らかに重度の『熱中症』の症状さぁ……ククク」

 

 灼熱の、炎が吹き上がる第四層から第三層『彼岸花の大地』へと帰ってくると、そこにいたのは桃子もよく知っている顔ぶれだった。

 薬草の妖精ルイ、桃の木の妖精クルラ、緑葉の妖精リフィ、水の妖精ニム、そして氷の花の妖精ルゥ。ティタニアの娘たちが揃って、桃子たちの帰りを待っていた。本来ならば、乾燥して気温も高めのこのダンジョンを苦手とする顔ぶれが、桃子やフラムのために、この第三層まで迎えに来てくれていた。

 しかし、残念ながら桃子は妖精たちの姿を見て純粋に喜んでいられるような状況ではない。

 ここまでは魔力で無理やり身体を動かしてきたものの、安心して気が抜けたと同時に『限界』が来てしまったのだ。

 

「大変だヨ。身体があっついヨ。とにかく水を吸わせて、身体を冷やさないと危険だヨ」

 

 桃子は彼岸花の大地に力なくへたり込み、そのままトサリと、褐色の空を見上げるようにして仰向けに横になった。あとは妖精たちに任せることにした。

 

「お、お水なら私が……うぅ、桃子さん、お水ですよぉ……」

 

「氷! 氷もある、よ!」

 

 妖精たちは、力なく寝込んだ桃子を取り囲み、慌ただしく動き始める。

 この場に水や氷を司る妖精たちが揃っていたのは、第四層の熱にやられ朦朧としている桃子にとって一番の幸運と言えるだろう。

 

「ご、ごめんね……助かる……」

 

 何はともあれ、まずは水分だ。

 ニムとルゥが、リフィの出した葉っぱを水差し代わりにして、桃子の口からゆっくりと冷水を流し込んでいく。

 

「んふふ♪ 桃子、お塩も舐めるのよ♪ 熱中症には、お塩を舐めるんだって村の人たちも言ってたわ♪」

 

「塩……あ、ポケットに……」

 

「ククク……フラムも心配だったが、まさか桃子くんがここまで危険な状態だとは、驚きさぁ。誰だい? 桃子くんにこんな無茶をさせたのは……」

 

「ヘノじゃないぞ」

 

 年輩であるクルラとルイの二人が、桃子の頬を両側からぺちぺちと触り、容体を確認している。

 桃子はなすがままになっているが、ルイたちは人間の『熱中症』についての知識を持っているはずなので、彼女らに任せておけばきっと大丈夫だという安心感があった。

 

「やれやれ……まったく、ヘノも魔力が枯渇気味じゃあないか。ほら、私の魔力を受け取りたまえよぉ……」

 

「じゃあ、私の魔力も送っちゃおうかしら♪」

 

「リフィもやるヨ」

 

「まて。まて。くすぐったい。順番にしてくれ」

 

 桃子の横では、同じく無理をしてへたり込んでいるヘノが、ルイから魔力を分け与えられていた。

 桃子はそのまま、大きく呼吸をして、目をつむり。妖精たちに身を任せたまま、しばしの休息につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、ちょうどポケットに入ってた長崎ダンジョンのお塩をクルラちゃんが見つけてくれてね」

 

「よかったですね。すぐに塩分補給ができて」

 

「うん。それで、クルラちゃんがそれを私の口に入れて舐めさせてたら、それを察知したイチゴちゃんが慌てて飛んできたらしくて」

 

「なるほど、そういう風につながっていくわけですか」

 

 ここは妖精の国の、人間用の客室だ。

 桃子はいま、衣服を脱がされ、楽なインナー姿で『マシュマロとお餅と綿飴を足したような人間を駄目にするベッド』に寝かされている。

 その横に腰をおろし、先ほどから甲斐甲斐しく桃子の世話をしているのは、柚花だった。

 

 あれから。

 

 りりたんの千里眼により戦いを決着まで見ていた柚花は、桃子より先に妖精の国にやってきて、その帰還を待ちかまえていた。

 だが、桃子を待っていた柚花の前に現れたのはまさかの『ハーメルンの笛吹き』ことイチゴであり、目的の桃子はイチゴの背に負ぶさって寝息を立てていたのである。

 

「あのときはびっくりしましたよ。鎌倉ダンジョン帰りの先輩が、長崎ダンジョンの怪異に運ばれてるんですもん」

 

「ごめんねえ、私もすっかり寝込んじゃってて、気づいたら柚花が私の服を脱がしてるから、何事かと思っちゃったよ」

 

 ベッドに寝込んだまま、桃子が苦笑する。

 実は、桃子の意識は『彼岸花の大地』に現れたイチゴといくつか言葉を交わしたあたりで、プツリと途切れてしまっていたのだ。

 次に桃子が意識を取り戻したのは、この『人を駄目にするベッド』の上であり、まさに柚花が桃子の服を脱がしているタイミングだった。これはもちろん柚花の下心ではなく、とにかく桃子を楽な服装に着替えさせるためだ。

 桃子が寝ている間もニムがひたすら桃子の体内の水分を魔法で循環させてくれていたため、すっかり放熱も済み、体調はずいぶんよくなっている。

 

「イチゴちゃんにも迷惑かけちゃったなあ」

 

「長崎ダンジョンの塩がちょうどいい笛吹き召喚アイテムみたいになってますね」

 

「あはは……」

 

 イチゴこと『ハーメルンの笛吹き』という怪異は、長崎ダンジョンの塩によって加護を受けた探索者の元へと現れる。

 それを逆手にとり、今回もまた、塩を舐めることでイチゴが呼び出されたわけである。

 とは言え、今回は本当に熱中症対策のために塩を舐めただけであって、イチゴを呼び出すために舐めたわけではないのだが。

 

「イチゴちゃんが来てくれてよかったよ。私だと、あの塔を全部上るのは、多分無理だったから……」

 

「怪異でもあの塔を登りきるのは大変だったみたいですけどね」

 

 桃子を運びこんだイチゴはすでにクタクタで、柚花に桃子を預けるとすぐに消えてしまった。なので、柚花はこの話を聞くまでどうしてイチゴが疲労困憊だったのか分からずじまいだったのだ。

 だが、これでようやく合点がいった。

 イチゴは、鎌倉ダンジョンの第三層からずっと、桃子を背負ってここまで運んできたのだ。

 いかに怪異とはいえ、子供ひとりを背負ってあの『五重の塔』を最上階まで上るのはそれなりに重労働だったのだろう。

 

「ま、そんなことより、今日の夕食は私が作りますから先輩は安静にしていてくださいね。お粥でいいですよね?」

 

「うん、ありがとう、柚花」

 

 体調はずいぶん良くはなったものの、それでも病み上がりは病み上がりだ。無理をするなと、妖精たちにも言われている。

 今の時刻は、日曜日の夕暮れ――いや、窓の外はもう日は沈みきり、妖精の国の上空にも星の瞬く夜空が広がっている。明日は平日の月曜日だが、すでに柚花が窓口や和歌に連絡して、工房には明日の桃子の病欠を伝えているらしい。

 桃子は目覚めた直後、無理してでも帰ろうとしていたのだが、柚花と妖精たちが強引にストップをかけた。今回は肉体のみならず、精神的な負担もかなりのものだったのだ。今の桃子には間違いなく、休息が必要だ。

 

「あとでお粥が完成したら持ってきますから、寝ててくださいね」

 

「はーい」

 

 調理部屋へと向かう柚花を見送った桃子は、誰もいない部屋で一人、窓の外に見える星空を眺めていた。

 ヘノも、ニムも。桃子の容態が回復したのを確認してから、再び鎌倉ダンジョンへと向かっていってしまった。

 それは当然、フラムを――皆の、大切な妹を迎えに行くためだ。

 

「フラムちゃん……躯さん……」

 

 桃子は、柚花が戻ってくるまでの間、ただひとりで。

 快活で、武器が大好きで、とにかく明るかった火の妖精のことを。そして、彼女を恐らく本当に、最期まで大事に思っていたであろう、一人の魔物のことを。

 ずっと、ずっと、考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……うううう……」

 

 焔――フラムは、桃子たちが上層へと消えてからも、ずっと、長い間。躯の唯一の遺品となる鈍い光を放つ刀を抱きしめて、嗚咽を漏らしていた。

 もう、彼女を見守ってくれていた骸骨武者はいない。躯は全て煤になり、燐光となり、この灼熱の地に消えてしまった。それでもフラムは、彼の遺品に縋り続けている。

 そして、その縮こまったフラムの背中を見守り続けているのは、二人の妖精、ノンとリドルだ。

 灼熱の炎の階層を苦手としない二人が、姉たちを代表して、ずっと、ずっと。フラムの横に寄り添っていた。

 

「フラム……元気を出すんだよぉ」

 

「ノン……アタシ、アタシ……むくろに……酷いことしたんだ。もらった大切な名前まで、捨てちゃって……」

 

「ホムラ……っていうのが、フラムの本当の名前だったんだねぇ」

 

「うう……ごめんねえ、むくろ、むくろぉ……」

 

 フラムの、一番の後悔。

 それは、彼に名付けられた『焔』という名前を、捨ててしまったことだ。

 躯は魔物であり、最後の最後まで、それは変わらなかったのかもしれない。彼は瘴気で生きる存在でしかなかったのかもしれない。

 けれど。『焔』という名前はそれでも、二人の大切な絆だったのだ。

 

 それを捨ててしまったこと。それが、ずっと。フラムの心にトゲとして残り続ける。フラムを責め続ける。

 しかし、そのフラムの肩に優しく手を当て語りかけたのは、温厚なノンではなく、意外にも先程から黙っていたリドルだった。

 いつもは『謎』ばかりに執着し、人の言葉に執着しない彼女が、今は真っ直ぐにフラムを見つめている。

 

「フラム、キミに一つ、ボクが『答え』を教えてあげると、しようか?」

 

「う……ぐすっ……こ、こたえ……?」

 

「キミの名前の『フラム』という言葉の意味を考えたことは、あるかい? それは実は、別な国の言葉なのさ。でもね、その『フラム』という言葉は――」

 

 リドルもまた、人間に名付けられた存在だ。

 だからこそ、リドルはフラムの嘆きを理解できた。

 そして、リドルはフラムの名が持つ、とある『答え』を知っていた。いつしか、リドルにその名を付けた教授が語っていた知識の一つとして、覚えていた。

 

「FLAMME――燃え盛る熱き炎。つまり『焔』をさす、言葉さ」

 

「フラムが……ほむら……?」

 

 ずっと泣いていたフラムが、初めて顔をあげる。

 フラムを見下ろすリドルは、いつものような無駄に賢そうなポーズではなく。ただただ、優しげな瞳でフラムを見下ろしている。

 

「キミの名付け親は、間違いなくその、躯さ。言語は変われども、キミはずっと『焔』を名乗っているのだからね」

 

 それは、フラムにとっては青天の霹靂のようなものだった。フラムは『フラム』という言葉の意味など知らない。ただ、ルイが適当につけた響きなのだと思っていた。

 けれど、けれど。

 

「よかったねぇ。フラムはずっと、焔っていう名前を捨ててなかったんだよぉ」

 

「あは……そっか、アタシ、ずっと『ほむら』だったんだ……むくろがつけてくれた『ほむら』だったんだ……」

 

 それは、人によっては屁理屈だと思うこともあるだろう。

 同じものを指す言葉だとしても、当事者の躯と焔がそれを知らなければ意味がないと思う者もいるだろう。

 けれど、少なくとも。

 その事実は、フラムの心のトゲを、そっと、引き抜いた。

 

「……むくろ、ごめんな。これからも、この名前は大切にするからな……」

 

 フラムはいま、ようやく顔をあげた。

 灼熱の炎の中でも、フラムは一人きりではない。今もここに、彼女の『仲間』が、『家族』が、いるのだから。

 

「アタシ……むくろが心配しないように、頑張る。ちゃんと、前を向いていく……だから……」

 

 悲しみが癒えたわけではないけれど。

 喪失を乗り越えたわけではないけれど。

 

 それでも、フラムは前を向いて。

 いつかのように。あの日々のように。

 

「アタシのこと、見守っててくれよ! むくろ!」

 

 元気な、元気な声で。火の粉の舞い続ける空に向かい。躯に、最後の言葉を贈るのだった。

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