ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「それにしても、全部みんなに見られてたのってちょっと……恥ずかしいなあ」
柚花が作ったお粥をゆっくりと啜りながら、桃子は柚花の話を聞いて、顔を赤らめていた。
今日は柚花はりりたんやクリスティーナを交えた世界魔法協会絡みの話し合いに呼び出されていたことは桃子も知ってはいた。だが、その上で柚花が語った話は、桃子にすれば寝耳に水の情報だった。
というのも、りりたんは当然としても、クリスティーナやその部下、そしてなぜか呼び出されていた窓口杏や老芝奈々までが、プロジェクター用の大画面で桃子たちの戦いの様子を見ていたのだという。
「ねえ柚花。私ったら変なこと口走ってなかった? 大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。今回ばかりは、先輩も変なことを口走っていられるほどの余裕もありませんでしたし、私たちだってそんなこと茶化してられる空気じゃありませんでしたもん。みんな黙って上映会を鑑賞してました」
「上映会って。あれ、もしかして、私ってものすごくプライバシー侵害されてない? あれ?」
「そういえば昔、そういう映画ありましたよね」
ふわふわベッドに腰を沈めて、ふたり並んでお粥をゆっくりと啜っていく。
桃子としては残念なことだが、柚花の作ったお粥はカレー味ではなく、普通の薄めの塩味だった。主な具はニムが戻してくれたという乾燥なまこだ。
コリコリともトロトロとも言えぬ不思議な食感は確かに面白く、仄かに感じる海の風味のようなものも味わい深かったけれど、桃子としては「カレーのスパイシーさが欲しかったな」というのが本音である。
そんな、味わい深くも物足りない乾燥なまこ粥を食べつつ。上映会の話題は続く。
「まあでも、上映会はちょっと驚きだけどさ。今回も、ピンチのときでもりりたんが遠くから見守ってくれてるって信じてたから、なんとか頑張れた……気がするな。今度、お礼言わないとね」
「ストーキングを『見守ってくれてる』なんて言うのは、先輩らしいって言えばらしいですね」
「あはは」
ダンジョンにおいて、自分の危機を誰かが見守ってくれているというのは、やはり心強くはあるのだ。それが、りりたんのような「どんな状況でも助けてくれるだけの力」を持つ相手ならば尚更だ。
プライバシーの面では多少は思うところはあるものの、それでも、桃子や妖精たちを助けるために色々と手を尽くしてくれていたりりたんに対しては、文句よりも感謝の気持ちの方が大きいのは嘘ではない。
桃子自身、自分がりりたんに甘い自覚はあるけれど、実際に感謝してしまっているのだから仕方ない。
そして。柚花に聞いた話としてはもう一つ、躯について。
りりたんや柚花は、早々に躯の真意に気付いていたのだという。
「あくまで結果論ですけど、例の躯さんは、初めからフラムさんに力を返却し、そのまま消滅することを望んでいた節がありますね」
「……そう、なのかな」
「そもそも、ヘノ先輩が乱入してきて有耶無耶になったらしいですけど、一度はフラムさんと戦ってたらしいんですよ。でもほら、躯さんの力の半分はフラムさんのものでしたから。フラムさんが負けることだけは、あり得ないんです」
「そっか……」
フラムの力で戦う躯が、フラム本人に敵うわけがない。
そしてそもそも、あの躯がフラムを斬り捨てられるわけがない。結果論だが、今ならそう確信できる。
桃子は考える。自分やヘノが介入しなくとも、結果は変わらなかったのではないだろうか。介入したことで、果たして何か変えられたのだろうか。
今となっては、その答えは分からない。
唯一その答えを知る相手は、煤となり、燐光となり、この世界からは消えてしまったのだから。
沈黙。
気づけば、桃子も柚花も、お粥を食べる手が止まっていた。
器の中にはまだ半分ほどのなまこ粥が残っているけれど、どうにも話題的に、美味しく食事をとる気持ちにはなれなかった。躯は消え、フラムは今もきっと嘆き悲しんでいる。それを考えると、食事が喉を通らない。
そこで桃子は、話の流れを変えることにした。
桃子の脳裏に浮かんだのは、最後まで誇り高く桃子を叱りつけてくれた、気位の強いあの紅い妖精だ。彼女の話題ならば、柚花も明るい答えを返してくれるに違いないと考えた。
「ほら、あのさ。ルビィちゃんは、ちゃんとりりたんの所には戻れたのかな? ルビィちゃんには、色々叱られちゃったんだよね、あはは」
「ルビィさんですか? 戻ってきてから、りりたんの胸のなかでずっと泣いてました。ずっと堪えてたみたいで、ごめんなさい、助けられなくてごめんなさい、って……」
話題が明るくなるどころではなかった。
桃子は、「ルビィなら大丈夫だろう」などと考えていた自分の浅はかさを恥じる。
初めから、桃子は知っていたはずなのだ。ルビィという妖精は、とても心が傷つきやすく、脆い妖精なのだということは。
それでもただ、五十年前のティル・ナ・ノーグで生きた妖精の先輩という矜持を支えに、最後まで強気でいてくれた彼女に。桃子はつい、甘えてしまっていたようだ。
「……ルビィちゃんにも、いつかきちんと、お礼を伝えないとね」
「まあ、ルビィさんはりりたんとクリスティーナ会長が二人がかりで滅茶苦茶慰めてましたし、その場にいた皆に甘やかされ放題でしたから大丈夫ですよ。彼女にはティタニア様もいますしね」
「えー……」
しんみりした桃子とは裏腹に、柚花はルビィについては何も思うところはないらしい。
果たして、会議室で皆がどれほどルビィのことを甘やかしていたというのか。非常に気にはなるが、茶化すような話題でもないため、桃子は口を噤む。
「ルビィさんより、心配なのは……」
そして、柚花もまた言葉を言いかけて、口を噤む。
客室内に、沈黙の帳が下りる。
いま、この部屋にはヘノもニムもいない。
桃子に付き添ってくれていた何人かの妖精たちも、すでに再び鎌倉ダンジョンへと戻っていってしまった。
桃子と柚花が心配しているのは、言うまでもなく。いま一番傷ついているであろう、火の妖精のことである。
すでに、外は日が暮れているというのに――未だ。
ヘノたちは、フラムは。妖精の国に帰還していないのだ。
「……きっと、大丈夫だよね。ノンちゃんも、リドルちゃんも付き添っててくれたし」
「そうですね。きっと今頃は、妖精の姉妹揃って寄り道でもしてるんでしょう。今のうちに先輩は、フラムさんに心配かけないよう、きっちり体調を治してくださいね?」
「ん、わかった。ありがとうね、柚花」
気付けば、お粥はぬるくなっている。
桃子は器の中身が冷め切ってしまう前に、残りのなまこ粥を一気にかき込んだ。
乾燥なまこは高級食材だとは言うけれど、果たしていま食べたなまこは、高級食材として出まわっているものと同じ食感で、同じ味わいなのだろうか。
桃子は実際の高級食材としての乾燥なまこを食べたことがないので判別はつかなかった。
それでも、ひとつだけ。今のお粥に柚花の愛情が籠もっていたことだけは、十分に感じ取ることができた。
「先輩、起きてください。お客さんですよ?」
次の朝。
窓の外はまだ薄暗く、時間にしても日が昇る前の早朝と言えるだろう。
前日は結局、柚花が作ってくれたお粥を食べたあと、再び横になってそのまま寝入ってしまった桃子だったが、気付けばそのまま朝になっていたようだ。
桃子の夢の中に、桃子を起こそうとする柚花の声が聞こえる。
「んー……柚花、私の代わりに……むにゃ」
「そうだぞ。ヘノは寝てるぞ。ぐーぐー」
「うぅ……ね、眠い……すやぁ」
桃子の顔の横からは、ヘノとニムの声も聞こえる。
彼女たちは夜のうちに戻ってきて、桃子たちと共に眠りについていたのだが、この時間まで眠り続けていた桃子がそれを知る由もない。
それでも、桃子はうっすらと瞳をあけて、ぼんやりとした頭のままで、ベッドの横に立つ柚花の姿にうつろな視線を向ける。
「ほら、起きてくださいよ。フラムさんが先輩に会いに来てくれたんですから」
「むにゃ……え……? あ、フラムちゃん……フラムちゃんっ?!」
そして、その名を聞いて桃子の頭が急速に覚醒する。
いつもならば押しても引いても桃子が起きるような時間ではないのだが、前日かなり早い時間から床についていた影響か、桃子はこの早朝の時間だというのにはっきりと頭を働かせることができた。
ガバリと身を起こすと、桃子の横で寝ていたヘノとニムがベッドの上を転がり、もみくちゃになっている。小さな悲鳴が聞こえた気もするが、桃子の耳には届いていない。
桃子が起き上がると、柚花の横には確かに、火の妖精、フラムが浮かんでいた。
心なしか、その両目は紅く、目元もほんのりと腫れぼったくなっているように見える。それはおそらく、気のせいなどではないのだろう。
「桃子! おはよう! えと! えと……アタシ……その……昨日は、ごめん。ありがとう」
「ううん、その、私こそ……その……ごめんね、ありがとう」
まだ、窓の外は薄暗い早朝だ。先に起きていた柚花も、見れば服装はまだ寝間着のままである。
そんな中で、桃子とフラムは見つめ合い、そして互いに、言葉を探すようにぎこちない挨拶を交わす。
「それで、さ。アタシ、その……桃子に、刀のメンテナンスをお願いしたくて……これ」
そこで、すでにフラムから受け取っていたらしい柚花が、無言でひとつの刀を桃子に見えるように掲げる。
それは、一本の刀だった。炎のような刃紋が特徴的なその刀は、桃子もよく覚えている。
これは、躯の刀だ。纏う炎が消えたとしても、その刀はそれでも尚、鈍い光を放っているように見えた。
「桃子! この刀を直してくれ! それで、アタシ、ずっと大切に畑に刺しておくから!」
「やめろ。やめろ。畑に刺すな。ぐー」
「……ええと、畑に刺すかどうかはともかく、私でいいの? 大切なものだし、日本刀なら、私よりもっとすごい人に頼んでもいいんだよ?」
「桃子がいい! むくろもきっと、桃子に直してもらいたいと思ってるから!」
どうやらフラムは、以前集めた数々の武器のように、この躯の刀を桃子に手直ししてほしいと頼みにきたようだ。
躯の刀は、桃子の目から見ても立派なものに見えた。
しかし、他の一般的な武器類と違い、日本刀というものは殊更に特殊な技術が必要となる武器である。桃子の師匠である親方ならばともかく、桃子には日本刀に対するノウハウなどなく、刀の本当の力を出し切れる保証もない。
けれど、フラムはそれでもなお。桃子の手で直してほしいのだと、真っ直ぐな瞳で懇願する。
なお、途中でヘノが会話に加わったような気がしたが、ヘノはすぐにまた寝息を立てていた。おそらくただの寝言だろう。
「先輩。やってあげましょうよ。畑に刺すかどうかはともかくとしても、これもきっと、先輩が『託されたもの』だと思いますよ」
「……そっか。そうだね、そうかも」
見たところ、そもそも刃こぼれなどしているわけでもない。ならば、ある程度の研ぎは親方から学び直すとしても、現状維持させるくらいの最低限のメンテナンスなら、桃子でもどうにかなりそうだ。
もちろん、畑に刀をそのまま刺すなどは、論外である。
「それとな、桃子。アタシ……桃子に、頼みごとがあるんだ!」
「うん? なあに?」
そして。
どうも、フラムの本来の用件はこの刀ではなかったようで、何か、思い詰めたような顔を見せている。
先に起きていた柚花は、恐らくすでに『頼みごと』について聞いているのだろう。あるいはもしかしたら、この『頼みごと』には柚花の入れ知恵も入っているのかもしれない。柚花は妙ににやにやとした顔で、フラムと桃子のやりとりを一歩引いて眺めている。
「桃子……アタシと、アタシと――」
その日の昼。
桃子は、妖精の国の花畑を望む丘に一反木綿シートを敷いて、そこに早速、躯の刀を寝かせている。
今朝がたこの刀の手入れを頼まれたばかりだが、何はともあれじっくりと刀の状況を確認してみないことには始まらないのだ。
「先輩。お仕事サボって早速武器のメンテナンスですか?」
「う……耳が痛い」
「冗談ですよ。先輩の病欠の連絡を送ったのは私ですし、先輩がそういったサボりじゃないことくらい知ってますって」
歩いてきた柚花が、桃子の邪魔にならぬ少し離れた位置で腰を下ろす。
この日は月曜日だが、昨日熱中症で倒れていた桃子に代わり、柚花が地上の関係者へと連絡をいれてくれている。
一晩眠ってあっさりと桃子は万全の状態になってしまったので、サボりと言われればまさにサボりなのだが、桃子はせっかくの病欠なのでしっかりと有意義に時間を使うことに決めていた。
「でもさ、私より、柚花こそ学校サボってて、不良じゃん。受験生なのに」
「私は世界魔法協会の仕事での休みってことで、家と学校には連絡がいってますもん。だから内申点は全然大丈夫なんですよね」
「わー、やっぱりこの世は権力なんだね」
柚花と言葉を交わしながら、桃子たちは眼下に広がる妖精の畑に目を向ける。
畑とは名ばかりの果樹ばかりが育っているその土地では、今日も多くの小妖精たちが戯れているのが見える。
既にもう立派な大きさに育った桃の木の横では、植物幼女のアルラウネが上半身だけ出して眠り続けている。最近なにかアルラウネに変化があったらしく、ひっきりなしに小妖精たちが集っているのが見える。
そのさらに向こう。遠くからでもうっすらと見える蒼と緑の光の組み合わせは、ヘノとニムが畑をパトロールしているのだろう。
そんな景色を眺めながら、桃子はぽつりと、口を開く。
「ねえ柚花。魔物に、魂はあると思う?」
「それはつまり、今回の骸骨武者――躯さんのことですか?」
「うん。まあ……そうだね」
今さら柚花に隠しても仕方がないと考え、桃子は昨晩から考えていたことを語り始める。
「私ね、ベッドで考えてたんだ。ニライカナイで、私はバジリスクや鵺に標的にされて、襲われたんだよ。他の魔物は分からないけど、あの二体は間違いなく、自分の意思で私を殺そうとしてたの」
「ええ、まあ……」
桃子は、地面に置かれている刀に視線を向ける。これは、骸骨武者――躯の半身とも言うべき、形見の刀だ。
「あれはさ。間違いなく、鵺やバジリスクの『魂』とか『自我』とか、そういうものだったんじゃないかなって」
「……」
柚花は、何も言わない。
桃子が次に何を言うのかもなんとなく予想はつくが、余計な口を挟まずに耳を傾ける。
ふわりとそよ風が吹き、小妖精たちのはしゃぐ声が響き渡る。
「だからきっと、躯さんだってどこかに『魂』とか『自我』は残ってて、フラムちゃんを見守ってくれてるんじゃないかって」
「そう……ですかね」
柚花は桃子の横顔を見つめながら、曖昧に頷いた。
桃子の語ったそれは、根拠としては乏しい話である。
鵺やバジリスクが桃子を襲ったのは確かだが、その理由が『魂』だった保証もない。残留思念のように、ただ瘴気という形で思念が再現されただけかもしれない。
少なくとも桃子の語る話は、あの場所で起きた現象をただ都合良く解釈し、『奇跡』を願っているだけにすぎない。
けれど。
この世界は、『奇跡』に溢れていることもまた、柚花は知っている。
「きっと、先輩が――」
「私が?」
「先輩が、今の話を実現させる『鍵』なんでしょうね。フラムさんのお願いみたいに」
「あはは。……うん、そうだといいなって、思ったの」
フラムのお願い。それは、今朝がたのことだった。
彼女がきっと、真面目に考えて、考えて。そして、導き出した答えだ。
――アタシと一緒に、これからも鎌倉ダンジョンで人助けをしてほしい!
――人間を守る『骸骨武者』の噂を一緒に広めてほしい!
――桃子の【創造】の力で、躯がまたこの世界に戻って来る手伝いをしてほしい!
奇跡の力である【創造】で、再び躯を呼び出してほしい。
フラムは、藁にも縋る思いで、桃子にそう懇願してきたのだ。
純粋な願いとは、熱心な祈りとは、それが叶わなかった場合の絶望と表裏一体だ。希望に縋り続けることで、より残酷に叩き潰される日がくるかもしれない。
それでも。
それがわかった上で。フラムは桃子に頭を下げた。
「ほんと、責任重大ですよ、先輩」
「うん、頑張らないとね」
桃子は、手元にある鈍く光る刀を、そっと手にとる。
もしも、願いが叶うなら。
次こそは――。
次こそは、躯が焔とともに暮らせるように。
次こそは、二人の絆が瘴気などに負けぬように。
次こそは、二人が幸せであれますように。
どうか、二人がまた巡り会えますように。
「いつか、そういう未来が来てほしいな……」
桃子は、今は遠くへ行ってしまった誇り高き武者へと、彼の不器用すぎる愛情へと、想いを馳せて。
彼ら二人の未来を、そっと。そっと。
願い続けるのだった。