ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
気がつけば、我は戦っていた。
何もない荒野で、己の魂から響きわたる『飢渇』に従い、刀を振るい続けていた。
荒野に現れた人間たちを斬り裂いた。
我と同じ身体を持つ、屍の武者どもを斬り捨てた。
斬って。
斬って。
斬って。
気づけば荒野に存在した数多の屍どもは消え失せ、我が糧となり。
我は、強大な力とともに『我』となった。
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
力を得ても、なお。
我が魂は、乾き続け、戦い続けた。
「うわああ! くそ、なんだこの骸骨!!」
「ぐああっ! ダメだ、逃げろ、これは第一層の強さじゃ――」
『……』
我は今や、人間たちを凌ぐ力を手に入れていた。我は人間を斬り続け、人間たちは我を討伐せんと向かってくる。
だが。
彼らの振るう武器の遅さに、我は嘆いた。絶望した。人間たちは、弱すぎたのだ。
もはや、我に敵はいないのかと。
この飢渇を潤す『闘争』はないのかと。
それでも我は魂の渇望のまま、我に挑み続ける人間たちに、闘争に飢えた屍たちに。ただひたすら、刃を振るい続けた。
我の生まれた意味も、わからぬままに。
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
どれくらい、そうしていたのだろうか。
日が幾度も沈み、我を殲滅せんとする人間たちを斬り払い続けていた。
その日、全てはその日に終わり、その日に始まったのだ。
魂の飢渇に突き動かされていた我の前に、あの強き者が現れた。
「ようやく見つけたよ! 全ての骸骨兵の頂点――枯戦場の王!」
『……人間……強き、もの……』
遙か視線の先。
乾いた大地の先、高台となる丘の上から我を見下ろすのは、剣士を筆頭とした、人間たち。
我にはわかる。
あの人間は、強い。強き光を抱えている。強大な運命を背負っている。
あの剣士こそは、我が乾きを、飢えを、満たしてくれるやもしれぬ。
そして。
我が存在する理由。その意味を読み解く、その兆しになるやもしれぬ。
この剣士と死合えたならば。
この剣士を討ち取れたならば。
『……いざ……』
我は、闘争への歓喜というものを、このときに初めて識ったのかもしれない。
我は、その強き剣士しか見えていなかったのだ。
奴が引き連れた人間たちを、一切見ていなかったのだ。
だが。
「この鎌倉ダンジョンの平和の為に、僕たちは君とた――」
「滅びよ魔物!【フレアバースト】!」
その闘争への歓喜は、大地を抉るほどの爆炎で瞬時にして失われることとなる。
『ぐぁああぁぁぁ!!』
「うわあああぁぁぁ!!」
我は、所詮は井の中の蛙であったのだ。
剣士が引き連れていた女の術士。それこそが、真の強者であると、その瞬間まで気づくことすらなかったのだから。
何が起きたのかも理解できず、我は地獄の業火のような爆炎に巻かれていた。
一瞬見えた光景では、我と戦おうとしていた剣士たちも吹き飛んでいた。奇怪なり。
灼熱の炎に包まれて。
この身を守る甲冑など、紙屑のように吹き飛び。
我が四肢は、身体は、瞬時にして煤へと化し。
しかし、我は消えゆく中で思ってしまった。
戦いたい。戦いたい。戦いたい。獄炎に焼かれようと、たとえ人間の言う『地獄』へ堕ちようと。戦いの涯に、我の存在する意味を知りたい、と。
最後の力を振り絞り、我は権能を使用した。
あの日、全ての屍兵どもの力を奪い取った日。我がものとなった力。『転移』なる力。
戦いの役にも立たず、我自身も使う気などなかったその力を、最後に。己に向けて発動させた。
炎の中で、炎とは別な光が我を包み込み。
しかし、我の意識はそこで途切れた。
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
我は、炎に焼かれ続けた。
ここがどこかもわからない。この身が未だ存在しているのかどうかも、もはや定かではない。
我は本当に『地獄』というものに墜ちたのかもしれない。
ただ、永遠とも思える時間。炎の中で焼かれ続けた。
炎の中で。
我が記憶には存在しない、我が我になる前の――魔物として、瘴気として生まれる前の、人間の『想い』の残滓が。
我にただ、何かを訴えていた。
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
どれくらいの年月が経っただろうか。
我はその日、己の身体がそこに存在していることを悟った。
業火の中で。我は、復活を遂げていた。
『……我が身体も……漸く、戻ったか……』
我は立ち上がり、炎の中を歩む。甲冑は炎に耐え、刀には炎の如き刃紋が浮かび上がっている。
『あの人間……強い、術士であった……』
わからない。
わからない――が。
今ならばわかる。
この日の出会いこそが。炎の中で生まれ変わったことこそが。
我の――躯の。生まれた意味だったのかもしれない、と。
『骸骨! 喋る骸骨! すごい!』
『これは……妖精か……』
そこにいたのは、我が手のひらほどの尺もない。
赤き光を宿す、小さな存在だった。
――戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ
『骸骨! 名前、知りたい! 名前、知りたい!』
『……我に、名などなし……』
『えー! 骸骨! なまえー! なまえー!』
『……ふむ……』
その生まれたての小さな妖精は、我についてきた。
強くもなく、ましてや闘争する心を持たない、我にとっては何の意味もない存在なはずだった。
我はその無力な存在を無視し、この獄炎の地で、我と同じく、闘争への飢渇を抱いていた屍たちと戦い、奪い続けていた。
けれど、不思議と。
この小さい妖精とともにいると、魂から響きわたる飢渇の声が、静まる気がした。
『……我は、所詮は屍。躯、とでも呼ぶが良い……』
『むくろ! むくろ!』
『……焔……』
『ほむら? なに? なんだそれ』
『……そなたの名だ。名があった方が、呼びやすい……』
だが、あまりに妖精が五月蠅いため、我がその場でつけた言葉は、名前というほどのものではない。
我はただの屍――躯。
炎から生まれし妖精は――焔。
ただ、それだけのもの。
『ほむら! むくろ! ほむら! むくろ!』
『……ふむ……』
だが、その名は。
どうやらこの妖精、焔のなかでは、大きな意味を持つものとなっていたようだ。
――戦え。戦え。
『やれ! いけ! 強いぞ! むくろ!』
『……』
我と焔は、戦い続けた。
焔は戦いはせぬが、我の刀にその炎の力を与え続けた。妖精の力を得た我が刃は、強く、そして何者をも断ち切る刃となっていく。
『焔……そなたの力があれば……我に負けはなし……』
『じゃあ! 明日は、もっと強くて! 格好いい武器の敵と、戦おう!』
『焔……それは……そなたが危険だ……』
『ほむらは、大丈夫! むくろがいるから!』
『ふむ……』
我らの行動範囲は広がった。
獄炎の大地。そして、彼岸花の大地。
さらに上れば、恐らく人間たちの存在する場所へも辿り着くだろう。あるいは、『転移』の力を使えば、すぐにでも人間たちを殺しに向かえるかもしれない。
だが。
『むくろ! ここで魔物を狩りつくそうね!』
『……人間、という強き者たちも、いるが……』
『えー……別にいい! 魔物を倒すむくろが好き!』
『……そうか……』
不思議と。
焔とともにいる年月で。我のなかの、闘争への乾きは。人間への情念は。
もはや、消え失せていた。
我はただ、己の生まれた意味を、識りたかった。
――戦え。
『むくろ! なんだあれ! なんだあれ!』
『……人間、か。しかし……弱いな……』
その日。彼岸花の大地に、人間たちが迷い込んだ。どうやら、転移の罠とやらに巻き込まれたようだ。
だが。人間たちは恐れ、困惑し、嘆き。とてもではないが、あの日の剣士のような――強き者ではない。
『あれが人間か! 初めて見たけど、魔物に襲われてる! 魔物! 倒そう!』
『……ふむ……』
人間を前にした魔物たちは、闘争心に突き動かされていた。それは、水滴ほどではあっても、我を楽しませるものだった。
人間を囮にし、我はそこに現れた魔物たちを狩りつくす。
『むくろ! この人間、逃がしてやれないかな!』
『……逃がす、か……』
人間を見逃すなど、一度たりとも考えなかったことだ。
しかし。
我は『転移』の権能を使い、人間たちをこの地より遙か上の階層へと、転移させた。
『むくろ! いいな、これ! 続けよう!』
ただ、無邪気な焔の笑顔は。
乾いた我の魂に、何かを与えてくれている気がした。
――戦え。
『……強き人間が、現れたか……』
『えっ……? むくろ、むくろ?』
その日。
全てが崩れた。
所詮は、我は魔物なのだと、思い知った。
――戦え。
現れた人間は、強き心を持った人間だった。
いつぞやの剣士ほどの強さなどはない。だが、我を前にしても恐れず、あきらめず、己を奮い立たせる。
闘争心を燃やす、その強さは本物だった。
いや。
弱いのは、我が心だったのやもしれぬ。
「内輪もめたぁ、余裕だなあ化け物どもがよおお! 俺がいるのを忘れんじゃねえぞっ!!」
『ぎゃっ!?』
その人間により、焔が弾き飛ばされたとき。
焔が大地に叩きつけられ、まるで塵のように、打ち捨てられたとき。
それまで、鳴りを潜めていた『飢渇』の声が。瘴気の本性が。
再び、我が魂の中で、蠢き始めた。
――殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
――この人間を、殺せ!
我が魂が、爆発するかのように声をあげる。
闘争を求める声などではなく、純粋な殺意が芽生える。
我は、気付く。
ああ、そうか。我はやはり、魔物なのだ、と。
『……人間。貴様は……殺す……』
それからのことは、覚えていない。
我は、魂の飢渇に従い、刃を振るった。
刃を振るい、人間を殺すことが我が役目なのだと、疑いもしなかった。
戦うことに、喜びを感じた。殺すことに、歓喜を感じた。衝動に身を任せることが、至福だった。
気付けば探索者の男は屍となり、彼岸花の中に沈んでいた。
我はただ、それを見下ろしていた。なんの痛痒もなく。なんの感慨もなく。
そうだ。我はやはり、瘴気とともに生きる、魔物だったのだ。
我は、生まれた意味などない、ただ滅びをまき散らすだけの魔物だったのだ。
『殺し……ちゃったの?』
『……うむ……良き、闘争だった……』
――戦え。戦え。戦え。戦え。
目覚めた魔物が、飢渇する。
闘争を求める声がやまぬ。このまま、更なる人間を切り捨てろと、我が魂の魔物が訴える。
『だって……だってさ、むくろ。この人間……この人間、何か悪いことしたのか……?』
『……死は……ただの結果だ。焔、死した人間のことなど、捨て置け……』
『は……?』
――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
――奪え。食らえ。魔物を、人間を、全てを、殺せ。
魂が、飢渇する。
戦えと、戦えと、戦えと。
人間を殺せと、魂が強く訴える。
そうだ。
我と焔ならば、敵はいないのだ。
これからも、戦って、戦って、戦って。闘争に身を委ねればいいのだ。
我と焔ならば。我と焔がともにいれば。
この身が果てるまで、闘争の中で、生き続けられるはずだ。
けれど。
焔は、魔物の道理を許してはくれなかった。
我が魂の衝動を、赦してはくれなかった。
『……おい、むくろ……むくろぉっ! おまえ……なんで、なんでそんな酷いことっ! 言えるんだよっ!』
『この人間はっ、おまえが、殺したんだろ! おまえが、その刀で……炎の刀で……殺したんだろうがっ!! 何とか言えっ!!』
『……それは、我らの定めというもの……。闘争に散るのが……命の宿命だ……』
焔は、人間を大切に思っていたのだ。
それはきっと、魔物である我には思いもよらぬ感情だ。我には、目の前の人間は、闘争に散った塵にしか見えていないのだから。
『ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなっ!』
焔の小さな瞳が、醜い魔物を映し出している。
そうだ。我は、やはり魔物だったのだ。
『ほむらは……アタシは……』
焔の怒りが矛となり、魔物である我を貫かんとする。
そうだ。初めから。初めから。我は、多くの人間を殺めてきたではないか。多くを殺め、そして討伐された、惨めな魔物だったではないか。
焔とともに生きることなど決して赦されぬ、悍ましい魔物だったではないか。
それを、我は何故、忘れていた。
「――アタシは! そんなことの為に生まれたんじゃない!」
それは、炎から生まれた焔の、魂の叫びだった。
それは、妖精としての、確固たる自我を焔が得た、その瞬間だった。
それは、妖精と魔物の。永遠の決裂を意味する瞬間だった。
嗚呼。
我は。
我は。
果たして――なんのために、生まれてきた。
――戦え。戦え。戦え。
――戦え。戦え。戦え。
我はただ、何も考えず。ただ、闘争を求めた。
屍を倒し続けた。
屍を倒し続けた。
屍を倒し続け、力を得た。
――戦え。戦え。戦え。
――貴様にはもう、それしかないのだから。
けれど、我は力を得て、何を望む? 戦いの果てに、何がある?
わからない。
もう、我には。わからないのだ。焔よ。
「わ、わかりましたあ! これですねえ!? この、黒くて堅いやつを御所望ですよねえ?! ど、どうぞ!」
『……奇怪なり……』
その日現れた人間は、奇怪な女たちだった。
闘争の糧にもならぬが、殺すことは容易い。
だが。
我はもう、その女たちはどうでもよくなっていた。
気配がする。焔と同じ気配がする。
間違いなく、妖精の気配を感じ取る。
『妖精……焔とは、違うようだが……闘争に、不足……なし……』
我は、この妖精と戦えば。
何かが変わるだろうか。何かが理解できるだろうか。
『……妖精……いざ、参る……!』
「答えろ。骸骨。どうして――どうして。魔物が。妖精の力を持ってるんだ!」
『……』
嗚呼。
その答えは、我にもわからないのだ。緑の風よ。
我は、なぜ。
我は、どうして。
焔と出会ったのだ。
――――。
どうやら我は、夢を見ていたのだろう。
白き衣の娘の槌で打ち砕かれ。我はもう、戦う力を失った。
そして、我に預けられし炎の力は、焔に全て、還すことができた。
悔いはない。
それはきっと、このようなときの言葉なのだろう。
「むくろぉ……むくろぉ……」
焔が泣いている。
すまなかった。我が弱かったのだ。
我があのとき、魔物に墜ちさえしなければ、もしかしたら何か変わっていたのやもしれぬ。
嗚呼。
けれど、我はいま、幸せなのだ。
『……我は、満足したのだ……』
心が、凪いでいた。
『……緑の風と、存分に死合った……』
闘争への飢えが、乾きが、消え去っていた。
世界が、静寂に満ちていた。
『……焔には、すべてを任せられる、友がいた……』
つらい思いをさせた。
苦しい思いをさせた。
だというのに。焔には、焔のために命を懸けるほどの、得がたき仲間がいることを知った。
それはなんと、幸せなことだろうか。
『……だから……もう、良いのだ……』
そして、我は最期に、魔物ではなく。憎しみや闘争にとらわれた瘴気の存在ではなく。
我は『躯』として、己の心を抱いて、逝けるのだ。焔を感じながら、逝くことができるのだ。
魔物たる我には、過ぎた幸福だ。
闘争でもない。憎しみでもない。
いま、この幸福を感じているこれが、これこそが、我の魂なのだと。
そう、言える。
「勝手なこと……勝手なこと……言うなよぉ! アタシの! アタシの気持ちも……考えてよぉ……」
『……焔……達者で……』
ただ、一つ。
もし、願いが叶うのならば。
もう一度だけ、焔の――愛し子の笑顔を、見たかった。
もし、赦しがあるのならば。
もし、奇跡があるのならば。
また、いつか。
焔に「むくろ」と呼ばれる日が、再び訪れることを――我は望む。
愛し子よ。
それまでは、どうか。
――強くあれ。
一五章『骸骨武者と焔の彼岸花』 了
活動報告に十五章あとがきを載せておりますので、お時間ありましたらどうぞご覧くださいませ。