ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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魔女ごっこ

「――というわけで、あなたは深潭宮の主ことペルケトゥスに助けられたのですよ」

 

「そう、ですか。私は、皆さまに助けられたんですね。本当に……けほっ……ありがとうございます」

 

 桃子が横でイリアの身体を支えた状態で、この場を代表して黒い羽根の妖精りりたんがこれまでのことを彼女に説明する。

 水中カメラの点検の際、魔物たちに囲まれて腹部が引き裂かれるほどの致命傷を負ってしまったこと。そして、ペルケトゥス――探索者たちの言うところの、深潭の主に保護され、この場所へと連れられてきたこと。

 そこまでは事実。

 

 そしてそこから先は、妖精りりたんがかなり適当に事実を捻じ曲げて説明していった。

 

 この場所は人魚の国であり、人魚の姫が甲斐甲斐しく治療をしてイリアの命を救ったこと。しかし、誤解とは言えペルケトゥスの命を狙う人間たちに姫が悲しみのあまり扉を閉ざしてしまい、現在は第三層の一部が崩落している、ということ。

 なお、配役としてはいまイリアを支えている桃子が人魚姫。りりたんは人魚に力を貸す妖精の魔女である。

 

 第三層の崩落は、人間とのすれ違いの末に人魚姫が悲しんだ結果起きた事故という設定になった。なんだか事実と大きく違い、まるで天岩戸に隠れてしまった天照大神である。

 しかし必ずしも事実を正直に伝えればいいわけではないのだと、桃子も納得する。

 力加減のミスにより人魚姫がうっかりダンジョンを崩壊させただけだなんて事実は、闇に葬り去るべきなのだ。

 

「ああ……私、私はなんということを……私のせいで、人魚姫様や魔女様がたに、とんだご無礼を……」

 

「あっ、無理しないでくださいね。まだ病み上がりなんですから」

 

 どうやらイリアという女性は、随分と責任感の強い人のようだ。

 自分が寝ている間の地上の探索者たちの行動も自分に責任があるとでも言うように、その場で床に頭を打ち付ける勢いで土下座をしようとする。

 さすがに身体に障るといけないので、桃子が力づくで止めている。【怪力◎】の力強さにイリアも面食らったようだが、人魚姫とは力も強い種族なのだなと勝手に納得してくれた。

 

「しかし、ここまでして頂いて、私は何もあなた方に恩を返すすべが……」

 

「ふふふ。では、恩を返したいというのならば、取引をしましょう。私、魔女ですから。恩を売るのも、買うのも、取引ですよ」

 

 妖精りりたんが、それは嬉しそうに口にした言葉。取引。

 そういえば、以前桃子も、りりたんに同じ言葉を持ち掛けられた。

 

 あの時はりりたんは謎に満ちていて、取引というものにも底知れぬ不安を感じたものだが、なんとなく今は、りりたんが取引を持ち出した理由が予想できた。

 如何に前世が妖精だろうと。人間離れした力があろうと。

 いまの彼女が人間として生まれた15歳の少女ということを考えれば、自ずと答えは見えてくる。

 

 多分、りりたんは、魔女のロールプレイ中なのだ。

 自分の好きな物語の登場人物になりきっているのだ。

 

 

 いわゆる、中学生特有の。アレだ!

 

 

 桃子はそう確信した! 間違いない!

 

 

 

 

 というわけで、桃子も妖精りりたんのロールプレイに合わせてみることにする。

 

「えと……こほん。魔女さま、この人間の少女にも取引を持ち掛けるのですか? この人魚姫たる、私に持ち掛けたように」

 

 なんせ、今のところは桃子は人魚姫という役割を与えられているのだ。会話に入りもせず見ているだけでは、人魚姫の名折れであろう。

 どうやら桃子が横から会話に入ってくるのは妖精りりたん的にも好ましい展開のようで、彼女は深海のような目を細めて、満足そうに微笑んだ。

 そして、その口から更なる新設定が怒涛のように飛び出てくる。

 

「私は、人間をもっと知りたいと願うあなたの願いをうけ、地上を歩くための『足』を与えましたね、人魚姫。そしてその対価に、あなたの『影』を頂きました。よって、人魚姫は永遠に、人間たちから認識されることはない」

 

「そ、そんな……」

 

 イリア、ただただ息を飲むばかりだった。

 人を知りたいがために足を願ったにもかかわらず、しかしその姿は人間からは永遠に認識されないのだ。そしてあろうことか、人間はその人魚姫の仲間を討伐しようとしている。このような理不尽があるだろうか。

 イリアは人魚姫の運命を思い、目の端に透明な涙を浮かべる。

 

 もちろんこれは全部即興で作った嘘設定である。イリアを後ろから支えている小柄な少女は、暇つぶしでゴブリン叩きをしていたり、探索者から松茸をちょろまかしたりするちゃっかり者であって、そこまで涙するような悲劇のヒロインではない。

 

 なお、この迫真の嘘エピソードにニムは涙し、ヘノはひたすら頭の横にハテナを浮かべていた。

 

 

「それと同じですよ、イリア。この私は、あなたにも取引を持ち掛けているのですよ。私がイリアの命を救ったことに対して、同等の価値の対価を払っていただきますよ」

 

 桃子は緊張したかのように、息を飲み、ごくりと唾を飲み込む。

 ヘノとニムはぽかんとして急に始まった茶番劇を見ているが、何も口を挟まずにいてくれるのは助かった。

 ここでヘノが「実は人魚姫はカレーの達人だぞ」とか言い出したら色々とシリアスな空気が台無しだ。ヘノにはこのまま頑張って静観していてほしい。

 

「わ、わかりました……魔女様。私に出来ることならば、何でも命じてください。命を救われた以上、この命をかけてでも、どのような取引にも応じます!」

 

「イリアさん……」

 

 イリアは、本気だ。

 妖精りりたんにあわせて茶番を演じている桃子だが、本気で命をかけようとしているイリアを見ていたらなんだか申し訳ない気持ちになってきた。

 

「ふふふ。その覚悟、頂戴いたしましたよ。ではイリアに命じます。でも、まずは……あなたは、彼らをどうにかなさい。彼らはダンジョンに、人間の兵器などというものを不用意に持ち込む愚か者です」

 

 イリアの目の前に透き通った透明の球体が浮かび上がる。これは先ほど桃子に見せていた【千里眼】の球体である。

 ガラスよりも、水晶よりも透明なそれは、まさに『球体の別空間』だ。そしてその向こうに映し出されているのは、第三層の探索者たちの姿だ。

 

「お父さん……!?」

 

 どうやら、第三層の探索者の中にはイリアの父親もいたようだ。

 ヘノが言っていた。一人だけ、怒りと悲しみの感情が強い探索者がいたと。それがきっと、イリアの父親だったのだろう。

 

「私としては、このような者たちは全員手早く処しても構わないのですよ。しかし、人魚姫が彼らも救いたいと願っておりますからね、機会を与えますよ」

 

「イリアさんのお父さん、ギルドに反対されても、周りに何を言われても、イリアさんの仇を討ちたかったんですね」

 

「お父さん……バカ……」

 

 イリアはその空間に手を伸ばそうとするが、しかしそれはただの映し出す空間だ。さわることも、触れることもできない、幻のようなものだった。

 しかしそれでも、イリアは遠く父親の姿を食い入るように見つめている。

 

「ふふふ。そしてもうひとつ。あなたには、この人魚姫の物語を『本』にして頂きます。あなたの自作でも良いですし、他の人間を頼っても良いですが、どのような手段でも良いので『本』にして広めてくださいね? それが、取引です」

 

 なるほど、と桃子は思う。

 本にさえしてもらえば、りりたんは自分のスキル【製本】でいつでも読むことができる。

 

「わ、わかりました。私の人生にかけましても、魔女様と人魚姫様……そして、ペルケトゥスの物語を。人々に広めていくことを、誓います」

 

「ふふふ。よいお返事ですね。では何はともあれ、イリアには彼らを説得してもらわねばなりませんから、さっそく門を開きますよ?」

 

 魔女……こと、妖精りりたんがイリアの前に手を翳し、青い光の膜を発生させる。

 これは、触れるとその先の遠い空間へと転移する魔法の光。色こそ違えど、妖精たちの基本的な移動手段だ。

 桃子は、光の膜を前に後ずさるイリアを後ろから支えて立ち上がらせると、それに触れるように促した。

 

「イリアさんは、大怪我をして、でも頑張って生き残りました。心配しているお父さんたちにも、元気な姿を見せてあげてくださいね」

 

「人魚姫様、魔女様……ありがとう、ございました」

 

 そしてイリアは二人に大きく頭を下げてから、静かに光の膜に手を触れて、その個室から消え去った。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅー、ふふふ。ふふ。どうですかももたん! りりたんの演技、なかなかではありませんでしたか?」

 

「うん、なかなか板についてたよー。イリアさんも帰れたことだし、これで大解決、だね!」

 

 小さい妖精りりたんが両手をあげるので、桃子もちょこんと指先でハイタッチをする。

 

「桃子。なんだかよく分からなかったけれど。あの女。イリアは。お父さんっていうやつのところに。戻ったんだな」

 

「うぅ……感動のお話でしたねぇ」

 

 静かに茶番を見ていただけのヘノとニムも、なんだか分かっていないようだけれど、桃子から強引に指先でハイタッチだ。

 気づけば先ほどまで空中に浮いていた千里眼の球体は消えていた。イリアが皆の元に帰れたかどうかを確認したかったのだが、どうやらりりたんは全てが解決したと判断し、魔法も消去したようだ。

 

「さて、これにてこの花畑に迷い込んだ探索者たちの物語は一段落しましたね。終わってみれば、なかなか楽しい余興でしたよ。次は、ももたんの物語です」

 

「え……と? 私の物語って?」

 

 りりたんの言葉とともに、今までイリアが眠っていた小部屋もスッと消失し、桃子はまた青い花畑に立っていた。

 目の前には、ジッと桃子を見つめる妖精姿のりりたん。

 

 桃子の瞳には、目の前の妖精りりたんの存在がとても儚く、消えてしまいそうな風に映った。

 

 今にも消えてしまいそうな瞳をした妖精りりたんが、桃子を見つめていた。

 

 

 

「実はこの【分身】のりりたんは、イリアさんを転送するために、魔力を使い切ってしまいました。転送は魔力消費が凄いのですよ。ですので、間もなく消えてしまいます」

 

「え? あ、やっぱり? なんか透けて見えるなーって思ったんだよね」

 

 やはり本当に消えかかっていた。

 

 

 ヘノとニムも、うっすらと消えようとしている妖精りりたんを物珍しそうに眺めている。

 このような現象は、妖精の二人からしても珍しいことなのだろう。

 

「はい。なので、週末のお休みに本体のりりたんが来るまでの間、ももたんにはこの花畑で待っていてもらう必要がありますよ。まさかももたんが自分で帰り道を崩壊させるとは、さすがのりりたんも想定外でしたから」

 

 そうだった。

 桃子が三層へと上がる階段を崩壊させたため、桃子はりりたんの力でも借りねばこの琵琶湖ダンジョンから脱出できない状態なのだった。

 

「残念ながら、私はここには調理部屋は作っていませんから、食事は我慢してくださいね」

 

「な?! わわ、ちょっとまって! それじゃ……」

 

「ふふふ。美味しいスコーンを持ってきますからね。二日ほど、ここでサバイバル生活を――そのお話――聞かせて――また――」

 

 妖精りりたんは、台詞を最後まで正確に伝えることなく、その空間から消え去っていった。

 残されたのは、ヘノと、ニム。そして、明後日までのご飯を失った水着姿の桃子だけ。

 

 

「うぅ……桃子さん、可哀そう」

 

「桃子。ヘノたちが。一緒にいてやるからな」

 

「うー、りりたん早く来てよー」

 

 残念ながら、本物のりりたんが来るまでの間の、ごはん抜きが確定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある探索者たち2】

 

 

「くそ……イリア、何でお前だけが……」

 

「大府さん……ん? なんだ、いきなり青い光が……これは?!」

 

「光の、カーテン? これも、人魚姫の仕業なのか?」

 

 

 

「お父さん、お父さんっ!」

 

 

 

「イリア? イリアなのか……? 本物のイリアなのか?!」

 

「お父さん……お父さんの……バカぁぁああ!」

 

「イリア、イリぶっぇえええあああっっ!!」

 

「ルール無視して私情に走って、変な企業に乗せられて、人様にどんだけ迷惑かけてると思ってんの! この馬鹿っ!!」

 

 

「光のカーテンから登場して早々、イリアの拳が大府さんのボディにさく裂した! 水中で半魚人を撃退できるほどのイリアの【鉄拳】だ!」

 

「お前、生きてたと思ったらなんでいきなり乱心してんだよ! オフィーリアの拳で大府さん吹き飛んでったぞ!」

 

 

「皆さんも、なんでこんなもの持ってきちゃったんですかあ! 恩があるならなおのこと、こういう時はお父さんを止めるのが仲間の役目でしょうがッ!!」

 

「まっ、まつんだイリアくんぎゃああああッ!!!」

 

「お、おい俺はとめたんだあぁああああッ!!!」

 

「おいオフィーリア落ち着け! お前ら、全員でこいつを止めるんだ! 皆殺しにされるぞ!!!」

 

「……イリア……パパは、いま川沿いでママに会ってきたよ……」

 

「大府さん?! 大府さぁぁん!! 目を閉じたら死ぬぞ!!」

 

「みんなバカあああ!!」

 

「ぐああああぁっっ!!!」

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

「ふぅ……では改めて。みなさん、ご心配おかけしてすみませんでした。イリア、無事帰還いたしました」

 

「相変わらずパワフルな【鉄拳】で、元気そうで安心したよ……がくり」

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