ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃ちゃん、お誕生日おめでとうございます。ほーら、ケーキですよー」
「うわ、なんか昨年よりすごくないですか?! えと、ありがとうございます」
誕生日の翌日、月曜日の工房。
この日も去年に引き続き、桃子が工房の扉を開けるとそこには誕生日ケーキが存在を主張していた。
昨日の妖精の国で食べたケーキと比べれば、工房の人数も少ないためサイズ的には決して大きなものではない。けれど、その分だけ豪華で、思い切りの良さげなお値段のケーキである。
これは、桃子の誕生日に合わせて和歌と親方、そして所長が用意してくれたものだ。
和歌が笑顔で桃子を出迎える。所長は奥の方のデスクについているが、目線はにこやかに桃子たちへと向けている。
少し離れた場所では親方が『いかにも興味なさげに』桃子の顔を覗きに来ているが、そわそわしているのが隠しきれていなかった。
「まァ、アレだ。桃の字も二十歳で成人だろォ? あんまし大人って感じはしねェが、めでてェことには変わりえェからな」
「あらやだ親方さん、今の法律では十八歳が成人なんですよー?」
「そういやそうだったか? なんだかしっくりこねェんだよなあ」
親方は興味なさげにしながらも、しっかりと桃子の誕生日を祝いに来てくれていたようだ。
もっとも、桃子を放って和歌と二人で、法律上の成人年齢についての話題に脱線してしまっているのはご愛敬だろう。
親方に言わせれば『成人』とは二十歳のことであり、『十八歳で成人』という現在の法律には、いまひとつ馴染みが薄い世代なのだ。
「でも、成人は十八歳でも、お酒とかは二十歳からなんですよね。私はお酒もタバコも吸いませんけど」
「桃ちゃんは小さいですから、お酒とか飲んでたら補導されちゃいますからねえ」
「そうだぜ、おめェはそういうのはやめとけやめとけ」
かくいう桃子も、自身が学生の頃に法律が変わったので、しっくりくるかと聞かれるとなかなか微妙なところだ。まさに桃子が十八歳になるタイミングで法律が施行されたため、同世代は困惑気味だったのを覚えている。
そんな風に、荷物をロッカーに入れながら会話に参加すると、満場一致で桃子の飲酒喫煙には反対されてしまった。
桃子としてはタバコに手をだすつもりはないのだが、お酒に関してはなかなか複雑だ。
「実は、お酒が好きなお友達にはずっと『二十歳になったら一緒に飲みましょ♪』って言われてるんですよね」
「あら、まあ。困ったお友達ですね-」
「桃の字もそういう付き合いを考える年齢になっちまったかァ。いつまでも子供じゃあねェんだなあ」
「まあ、入社した時点で既に成人してましたけどね、私」
そんな風な、お馴染みのコント染みた会話で始まる一日。
それが、二十歳の桃子の、社会人としての始まりの日のやりとりだった。
桃子が更衣室で作業用のツナギに着替えて戻ってくると、すでに親方は作業場へと入ってしまい、所長も普通にデスクでの仕事に戻っていた。
ケーキは用意されているものの、さすがに朝から食べるものでもないだろうということで、今は一時的に台所に仕舞ってある。
桃子が気を取り直して自分の座席に腰を落ち着かせると、未だにこやかな顔をしていた和歌が、引き出しから何かを取り出した。それは、この工房で取り扱っている小さなプラスチックの容器だ。
「それと、はい、桃ちゃんに、私たちからプレゼントですよー?」
「え? 『私たち』って、もしかして風間さんとかですか?」
「違います、違います。私と、親方さんと、所長さんからです」
「へ? 三人が、私に……?」
正直言うと、昨年に引き続き何かプレゼントが貰えるのではないかなとは桃子も考えていた。『期待していた』と言うといやらしいが、実際に誕生日なのだから、それを期待してしまうのは仕方ないだろう。
余談だが、和歌をはじめ、親方も所長も、桃子が誕生日を祝うと言うと頑なに遠慮してきた。彼らにしてみれば、誕生日はあまり嬉しいイベントではないのだそうだ。
「ふふ、工房の大人たちから、桃ちゃんへ。共同で準備したプレゼントですよー」
昨年は、和歌からは新作の探索者用ブーツ、親方からは手作りの工具入れ、そして所長からは色気もなにもない金券だった。金券はともかくとして、親方と和歌からもらった道具はいまでも愛用している宝物だ。
しかし、今年はどうやらその三人からの共同プレゼントという形になっているようだ。果たしてどういうことなのかと、桃子は頭の横にハテナマークを浮かべる。
「えと、開けても?」
「ええ、どうぞどうぞ」
箱自体は、市販の化粧箱でも何でもない、工房の小物を入れている箱と同様のものである。
ならば中身も工房で扱っているものなのかな、と思いながら桃子は白い容器を開ける。すると、そこには――。
「わ、アクセサリーですか?! でも、指輪……じゃないですよね。これ、なんですか?」
それは、二つの筒状――いや、リング状と言うべきか。アルファベットの『C』のように切れ目のついた、穏やかな金色をした一対の輪っかだった。
よくよく見れば小さいながらも丁寧なデザインが刻まれており、決して派手ではないものの、しかし装飾としてはなかなか本格的な雰囲気を醸し出している。
だが、それが何かがわからない。
穴の直径はもしかしたら一センチもなく、指輪として使うには明らかに小さい。それに、指輪なら二個一対にはしないだろう。
桃子がそんなことを考えていると、和歌は箱からその金色の装飾を一つ取り出すと、ずずいと桃子の横に寄る。
「桃ちゃん、片耳借りますねー?」
「え? あ、はい」
「右耳と左耳……どちらでも大丈夫ですけど、とりあえず右耳につけますねー?」
「ひゃ?! え、えと……これって?」
和歌がなにやら解説めいたことを呟きながらも、桃子の右耳をそっとつまむ。
桃子の耳に触れるそれは決して乱暴な手つきではなく、むしろ優しすぎるくらいの手つきだ。それが桃子には妙にくすぐったく、決して和歌に耳を触られるのが嫌なわけではないけれど、無意識に背筋がぞわぞわ、びくびくとしてしまう。
桃子のそんな反応を楽しむように笑みを零しながらも、和歌はそっとアクセサリーを桃子の右耳のふちに装着した。
どうやらこれは、耳につけるアクセサリーだったようだ。そして、桃子もその名前くらいは知っている。
「これって、イヤーカフ……でしたっけ?」
「はい、イヤーカフですよー。これならピアスとかと違って耳に穴もあけませんから、桃ちゃんでも安心して装着できますよね?」
「あの、はい。それはいいんですけど、その、私が耳に装飾品なんて、ちょっと大人っぽすぎませんか?」
「桃ちゃん、今週から二十歳だって自分で言ってたじゃないですか」
和歌が手鏡を桃子に渡してくれたので、さっそく自分の右耳を見えるように鏡の画角を調整する。
「桃ちゃんは装飾やアクセサリーに無頓着な子ですからねー。少しくらい、こういうのを身につけてもバチは当たりませんよ」
そう言いながら和歌が小さな鏡を卓上に出して、桃子にも自分の耳が見えるように調整する。
そこに映る桃子の耳には、まだ箱に残っているもう一つのリングと同様のものが飾り付けられていた。決して派手ではなく、ぱっと見では気がつかないほどに些細なそれは、でも。どことなく、大人の階段を上ったような錯覚を桃子に与える。
「うわ、うわあ」
「それで桃ちゃん、イヤーカフって、両耳につけてももちろん構わないんですけど、片耳にアクセントとしてつける場合が多い装飾なんですよー」
「あ、はい。でも、箱の中身はもう一つありますよね? これは?」
「ええ。もう一つは、そのイヤーカフと全く同じ作り、同じ形をしていますが――それは『妖精サイズの腕輪』です。なので、ヘノさんのものですねー」
「ええ?!」
「さすがに、親方さんたちにはそこまで話せませんから、一対のイヤーカフと説明してますけどね」
和歌が声のボリュームを下げて内緒話のようにして伝えたそれは、桃子には驚きの真実だった。
自分の耳についているのは、間違いなくイヤーカフだ。耳につけても違和感がないほどに小さく軽いものだけれど、間違いなくそれは桃子の耳にフィットしている。
そして、それと対になる全く同じ形状のアクセサリーは、イヤーカフどころか『妖精の腕輪』だった。もちろんそれは、桃子のパートナーたるヘノが装着すべきもの、ということなのだろう。
「ちなみにですが、ウワバミ様に協力してもらいましたから、ヘノさんの腕にもぴったりのサイズのはずですよー?」
「ええっ、クルラちゃんまで協力者だったんですか?!」
どうやら、この桃子とヘノのペアアクセサリーのサプライズには、妖精の姉であるクルラも一枚噛んでいたようだ。
和歌がプライベートで桃の窪地――山形の蔵王ダンジョンに関係していることは桃子とてなんとなく分かってはいたけれど、まさかクルラと内密に装飾品の設計を進めていたとは初耳だ。
果たしていったいいつ頃から設計をしていたのだろうかと、疑問に思う。
桃子は、自分の右耳を触る。そこには間違いなく、この金色の小さな金属がついている。
桃子は頭のなかで、ヘノがそれと同じものを腕輪として装着している姿を想像してみる。
それは――非常に似合っていた。
「補足をしますと、ダンジョンでとれる貴重な金属を加工して作ったんですよー? ペアで作れば互いの繋がりが強くなるという言い伝えもある稀少な金属なんです」
「ひえ、ひええ」
そして最後にさらりと付け加えられた新情報。
このイヤーカフ、そして妖精の腕輪は、魔法的な性質をもつダンジョン金属で製作しているらしい。
稀少な金属は、所長が独自のツテで交渉し、今回のために確保したそうだ。
それをイヤーカフとして和歌がデザイン・設計をし、実物を加工して品物として完成させたのが親方だ。つまり、本当にそのままの意味で『工房の大人たち』からの共同プレゼントだったわけだ。
立て続けに知らされる驚愕情報の連続に、桃子はとうとう、語彙力を失ってしまうのだった。
「でも、アクセサリーをつけたからといって、急いで大人にならないでくださいね?」
「え、私もう大人なんですけど……」
「大人になった桃ちゃんが悪い狼に捕まったらと思うと、心配で心配で。何かあったら、私が狼を丸焼きにしてあげますからねー?」
「和歌さん、物騒です! 和歌さんの場合洒落になりませんから!」
「うふふー」
「いや、うふふじゃなくて……」
なお、その後。
作業場から出てきた親方が、イヤーカフをつけた桃子を見て、何も言わずに満足げに鼻を鳴らしてからまた立ち去るという奇行を見せたり。
目が合うたびに所長さんが親指をたて、サムズアップを見せてきたりとしたけれど。
とても平和な、桃子が大好きないつもの工房の一日だった。
ちなみに、ケーキはやはりしっかりとしたパティシエによるものだったようで、上に砂糖菓子で赤ずきんの小さな女の子が腰掛けている、非常に可愛らしいものだった。
赤ずきんは桃子が丸かじりした。
赤ずきんの丸かじりは、とても。美味しかった。
【とある少女たちの会話】
「――っていうことがあったんだよね」
『さすがは大物ベテランそろいの工房ですね。悔しいですけど、ヘノさんとのペア装飾っていうのは盲点でした』
「うん、私もびっくりだよ。今日は行けなかったけど、今週のどこかで、仕事あがりにヘノちゃんに腕輪をつけてもらいに房総ダンジョンに行こうかなあ」
『ペアルックですし、ヘノ先輩も喜んでくれると思いますよ。私としては、悔しいですけどね』
「悔しいの? なんで?」
『だって、話を聞く限り、それって同サイズのイヤーカフが一対なんですよね? だったら、私と先輩でペア装飾っていう案もありだと思うんですよ』
「なるほどなー。じゃあ今度、お揃いの靴下でも買ってみようか」
『なんで靴下なんですか。先輩の靴下、基本的に安価で見た目にさほど特徴のない量産品ばかりじゃないですか』
「待って待って。さすがにペアルックなら、もうちょっと見栄えも気にするからね? なんか、可愛いキャラクターデザインの靴下とかさ」
『いや、あの……先輩はまあ、そういうのが似合うとは思いますけど。私はさすがに、無理がありますよね』
「えー? そうかなあ」