ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「むぐむぐ。これが。むぐむぐ。腕輪か。思ったほど。むぐむぐ。気にならないな」
「ごめんヘノちゃん、まずは肉まんをゆっくり食べ終えてからにしようね?」
桃子が地上のコンビニエンスストアで購入してきた肉まんを頬に詰め込んだまま、ヘノは自分の腕につけた金色のリングをしげしげと眺めていた。
ここは房総ダンジョン第一層『森林迷宮』内の、桃子たちがいつも集合する丘の上だ。
この日は平日ではあるのだが、桃子は仕事が終わると房総ダンジョンへとまっすぐにやってきていた。目的はもちろん、和歌からもらった『イヤーカフ』ならぬ『妖精の腕輪』を、ヘノに見せるためだ。
すでに桃子も、右耳に同様デザインのイヤーカフを装着している。
「す、素敵ですねぇ。わ、私も柚花さんとお揃いで何か、つけてみたいですねぇ」
ヘノと肉まんを半分に分けていたニムは、桃子とヘノのペアアクセサリーをうらやましげに眺めていた。
桃子の耳と、ヘノの腕。双方に同じものが装着されている風景は、ニムからみると非常に素敵な光景に映っているようだ。
いつもはめそめそ涙で潤んでいる瞳が、今は純粋な感動で潤んでいるように思えた。まるで恋する乙女のように、まだ見ぬ想像上のアクセサリーに思いを馳せている。
「ニムも。後輩に。腕輪かなにか。お願いしてみたらどうだ」
「それもいいかもね。これと同じものは難しいかもしれないけど、柚花ならきっといいものを考えてくれるんじゃないかな?」
「で、でも……わ、私からお願いしたら、柚花さんの負担になりそうで……」
桃子に遠慮なしにずけずけと何でも言ってくるヘノとは違い、ニムはナイーブで、他人の気持ちを気にしてしまうところがある。
だからこそ柚花と共感し、唯一無二のパートナーになれたのだけれど、今回はそれが裏目に出てしまったようだ。
しかし、桃子は知っている。柚花はきっと、ニムからお願い事をされたら負担に感じるどころか、喜んでやる気を出すに違いない。
柚花は普段は意識してクールに徹しているところがあるが、たまに帰りの電車などで疲れたときなどは、ニム自慢をするときがあるのだ。
そんな柚花のことだ。資金もツテも持ち合わせている彼女ならば、今回のイヤーカフ以上にもの凄いものを準備しかねないなと、桃子は考える。
「ニムちゃん、大丈夫だよ大丈夫。柚花は負担になんて思わないはずだからね」
「そうだぞ。後輩。なんだかんだで。ニムがいないと。寂しそうにしてるしな」
「うぅ……うぇへへへ……柚花さんが、私がいなくて寂しがってるのは……う、うれしいですねぇ……」
「……」
「……」
「ゆ、柚花さんには、私が必要……うぅぇへへ……」
ニムに変なスイッチが入ってしまった。
桃子とヘノは、どちらからともなく無言で視線を合わせる。
「……ニムはたまに。なんか。怖いな」
「あはは……」
そして、数秒あけて出てきたヘノのストレートな感想には、桃子も内心でこっそりと頷いた。
さすがは水の妖精だけのことはある。
うちに秘めた『じめじめ』が表に出てくると、ニムは湿度が高すぎて、ちょっと怖いのだ。
11月もすでに下旬で、日が沈むのが早くなってきている。丘の上から見える第一層はすでに日が暮れており、遠くの広場にオレンジ色のキャンプファイアーが灯されたのが見える。
キャンプファイアーを挟んで反対側。遙か先にあるはずの大きな丘の上では、今日もドワーフとルゥがたき火を焚いているのだろうかと、景色を眺めながら桃子は思う。
桃子が景色を眺めている間、ヘノとニムは桃子が持ってきたおみやげの肉まんを食べ終えて、ヘノの腕輪を二人でしきりに眺め、小さな手でペタペタと触っていた。
「うぅ……こ、この腕輪って、なにか不思議な効果があるんでしょうかねえ……?」
「確かに。なんだか。そこらへんの道具とは。違う感じがするな」
桃子の目では普通の金属との違いが分からないけれど、どうやら妖精たちの瞳には、しっかりとこの『希少な金属』ならではの特異性が感じられているようだ。
和歌たちから聞いた話では、この金属で対になる道具を作ると、その二つの間に何かしらの繋がりが生まれるらしい――という、なんとも漠然とした答えだった。
一応、海外の魔法科学分野ではその効果は認められ、日本でも筑波ダンジョンで目下研究中なのだそうだ。研究されている最中の希少素材を使おうなどとはなかなか神経の図太いプレゼントだなと、その話を聞いた桃子も思ったものだ。
「互いの繋がりが強くなる……なんていう研究結果があるらしいけど、具体的にはよくわかんないや。実際のところはどうなんだろうね」
「ヘノはもとから。桃子と繋がりがあるから。あんまりよく。わからないな」
「こ、鉱石のことなら……ノンにでも聞いてみましょうかぁ……?」
ヘノは不思議そうにしながらも、桃子から貰った腕輪を外す素振りは見せない。
感情が表に出やすいニムと違い、鉄面皮で考えていることも分かりづらいヘノだが、きっとこの腕輪を気に入ってくれているに違いないと、桃子はヘノを信じることにした。
そのような思いとともに桃子がヘノを見ていると、ヘノは無言でふわりと舞い上がる。
そして、桃子の右耳に近づき、自分の腕輪と対となる桃子のイヤーカフをまじまじと眺めて――。
カキン
カキン
「桃子。すごいぞ。金属同士でぶつけたら。カチカチ音が響くぞ」
金属同士を打ち鳴らしはじめた。
小さな数センチの金属とはいえ、耳元で打ち鳴らされると、桃子の耳には嫌にはっきりとその金属音が飛び込んでくる。
普通に騒音だった。
「あの、ヘノちゃん?」
カキン
「どうした」
カキン
「あの、その遊びは面白いけど、私の耳元でカチカチすると私がびっくりするから程々にしてくれると嬉しいかなって」
「そうか」
鳴り止んだ。
「朝に、桃子さんを起こすときとかに、使えそうですねえ……?」
「ニム。冴えてるな」
「いや、寝るときはさすがに外すからね? 寝てる間になくなっちゃったら困るし」
カキン
また鳴り始めた。
「じゃあ。はずれない魔法を。女王にかけてもらわないとな」
「えー……」
カキン
どうやら、ヘノは楽しくなってしまったようだ。
桃子は、しばらくの間はこの「カキン」は続きそうだなと、楽しげに腕輪を打ち付けるヘノを指先でそっと撫でながら、苦笑を浮かべるのだった。
そのうち、自分もこの音が好きになるかもしれないなと、思いながら。
「あ……でも今日はそろそろ帰らないと。明日もお仕事あるんだよ」
しばらく妖精たちと談笑し、耳元のカキンが鳴り止んだ頃。
桃子は、つい先日柚花から貰った懐中時計を取り出して、魔石ランタンの灯りで照らし、現在時刻を確認する。
すでに夕食時も過ぎ、小さな子供ならば布団に入っていてもおかしくない時間だ。
「桃子。その『かいちゅうどけい』っていうの。ヘノにも。教えてくれると嬉しいぞ」
「へ? 時計? ええと、時間の読みかたを知りたい、っていうこと?」
「そうだぞ。ヘノも時間がわかったほうが。便利そうだしな」
「わ、私もせっかくなので、教えてほしいですねぇ」
「二人とも、凄いじゃん。勉強意欲が溢れてるんだね!」
桃子は一瞬、きょとんとしてしまった。
妖精たちは基本的に、時間などあまり気にしない。仕事も学校もなく、時間に縛られずに暮らしているのだから当然と言えば当然だ。
だが、おそらくヘノたちは、桃子たちと過ごす上で『正しい時間』の大切さを学んだのだろう。
桃子は、いつもちゃらんぽらんで何も考えていないと思っていたヘノたちが、自ら新たな学びに意欲を持ってくれたという事実に、感動の涙がこみ上げてくる思いだ。
「桃子を起こす時間がわかれば。きちんと起こせるからな。桃子が起きないときは。いつも。時間がわからなくて。困るんだ」
「も、桃子さんは、いつも『あとじゅっぷん』とか『あとじゅうごふん』とか、何度も言いますけど……じゅっぷんがどのくらいか、よくわからないんですよねぇ……」
「じゅっぷんがわかれば。起こしやすいしな」
「起きれなくてごめんね」
感動の涙はひっこんだ。
ヘノたちは、桃子をどうやって起こすかについて頭を悩ませているだけであった。
もちろんそれはそれでありがたいことだし、ヘノたちが新たな学びに意欲を持っていることは間違いないのだが、なんとも腑に落ちない気持ちでいっぱいになる桃子だった。
そして――。
アナログ時計の読み方など、説明としては単純なものだ。
短い針が『時』。長い針が『分』。せわしない針が『秒』。
それぞれの時間の長さや朝昼晩の感覚そのものは時間をかけて覚えていくほかないけれど、知識としてはその程度のものである。
桃子は帰る前に、それこそ数分程度の時間で、ヘノたちに時計の針について説明する。
「なんだか。ややこしいけど。大体は短い針だけ見れば。いいんだな」
「み、短い針が下に来たら、夕食の時間なんですねぇ」
「そう、そう! すごいすごい、二人とも、もう時間の読み方を覚えちゃったね!」
大ざっぱな妖精たちならば、大まかな時間さえ読みとれれば大体は事足りる。
もとから、簡単な数字くらいは読める妖精たちだ。時計の針くらいは、知識として理解すれば覚えるのもすぐだろう。
「次に桃子が来るときには。ルイとクルラにも聞いて。長い針も覚えておくぞ」
「時計を覚えて、わ、私も柚花さんに、ほめてもらいたいですねぇ……」
「うん、そうだね。じゃあ、次に私が来たときには『三十秒ぴったり当てゲーム』でもやろうか!」
「それは。別に。やりたくはないな」
「そ、それって、何か面白いんですかぁ……?」
「ごめん、今のなしで」
地上ではメジャーな遊びだと思ったが、びっくりするくらいに妖精たちの反応が悪かったため、桃子は今のはなかったことにした。テンションも急降下だ。
桃子がそこから立ち直るまでにかかった時間は、ぴったり三十秒だった。
「じゃあ、私は本当にそろそろ帰らないとだよ。二人とも、また週末にね?」
そうこうしているうちに、時間もさらに遅くなり、桃子は改めて帰宅を宣言する。
電車がなくなる時間と言うほどではないけれど、桃子とてこの後に夜食や入浴の時間を考えると、あまりここで呑気にしてはいられないのだ。
妖精たちも、今度は桃子を引き留めることなく、ともにダンジョン入り口まで歩いていく。暗い森でも、魔石ランタンのあかりに加えてヘノとニムの魔力光が先導してくれるので、帰り道は歩きやすい。
ときおり森の中でゴブリンらしき影が近づいてくるのだが、ヘノが先んじて撃退しているので桃子はゴブリンに気づきもしない。
そして、ダンジョンの入り口近くまでやってきて。
別れ際に、ヘノが唐突にこんなことを言い出した。
「桃子。次はまた。桃の窪地に行こう。なんだか。色々あったみたいだぞ」
「へ? 色々って?」
ヘノがリクエストするのならば、桃子とて久しぶりに桃の窪地に行くのはやぶさかではない。
ただ、「色々あった」なる漠然とした言葉に、桃子は頭の横にハテナを浮かべる。
「クルラが言ってたんですけど、い、色々あったらしいですねぇ……」
「そっか」
疑問を浮かべる桃子に、ニムが補足説明を加えてくれる。
だが悲しいかな、肝心の「色々あった」の中身がまったく伝わらない。
「……まあ、色々あったんだね」
「そうだぞ」
「そうですねぇ」
色々あったらしい。
桃子は結局この日、頭にハテナマークを浮かべたまま妖精たちと別れ、ハテナマークを浮かべたまま帰宅して。
ハテナマークを浮かべたままカレーを食べ、ハテナマークを浮かべたまま入浴し。
そして、ハテナマークとともに就寝するのだった。