ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あ、お婆ちゃん! お久しぶりです!」
「桃子。【隠遁】が効いてて。年寄りには多分。聞こえてないぞ」
「あ、そっか。ここは魔力があるんだもんね」
土曜日の昼。
わら帽子をかぶった雪ん子姿の桃子は、この日は久しぶりに桃の窪地へと遊びにきていた。
妖精の国から訪れた光の膜の先は、化け狸のクヌギが在住している管理小屋の室内だ。だが、この日はクヌギは出かけているらしく、管理小屋に人の気配はない。桃子たちはそのまま無人の管理小屋を出て、窪地へと足を踏み出した。
さすがにもう秋も終わり、まもなく十二月だ。
わら帽子の魔力で寒さこそ感じないものの、外の気温は低く、桃子の息は白い霞となり消えていく。周囲を見渡せば、窪地の地面にうっすらと残った雪が、きらきらと太陽の光を反射していた。
窪地そのものは比較的以前のままの姿を保ってはいるものの、その周囲は随分と姿を変えていた。窪地を囲っていた崖の上はしっかりと舗装され、不法に侵入できないよう、がっしりとした柵で囲まれている。
外から来た人間がこの窪地に降りるためには、新しく建造されたギルドに隣接している門を潜らねばならない造りになっている。
そして。
その窪地で桃子の視線の先にいたのは、懐かしい顔――風間のお婆ちゃんだった。
彼女はどうやら、今も変わらず窪地を見守るように建てられている、ウワバミ様のお社に、お酒を供えに来ていたようだ。
声をかけても【隠遁】が効いており気づかれないので、桃子はそっとお婆ちゃんの空いている手をとって、驚かせないように挨拶をする。
「お婆ちゃん、お久しぶりです」
「おお? ……あんれまぁ、お久しぶりだのぉ。元気だったけ?」
「はい! お婆ちゃんこそ、お元気そうでなによりです!」
桃子がこの老女と顔を合わせるのは、随分と久しぶりのこととなる。
風の噂としては、お婆ちゃんが日本最高齢の新人探索者になったこと、そして香川ダンジョンにおける牛鬼との決戦では、お婆ちゃんが第一層の守備についてくれていたことも聞いている。
なので今でも元気いっぱいなことは予想していたが、実際にその元気な姿を目にして、暖かな安堵が心にこみ上げてきた。
そして、噂を聞いていたのは桃子だけではなかったようだ。
お婆ちゃんはわら帽子の下にのぞく桃子の顔をにんまりと見つめて、悪戯っぽい笑顔を見せる。
「代わりなさそうで何よりだで。雪ちゃん……じゃねえな、『桃ちゃん』だったけな」
「え?!」
桃ちゃん。それは桃子の愛称の一つだ。
子供の頃から親戚やクラスメイト、ご近所さんにもそのように呼ばれていたし、今でも和歌などは「桃ちゃん」と呼び続けている。
だが、この窪地でその名を呼ばれるのは初めてのことだった。
何故ならば、桃子は初めてこの窪地を訪れたときに、「雪ん子の雪ちゃん」を名乗っていたのだ。
それ以降、訂正するタイミングをつかめないまま、お婆ちゃんと小梅の前では「雪ちゃん」で通していたのだが――。
「え、えと、その……名前……」
「わはははは! ウワバミ様から聞いたで。あとは、リュウやワカちゃん、魔法協会の偉い人たちに確認してみたら、みんな「桃ちゃん」て言うでねえか」
「うわあ、知り合いだらけ……」
言われて納得だ。この土地には、ウワバミ様ことクルラを始め、桃子の正体を知っている人間や魔法生物がいくらでもいるのだから。
風間や和歌、それにクリスティーナも自分から桃子の情報を第三者に話すような人間ではない。だが、お婆ちゃんから話題を持ち出すことで、普通に名前を口にしてしまったのだろう。
なにせ、桃子がお婆ちゃんと知り合っていることは知っていても、その際に「雪ん子の雪ちゃん」を名乗っていたことまでは伝えていないのだから。
「いや、一年前はおれが一方的に『雪ちゃん』なんて呼びかけちまったから、それに合わせてくれたんだなぁ、すまね、すまね」
「ええと、はい。じゃあ改めて、桃ちゃんです! お久しぶりです!」
「ヘノだぞ。緑のウワバミ様だぞ」
「おんや、緑のウワバミ様もいなすったか。うん、うん。よう来なすったね。今日はどうなすった?」
「ええと、クルラちゃん……じゃなくて、ウワバミ様から『桃の窪地に色々あったから、見に来るといい』って話を聞いたんですけど……」
桃子とヘノが今日この地を訪れたのは、この地で生まれ育った桃の木の妖精、クルラから誘われたからだ。
だというのに、当のクルラはいつものようにどこかへふらふらと遊びに行ってしまい、気づけばいなくなっていた。
なので、桃子とヘノは窪地までやってきたものの、目的がないも同然の状態だった。
「あいつ。言うだけ言って。本人はまたどこかに。行っちゃったからな」
「がはは、うちの神様がすまねえな。ならよ、おれんちでシチューでも食ってくか? あだけぇの作るよ?」
「悪くないな。前に食べたしちゅーは。美味しかったからな」
「わっ。ヘノちゃん、一応ここから先は普通の人もいるから、ちゃんと隠れてね?」
お婆ちゃんの誘いに、ヘノは悩む素振りも見せやしない。
クルラがいない以上、どこを見ればいいのかもわからないのだ。そんな窪地をうろうろするよりも、おいしい『シチュー』にありつけるお婆ちゃんの家に行く。
それは、実に当たり前で、合理的な判断と言える。
桃子はヘノの即決に呆れたような苦笑を見せつつも、さっそく家路につこうというお婆ちゃんと手をつないだまま、自分もとてとてと窪地の階段を上っていくのだった。
なお、窪地を外界と区切っている門そのものは大きいけれど、そもそもまだギルドが稼働していないため、現状はただの見せかけだけの大門であった。
「なんだこれ。道が。全然変わってるぞ」
門を潜った先は、もはや桃子の過去の記憶とは全く違う姿だった。
昨年の十一月には、灯りもない山道をヘノとクルラの魔力光を頼りに進んだはずだ。それが今では、周囲の地面が整地され、トラックがすれ違える幅の道路が集落のほうから続いているではないか。
地面は新品のアスファルト。そして道の端には、等間隔にLEDライトが備え付けられていた。それどころか、道の脇には未だ工事中ではあるものの、何らかの施設の建築予定地が並んでいる。
「うわ、完全に見違えちゃいますね」
「元から遊ばせてた土地だで、国が金出して整えてくれるのはいいんだけどな。毎日ひっきりなしにトラックが走りまわってよお、おれも騒音に慣れちまった」
「あはは……」
このダンジョンに一番近いのは、このお婆ちゃんの家である。この一年間はおそらく、お婆ちゃんの家の前は工事のトラックが常に行き来しているような状態だったことだろう。
誰が悪いという話ではないのだが、元気なお婆ちゃんが笑いながらも大きくため息をついて見せる様子に、桃子も苦笑しか浮かばない。
「あっそうだ、小梅ちゃんは元気ですか?」
「小梅は元気だよぉ? 深援隊の若ぇモンとも仲良くしとるし、新しく地域に越してきた中に同年代の子がいてねぇ。最近はその子とよく遊んどるね」
「そっか、そっか……よかったあ」
小梅が元気にしているかどうか。それもまた、桃子にとっては一つの心配事だった。
クルラやクヌギの話で、深援隊メンバーが良くしてくれていることも、オウカの弟子になったという話も聞いていた。
けれど、同年代の友達が増えたというのは、それ以上に嬉しい情報だった。あのとき、血を流し続けるお婆ちゃんにしがみついて絶望の涙を流していた少女が、今は友達と笑顔で過ごしているというのならば。
それは、何よりの朗報だ。
そんな話をしながら、たどり着いた先は『風間』の表札のついたお婆ちゃんの平屋である。
目の前には立派な道路が増えたものの、お婆ちゃんの家は前にみたままの姿でそこに佇んでいた。桃子は懐かしさとともに、どことなく安堵する。
だが――。
どうやら見た目はそのままでも、その『状況』は大きく変わっていたようである。
というのも、桃子たちがお婆ちゃんの家へと近づくと、ガラリと内側から扉が開かれたのだ。
「よう! お婆ちゃん、お帰りなせえませよ!」
「うぇっ?!」
桃子は、驚きで変な声を上げてしまう。
というのも、ガラリと開かれた扉から姿を現したのは、身長二メートルはありそうな男性――しかも、朝黒い肌に、格闘家もびっくりのがっしりとした身体、ドレッドヘアー風の髪を一つに縛ったその姿。
そして、その巨体が。彼の体躯と比べると随分狭苦しい玄関口から、桃子たちを覗き込んでいる。
しかも、真っ白いエプロン着用で。
「ただいまあ、リヨちゃん。今日はお客さんだで」
「リ、リヨンゴさん?! 何してるんですか?!」
「なんだお前。魔法協会の。巨人か」
「おんや、桃ちゃんにヘノちゃんじゃねえの。元気にやってまっか?」
それは、リヨンゴ。
魔法協会会長であるクリスティーナの筆頭護衛であり、その本性は屈強なる魔法生物。アフリカのとある地方に伝わる巨人の英雄だ。
そんな彼が、なぜだかお婆ちゃんの家で。エプロンにお玉を持った姿で、桃子たちを出迎えてくれたのだった。
「俺、ここのイソーローなのよ。魔法協会にも近いし、お婆ちゃんの一人暮らしじゃブッソーですからな」
「は、はあ……」
暖房の効いた居間に通り、わら帽子は脱いで壁際にかけさせてもらう。そしてすでに暖められていたこたつに足を入れてくつろぎながら、桃子はリヨンゴの話を聞いていた。
簡潔に言えば、魔法協会蔵王ダンジョン支部の建物が完成したため、これからは会長たるクリスティーナは、年の大半をこの場所で暮らすようになるのだという。
なので必然的にリヨンゴもこの土地に住むことになったのだが、その居住先として、リヨンゴはこのお婆ちゃんの家に居候することになったのだそうだ。
てっきり孫である深援隊リーダーの風間がここに住むのかと思っていたが、彼は来年からはギルド長であり、また深援隊リーダーでもあるので、今は集落の別の家屋があてがわれているのだそうだ。
「それにしても、ようやくギルドと魔法協会が完成したんですね。じゃあ、年明けにはいよいよ探索者さんたちがやってくるようになるんですか?」
「冬の間に、第三層までの道のりを開拓しておきたいとこですけどよ。深援隊が頑張るしています。あそこ、しんどいぜー」
初めて新宿のビルで出会ったときにも桃子は感じていたが、相変わらず、リヨンゴの日本語は流暢だがヘンテコだ。
一方、彼が本来付き従っているべき相手、クリスティーナは日本語は丁寧だが発音が流暢とは言い難い。
彼らはそもそも、どこでどのように日本語を学んできたのだろうかと、頭の片隅で疑問に思う桃子である。
「おい巨人。このシチューうまいぞ。お代わりだ」
「ヘノちゃんさんは、相変わらずの食いしん坊だぜねえ」
そして、しばらく会話に参加していなかったヘノは、これでシチューのおかわりが二回目である。
どうやら、カレーに似たとろみとクリーミーさが、ヘノのお気に召したようだった。
ピンポーン
「おや、誰かねぇ?」
桃子もシチューを貰って、集落の近況を聞きながら談笑していた頃。玄関のインターホンの音が響いた。
この集落に以前からすんでいた近所の人間ならば、インターホンなど鳴らさずに直接扉をあけて声をかけてくるはずだ。なので、工事業者かギルド関係者かはわからないが、インターホンを鳴らすのは集落の外の人間に限られる。
お婆ちゃんは台所で火を使っていたので、この家の住民でこそないものの、桃子が立ち上がってお婆ちゃんに声をかけた。
「お婆ちゃん、いま火を使ってるなら私がでますね?」
「いいのかい? じゃ、桃ちゃんに頼んじまうかねえ」
シチューのお礼というわけではないが、玄関に代理で出て、お婆ちゃんの手が空くまで待っていて貰うくらいのことは、自分でも問題はないだろう。
桃子はそう考えて、率先して玄関に向かうのだが――。
「桃子。気をつけろ。わら帽子をきちんと被ってから。出るんだぞ」
「俺もいくぜよ」
「え、リヨンゴさん? ヘノちゃん……?」
ヘノとリヨンゴ。魔法生物である二人が、どうにも真剣な目をして桃子とともに立ち上がる。しかも、わら帽子を被れという指示付きだ。
ヘノは表情がほとんど変わらないし、リヨンゴに至っては普段からの知り合いではないので表情からは感情が今一つ読み取れない。なので、桃子は二人の様子にハテナマークを浮かべながらも、わら帽子の雪ん子姿でひょこひょこと玄関を開ける。
「うわっ?!」
すると、目の前には大木のような脚があった。
否。
身長と肩幅がもの凄く大きい、スーツ姿の人物が立っていた。
「エクスキュゼ・モワ? 幼子よ、セカイマホウキョウカイ、はどちらであるか?」
そして、桃子の頭上からは。
少なくとも英語ではない外国語訛りの外国人男性が。
真上から見下ろすようにして、桃子に声をかけているのだった。