ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あ、えと、世界魔法協会なら、この道をまっすぐ進んだ先に、ギルドと並んで建ってますけど……」
玄関の外にいたのは、一言で言えば『大男』だ。二言で言えば『スーツを着た大男』。三言で言えば『スーツを着た外国人の大男』。
およそ二メートルは超えているだろう高さに、よくそんなスーツがあったなと驚くほどの、肩幅だけで桃子が何人収まるのかというような、がっしりした体躯。
そこから桃子が見上げてようやく見えたその顔は、明るいブラウンの髪に、日本人と比べると淡い色合いの肌。彫りの深い顔立ちで、鼻は高い。顎には筋が通り、その鍛え上げられた身体も合わさって、妙な迫力を醸し出している。
そして、彼の黄金色の瞳が、真上から。わら帽子をかぶったままの桃子を見下ろしていた。
その視線は、威圧でも、微笑みでもない。それはまるで、異国の物珍しいものを見つめる『興味』の視線である。
「ならばこの道で正しかったわけか。そこに行けば、クリスティーナがいるのだな?」
「クリスティーナ会長ですか? 私はちょっと……そこまでは存じ上げませんけど」
どうやらやはり、この巨大な外国人男性はお婆ちゃんの客人ではなく、魔法協会の客人が道を尋ねにきただけだったようだ。
桃子は玄関口に立ち、首を真上にあげるようにしてその男性を見上げ、言葉を交わす。
見上げた空は晴天。彼の顔は逆光になりよく見えないが、桃子を見下ろしている金色の瞳だけが妙に明るく見えた。
桃子がそんなことを考えていると――。
「ところで、幼子よ。先ほどから気になっているのだが、その奇妙な被り物はなんだね? その魔力といい、日本の幼子というのはこんなものを常用しているのか?」
「わっ、ちょっ」
男性が、無造作に桃子に手を伸ばし、そのわら帽子に触れようとした。
魔力。いま彼は、魔力と言った。このわら帽子は確かにダンジョン由来の装備品であり、特殊な魔法効果を保持している。
けれど、この人はどうしてそれが分かったのかと、桃子が驚きとともに目を丸くしていると。
ビュウ、という音とともに強風が吹き上がり、巨大なスーツ姿の男性の手をはねのけた。
「お前。何者だ。桃子に手を出すな」
「ヘノちゃん?!」
風を吹かせたのは、もちろんヘノだ。
わら帽子の裏側からヘノが桃子を守るようにして飛び上がり、ツヨマージを男性に突きつけている。
しかし、相手は突然現れた『妖精』の姿に驚きひとつ見せずに、金色の瞳でヘノをジッと見つめている。
そして――まるで牙を剥き出しにするように、獰猛な笑みを見せた。
「……ハハハ、ハハハハ! そうか! やはりこの地にいるのだな! 過去にクリスティーナと契約し、不老の鍵を握る――」
「ヘイ! ビースト、黙らっしゃいませ!」
だが、男性の言葉は途中で別な声にかき消される。
声の主はリヨンゴだ。桃子の背後に立っていたリヨンゴが、桃子を後ろから押しのけるかたちで玄関から外に出てきたのだ。
リヨンゴは外に出ると、スーツの男性の正面に立ち塞がる。身長は両者とも二メートルは軽く超えており、二人が向き合うとそれだけでものすごい威圧感だ。間に挟まれた桃子は二人と比べると小さすぎて、もはや物理的な意味で、二人の視界には入っていない。
男性はリヨンゴを不満げに睨みつけ、リヨンゴは男性を挑発するかのように、不敵に笑みを浮かべながらも、鋭い視線を男性へと叩きつけている。二人とも、にらみ合いの距離が近い。
その間に挟まれた桃子は、大男たちの脚に挟まれてむぎゅうとつぶれている。
「ここは普通の、人間のお婆ちゃんのお家だから、迷惑かけたらブチノメシちゃんよ」
「ふん。貴様、リヨンゴか。……何だね、そのふざけた日本語は。それに、そのふざけた格好はなんなのだ」
「日本語は難しいですのよね。服装は見ての通り、エプロンだーよ。フランスにもあるますよね?」
「あのお」
「エプロンだと? 貴様、クリスティーナはどうした。貴様はクリスティーナの護衛ではないのか? なぜ日本でエプロンを着て幼子のお守りをしているのだ!」
「私、実は幼子じゃないんですけど……」
「ノンノン。俺は確かに護衛だけどな、この土地は安全だし、強い人たちがいっぱいだから、今日は非番ざますよ」
男性はリヨンゴのエプロンの胸ぐらをぎゅっとつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いで睨みつけている。もしかして、仲が悪いのだろうかと桃子は不安になる。
リヨンゴはリヨンゴで、飄々とした態度を見せながらも、男性から視線は外さない。アフリカの英雄巨人は、決して油断はしない。
なお、互いに桃子のことはすでに物理的にも眼中になく、桃子は挟まれたままである。【隠遁】など無くとも、一メートル近い身長差という高い壁が、桃子への認識を阻害していた。
「むぎゅう」
「こいつら。桃子のこと無視して。おしゃべり始めちゃったな」
わら帽子がぺたんこになる勢いで挟まれているが、逆に言えばわら帽子が障壁となり桃子を守ってくれている。
桃子とて、こんな形で男性二人の下腹部に挟まれる体験など、ごめん被るのだ。わら帽子が障壁になってくれて良かったと、心の底から安堵していた。
だが、桃子にとって何がなんだかわからない過酷な時間は、救いの巫女の一声によって終了を迎えることになる。
「おんやあ、こらまたでっけぇ異人さんでねえか。リヨちゃんのお友達け?」
「む、ここの家主どのか。これは失礼したな。吾輩はルシオン。このリヨンゴとは決して友達などではないが――」
どうやら、この男性も既知の仲らしきリヨンゴ相手だからこそ喧嘩腰になっていただけで、一般市民のお婆ちゃんの姿を見て、冷静さを取り戻してくれたようだ。
リヨンゴのエプロンをつかんでいた手を外し、自ら距離をとり、お婆ちゃんに向き直る。
桃子もようやく巨人サンドイッチから解放されて一息つき、ヘノが桃子のわら帽子の内側に戻ってくる。
「ようやく解放された」
「ちょっと。おもしろそうだったな」
だが、ひと息つく休息時間もつかの間。
桃子は、男性の続く言葉に、再び大きく動揺することになる。
「――吾輩は、魔法協会会長であるクリスティーナの婚約者であるぞ」
「えっ、えーっ!?」
耳に届いた言葉に、桃子はつい驚きの声をあげてしまう。
婚約者とは、婚約を交わした相手ということだ。桃子はクリスティーナと直接会った回数はほとんどないけれど、彼女にそのような相手がいるなど聞いたことがない。
わら帽子ごしに再び顔をあげて、改めて目の前の男性の顔を見上げる。
その表情は、堂々としたものだ。決して冗談を言っているようには見えない。
「桃子。こんやくしゃって。なんだ? こんにゃくと。どういう関係だ?」
「ヘノちゃん、違うよ! 婚約者って、婚約者って、婚約してるってことだよ!」
「なるほどな。こんにゃくみたいなものか」
「ヘイ、モモヘノ。こいつは自分でそう言ってるだけのストーカーだから、信用しちゃいけねえますよ」
「誰がストーカーであるか!」
困惑する雪ん子桃ちゃんと、話がよくわかっていない緑のウワバミ様。
異国の男性たちは、ストーカーだのそうでないだのとで、言い争いを始めてしまった。もしかしたら仲良しなのだろうか。
事情を知らないお婆ちゃんだけが、少し離れた玄関口からその様子を笑顔で眺めている。
「それに、会長はアポなしストーカーは呼んでないですよ。向かわせる訳にはいかねえぜ」
「なんか首が痛くなってきた」
「桃子。でかいのをずっと見上げるの。大変そうだな」
「リヨンゴ、吾輩を止めるというのか? 貴様、吾輩がクリスティーナにどれだけ――」
「うぎゅう」
そして再び、男性――ルシオンがリヨンゴの胸ぐらをつかみ、距離をつめるとともに、間に立っていた桃子が挟まれる。
もしかして、今は地上だけれど【隠遁】が動いているんじゃないかと、挟まれたままの桃子は心のなかで疑心暗鬼に陥る。
だがやはり、再び桃子を救い出してくれたのは、ウワバミ様の巫女であるお婆ちゃんだった。
「わははは! なんだかワケアリみてえだけどよ。とりあえず二人とも、桃ちゃんを解放したってけ」
「……む、幼子。なぜそんなところで挟まれているのだ」
「なんでですかね、私もわかんないです」
どうやら、このルシオンという男性は頭に血が上ったら足下が見えなくなるタイプのようだ。ようやく、足下で潰れている桃子に気づいたようである。
彼は一歩引き、サンドされていた桃子を不思議そうな顔で見下ろしている。
「まあよい。命拾いしたな、リヨンゴよ。この老人と幼子、そして我輩に感謝するがよいぞ」
「命拾いはそっちだぜビースト。ここで暴れたらオメェ、桃の窪地の全員にぼっこぼこにされて、潰されるからよ?」
「私が先に潰れてるんですけどね」
「桃子。もうそいつらの間に立つの。やめた方がいいと思うぞ」
結局、桃子は大男のサンドイッチの具にされるだけで、お婆ちゃんがあっさりと話をまとめてしまうのだった。
さすが、日本最高齢の新人探索者は違うな、と。
ヘノを胸に抱き寄せながら、桃子はようやくサンドイッチの具から解放されていた。
「それで、ええと……ルシオンさん、でしたっけ?」
「うむ」
結局、流れで桃子とヘノは、リヨンゴ、ルシオンの二人の大男とともに、魔法協会へと足を運ぶことになった。
さすがに風間のお婆ちゃんを魔法協会の問題に巻き込むわけにはいかない。リヨンゴの言うところのストーカーであるルシオン一人で向かわせるわけにもいかず、しかしリヨンゴとルシオンの二人というのも先ほどまでのやりとりを見ていると不安だ。なので、桃子は半ば巻き込まれる形で同行させられているというわけだ。
先ほど歩いてきた、敷き詰められたばかりのアスファルトの上を、トコトコ、トコトコと歩く。
リヨンゴ、ルシオンの二人は桃子の倍以上は脚が長いが、きちんと桃子の歩幅に合わせてくれているところを見ると、二人ともなんだかんだで根は悪い人たちではないのだろうと、桃子は心の中で考える。
「幼子よ。先ほどは申し訳ないことをしたな。吾輩はルシオン。まあ……ビーストと呼ぶものもいるがな」
「ぴゅーるるる-♪ ひゅるるる♪」
リヨンゴが彼のことを『ビースト』と呼んでいたのを桃子は思い出す。
そのアフリカの英雄巨人はとぼけるように口笛を吹いている。口笛で鳥の鳴き声を真似るのが無駄に上手い。
「して、幼子。そなたはいったい何者だね? 日本の幼子というのはそのような奇っ怪なデザインのものを被っているものなのか?」
「いや、これはデザインそのものはわら帽子って言って昔ながらの……いや、まあ、うーん」
「でかいの。あんまり桃子に近づくな。お前が先に。何者なのか白状しろ」
「なるほど。道理だな」
桃子の被っているわら帽子に興味をもったルシオンに、果たしてどう説明しようかと悩んでいるところで、わら帽子の内側からヘノが飛び出てきた。
先ほどよりは警戒心は薄まっているものの、手にはツヨマージを構えているため、臨戦態勢なのは間違いない。もっとも、ルシオンのほうはヘノを脅威とは思っていないようで、平然としている。
桃子は考える。クリスティーナの許嫁を自称するだけのことはあり、彼もまたダンジョンの魔法生物のことをよく理解しているのだろう。いや、もしかしたら彼自身が――。
だが、桃子の思考を余所に、道中の会話は続いていく。
「吾輩は、ルシオン。ルシオン・ド・ヴァロンブル。クリスティーナの婚約者であるぞ」
「ヘイ、婚約者じゃなくて、ストーカーでありますだろう?」
「リヨンゴ貴様、クリスティーナの護衛だからと調子に乗りおって!」
「むぎゅう」
リヨンゴが桃子の横にきて、ルシオンを茶化す。
すぐに頭に血が上るルシオンが、リヨンゴの胸元を掴んで身を乗り出す。
桃子が潰される。
「桃子。今日は災難だな」
「うぐぅ……この人たち、なんで私を挟みたがるのかな」
桃子は潰され、ヘノはちゃっかりわら帽子から抜け出してサンドイッチから退避している。
ストーカーかどうかはともかく、桃子のなかでルシオンとリヨンゴの二人の株はどんどん下がっていく、そんな昼下がり。
ただ一つ、引っかかることがあるとすれば。何度も挟まれて、ようやく気がつく程度のものだけれど。
ルシオンという男性からは、どこか――獰猛な獣の匂いがした。
【とある女児たちと探索者の会話】
「サカモトさん、ガードは任せましたよ!」
「任せてくれ、俺は生粋のガーダーだからね! 小梅ちゃんたち、少女は命を懸けて守り通す!」
「菊乃さん、この鎧の人、なんか怖いよ……?」
「慣れるまではちょっと気持ち悪いけど、慣れたらちゃんとした人だから大丈夫だよ。あんまり怖かったら、私の師匠に叱ってもらうから言ってね?」
「俺、何もしてないのにオウカの姐さんに叱られちゃうのかなあ」
「相手チームがきましたよサカモトさん! この『モチャまりまり』、今日こそは勝ち越しましょうね!」
「くそ、変なチーム名な癖に強いんだよな。多分この三人目のダージリンって奴、中身は大人だぞ。動きが老獪だ」
「私、こっちのチームの『ウワバミさけのみ隊』もどうかと思うけどなあ……」