ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ストーカーです」
「待て、なんと酷いことを言うことを言うのだクリスティーナ?! 我輩は、はるばるフランスから渡ってきたと言うのに!!」
ルシオンについて語ったクリスティーナの一言目は、実に無情なものだった。
「もちろん冗談でスから、そんな顔をしないでくだサい……と、言いたい所ですが、半分ほどは本心です。どうしてここにアナタがいるんですか? ビースト――いえ、ルシオン」
リヨンゴに案内されてやってきた、窪地のすぐ脇に建てられた世界魔法協会の大きな建物。そこには既に何人かの職員たち、あるいは外部業者かもしれないが、数多くの人々が慌ただしく出入りしており、ひっきりなしに荷物の搬入を繰り返していた。
建物が完成し、今は中に必要なオフィス家具や機材の数々を運び込んでいるタイミングのようだ。
スーツ姿の大男と、シャツにエプロンをつけた大男。そしてわら帽子を被った女児が一人。
当然ながらこの三人組はかなり人の目を引くようで、すれ違う職員や業者の視線を集めている。だが、会長たるクリスティーナの護衛であるリヨンゴはさすがに顔を知られているようで、かなり多くの職員や警備員の視線を集めはしたものの、桃子たちは特に何を言われるでもなく最上階の『会長室』までやってくることができた。
そして、そこにいたのが、まさかのクリスティーナ本人である。
新品の豪華な絨毯が敷かれ、そして同じく新品の高級そうな木のデスクに大きな椅子。桃子の目に映るもの全てが見るからに高級で、新品だ。
そしてそこに座っているのが、ブロンドの髪をした美しい女性――クリスティーナ・エリザベス・ウィンチェスターである。
桃子が初めて彼女と顔を合わせたときは20代の大人っぽさを感じたものだが、子供の頃のクリスティーナを知っている今となっては、意外と子供の頃の面影が残っているのだな、というのが正直な感想だ。
化粧や雰囲気で大人っぽい雰囲気を纏っているものの、もしかしたら彼女は本当に10代の時から姿が変わっていないのだなと、桃子は思いなおす。彼女は、真の意味で不老なのだから、桃子のその考えはきっと間違えてはいないのだ。
そんなクリスティーナ会長だが、聞けば彼女も最近は日本と海外を行ったり来たりで忙しく、今日はつい数時間前にこの蔵王ダンジョンの魔法協会支部、つまりはこの建物に到着したのだそうだ。
「まったく。せっかくモモコさんが来てくれたというのに、まさかルシオンも来ているダなんて……」
「妖精を連れているので、もしやとは思っていたが……この珍妙な幼子はやはりそなたの知人であったか」
クリスティーナの正面に立ち、オーバーリアクションを見せている大男はルシオン。
その横で居心地悪そうに佇んでいる珍妙な幼子というのが、わら帽子を被ったままの桃子だ。わら帽子を被ったままなのは、単に脱ぐタイミングを逸したのと、脱いだら脱いだで邪魔になるからである。
どうして世界魔法協会の会長室に、令和の今、わら帽子を被った子供が立ち尽くしているのか。傍から見ればシュールな光景だろう。
なお、ここまで案内してくれたリヨンゴは、この日は非番であるにも関わらず、今は本来の『クリスティーナの護衛』という役割に戻っている。
実際に今も、しっかりとクリスティーナの斜め後ろに立ち、黙ってこのやりとりを見守っている。スーツ姿の護衛や職員に混ざって、彼だけはラフな格好にエプロンを着けたままという珍妙な姿なので、それが会長の横に黙って立っているのは違和感が半端ない。
桃子としては、珍妙な格好なのが自分だけでなくてよかったなと、リヨンゴには仲間意識を抱いているが、その気持ちに気付くものはいない。
「事務的な会議でシたら今の時代はインターネットで事足りマすよね? それと、勝手に婚約者だなどという嘘を触れ回るのもやめて下さいとアレほど……」
「そなたは相変わらずであるな。知っておるぞ、日本ではそなたのようなタイプを『塩太陽』――ソレイユ・デ・セルと言うのであろう?」
「『塩太陽』――サラン・グレイネですか。それは初耳ですね」
「……」
それを言うなら『塩太陽』ではなく『塩対応』だ。桃子はそんなツッコミが喉までせり上がっているのだが、生憎この二人と桃子は親しい相手というわけではない。ルシオンに至っては先ほど初めて出会ったほぼ他人である。少なくとも、言い間違いにツッコミを入れるような間柄ではない。
なので、桃子は会話に口を挟むタイミングも掴めなかったのもあり、もの言いたげな視線を浮かべたまま口を閉ざし、二人のやりとりを黙って聞いているのだった。
だが。
桃子と違い、口を挟むタイミングなど全く気にしないのが、桃子のわら帽子の内側でずっと今の話を聞いていた妖精だ。
「おい。クリスティーナ。塩だいふくだかなんだか美味しそうだけど。なんの話なのか。ヘノにも分かるように。説明しろ」
「ああ、申し訳ありマせん。とりあえず、立ち話もなんですし、そちらのソファに移動しマしょうか」
「お菓子だ。お菓子がほしいぞ。甘いのがいいぞ」
「幼子よ。そなたが連れているこの妖精は図々しすぎるのではないかね」
「あはは……」
入りにくかった空気をぶち壊してくれた己のパートナーに感謝をしつつ。
ちゃっかりお菓子まで要求する様子を見て、桃子も『図々しい妖精』というルシオンの評価は否定できず、ノーコメントに徹する桃子なのだった。
「彼は、ルシオン・ド・ヴァロンブル。もうお察しかとは思いマすが、フランスに住マう古き魔法生物の一人です」
「あ、やっぱり人間じゃなかったんですね」
会長室に置かれている長いソファーに座って、桃子はクリスティーナからルシオンについての紹介をうけていた。
さすが、世界に名だたる不老の魔女の会長室だ。促されたソファの品質は恐らく最上級のものなのだろう。桃子の小さな身体は気持ちいいほどに沈み込み、一周回って座りにくいくらいである。
一方、横に座っているルシオンは身体が巨大すぎて、最上級ソファがみっちりギシギシとなっている。どれだけ高級なものでも、大きかろうが小さかろうが、想定外の身体のサイズには対応できないということだ。
「吾輩が作り上げたヴァロンブル家は、表向きは代々続く資産家としての顔もある。吾輩は地上の富などどうでもいいが、地上で活動する上では役に立つものだ」
「ええ。事実として、彼が人間の――世界魔法協会の後ろ盾として大きな力を貸してくれたのは、間違いではありマせん。古き魔法生物としてモ、資産家としてモ」
「はあ……」
話としては、こうだった。
過去のティル・ナ・ノーグが滅び、イギリス、そしてアイルランドのダンジョンはスタンピードを経て、悍ましい瘴気の溢れる呪われた地となってしまった。
そのような場所で暮らしていく程の力がなかった当時のティタニアは、別天地へと旅立つこととなる。一方クリスティーナは人間の理解者の助力を得て、以前から存在していた魔法アイテムを扱う小さな組織を受け継ぎ、再建の旗印となった。
それが後に、国家の壁を越えた巨大組織『世界魔法協会』となる母体である。
その際に、資産家としてクリスティーナの支援者となり、そしてクリスティーナの代わりにダンジョンでの活動協力を買って出たのが彼、ルシオンこと『ビースト』だ。
「吾輩ら迷宮に住まう者たちにとっても、ティル・ナ・ノーグに起きた悲劇は他人事ではなかったのだよ」
ルシオンが語る。
「人間という種族は爆発的に増え、文明は発達した。しかしそれは――瘴気の増加という形で、我々にとっての脅威となるのだ」
「じゃあ、ルシオンさんはダンジョンと、それに挑む探索者を管理させるために、クリスティーナさんに接触した……っていうことですか?」
「……概ね、その通りであるな。人間たちには、国境を越えた管理組織が必要だったのは間違いないのでな」
所々、ひっかかる部分はある。恐らく、クリスティーナもルシオンも、桃子に全ての真実を語っているわけではないのだろう。
けれど、彼の話は納得のいくものだった。桃子も近代の人口爆発は知っている。二百年前には地球上の人間たちは十億人程度だったのが、今では八十億人を超えているのだ。
人間は爆発的に増え、それと引き換えに――悲しみや争いもまた、大規模なものへとなっていく。
桃子は知っている。その結果、何が起きたのか――。
桃子は知っている。誰が犠牲になったのか――。
「桃子。見ろ。見ろ。このクッキーすごいぞ。中にトロっとした甘いのが。入ってるぞ。誰が入れたんだろうな」
「――あ……。わ、ヘノちゃん、顔がチョコレートまみれじゃん!? ほら、ティッシュで拭こうね」
「んむぐ」
「フフ、紅茶でも入れさせマしょうか。私も喉が渇きマした」
深刻になりかけた空気が、ヘノのお陰で一瞬で緩和した。闇に落ちかけていた桃子の意識が、ヘノの一言で光のもとに戻ってきた。
見れば、クリスティーナの秘書らしき女性が苦笑を浮かべて、ヘノにも使いやすいミニチュアのカップに紅茶を入れてくれている。彼女もきっと、どこかの国で生まれた何かしらの魔法生物なのだろう。
地上にある建物だというのに、この部屋はいま、自分とクリスティーナ以外はみんな魔法生物なのだなと。桃子はなんだか、不思議な気分になるのだった。
そして、温かい紅茶を飲みながら甘いお菓子を食べれば、頭はきちんと動き始める。
ルシオンが何者かは、漠然とは理解した。だがそれはそれとして、今の話では説明されていない部分があることに気がついたのだ。
「でも、なんでそれで……その、婚約者なんていうことになったんですか?」
「アー……そこが気になりマすか」
ルシオンことビーストが、世界魔法協会にとっては重要な役割を果たした後ろ盾だったことは理解した。
だが、それがどうして『自称婚約者』に繋がるのかがわからない。
てっきり、後ろ盾になるのと引き換えにクリスティーナの身柄を要求した、などという関係性も思い浮かんだものの、先ほどからの二人の遠慮のないやりとりをみる限りでは、そういう上下関係のようなものがあるとも思えない。
「……」
「……」
桃子とクリスティーナの視線が、スーツ姿の大男であるルシオンに集まる。なお、ヘノはお菓子に夢中で話に興味はなさそうだ。
そしてルシオンは、桃子たちの視線に両手をあげるような大袈裟なジェスチャーを交わしてから、はっきりとした口調で、言い切った。
「……クリスティーナは、美しいからな」
「……へ?」
「へ、ではない。クリスティーナは人間の中では美しいほうであろうが。そして魔力も多く、魔法の素質も吾輩に釣り合う存在だとは思わないかね?」
「え、いや、そりゃクリスティーナさんは綺麗ですけど……」
「だから、婚約を求めるのだ。そうすれば、いつまでも――共に歩けるであろうが」
「それ、別に婚約者じゃなくても……」
「嘘みたいですが、彼は本当にそんな理由で、私の婚約者を自称しているノですよ」
クリスティーナの婚約者を自称していたのは、ただの、好み。
それが理由で『自称婚約者』となるのはさすがに一方的すぎるし、話が一足飛びしすぎではないかと、桃子は唖然とした表情を浮かべてしまう。
そもそもの話、共に歩くだけならば、それはただの『友人』でも事足りるのだ。それこそヘノと桃子など、婚約などせずともともに歩き、今後もずっと一緒にいる気満々だ。
あまりの価値観の違いに、やはり彼は人間とは違う魔法生物なのだなと、桃子は納得せざるを得ないのだった。
けれど。
「『いつまでも』とは、簡単なことではないのだよ……」
ふと聞こえた呟きに、視線をあげる。
ルシオンが紅茶を飲む姿をチラリと見る。
そこには。
遠い何かを、そこにはいない何かを見つめているような。
こみ上げる激情を耐えるような。
二度と帰らない飼い主を待つ、有名な犬のような。
そのような表情が、映ったような気がした。
そして、ヘノだけが。
真っ直ぐに、感情の分からない表情で。静かに、ルシオンの言葉を聞いていたのだった。