ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子。色々探してみたけど。やっぱり。食べ物とかはないみたいだぞ」
青い花が咲き誇る琵琶湖ダンジョン第五層。りりたんの花園。
ここの主であるりりたんの分身体が魔力切れで消滅した後、ヘノとニムの二人の妖精は、桃子の代わりにこの空間をあちこち探索してまわっていた。
妖精の国と同様で、桃子の目には遠くまで続く花畑にしか見えないが、実際にはあちこちに小部屋などの空間が備わっているのだそうだ。
しかしそればかりは光の膜を使って移動できるヘノとニムにしか確認できないので、桃子はじっと花畑の真ん中で座って待っていた。
「まあ、人間は二日くらい食べ物なくても死にはしないから、大丈夫大丈夫!」
だが正直なところ、実は結構お腹は空いている。
ここに来るまでの間に散々身体を動かして、走って転げて、更には妖精の力を借りたとはいえ10km以上の距離を泳いだりして、実は身体は結構クタクタなのだ。
とはいえ、ヘノたちをあまり心配させたくもないので、桃子は大丈夫と笑顔を見せる。
「あ、あの……お水ならいくらでも出せますから、言ってくださいね」
「ありがとう、ニムちゃん」
食べ物がなくとも、水さえあれば人間はある程度は生きられるという。それこそ、二日間程度ならただの断食だ。健康法だ。
その上で、この場にいつでも綺麗な水を出せる妖精がいてくれたことは、桃子にとって非常にありがたいことだった。
「桃子。食べ物はなかったけど。本がたくさんある部屋が。あったぞ?」
星空と、青い花が咲き乱れるだけの広い空間にて。
桃子が何にもせずに花畑でぼーっと寝転んで頭を空っぽにしていると、ヘノが「そういえば」と話し始めた。
どうやらヘノは、先ほど食べ物を探しにあちこち探検していた際に、書斎か何かを発見したようである。
「ま、魔女さん……本が好きなようで、暇さえあれば、本を読んでいました」
りりたんはスキル【製本】の都合上、いつもその手には何かしらの本を持っていた。
自分でも博識を自称していたし、恐らくは日常的に様々な本を読んでいるのだろう。
「せっかくだし、そこに案内してもらっていい? やることもないし、読書でもしてようかなって」
「それがいいぞ。いまは動かないで。本を読むのが一番だ。人間は。体を動かすとお腹が空いちゃうんだろ」
ヘノの言う通りで、下手に動いていてもお腹が空いてしまう。
それに、りりたんが普段どのような本を読んでいるのかも見てみたいし、やることがなくて暇なのも本当だ。
りりたんの本を借りて、迎えがくるまでの二日間は読書にでもつぎ込もうと、桃子は腰をあげて立ち上がった。
「あれ、結構こじんまりしてる。てっきりもっと大きい図書室みたいなの想像してた」
ヘノの案内でやってきた空間は、思ったよりも手狭な空間だった。
怪我をした探索者たちが横たわっていた部屋とほぼ同じような狭い部屋で、高い位置についた窓以外は扉も何もない。広さ的には6畳ほどもないだろう。
その狭い空間に、何の装飾もない木製の本棚が2つと、りりたんが座るためのものであろう揺り椅子が一つ、置いてあるだけだった。
「うぅ……ま、魔女さんは自分で【製本】できますし、あくまで地上に住んでる人なので……こ、ここには、一部のお気に入りを置いているだけ、らしいです」
「なるほどー。じゃあここは本当に、別宅の本棚って感じなのかな」
「桃子。何か面白そうなものは。あるか?」
桃子も本棚を覗いてみる。
本棚には大きな本から小さな本、日本の本から外国の本まで様々だ。
それどころか、本は本でも、海外の画集、料理のレシピ集、最近のファッション雑誌、人気のコミック誌、あとはどう見ても市販品ではない同人誌の類までもが挟まっている。本棚2つぶんとはいえ、実に多種多様だ。
桃子がその多様さに唖然としていると、ニムがそこから1冊の本を取り出して桃子に見せてくれた。
「うぅ……あの、魔女さんは、この本を熱心に読んでた……気がします」
「え、なにこれ。『元ヤクザ幹部が教える500の真実』だって」
手に取って、パラパラとページをめくってみる。
目次を見ても、なんだかよく分からない本だった。元ヤクザ幹部が語る身体の洗い方。元ヤクザ幹部が語るファーストキスの味。元ヤクザ幹部が語る賢い税金のやりくり。
「ファーストキスがレモン味の人は、緊張しいで胃酸が逆流しがちです。緊張を和らげるガムと、胃腸を整える胃薬を常備しましょう……なにこれ、なんなのこれ」
桃子の頭の横には大きなハテナマークが浮かびだす。
見れば、ヘノとニムもさっぱりよくわからないという顔をしていた。
「……りりたんこれ読んでるのかな。さすがに本は選んだ方がいいと思うけどな」
なんだか見ちゃいけないものを見た気がしたので、本は本棚に戻しておいた。
どこの出版社かはわからないものの、二度と見る機会は無いと思う。
「桃子。こっちのは。外国の本だな」
「ええと、わ、全部英語だね。ええと……ああ、なんかイギリスのあたりのダンジョンの本みたい。スタンピードについて後の人たちがまとめた本みたいだね」
ぺらぺらとページをめくっていくが、その本は全体的に専門的な説明が多く、桃子の語学力ではちんぷんかんぷんな代物だった。桃子も決して英語が分からないわけではないのだが、流石に専門的な本となるとさすがに難しい。
しかし、至る所に出てくる文字「stampede」。そして所々に挟み込まれた写真や図解が、過去にイギリス全土、そしてアイルランドで起きたという大規模スタンピードに関する資料だということを示している。
そこには桃子の知らないダンジョンと、そして現代よりも数世代古く見える装備に身を固めた海外の探索者たちの写真が収められていた。彼らはつまり、当時の探索者たちだろう。
「イギリスとかアイルランドとかって知ってるぞ。女王が普通の妖精だった頃は。妖精の国も、そこらへんにあったらしいぞ」
「うぅ……女王様は、日本に……妖精の国を、『移動』させて、作りなおしたそうですよ……」
ここで、横からその本の写真をまじまじと眺めていたヘノとニムが、いまある妖精の国についての説明を始める。
国の移動とは、人間社会ではなかなか聞かない話だ。
「そうなんだ? 妖精の国も、日本とかイギリスとかって違いあるの?」
「もちろん。あまり遠いところじゃ。行き来できないからな。ヘノたちが行けるダンジョンも。全部。日本だぞ」
「そっかー、確かに遠野とか琵琶湖とか、日本に片寄ってるなーって思ってたんだよね」
実は桃子も前から少しだけ不思議に思っていたのだ。
ダンジョンは近代においては確かに日本に多く出現しているのだが、しかし海外に無いわけではない。むしろ、桃子が生まれるよりずっと前は、欧米のほうがダンジョンが多かったはずなのだ。
なのになぜヘノの行く先々は日本のダンジョンなのか。その疑問の答えは簡単で、女王ティタニアの妖精の国は日本にあるから。
実にシンプルな答えだった。
「うぅ……もちろん外国にも、妖精はいるとは思いますけど、私たちは……女王様に力を分けてもらった子がほとんどなので……外国のお話は、あまりわかりませんねぇ」
「その時の女王の仲間はみんな。悪いやつに襲われて。全滅しちゃったからな。女王はあんまり。昔のこと。話したがらないんだ」
「……そっか」
イギリス、そしてアイルランドの妖精たちが、あのあたり全域に起きた大規模スタンピード前後で目撃されなくなった、という話は桃子も聞いたことがあった。
真偽不明な噂話程度のものだったのだが、もしかしたらその時に大規模な、後の歴史には語られていない「何か」があったのだろうか。
脳内で、今までの情報を整理する。記憶を辿る。
――女王の仲間はみんな。悪いやつに襲われて。全滅しちゃったからな。
――妖精の国に何があったとしても、私がその若木を持っている限りは新しい国を作れる、と……。
昔、存在していた妖精の国は、何かしらの事件によりティタニアを残して全滅の運命を辿ってしまった。
先代女王からツヨマージを託されていたティタニアは、単身で異国の地にわたり、新たな妖精の国を再興した。
――妖精の女王ティタニア。立派な女王なのでしょうね
――この姿は、妖精だった頃の名残なのですよ
「やっぱり、りりたんは、その時のティタニア様を知っているから、その時の仲間の妖精。ううん、もしかしたらりりたんはティタニア様の――」
グゥゥゥ
「桃子。真剣に考えているのはわかるけど。お腹が鳴ってるぞ」
桃子の思考はそれはもう大きなお腹の音で中断された。
静かで狭い室内に、それはもう大きな音が反響した。恥ずかしくて穴があったら入りたい。
「うぅ……桃子さんかわいそう……めそめそ」
「どうする。ヘノたちが。第四層から。魚とか。貝とか。持ってこようか?」
「包丁もないところで、生の魚介類は怖いなあ。せめて火が使えたらいいんだけどね……」
お腹はすいたが、生の魚介類をそのまま食べるのは勇気がいる。
包丁の一つでもあれば魚を捌いて刺身にして食べることも出来ただろうが、残念ながら水着の桃子は刃物など所有していない。
桃子は、ヘノたちの好意だけをありがたく受け取り、この日は早めに横になって休むことにした。
青い花畑の世界にはベッドも何もなかったのだが、ティタニアの国と同じく、人間にとっても過ごしやすい気候を保っているのは幸運だった。
青い花には申し訳ないけれど、花畑の一か所の地面を整えて、簡単なベッドにさせてもらう。
ヘノたちが気を利かせて桃子に布団代わりに花をたくさん乗せてくれたので、まるで花葬のようになってしまったが、意外と花の香りが心地よく、それなりにしっかりと睡眠をとることができた。
そして桃子が目覚めるとそこには――。
「桃子が寝てる間に。妖精の国から。果物持ってきたぞ」
「わ、私たちだけじゃ……これしか、持ってこれませんでした……めそめそ」
「うわあ、ありがとう! 妖精の国のリンゴ大好き!」
いつだか妖精の国でカレーに入れたことのある、綺麗な色をしたりんごが3つ、用意されていた。
前日はお腹を空かせたまま眠りについた桃子だが、目覚めたら目の前に食料があるというのはなんと幸せなことだろう。桃子はヘノとニムに飛びつき……はしないものの、二人を優しく胸元に抱いて感謝のハグをする。
「精霊樹っていう。女王の間より。さらに奥にある。でっかい樹になってるんだ。こんど。女王に頼んで。桃子にも見せてやるぞ」
「あ、あとこちらは……お酒です。うぅ……断ったんですけど、遭難したときは、身体が温まるからって……」
「そ、そっか。まあ、ありがたく頂いておこうかな。飲むかはわからないけど……」
ニムから小さな革袋を受け取って、とりあえず水着につけたベルトに引っ掛けておくことにする。
見上げた空はずっと星空なので、時間がよく分からないけれど、恐らくは今は金曜日の朝ごろだろう。りりたんが来るまであと1日。
桃子はその日、水浴びを済ませたあとはやることもなかったので、1日中りりたんの本棚の本を読みふけって過ごした。
更に、1日後。
「ふふふ。おはようございます、ももたん。お腹が空いているでしょうから、スコーンのほかに、じゅーしぃな唐揚げを買ってきましたよ?」
「桃子。起きろ。魔女が来てくれたぞ」
「んー、むにゃむにゃ……おはよう、りりたん……」
「うぅ……桃子さん、お酒を少し飲んだだけで、ぐっすり眠っちゃいました……」
相変わらず、どこで買ってきたのかという黒いドレス姿のりりたんが、まるで花葬のようにして眠っている桃子の枕元へとやってきた。
しかし桃子は半目を開けてりりたんの姿を確認するが、未だに脳みそが眠っているのか、すぐにうとうと瞼が下がり始める。
「あら? ももたん、これは妖精の国のリンゴとお酒ですか? もしかして、豚肉も食べました?」
「……うー、ぼんやりする……んーと、いや……豚肉は食べてないよ……?」
「ふふふ。それは良かったですよ。普通に寿命を迎えたいなら、妙な豚は食べちゃ駄目ですよ?」
りりたんは深海色の瞳を細めて桃子に笑いかけるが、しかし桃子はもう一度夢の世界に引き込まれていた。
どうやら、前日の夜にダメもとのエネルギー補給として少しだけ飲んでみたお酒が、まだ後をひいているようである。
なお、桃子はまだ18歳なので本来はお酒を飲んではいけない年齢だが、この場合は緊急事態なのでセーフ、という言い訳をしていた。
「魔女。さっぱり意味がわからないぞ」
「わからないなら、それでいいのですよ。そうだ、ももたんが寝ぼけているうちに。ご褒美をあげちゃいますね。今度、ギルドでスキルを見たときにびっくりしちゃいますよ」
りりたんは眠り続ける桃子の胸元に手を当てて、ぼんやりと光る魔力を注ぎ込んだ。
ヘノやニムも興味深そうにそれを眺めているが、妖精たちにも何をしているのかはよく分からないようだ。
「うぅ……桃子さん、また眠っちゃってて、気づいてないです……」
「桃子にお酒は。駄目だな」
「さてと。りりたんも、お引っ越しの準備をしないといけませんね」
りりたんが到着してから、数刻後。
さすがに桃子も目覚めて、朝食としてりりたんの持ってきた唐揚げを喜んで頂いたものの、それがまさかの激辛唐揚げ。あまりの辛さに、しっかりと目覚めることができた。
その後、りりたんの出したテーブルでスコーンを食べて、ようやく桃子の体調も良くなってきたところで、りりたんが引っ越しの話題を持ち出した。
「え、りりたんのお家引っ越すの?」
「家ではなくて、このお花畑ですよ。探索者の方々がペルケトゥスと仲良くなれば、いつかはここにたどり着いちゃいますからね」
そう、ここは妖精の国に似てはいるものの、あくまで琵琶湖ダンジョンの第五層。
いつの日か探索者たちが下層へ続く階段を発見すれば、妖精でなくともたどり着ける場所なのだ。
これまではペルケトゥスの存在もあり探索者はここまで辿り着くことはなかったかもしれないが、ペルケトゥスが味方となれば、意外とすんなりとこの場所へとたどり着くかもしれない。
だからこその、引っ越し。第五層の空間を琵琶湖ダンジョンの正規のものに戻し、りりたんの花畑は『移動』させるのだという。
奇しくも、つい二日前に聞いた話と合致してしまった。
「うぅ……魔女さん、いなくなってしまうんですか……?」
「ふふふ。私は静かなのが好きなので、また別の入り口を探そうかと思っておりますが……ニムさんたちは孫のようなものですからね。そのうちまた、会いにいきますよ」
「あの、りりたん。ティタニア様に、会ってあげてくれませんか?」
桃子はさすがに、りりたんの正体について予測はついていた。
過去、全滅の運命を迎えたという先代の妖精の国に住んでいて、現女王のティタニア以上の力を持ち、ニムを孫と呼ぶ存在など一人しかいないだろう。
しかし、りりたん――先代の女王は、深海色の瞳を閉じて、首を横に振る。
「……ティタニアはもう、皆の女王なのですから。過去の亡霊を引きずるものではありませんよ。でも、そうですね。ももたんだけにあとでイイコト、教えちゃいますね」
イイコト。
別れ際に聞かされたそれは、桃子を驚かせて、女王ティタニアへのお土産としてはじつに、十分なものであった。