ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「――っていうことがあったんだよ」
桃の窪地に遊びに行ったら、何故かクリスティーナへの客人と出会い、痴話喧嘩なのかなんなのかわからない騒動に巻き込まれた後のこと。
クリスティーナは新しく完成した魔法協会蔵王支部の指揮で忙しく、ルシオンも一旦この日は麓のホテルに戻るということになり、集まった一同は解散となる。当然、桃子とヘノもなんだかよく分からない気持ちのまま、妖精の国へと戻ってくることになった。
そもそもこの日の発端として桃の窪地に遊びに来るよう声をかけてきたのはクルラなのだが、クルラ本人が深援隊のメンバーとダンジョンに入っていってしまったので、桃子たちは目的を失っていたのだ。
そして午後。妖精の国にて。
ちょうどダンジョンにやってきていた柚花と合流し、桃子はこの日の昼間にあった出来事について話していた。
「じゃあ先輩、今ってクリスティーナ会長が来てるんですか? 桃の窪地に?」
「うん。っていうより、今後は蔵王ダンジョンに新しく建てた魔法協会の建物を拠点にするつもりなんだって」
「蔵王ダンジョンがどんどん人外の巣窟になりつつありますね」
「そうかな。そうかも。そうだね」
前々から妖精、雪ん子幽霊、化け狸などイレギュラーな存在が複数住み着いていた場所だが、とうとう『世界魔法協会』会長とともに、その護衛として幾人もの魔法生物が拠点として住み着くわけだ。
クリスティーナの護衛たちが普段どのような生活をしているのかは分からないが、少なくともアフリカの英雄巨人と呼ばれる魔法生物がエプロンを着て出迎えてくれる土地など、世界でもあの場所だけだろう。
あの集落はいったいこれからどうなってしまうのだろうかと、桃子も漠然と疑問に思う。
「ということはクリスが今後は、頻繁に会いに来てくれるということですか?!」
「そうなるでしょうね。っていうか、蔵王ダンジョンを世界魔法協会の拠点に選んだのって、ただただティタニア様と会いたいっていうクリスティーナ会長の私欲100%じゃないですか」
「あ、クリスティーナ会長からの伝言で『昼間は忙しいけれど時間がとれたら夜に遊びに行くわね』って言ってました!」
「クリスったら、もう! もう! 私のことなんて……そんな、気にしなくてもいいのに!」
そして、桃子と柚花ともう一人。クリスティーナが頻繁に妖精の国へと遊びに来ると聞いて、少女のように瞳を輝かせて、はしゃいでいる存在がいた。それはもちろん、クリスティーナと加護を結んだパートナーでもあるティタニアだ。
「ティタニア様、口調が素に戻ってますね」
「きゃ?! こほん……失礼しました」
クリスティーナの話題ではしゃいでいるティタニアは、少女のような表情を見せていた。
今はヘノとニムはいつものように畑と湖のパトロールに出かけており、この場には桃子と柚花、そしてティタニアしかいない。なので、普段の女王然とした態度が砕け、ティル・ナ・ノーグで暮らして居た時代の、クリスティーナと共にいた頃のティタニアが蘇ってしまっていたのだった。
別に悪いことなど何もないが、ふと我に返り真っ赤になるティタニアを見て、桃子も柚花も、なんとも言えぬほっこりとした気持ちになってしまう。
「ティタニア様、昔はもっと子供っぽかったですもんね。なんか、委員長さんみたいな感じでしたよね」
「そ、その、昔はまだ私もお母様の庇護下で暮らしていた子供でしたから……」
「ああ、それってピーチチャイルド事件のときの話ですか?」
「うぐっ」
桃子は以前、不思議なトラブルにより過去のティル・ナ・ノーグへと迷い込み、若き日のティタニアとも出会ったことがある。
その事件は、その際の桃子がテンパった末に口走った『アイアムア、ピーチチャイルド』発言を由来として、『ピーチチャイルド事件』とごく一部の関係者からは呼ばれている。
定期的にその話題が蘇り、その度に真っ赤になる桃子を見て、柚花はなんとも言えぬ興奮に似た感情を覚えるのだった。
「それにしても、その……ルシオン、ですか? クリスに言い寄っているというのは」
閑話休題。
桃子たちは、調理部屋から運んできたお茶セットでお茶を飲み、ティタニアに魔法で炙ってもらったイカをつまみながら、今日の昼にあった出来事についての考察を続けていく。
クリスティーナの近況も気になることだけれど、やはり気になるのはクリスティーナの婚約者を名乗る人物、ルシオンだ。
ティタニアも、自分と離ればなれになってからのクリスティーナのことを全て聞いたわけではないらしく、ルシオンについては初耳だったようで、分かりやすく眉をひそめている。
「はい。フランスから来た資産家の人で、リヨンゴさんからは『ビースト』って呼ばれているらしいです」
「フランスで、ビーストですか……」
「ティタニア様は、彼のこと知ってるんですか?」
「いいえ、私がティル・ナ・ノーグにいた頃は、私も別なダンジョンのことまではよく知りませんでしたので……」
三人で炙りイカをつまみながら、フランスの『ビースト』について考える。
残念ながら、ティタニアも自分の住んでいた範囲内――つまりは、女王ネーレイスの領域内のダンジョンのことしか知らずに暮らしていたために、フランスのことはよく分からないのだ。
桃子はふと、先週も似たようなやりとりをした気がしたが、すぐには記憶と目の前の話題が繋がらない。
そんな中で、やはり頭の回転力が桃子とはひと味違う柚花が、しばしの思案顔の後、こう言い出した。
「思うんですけど、それって多分『ジェヴォーダンの獣』じゃないですかね」
「ジェヴォーダン? って、なあに?」
「ジェヴォーダンっていうのはフランスの地名です。先週の話の後で、海外の都市伝説なんかを少し調べてみたんですよ。そしたら、一七〇〇年代に、フランスのジェヴォーダン地方で怖れられた人食いの魔獣の話に突き当たったんですが――」
柚花の話は、簡単に言えばこのようなものだった。
一七〇〇年代。フランスはジェヴォーダン地方に、とある言い伝えがあった。それは、人食い魔獣の噂。魔獣の住む森の噂。
その不可思議な森に踏み込むと、謎の魔獣に食い殺され、二度と帰ってこられなくなるというような、ものとしてはありきたりな内容だ。
もっとも、今の時代ではジェヴォーダンにはかなりの規模のダンジョンが存在していたことが判明しており、その被害の大半はダンジョンに迷い込んでしまったのが原因なのだろうと言われている。
だが、その上でもなお辻褄の合わない部分がいくつか存在する。
「――頻繁に行方不明者が出ていたはずのその地域ですが、ある時期……ええと、一応残っている伝承としては、森へと入っていく赤ずきんが目撃されるようになった時期を境に、ぱたりと行方不明者が出なくなった……だそうですよ」
「赤ずきんって、あの赤ずきんちゃん? 童話の?」
「さすがに、私もそこまでは分かりませんけどね。舞台はフランスですけど、原作のシャルル・ペローのほうが時代的には先ですし、童話のほうがオリジナルだとは思いますけど」
「そっか。まあ令和の日本にも『人魚姫』がいるわけだし、そんな感じなのかな?」
「そんな感じですかね」
そんな感じがどんな感じかは分からないが、とにかくそのような話であった。
赤ずきんの目撃談というのはよくわからないまでも、しかしなるほど、今の話はまさにどこかで聞いたことのある話である。
いや、まさにこのテーブルで一週間前に聞いた話と全く同じなのである。
「ね、ね。赤ずきんはともかく、その獣が……」
「ええ、そうだと思いますよ。ティタニア様が過去に聞いたっていう、ある時期に人を守るようになった人食い魔獣。それが恐らく『ジェヴォーダンの獣』ですね。獣、つまりは『ビースト』です」
「なるほど。確かに、そう考えられるかもしれませんが……」
辻褄は、合う。
ただし、それは別な心配事に繋がる。
「人食いの獣が、クリスに言い寄っているのだとしたら……私としては、由々しき問題です」
「先輩。どうなんですか? 直接会って話をした身としては」
「うーん……私が会ったルシオンさんは、そもそも人間姿だったからなあ。スーツも着てたし、人を食べてた形跡はなかったけど」
「まあ、そりゃそうでしょうね」
本来の姿がどうであれ、スーツを着た人間の姿をしていたのなら、それを見て『人食い』と思う人はいまい。スーツでなお人食いの形跡があったならば、それはもうダンジョンの伝説がどうとかではなく、警察の出番だろう。
桃子も記憶をたぐり昼間の出来事を思い返すが、少なくとも彼は桃子やお婆ちゃんを食べようという素振りは見えなかった。歩くときなどは、何も言わずに桃子の歩幅に合わせてくれていたくらいだ。
もっとも、やはりどこか普通の人とはズレた価値観や、クリスティーナに対するストーカー疑惑などを考えると、好んで関わりたくはないタイプなことに間違いはない。
そして、はっきりとは覚えていないけれど、彼からはどこか獣染みた雰囲気を感じ取れたことも確かだった。
「リヨンゴさんとはすぐに喧嘩しそうになってたけど、私を襲う気配はなかったよ。もしかしたら、眼中になかったのかもしれないけどね。何度も潰されたし」
「まあ人食い魔獣の噂自体、数百年も前の噂ですからね。魔法協会と繋がっているなら、わざわざ人間を敵に回すような真似もしていないと見るべきでしょう」
「うんうん」
「だからと言って、私たちにとって安全な相手かどうかは分かりませんけど」
結局、桃子の話だけではあまりに情報も少なく、人となりを判断するのは難しそうだ。
さすがに仕事中のクリスティーナに質問するために引き返すのも難しいので、なんにせよ今日のところは桃の窪地方面はそっとしておこうという結論で落ち着いた。
近いうちにクリスティーナ本人が遊びに来ると言っていたのだから、話を聞くのはその時でもいいだろう。
なので、桃子たちは話題を変えて、イカをつまみながら最近の近況などの雑談に花を咲かせることにした。そろそろヘノやニムもやってくるだろうから、難しい話はこれにて終了だ。
なお。
最近の近況ということで、桃子は現在高校三年生である柚花の受験について触れてみることにした。
「あ……でもなんか、ごめんね。柚花はこれから受験が大変なのに、時間をつかってフランスのダンジョンのことまで調べてくれてたんだね」
いくらダンジョン内の方が効率的に勉強が出来るとは言え、今のように女王の間でお茶会をしていては勉強もなにもないはずだ。
本来ならば高校三年生のこの季節は、受験の目前である。呑気に妖精女王の間で、お茶を飲みながら炙ったイカを食べているような時期ではないはずだ。恐らく、1万人に聞いたら柚花以外の全員が「そうだそうだ!」と言うことだろう。
だが、それに対する柚花の反応は、実にそっけなく、あっさりとしたものである。
「あ、受験ならもう終わりましたよ?」
「へ?」
「推薦で、千葉のほうの大学はもう確定ですから。これからはまた存分にダンジョンに潜れますよ」
「え、ええー」
推薦。大学入試の、推薦。
そもそも大学受験をしなかった桃子が言うことではないが、大学の推薦というのは桃子にとっては雲の上の優等生たちだけが選べる道のりという印象だった。
柚花が賢いのは知っていたし、自分より遥かに要領が良いことも知っていたけれど。
それと同時に、柚花はそのスキルの影響でコミュニケーション能力が著しく低く、学校では不良扱いされているんじゃないかとすら、内心どこかで心配していたのだ。
なので、桃子はとても驚いたのだった。
「柚花って、内申点とかも本当に大丈夫だったんだねえ」
「え、私っていま先輩に酷いこと言われてます?」