ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「先輩、熟した桃をいくつか持ってきましたよ」
「うわあい、ありがとう! これで、念願のダンジョン桃カレー作れるね!」
太陽が沈み、先ほどまで夕陽の色に染まっていた空は、すでに紫から夜の暗い藍色へと変化してきた頃。
妖精の国の花畑に存在する通称『調理部屋』の様子は、普段とは少し違っていた。
調理台には桃子が地上から持ち込んだ野菜や肉、そして今日は珍しく『スパイス』が並べられており、当の桃子は先ほどから慌ただしく動き回っていた。
「桃子。ヘノも手伝うぞ。何かやれることは。あるか」
「じゃあ、今からいくつか皮をむくから、ヘノちゃんたちはそれを細かくしていく作業をお願いしていいかな?」
「わかったぞ」
「お、おいしくできるといいですねぇ……」
受け取った桃はどれもきちんと熟れており、今すぐにかじりつきたくなるような魅力に溢れているが、今は我慢のときだ。
桃子はさっそく、受け取った桃の皮を丁寧に剥いていく。
クルラの桃はダンジョン食材なので、下拵えを端折ったところで、鍋に丸ごと放り込めば【カレー製作】が適切に調理してくれるはずだ。
だが、今回の桃子は全ての食材を始めから丁寧に皮をむき、切り分け、下拵えを進めている。
それくらいに、この日のカレーは特別なのだ。
「じゃあ、私は鶏肉と野菜を一口サイズにでも切っておきますね」
桃を持ってきた柚花も、流し台で手を洗ってから調理に参戦する。
妖精たちは様々な力を使いこなせるものの、人間サイズの調理器具そのものを使うのは難しいため、調理時の桃子のメインアシスタントは柚花の役目だ。
「ありがとう柚花! ……あれ? そういえば、クルラちゃんは?」
「魔力を過剰に注いで無理矢理桃を熟成させたので、その反動でヘロヘロになってますよ」
「え?! 大丈夫なの?!」
ふと、桃の提供者であるクルラの様子を確認すると、桃子の想像外の答えが返ってきた。
クルラはこの桃を成熟させるために、ヘロヘロになっている。それは、桃子を心配させるには十分な情報だ。桃子とて桃カレーは食べたいけれど、クルラの犠牲を糧にしてまで食べたいわけではないのだ。
けれど、柚花は何も気にしていないように、言葉を続ける。
「大丈夫ですよ。ほかの子たちが見てますし、なんなら『ククク……天罰だねぇ』とか『罰が当たったんだヨ』とかお説教されてますよ」
「ええー……? クルラちゃん、何しちゃったの?」
「どうでしょうね。クルラさんって、普段から色々としでかしてますしね」
「まあ、それもそっか」
柚花の話によれば、クルラは大丈夫だそうだ。しかも仲間からの説教つきである。
桃子は困惑しつつも、とりあえずクルラが無事ということで納得し、自分も調理に戻ることにした。
なお。
クルラが仲間から怒られているのは「桃子たちを窪地に誘っておきながら、自分は遊びに出かけていたこと」が原因である。
当の桃子はそんなことをすっかり忘れているので、クルラが現在怒られている理由は、全く思い当たらないのだった。
「スパイススパイスー♪ ガラムマサラは後入れだよ~♪」
「今日は。カレールーじゃないんだな」
調理は続く。
桃子はかまどに火をつけて、大鍋にまずは大量のスパイスを投入し、調理用に持ち込んだ米油で炒めて香りを馴染ませている。歌は即興オリジナルソングで、ノリノリだ。
ヘノが鍋の中をのぞき込むと、鍋からはすでにカレーのような香りが漂っていた。けれど、そこにあるのは決していつものブロック状のカレールーではなく、色々なスパイスが炒められている光景だ。
「スパイスって。カレールーじゃないのに。カレーの匂いがして。おもしろいな」
「あはは、面白いでしょ? でも本当は、こっちのほうが本物のカレーなんだよ。色々と手間はかかるけどね」
「なるほどな。よくわからないけど。つまり。カレーの先祖なんだな」
「うん、スパイスはカレーのご先祖様なの」
スパイスは美味しい。
カレーは美味しい。
それは、ヘノと桃子の中に存在する世界のルールであり、合い言葉だ。
横でそれを聞いていたニムはスパイスのすばらしさに感動して瞳を潤ませ、柚花は黙って桃子たちのカレー談義を聞きながらも、鶏肉を刻みまくっていた。
『カレーなの? カレーじゃないの?』
『なんだか、いつもと違うよー?』
『もしかして、まぜないの? じゃあ、じゃあ……』
『うわああ、うわあああ、そんなああ』
調理が進むに従い、見学の小妖精も増えていく。
彼女らは桃子のカレーが目当てなのだが、この日の調理風景がいつもと違うことにそろそろ感づき始めているようで、不安げな、ザワザワとした呟きが増えてきた。
みれば、一部でパニックを起こしている小妖精すらいる始末だ。パニック状態の子たちには、手の空いていたニムが寄り添いどうにか落ち着かせて回っている。
「ごめんねみんな。ちょっと時間がかかっちゃってるけど、今日はいつもよりおいしいカレーだから待っててね?」
『やったー』
パニックは収まった。解決が早い。
「桃子。こっちの桃は。これくらいでいいか?」
「うん、ありがとうヘノちゃん! ヘノちゃんも料理上手になってきたじゃん」
「桃子のこと。ずっと見てたからな」
「えへへ」
ヘノが風の刃を利用して、ボウルの中にいれた桃を細かいミンチ状にしてくれていた。
桃子がよく食べる桃カレーは、ゴロリとしたブロック状の桃が入れられたものである。けれど、今回は小妖精たちも均等に桃を食べられるように、ブロック状とは別にミンチ状の桃も入れることにした。
カレーとして煮込んだあとには崩れ溶けて消えてしまっている可能性もあるが、それはそれでカレーに桃の味わいが溶け込み、美味しくなっているはずだ。
そして、柚花が下拵えしてくれた野菜や肉も続けて炒め、あとは水を注いで、いよいよ仕上げだ。
桃子は、大量の具材が投入された鍋がくつくつ言い出したところで、大きなおたまでぐるぐると混ぜ始める。それと同時に、ゆっくりと魔力を込めていく。スキル【カレー製作】の発動だ。
「いくよー! 信じて混ぜる! 信じて混ぜる!」
『しんじてまぜる! しんじてまぜる!』
『しんじる! まぜる!』
『まぜう! まぜう!』
大勢の小妖精たちが声を合わせる。ここはまさに、桃子のカレーライブ会場だ。
ライブの盛り上がりが高まり、その熱狂が頂点に達したところで、鍋が強く光を放ち――。
「完成! 桃子特製、スペシャルダンジョン桃チキン野菜カレー!」
鍋の中には、とろりと美しく輝く『スペシャルダンジョン桃チキン野菜カレー』が完成していた。
氷の花の妖精たちも万全のおいしさで楽しめる、冷えても美味しいスペシャルなカレーは、いつになく、芳醇な香りを花畑中に漂わせているのだった。
この妖精の国は、普通の人間は入ってこられないようになっている。ここに入ってこられるのは、妖精たちと同じ魔法生物の類か、ティタニアやその娘たちに選ばれた一部の人間たちだけだ。
だが、この日はそのどちらでもない例外的な人間が二人、カレーの香りに誘われるかのようにやってきていた。
「こんばんは、ももたん。私たちもそのカレーを頂いてもかまいませんか? かまいませんね?」
「なんか、こんな時間からごめんね、桃子ちゃん」
「りりたんに、檸檬さん? どうしたの、こんな時間に」
桃子と柚花が手分けをしてカレーを皿に盛っていると、そこに声をかけてきた存在。
それはティタニアの母、先代女王ネーレイスの転生体であるりりたんと、そのりりたんが愉快な手駒として引き連れている探索者、大神檸檬の二人だった。りりたんはいつものドレス姿で、檸檬はきちんと得物である自分の大弓を持っている。
りりたんが予告なく妖精の国に遊びに来るのはいつものことだが、大弓を持った檸檬を連れて――となると、どことなく穏やかではない。
「それはもちろん『スペシャルダンジョン桃たっぷりチキンマシマシにんじんぬきカレー』を食べに来たのですよ」
「わざわざここまで? ただの食いしん坊じゃん。あとカレーの名前が違うよ?」
「いいではないですか。りりたんの分は桃とお肉を増やしてにんじんを減らしてくださいね」
「駄目だよりりたん、にんじんはベータカロテンが豊富だし、好き嫌いは良くないよ」
「あの、すみません。りりたんも先輩も話が進まないのでカレーの話から離れてくれませんか」
話がいよいよ脱線したところで、柚花があきれ顔でストップに入った。
桃子もついりりたんに釣られてカレーの話に脱線してしまったが、よもや本当にりりたんがカレーを食べに来たなどとは思っていない。
りりたんの好き嫌いについては後日しっかりと、彼女の娘であるティタニアも交えて話すとして、今はきちんと用件を聞くべきだろうと判断する。それを聞くべき相手は、りりたんではない。
柚花も同じ考えらしく、二人が視線を向けたのは、りりたんの後ろで疲れたような諦念顔を浮かべている檸檬だ。彼女の様子からして、りりたんに無理矢理連れてこられたのは間違いない。
「魔女様に説明する気がないみたいだからアタシが言うけど、アタシは『今晩あたり、妖精の国に強大な力を持つ魔獣が来るから、その討伐に協力しろ』って呼び出されたんだよ」
「魔獣……」
ため息をつきつつ、檸檬がりりたんの代わりに用件を説明してくれた。
妖精の国での魔獣討伐。それは本当に穏やかではないが、しかし桃子たちはその魔獣の正体に心当たりがあり、自然とふたり、顔を見合わせる。
なお、一連の会話は妖精の国の調理部屋の目の前で行われているため、周囲の妖精はみんなしてこのやりとりを眺めている。小妖精たちの視線になれていない檸檬は、ずっとそわそわしっぱなしだ。
「ねえ柚花、りりたんが言ってる魔獣ってもしかしてだけど……」
「ですね。ルシオン・ド・ヴァロンブル。フランスの大物資産家であり――人喰いのビーストこと『ジェヴォーダンの獣』。それが、ここにやってくるということですか? りりたん」
それは、つい先ほども、女王の間で話題になった人物の名だ。
そしてそれは、クリスティーナの奪い合いで、ある意味ではティタニアの対極に位置する――つまり、敵となりうる、古き魔獣の名とも言える。
「ふふふ。話が早くてなによりですね。ビーストよりはティタニアのほうが実力は上だとは信じておりますが、しかしティタニアと妖精だけでは荷が重いでしょう」
「ビースト……ルシオンさんって、そんなに強いんだね」
「まあ、数百年間は生きてきた魔獣ですからね」
昼間、人の姿をとっていた彼とそれなりに普通の会話を出来ていた桃子としては、彼がそんな危険な相手だという認識は正直言えば、なかった。
けれど、言われてみればりりたんの言うことは筋が通っている。
クリスティーナの婚約者を騙る凶暴な魔獣が、ティタニアの国へと続く道のある『蔵王ダンジョン』へと現れた。
ならば、危険なのはティタニアだ。
ティタニアの母として。りりたんが警戒心を露にし、彼の討伐準備を始めるというのもまた、理屈としてはおそらく間違っていないのだ。
「あと、スペシャル桃カレーなんて、見逃せませんからね」
「……」
「……」
「……」
もしかして、それが真の目的なのでは? と。
桃子も、柚花も、檸檬も。口にこそ出さないものの、全員が心のなかでこの『深潭の魔女』の本意を図りかね、疑っているのだった。