ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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モーニングドッグ

「これが。真上だと。十二時だったか。数字が中途半端で分かりづらいな」

 

「お、お昼なんですねえ……」

 

 時刻は十二時過ぎ。

 前日は深夜に女子会を開いてしまったため午前三時頃まで起きていた桃子は、案の定、次の日曜日には昼になっても起きてくる気配が皆無だった。

 時計の読み方を学んだヘノとニムが、眠る桃子の横で懐中時計を眺めていると、そこにやってきたのは、何やら慌てた様子の柚花である。

 

「先輩、起きてください。ちょっとした非常事態が発生してるんですけど……先輩、先輩?」

 

「んー……うん……」

 

 柚花は午前中、女王の間でティタニアと何やら難しい話をしていたはずである。

 それが、寝室にやってきて早々、惰眠から覚めない桃子を揺さぶって、強引に起こしにかかっていた。

 横ではヘノとニムが、何事かとその様子をぽかんと眺めている。

 

「ヘノ先輩は、果樹園から食べやすい果物をいくつか。ニムさんは先輩のお手伝いお願いします。裏で水浴びをさせちゃいましょう」

 

「わかったぞ」

 

「じゃ、じゃあ……桃子さん、あっちでお水を浴びましょうねぇ」

 

 そして、まだ頭が眠ったままの桃子の上半身を強引に起き上がらせると、テキパキとヘノたちにも指示をだす。

 眠る桃子を起こす一大作業は、皆で分担して協力したほうが良いと妖精たちも知っているので、ヘノとニムの二人は素直に動き始める。

 この寝室における桃子の朝は、大概このようにして始まるのだった。

 

 

 

 柚花とニムが付き添い、朝の準備を一通り済ませた桃子は、どうやらようやく頭が動き始めたようだ。ヘノに手渡されたバナナみたいな果物をもぐもぐと食べながら、まだ少しだけぽんやりとした様子で室内を見渡している。

 昨晩は別に飲酒をしていたわけではないので、昨晩の女子会のことはしっかりと覚えている。なので、今さらながらも、いま目の前でいなくなっている存在に気付くことができた。

 

「あれ? 一緒に寝てたはずの檸檬さんは? もう起きちゃったの?」

 

「そりゃそうですよ。檸檬さんは午前中のうちにはもう、りりたんに連れられてとっくに帰っていきましたよ」

 

「ふわあ、そっかー。ええと……なんだっけ? 何かあったの?」

 

「あ、はい。実はですね――」

 

 桃子は、自分が起きたときから、柚花が慌てた様子だったことを思い出す。

 もちろん、時刻はすでに十二時なので、柚花が桃子を強引に起こしたとしてもなにもおかしくはない。ただ、桃子が歯を磨き、顔を洗い、服を着替えている間も、柚花は端末でずっと何かしらのやりとりを続けていたのだ。

 きちんと服も着替え、ご飯代わりの果物も食べて準備万端の桃子は、柚花がなにを慌てていたのかを確認する。

 

「実は長崎ダンジョンでダンジョン変動がありまして――」

 

 柚花が話した内容はこうだった。

 長崎ダンジョン第二層『迷宮墓地』。その大半が石壁で作られたダンジョンであり、そこは超巨大な地下迷宮となっている。

 そこに最近、大規模なダンジョン変動があったそうなのだ。しかし、それだけならばダンジョンでは珍しくもない話だ。

 そこでいま問題なのは、不運にも昨日に第二層へと潜っていったパーティの帰還ルートが、変動によって失われてしまった状態なのだという。

 彼らはいまもまだ、迷宮内だ。

 

「それは大変じゃん、リアルタイムに大変じゃん」

 

「そうです、リアルタイムに大変なんです。まあ野営の準備は備わっていたみたいですし、階層としては第二層の浅い箇所なんで、すぐさま身の危険が迫っているわけではないかもしれませんけど……」

 

「でも、自力での帰還も、他の探索者たちの助けも期待できないってことだよね?」

 

「ええ、まあ、はい」

 

「なら、私が行くよ! ヘノちゃんがいれば、見つけられると思う! いいよね? ヘノちゃん」

 

「もちろんだぞ」

 

 ここまで聞けば、柚花が桃子を起こしに来た理由もわかる。

 これは、ヘノという感知に長けたパートナーがおり、自身も【隠遁】で人知れず行動ができる、桃子への救助要請だ。もちろん、ギルドが桃子に依頼を出したわけではない。情報そのものも、あくまで柚花がネットを見て集めたもののようだ。

 だから、行くも行かないも、それは桃子の自由である。助けに行かなくてはいけない義理などない。

 けれど、聞いてしまった以上。そして、自分ならば問題なく助け出せると知っている以上。桃子の脳内には「断る」などという選択肢は提示されていなかった。

 

 桃子は、バナナみたいな果物の皮をつついて遊んでいるヘノを促し、定位置の己の肩に載せ。

 意気揚々と、寝室の扉に手をかける。

 

「あ、あと先輩、扉を出たら驚きますけど、驚かないでくださいね」

 

「どういうこと?  謎かけかなにか?」

 

 扉を開ける桃子の後ろで、柚花が妙に難しいことを言っている。

 そんなことを言われても、果たして驚けばいいのか、驚かなければいいのか。答えが提示されないまま、桃子は己の後輩の不思議な謎かけにハテナを浮かべつつドアノブを回し――。

 

 ガチャリ

 

「うわああっ!?」

 

 扉をあけたら、驚いた。

 目の前に意外なものが待ち構えており、つい悲鳴のような声を上げてしまった。

 具体的に言うならば、扉を開いた桃子の目と鼻の先に、巨大な獣の顔があったのだ。

 漆黒の毛皮。前髪に隠れた血のような赤い瞳。全体的なシルエットは巨大な犬。そんな存在が、扉のすぐ先で桃子を覗き込んでいたのだ。

 

「幼子よ、ようやく起きたか。そなたは随分と朝が弱いのだな。いや、朝と言うより、すでに時刻は間違いなく昼であるぞ」

 

「え、ルシオンさん、なんでここに?!」

 

「先輩。この人午前中からずっとここで先輩が起きて出てくるの待ってたんですよ。すごく邪魔でした」

 

「小妖精たちも。最初はびっくりしてたぞ。今はもう。慣れてるけどな」

 

「ええ……」

 

 その巨大な犬は、もちろんジェヴォーダンの獣ことルシオンだ。

 昨日は、スーツを着た外国人男性の姿で妖精の国に入ってきたルシオンだったが、今はシンプルに巨大な犬の姿だった。やはり、こちらこそが彼の本質なのだろう。

 花畑に屈み込み、扉の前で桃子を覗き込むルシオンの姿は、なかなかにリラックスしているように見える。昨日は彼の放つ魔力に怖れ慄いていた小妖精たちも、今は彼が魔力をきちんと抑えているらしく、毛むくじゃらの獣の背が小妖精たちの新たな遊び場となっていた。それでいいのかと思わなくもないが、桃子は口を噤む。

 

 そして当のルシオンだが、彼は驚く桃子のことなど気にもせずに自分のペースで話を進めていく。そこの部分――言動がマイペースすぎるあたりは、犬の姿でも人の姿でも変わっていないようだ。

 桃子のことは相変わらず「幼子」呼びだけれど、こればかりは三百年以上生きている身からすれば桃子が幼子なのは事実なので、桃子は気にしないことにした。

 

「我が義娘であるそなたに会いに来たのだ。だが、聞けばどこぞの人間たちが幼子の救助を待っているのであろう? そなたの顔をたて、吾輩も力を貸してやろうではないか」

 

「え、あの、義娘ではないですけど……えと、いいんですか?」

 

「遠慮はいらぬ。だが、行く前にこれを幼子に渡そう」

 

「え、あ、はい。これって、真っ赤な……ケープ?」

 

 展開が速い。

 桃子が脳味噌で状況を理解するより先に、ルシオンはどんどん話を進めていってしまう。桃子の頭のなかのクリスティーナが「こういうところが面倒くさいんです」とため息をつく。

 そうして桃子がオロオロしている間にも、ルシオンはいったい何処に隠し持っていたのか、赤く、ふわりとした布地を口で軽く咥えて桃子に押しつけてきた。

 布地を受け取り広げて見れば、それはいわゆる『ケープ』と呼ばれるようなものだった。フードがついており丈も少々長めなため、桃子が羽織るとケープと言うよりマントに見えるかもしれない。

 

「それを羽織るがいい。年期が入った代物に見えるかもしれぬが、我が魔力によって守られし魔装であるからな」

 

「はあ……」

 

 何がなんだか分からないままに、桃子はそのケープを手に受け取る。素材はウールだろうか、ふんわりと柔らかく、サイズの割に重さをほとんど感じない。

 ルシオンの赤い瞳が、ジッと桃子を見つめる。どうやら、そのケープを羽織るのを待っているようだ。その姿はまるで、巨大な魔獣どころか、散歩に行く前の犬のようにも見える。

 桃子の中で、ルシオンの印象は完全に『犬』のイメージに偏りつつあった。

 

「先輩。それ、かなり強力な魔法アイテムですよ」

 

「良かったな。桃子。服が貰えたぞ」

 

「うーん、よかったのかな? まあ、悪いってことはないか」

 

 結局、長崎ダンジョンに向かう前に、桃子はよくわからないままに赤いケープマントをその背に羽織ることになったようである。

 見た目だけで言うならば、童話の『赤ずきん』が羽織っているような真っ赤なフード付きのケープだ。とはいえ、ケープの下はいつものモチャゴンのスカジャンなので、赤ずきんのようで赤ずきんでない、なんだか不可思議なファッションになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「先輩。遭難パーティが出てるのは第二層です。英霊たちも力は貸していると思いますから大きな危険性はないと思いますけど、それでもきちんと気をつけて行ってくださいね」

 

 光の膜の前で、柚花が桃子を見送っている。

 柚花は桃子のように現地の探索者から姿を隠す能力を持たないので、現地には踏み込めない。遭難者を助けに行くのは【隠遁】で姿を消せる桃子の役目であり、柚花は妖精の国で桃子の帰還を心配しながら待ち続ける側である。

 もっとも、柚花の言う通りで、桃子に危険があるかというとその点はほぼ心配はいらない。

 夜になれば魔物が凶暴化する長崎ダンジョンだが、今は昼間で、行き先もあくまで第二層という浅い階層だ。今の桃子が苦戦するような魔物などいないはずなのだ。

 それに――。

 

「桃子のことは任せろ。ヘノがちゃんと。ついてるからな」

 

「吾輩もだ。幼子に傷一つつけないと誓おうではないか」

 

 妖精の姉妹の仲でも特に戦闘力が高いヘノ。そして、数百年も生きてきた伝説レベルの魔法生物、ジェヴォーダンの獣。

 この二体の魔法生物が付き添っている時点で、桃子に危険などあり得ないのだ。少なくとも、魔物との戦いでは。

 

「カステラだ。長崎なら。カステラも探すぞ。紙がついてるやつだ」

 

「吾輩に任せるがよい。かすてらが何者かは知らぬが、神が背後についていようと、吾輩の敵ではないのである」

 

「……まあ、戦闘力としてはオーバーキルなのは間違いないんですけど、別な意味で心配ですよ、私は」

 

「あはは……」

 

 しかし。

 常識の有無――という観点で言えば、残念ながら頼りになる仲間とは言い難い二人組だった。

 これには桃子も、乾いた笑みを浮かべるのみだ。

 

「くれぐれも、くれぐれも、あまり派手なことはせず、隠密行動でお願いしますね」

 

「うん、頑張るね」

 

「先輩が頑張っても、残りの二名が心配なんですけどね……」

 

 柚花の心配はさておき。なんにせよ、とりあえずは現地に向かうのが先決だ。

 そんなわけで、桃子は苦笑混じりに光の膜を抜け、長崎ダンジョン『英霊の間』へと降り立つのだった。

 この後すぐ、ルシオンを凶悪な魔獣と勘違いした英霊たちと、英霊たちをとりあえず威嚇して回るルシオンのお陰で出発が大幅に遅れてしまうのだが、それはまた別な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔獣と赤ずきん Ⅰ】

 

 

 十八世紀、フランスはジェヴォーダン地方。

 そこには、魔獣の住まう森が存在した。後の時代に『ダンジョン』と呼ばれるようになるその場所にはしかし、確固たる入り口というものがない。いわば森そのものが異界への入り口とでも言うような畏怖すべき土地――禁足地として、人々から怖れられていた。

 

 その森を支配する、一匹の魔獣が。

 人を食らい、恐怖を振りまいていた、一匹の魔獣が。

 

 一人の、人間の少女と出会ったのが、全ての始まりだった。

 

 

「ふん……人間の女か。こんな場所までやってくるとはな。吾輩の餌となりに来たか」

 

「あ、あ……」

 

 それは、美しい少女だった。

 艶やかなブロンドの髪は、上質なシルクのように木漏れ日を反射し。

 彼女の青い瞳は、まるで晴天の空を、あるいは水平線まで続く海を映し出すような、鮮やかな青だった。

 そして、彼女の目鼻立ちもまた、魔獣を以てしても「美しい」と思わせる程に整った、神秘的な容姿をしていた。

 だからこそ、魔獣は少女に興味を持つこととなる。

 

「小娘。何も言えぬか? ならば――」

 

「……お、お願いします……この、薬草を……分けて、いただきたいのです」

 

「薬草、だと?」

 

「家族が、疫病で……薬が必要なのです。私の身は、どうなっても構いません。ですから……」

 

 少女は、その容姿の美しさとは裏腹に、小汚く、見窄らしい出で立ちであった。

 その時代、決してこの地方にすむ人々は豊かとは言えなかった。数百年後の世界と違い、病ひとつが多くの人の命を失うような、未だそんな時代だった。その見窄らしい少女もまた、決して幸福な環境に生まれたわけではなかったはずだ。 

 

 だが、その少女が、森の魔獣――ジェヴォーダンの獣に対して、懇願したのだ。

 我が身を捧げると。だから、家族のために薬草を分けてほしい、と。

 今まで、人間を愚かな捕食対象としか見ていなかった獣にとって、その少女の懇願は、変化のきっかけとしてはささいな、けれど十分なものだった。

 

「……くだらんな」

 

「……」

 

「そのような雑草、吾輩には価値などない。勝手に持って行くがよい。二度とこのような場所に訪れるでないぞ」

 

 魔獣は、ただ。少女に己の魔力を纏わせて、魔物に襲われないようにする。

 たったそれだけを行い、振り返りもせずに、少女と別れるのだった。

 

 

 それが最後ならば。

 彼女との物語が始まらなければ。

 ジェヴォーダンの獣の苦しみが――生まれることはなかったはずなのだ。

 

 

「なんだ、貴様。吾輩の言葉を聞いておらぬかったのか」

 

「いえ、その……せめて、あなたにお礼を……したくて」

 

 少女が森を訪れたのは、それからたった数日後のことであった。

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