ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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赤ずきん

「もっとだ。もっとジャンプだ。できるか?」

 

「容易いことよ。あちらの山まで翔ぶぞ。幼子よ、しっかりと掴まるのだぞ」

 

「ひえええぇぇっ!!」

 

 長崎ダンジョン第一層『入り江の教会』。入り組んだ入り江に建てられた教会がその名称の由来だが、その実、その階層は険しい山の連なりで構成された、過酷な地形である。

 そんな階層の山々の間を、巨大な獣が。

 空を飛ぶ天馬の如く、自由に駆けていた。

 

「面白いな。びーすと。お前のこと。ちょっと見直したぞ」

 

「クハハハハハ! 吾輩にかかれば、これくらいはどうということはない!」

 

「ひえええええっ!」

 

「次は。もっとスピードをあげて。空の上をぐるぐると――」

 

「待って待って待って待ってぇ! ストップ、ストーップ!!」

 

 巨大な獣は、見た目だけでいうならば長毛種の犬がそのまま巨大になったような姿をしていた。禍々しい漆黒の毛並みが、この青空の下でも拭いきれないほどの深い闇を纏っているように見える。

 漆黒の毛で隠されたその相貌は、血のような赤だ。

 

 その背に乗るのは、薔薇のように真っ赤な頭巾を被った少女である。

 彼女は獣の背に腰を下ろし、振り落とされぬようにとその漆黒の長毛を両の手にしっかりと巻き付け、手綱のように握りしめている。

 そして彼女は、声高に。その獣と、傍らを飛行する緑の妖精へと向けて、声を張り上げて己の言葉を叫んでいた。

 

「ヘノちゃん、ルシオンさん、止まって! そこに座って! あのね、私たちは遊びにきたんじゃないの! ここはドッグランじゃないの! いい? ドッグランじゃないの!」

 

 ジェヴォーダンの獣ことルシオンの背中で、赤い頭巾を被った桃子が大声で叫んでいた。

 ちょっと、本気でキレていた。

 

 

 

 

 桃子によるガチ説教は長引くことなく、思いの外短く済んだ。

 桃子が「怒る」ことに不慣れなのもあるが、なにせ今は第二層で遭難している人々を助けにいく途中なのだ。山々を駆けて遊ぶのは論外だが、説教などに時間を割くべきときでもないのだと、桃子自身も重々承知している。

 それでも桃子が本気で怒っているのを感じ取ったらしく、調子に乗りすぎていたヘノとルシオンは結構本気でうなだれていた。

 

「改めて、第二層の入り口は……ええと、あっちのほうだったっけ」

 

「すまぬな。背に人間を乗せて駆け回るのが、数百年ぶりだったのでな」

 

「もう。ルシオンさんは長生きしてる魔獣なんですから、もっと大人っぽいかと思ってました。ヘノちゃんも、め、だよ?」

 

「すまん。びーすとの背中が楽しくて。遊んじゃったんだ」

 

 一通り反省させると、一行はもとの目的の通りに第二層へと向かい進んでいく。空を駆け回ってはしゃぐことなく、テンポよく山道を駆けていく。

 途中、いくつかのパーティを追い越した。彼らはおそらく、今から第二層へと向かうのだ。

 ルシオンの『人から隠れる術』というのも効力は問題ないようだ。桃子の【隠遁】とは違い、気配や音までは隠せないようなので静かに通り過ぎる必要性はあったけれど、少なくとも巨大な獣を目撃してパニックに陥る探索者はいなかった。

 

「今日は。探索者が。なんだか多いな」

 

「多分だけど、みんな救援のために集まったんじゃないかな。帰還ルート探しに、とにかく多くのパーティが参加してるみたい」

 

「いつの時代でも、人間という種族には他人のために己の命を差し出すものがいるのだな」

 

「いや、この人たちも死ぬつもりはないと思いますけどね」

 

 遭難したパーティを救うためには、帰還ルートを探し出さねばならない。長崎ダンジョンの探索者たちは、そのために人海戦術に出たらしい。

 桃子はそんな多くの探索者たちを追い越して、第二層へと続く階段を下りていく。

 下りた先に広がるのは、第二層『迷宮墓地』。

 その名の通り、広大な地下迷宮には多くの地下墓地が点在しており、そこから現れるアンデッドの魔物たちこそが、この階層の敵である。

 

「うー……ここ、あんまり好きじゃないんだよなあ」

 

「幼子は吾輩の背中にしがみついておけばよい。そなたが安心していられることを、吾輩が約束してやろうではないか」

 

「そうだぞ。桃子はこいつの背中で。カレーの夢でも見てるといい。全部終わって。妖精の国に帰ったら。起こしてやるからな」

 

「そこまでいくと私がいる必要がそもそもなくない?」

 

 そんな会話を続けながらも、ヘノとルシオンは迷いなく迷宮を進んでいく。

 二人の言葉は嘘ではなく、桃子はルシオンの背中にへばりついているだけで、出没する魔物たちの大半はヘノが先んじて撃退していた。

 一方桃子を乗せたルシオンは、魔物が出ようが罠があろうがそんなものは歯牙にもかけず、桃子が座りやすいよう、安定した歩みを崩さない。驚くほどに、背中に乗る桃子に配慮してくれていた。

 

「ルシオンさんて、もしかして前にも人を背中に乗せてたことがあるんですか?」

 

「む……何故そう思うのだ」

 

「なんだか。どこかで。キノコみたいな匂いがするぞ」

 

「だって、なんだか慣れてますし。もしかして、クリスティーナさんですか?」

 

「……いや、違う。もっと、ずっと昔のことだ」

 

 先ほどのお説教タイムは、桃子とルシオンの間にあった余計な壁を払いのける効果があったようだ。

 気づけば桃子はルシオンにより自然な態度で話しかけるようになっていた。敬意が失せただけとも言えるし、互いの距離がより自然で近しくなったとも言える。物は言い様だ。

 

「じゃあ、この赤ずきんも、もしかしてその人が被ってたんですか?」

 

 ルシオンの背に揺られ。桃子はふと、柚花との会話を思い出した。

 

 ――森へと入っていく赤ずきんが目撃されるようになった時期を境に、ぱたりと行方不明者が出なくなった……だそうですよ。

 

 柚花が調べた『ジェヴォーダンの獣』の言い伝えでは、獣の住む森に赤ずきんが出入りしていたはずなのだ。

 そして、いまの桃子はルシオンが用意した『赤ずきん』を被っている。これは、どう考えても無関係ではない。

 これは、ふと思いついただけの、素朴な疑問だった。

 桃子には、別段ルシオンの過去を探ろうなどという気持ちなどはなかった。

 だが――。

 

「……もう、数百年も昔の……誰も覚えておらぬほどの、過去のことであるが、な」

 

「それは……」

 

「近くにキノコがあるぞ。どこだ。どこだ」

 

 桃子の質問に、ルシオンの背に緊張が走る。そして、彼の声が固くなる。これは、彼の背中にへばりついている桃子だからこそ気づけた、小さな変化だ。

 ここで、ようやく桃子は気がついた。

 自分は今、もしかしたらルシオンの大切な過去に、無断で踏み込んでしまったのではないか――と。

 だが、桃子が言葉を濁している間にも、ルシオンは言葉を続けていく。二人の間の空気が重くなる。根本的なところで人の話を聞かない彼の性質は、このようなときも変わらない。

 

「彼女は、女神の如く、美しい娘だった。吾輩は……吾輩は、彼女と……」

 

「……」

 

 カチン

 

「桃子。やっぱりそうだ。キノコが生えてるぞ。びーすとも見ろ。キノコだ」

 

 カチン

 

「あの、ちょっと待って待って、わかったから、わかったから」

 

 イヤーカフと腕輪がぶつかる音に、桃子が音を上げる。

 なんとなくシリアスなやりとりをしていた桃子だったが、それと同時にヘノが先ほどからずっとキノコ探しを続けていたので、シリアスもなにもなくなってしまった。

 ヘノの声に釣られて、その指さす方向を見れば、確かに見たこともないキノコが大量に生えてきている。

 地下墓地に立ち並ぶ墓の一つが、斜めにずれていた。そして、その墓石の下から湧き出るように、キノコが大量に生えてきている。

 

「ふん……なるほど、大量のキノコであるな。そなたらはあれを食すのか?」

 

「沢山あるし。掘り起こして。カレーに入れてみよう」

 

「待って待って! あれは断固拒否するよ! あのねヘノちゃん、あれはやめよう、絶対にやめようね? さすがに私も、お墓から湧き出たキノコなんて、カレーにいれたくないからね?」

 

「そうか?」

 

 しかし、ぞっとするキノコのおかげで、重たい空気が霧散した。

 桃子は、これ以上あのキノコに気を取られては敵わぬと、ヘノを手のひらで優しく包み込み、自分の胸元に押し込んだ。

 キノコを名残惜しそうにみていたヘノだけれど、桃子の匂いに包まれるとすぐ、安心したように。

 大人しく、運ばれていくのだった。

 

 

 

 

 地下迷宮の道のりを、随分と進んだ。

 初めのうちは探索者パーティーとすれ違い、あるいは追い越すこともあったけれど、すでに周囲に人間の気配はなくなっている。

 迷宮は複雑に入り組んでおり、時には階段で上下に分かれる道や、坂を上り、あるいは下る道もあり、ここは決して平面的な迷宮ではなかった。

 ここで一度迷ってしまえば、帰還は絶望的かもしれないなと、桃子がぞっとする思いを抱え始めたころ――。

 

「桃子。あっちで人間たちが。魔物と戦ってるぞ」

 

「吾輩の嗅覚も感じ取った。人間が複数……ふむ、人間でないものも紛れているようだが」

 

「えと……とにかく、急ごう! 助けないと!」

 

 人間たちと、人間でないもの。

 それが何かはわからないけれど、桃子たちは迷宮に取り残された探索者たちを救うため、アンデッドの蔓延る迷宮内を駆けだしていった。

 

 

 

「くそっ、救援さえ来てくれれば……!!」

 

「英霊様、私たちをお守りください!」

 

「大丈夫だぞ、お前たち。もうすぐ助けが来るから諦めるな!」

 

「ああ。幼なじみのお前が言うなら、そんな気がしてきた!」

 

 

 

 桃子が到着したのは、空けた空間だ。

 そこを拠点としたらしい探索者パーティが、通路の先から湧き出てきたゾンビや骸骨を相手に、防衛線を敷いていた。

 とはいえ、ここに出没するアンデッド系列の魔物の動きは緩慢で、人間たちはピンチというほどのピンチではなさそうだ。

 更に、彼らは皆がうっすらと光をその身に宿しており、アンデッドに対して圧倒的な優位を保ったまま戦っている。

 

「あれは。英霊の加護だな。あの光ってるの。何回か見たことあるぞ」

 

「あ、よかった……英霊さんたち、力を貸してくれてたんだね」

 

「だが、幼子に妖精よ。この魔物どもは数だけは多いようだ。このままではこの人間たちも危ういであろうな」

 

「じゃあ。桃子。こいつらが戦ってるうちに。奥に迫ってきてる魔物は。全部叩いてまわるぞ」

 

「もちろん!」

 

 

 そこからは、早かった。

 両足につむじ風を纏った桃子は、ものすごい勢いでアンデッドたちを叩きまくった。骸骨は一撃で粉砕し、ゾンビは妙な汁が飛び散らぬように【氷結】で凍らせて砕く。

 以前は後込みしていたアンデッド魔物たちだけれど、鎌倉ダンジョンでこれでもかというほどの骸骨たちと戦ってきたおかげか、以前ほどの苦手意識はない。

 

 魔物を叩き回っているのは桃子だけではない。

 ルシオンもまた、この周囲に点在する魔物を狩ってまわってくれているようだ。

 一足飛びで迷宮の奥へと駆けていき、ものの一分ほどで戻ってきた彼の毛には、煤へと変わる前の骸骨やゾンビの破片が、大量にこびりついていた。

 

 

 

「なんだ? いま、なんか赤いのを被った子供が目の前を横切った気が……」

 

「うん、女の子だった! 赤い頭巾の!」

 

「お前らもみたのか? じゃあ俺の見間違えじゃないのか!」

 

 なお、奥で戦っている桃子は気づいていないけれど、探索者たちが桃子の姿をうっすらと感じ取っていることは、桃子にとっては想定外の出来事だろう。

 これは【隠遁】が弱まったわけでもなんでもなく、単に彼らが纏う英霊の加護によるものである。彼らの瞳に宿る英霊の力が、多少なりとも【隠遁】の効力に抵抗していたようだ。

 

「な、なあ。巨大な狼みたいなのもいなかったか?」

 

「うん、実はそれも見えた気がするんだ。真っ黒で、なんだかヤバそうな……」

 

「赤ずきんと狼って……童話の? いや、まさか……な」

 

「あー、ええと……だ、大丈夫だ! あれは……そう、英霊様の仲間だ! だから、恐れる必要はないぞ! 拝んどけ!」

 

「ああ、幼なじみのお前がいうなら、きっとそうなんだろうなって気がしてきた!」

 

「やっぱり持つべきものは頼れる幼なじみよね!」

 

 こうして、桃子の知らないところで。

 英霊様の仲間として、ちょっとした噂話がこの地に発生することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 そして、魔物を一掃し終えたあと、桃子たちは一カ所に集合する。これからどうするかの作戦会議だ。

 

「魔物は。とうぶん。大丈夫だと思うぞ」

 

「しかし、どうする幼子よ。救助するとは言っても、直接姿を現して彼らを案内するか?」

 

「あー、うーん……それは避けたいんですけど……」

 

 そう、これからが難問だ。

 出来れば彼らに姿を晒したくはない。けれど、姿を晒さずにどうやって彼らを帰りの道のりに誘導すべきか、わからない。

 なにせ、ここまでくるのに相当の入り組んだ迷宮を進んできたのだ。魔物を倒して一時しのぎはできたものの、彼らの帰還のサポートとなるとそうはいかない。

 

 

 だが、そんな桃子たちの耳に、探索者の一人による、無駄に大きな声で、わざと桃子たちに聞かせているのではないか、というような説明的な台詞が飛び込んできた。

 

「あー! 突然だが、この道を直進した先の壁さえブチ壊せれば、すぐに帰りのルートに戻れるはずなんだがなー!」

 

「どうした急に」

 

「まあ聞け、俺は感じるんだ! きっと、英霊様の仲間が、ハンマーかなにかで突き当たりの壁を崩して下さる気がするんだ! そうすれば、俺たちは無事に帰還できるはずだ!」

 

「そうだな! 幼なじみのお前が言うなら、この先の壁が崩れてる気がしてきた!」

 

 

 

「――だそうだが、どうするのだね、幼子」

 

「なんだかあの探索者。随分と。怪しいな。閉じこめられておかしくなっちゃったのか?」

 

「あはは……」

 

 偶然にもこの場には、巨大なハンマーで、ダンジョンの壁をぶち破ることを得意とする赤ずきんがいる。

 なので、その探索者の語る通りに壁をぶち壊し、彼らの帰りのルートをつなげれば今回のミッションは完了だ。

 

 なので、桃子たちは善は急げとばかりに、通路の先へと向かっていく。壁を壊すために。

 ちらりと後ろを振り返れば、見知らぬ姿の『探索者たちの幼なじみ』が、小さく桃子たちに向けて手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【長崎ダンジョン専用 雑談スレ】

 

:右右右上× 右右右下右× 右右右下左確認中

 

:中左左× 中左右確認中

 

:待てお前等、ルート情報の共有はギルドが共有データベース提供してるからここでやるな。情報が無駄に流れてく。(URL)

 

:すまん そっち移動する

 

:数キロ大の地下迷宮となると、人海戦術にも限界があるな

 

:中の連中、食料とかは足りてるのかな

 

:第二層なら埋葬キノコが沢山あるから、そこは大丈夫だろうけど……あれを食べるのはちょっとな

 

:食料といえば、ギルドの職員がなんか、ピザ屋の宅配を頼む許可が降りたって喜んでた。メシ食う時間もなかったのかも。

 

:ギルドの人たち、追い詰められてんな

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

:なんか、壁が崩れてルートが開拓されたって!

 

:壁? 隠し通路でも見つかったの?

 

:こちらダンジョン二層 ルートを閉じてた壁が、物理的に崩れてる(画像)

 

:人魚姫案件じゃん

 

:隠語になってて草 いや、笑える状況じゃないけど

 

:これって何かの魔物? 長崎ダンジョンにこんなもん破壊できる人材いたか?

 

:今、例のパーティと合流する! またあとで報告

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

:ありのまま報告する。「赤ずきんと狼がいた」「幼なじみがいなくなった」「英霊様の友達が壁を壊していった」らしい

 

:なんて?

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