ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子。もしかしてダンジョンの中じゃ。カステラは売ってないんじゃないか?」
ハンマーで壁を崩すことで、力ずくで遭難者の帰還ルートを開拓した帰り道。
ジェヴォーダンの獣――ルシオンの背に運ばれながら、ヘノがぽつりとそうこぼした。
「もしかしなくても、ダンジョンの中じゃカステラは売ってないねえ」
「なんだ。がっかりだな。なまこでもとって帰るか?」
「水着もないし、なまこは今日はやめとかない?」
ヘノはカレーが大好物だが、それ以外にも甘いものは全般的に大好きだ。桃子とともに、今までも様々な人間のお菓子を食べてきた。
そしてその中でも、ヘノが特に気に入っているのが、長崎銘菓『カステラ』だった。
今までも何度か長崎に赴くことはあったが、そのたびに大量のカステラを購入し、それをヘノが大量に食べ尽くす、という流れを繰り返している。
「本場の味じゃないかもしれないけど、こんど地上で私がカステラくらい買ってきてあげるよ。今日、手伝ってくれたお礼にね」
「本当か? でも。紙がくっついてるやつだぞ。あの紙をしゃぶるんだ」
「その食べ方は推奨できないんだけどね……」
どうやら、ヘノはカステラの紙が好きなようだ。
パートナーの偏食ぶりに苦笑を浮かべつつ、桃子は近いうちに近くのデパートでカステラを探してくることを心に誓うのだった。
「ルシオンさん、今日はありがとうございました」
「うむ。たまにはこのような遊びも悪くはないな」
「遊びってわけじゃなかったんですけど……まあいいか」
途中、見晴らしの良い山頂に到達すると、桃子たちは休憩を挟むことにした。
桃子は景色を望む位置に腰をおろし、ルシオンもその巨体のまま桃子の横に伏せるようにしてかがみ込む。
ヘノは近場の木から黄色い実をもぎ取ってきて、桃子の膝の上で口いっぱいに頬張っている。
「多少狭苦しいが、日本のダンジョンも、こうして見ればなかなか悪くないではないか」
「えへへ、そう言ってくれると、なんか嬉しいです」
妖精の国では柚花が待っているはずだが、おそらく彼女も掲示板なりですでに救助情報を目にしている頃だろうから、心配はないはずだ。
高台から望む長崎ダンジョンは、美しい景色だった。入り江に建てられた教会の屋根も小さく見える。今日もあの場所には、マリア像に祈りを捧げる探索者が訪れているのかもしれない。
「あ、そうだ。この赤ずきん、返しますね」
そこで桃子は思い出し、頭に被っていた赤いフードつきのケープに手をあてる。
未だ被ったままだけれど、この赤ずきんのようなケープは今回の救助活動に出発するにあたり、ルシオンから借り受けたものだ。
今回は結果的には魔物に苦しめられるようなこともなく、この頭巾の恩恵はさほど感じられなかったのだけれど、それはそれ、これはこれだ。
「吾輩としては、もうしばらく幼子に活用してもらって構わぬのだがな」
「いえ、そういう訳にはいかないですよ。私がずっと被ってるのは……元の持ち主さんにも、やっぱり失礼だと思います」
「……どうであろうな。彼女は、これを嫌々被っていたのかもしれん。吾輩にはもう、わからぬことであるからな……」
「えと……」
このケープの本来の持ち主。
それはきっと、ジェヴォーダンの獣の言い伝え通りならば、数百年前の人物――ということなのだろう。
そして、人間はそこまで長く生きられない。必然的に、ルシオンのいう『彼女』は、すでに存在しない故人である。
桃子とて、今までのやりとりから、それくらいのことは察せられる。
だからこそ、言葉がなかなか出てこなかった。
「……」
「むぐむぐ。この木の実。うまいけど。ちっちゃすぎるな」
「……」
沈黙。
ヘノがものすごい勢いで小さな実を食べているけれど。沈黙。
そして、桃子が先に口を開いた。
「ルシオンさんが、クリスティーナさんや私を家族にしたいのって、やっぱり『不老』だからですか?」
これも、桃子が気になっていることだった。
クリスティーナに婚約を求めるのは、桃子とて理解できる。純粋に、クリスティーナは美人だった。
だが、桃子を義娘にしたいという申し出は、どう考えてもそれとは意味合いが違う。
彼が桃子の人となりをよく知った上で家族になりたいと言ってくれたのならば光栄に思うだろうが、残念ながら彼と桃子は少し会話を交わしただけの仲なのだ。
そんな自分とクリスティーナの共通点。それは――『不老』という一点だけである。
「そうだ、と言ったら……吾輩を軽蔑するか、幼子よ」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「クハハハ、構わぬ。吾輩も、わかってはいるのだ」
ヘノが木の実を求めて桃子の膝から飛び立ち、森の中に緑の光が消えていく。
さわやかな日差しの下で。桃子とルシオンは、木々の間を飛び交う緑の光を眺めながら、言葉を続けていく。
「吾輩が求めているのは、『彼女』の代理であり、そなたらを心の底から愛しているわけではない。人間の価値観で言えば、それは褒められたことではないのであろうな」
「それは……はい」
桃子は、ルシオンの過去を知らない。
けれど、今ならわかる。彼はクリスティーナや桃子に愛を語りながらも、その瞳は桃子たちを見つめてはいないのだ。
遠い、遠いところにおいてきた、一人の女性しか見つめてはいないのだ。
「人間という種は、我らにとっては毒のようなものなのだ」
「毒……?」
「どれだけ、我らが人間を愛したとしても、人間という種が我らの心を焼いたとしても、共に過ごす幸福な時間を得たとしても」
「人間は、我らを置いて逝ってしまうのだ」
びゅうと、風が吹く。
彼の言葉は、パートナーを容易く不老にしてしまう妖精たちにはきっと、理解できない言葉なのかもしれない。妖精たちは、女王ティタニアですら、人間を『不老』にすることの残酷さをわかっていなかったのだから。
桃子もまた、ヘノたちの行いによって老化しない身になっている。もちろん、桃子はそのことを恨んだりはしていない。
そもそも、たった二十年しか生きていない桃子にはまだ、不老の実感というものがないのだ。だからこそ、自分が人間なのか、そうでないのか。それもよくわからないし、深く考えることを無意識的に避けている。
けれど。
桃子が容易く得てしまい、そして考えることを避けているこの『不老』は、ルシオンが――いや、彼の愛した女性が、とうとう手に入れられなかったものなのだ。
だからこそ彼は、クリスティーナを、桃子を求めている。代理だとしても、桃子たちならば、共に生きることができるのだから。彼を置いて逝かないのだから。
彼は、ティタニアやヘノたちよりも、ずっとずっと、長い時間。『寿命』というものについて、考えてきた存在なのかもしれない。
桃子は、ルシオンの心の深淵を、少しだけ、少しだけ。
覗き見た気がした。
「なあ妖精よ、そなたも他人事ではないのであるぞ」
「なんだなんだ。むぐむぐ。いきなり話しかけられても。困るぞ」
ルシオンは、両手いっぱいに木の実を抱えて戻ってきたヘノに話しかける。
出会った当初はツヨマージを突きつけていたヘノだけれど、今日一日で随分とルシオンと打ち解けたようだ。彼を警戒するどころか、彼の手の届く範囲を安全な領域とみなして、ゆるゆるな態度で木の実を頬張っている。
「クハハハ……すまぬ、意地の悪い言い方をしたな。吾輩は、そなたに嫉妬しているだけなのだ」
「なんだ。お前も木の実。食べたいのか。ほら。食っていいぞ」
ルシオンは、木の実を差し出すヘノの、小さな腕をみる。
そこについているのは、金色の腕輪だ。桃子のイヤーカフと対になる、お揃いの腕輪だ。
「いい腕輪であるな。ずっと、大切にするが良いぞ」
「……言われなくても。そうするぞ」
そんな、何一つかみ合っていない、ちぐはぐな会話が。
桃子の心に、小さな滴として。確かな波紋を残していた。
「あのわんちゃん、私も不老のりんごを食べてることには気づいてないっぽいですね。絡まれなくて助かりますけど」
帰りの電車で、桃子と柚花は隣り合って座っていた。
あの後、桃子が妖精の国に戻ったときにはすでに、長崎ダンジョンの遭難者たちは無事に救出されたという情報が広まっていたようだ。
それと同時に、『幼なじみが消えた』だの『赤ずきんと狼がいた』だのという報告も出ていたのだが、桃子はそれに関しては見ないことにした。
こういうときは、知らぬ存ぜぬが一番いいのだ。経験則である。
柚花との話題の中心は、やはりルシオンの語った話である。不老について。寿命について。
桃子も柚花も、妖精のりんごを食べている。帰りの電車で雑談がてら話すほど軽い話題ではないかもしれないが、妖精の国ではこのような会話はしづらいのだ。
「柚花もいたのに私だけが気づかれたのかあ。それってどうしてだろうね。私が小さいから?」
「まあ、そうだと思いますよ。客観的に見ても、先輩はダンジョンにいるべき外見じゃないですからね」
「『子供の頃に不老のりんごを食べた』とか思われちゃったのかな」
二人の考えは、実に正解である。
実際には桃子が不老のりんごを食べたのは昨年であり、外見が子供じみているのは不老とは無関係なのだが、状況的にルシオンが勘違いをするのは仕方がないことだろう。
「こう言っちゃうのもあれですけど、先輩の小ささは、魔法生物の介入を疑っても仕方ないと思いますよ」
「うーん、なんか複雑だなあ。私、好き嫌い無くしっかり栄養バランス考えて食べてるのに、何が駄目だったんだろ」
「食生活についてはノーコメントですけど……」
小学生の桃子も、中学生の桃子も、高校生の桃子も、好き嫌いせずバランスよく色々なカレーを食べていた。
なので、栄養バランスという意味では桃子はしっかりとしていたという自負があるのだ。
もっとも、結果として子供の頃からほぼ成長しないまま成人してしまったため、優良な栄養バランスの成果がどの程度あったのかは、今となってはわからないのだが。
「それについてなんですけど、前に『シュレディンガーの桃子』なんて話があったじゃないですか」
「あったね、私が五十年前に観測されたから、現代の平和が確定してるっていう、SFっぽい話」
それは、りりたんが語った話だ。
七守小学校の七不思議として。あるいは、時間を飛び越える不思議な温泉の影響で。
五十年前の存在に、未来を『観測』させたことで、現代の日本の様々な可能性がすでに『確定』していた、という話だ。
「それで、思ったんですよね。先輩が成長期を迎えられなかったのも、それが原因なんじゃないかって」
「それが原因って?」
言われて、桃子も考えてみる。
自分が成長しなかった理由。それはなぜか。
しかし、先の話をふまえれば、すぐにとある可能性が思い当たる。
「……あっ、そっか。五十年前に小さな私の姿が観測されてたから、私の小さい姿が確定してた……っていうこと?」
「その上、先輩は小さい姿の時点で妖精のりんごやお酒を摂取しちゃいましたから、小さいままで固定されてるっていうことじゃないかなと」
「あー、私、それで小さいまんまなの? えー……」
「あくまで、パラドックス的な考察ですけどね。さすがに、時間軸とか因果律みたいな話になっちゃうと、私にもよくわかりませんよ」
「そっか、そっかー……」
桃子は、思いもよらぬ事実――とは言い切れないまでも、その可能性に言葉を失う。
実を言えば、自分が小さいことに関してはもう慣れているし、今更大きくなっても困るしなあ、とすら思っている。
だが、それでもだ。今まで自分が大量に飲んできた牛乳も、密かに注文していた成長を促すサプリメントも、こっそり行っていたぶらさがり運動も。
すべては、因果律やパラドックスという大いなる力の前では無意味なあがきだったのだと考えると、なんとも言いようのない無力感がこみ上げてくる。
「あの……先輩、すみません。私、先輩を悲しませたかったわけじゃなくて……」
言葉を失った桃子をみて、柚花が珍しくオロオロと泣きそうな顔で慌てふためいている。
それはそうだ。成長の可能性をパラドックスの一言で否定してしまった結果、桃子が言葉を失いうなだれてしまったのだ。
桃子を大切にするからこそ、柚花は今の話題を持ち出したことの失敗を悟った。
とはいえ、桃子は柚花が思うほどにショックを受けたわけではないのだが。
「あはは、ごめんね。ううん、別にさ、傷ついてるとかそういうわけじゃないんだよ。ただ……」
ただ。
両親に。
大人になった自分を見せられないのだけは、申し訳ないな、と。
少しだけ、そう思った。
今話は投稿時間をミスって午前中に公開してしまいましたが、次話は予定通り2月2日(月)23時更新予定です