ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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変わりゆく日々

「桃ちゃん、実は……報告があります」

 

「え? どうしたんですか?」

 

 平日のある日。

 桃子が作業の合間の休憩時間に、机でお茶を飲みながらカレーのことを考えていると、珍しく和歌が神妙な顔つきで声をかけてきた。

 いつものほんわかなムードではなく、どことなく、和歌の顔に緊張が見える。

 桃子はカレーのことは頭の片隅に置いておき、お茶を手にしたまま和歌へと向き直る。

 

 そして、桃子がきょとんとした顔で和歌を見上げてから、一拍置いて。

 

「実は、結婚することになりました」

 

「えっ!」

 

 まさかの、結婚報告だった。

 つい大きな声をあげて動揺してしまい、持っていたお茶がこぼれて和歌にひっかかった。和歌はにこにこしていた。

 慌てて桃子は布巾で和歌にひっかかったお茶をふき取る。ちょっとしたトラブルだが、おかげで桃子も少し落ち着くことができた。

 よくよく考えれば、和歌が結婚を決める相手が誰かなど、決まっているのだ。今更驚くことではないのだと、桃子は冷静になる。

 

「それってもちろん、お相手は風間さんですよね? っていうか和歌さん、風間さんのお婆ちゃんに私のこと話してますよね? 話してますよね?」

 

「あらら、まあまあ、桃ちゃん情報については置いておくとして」

 

 置いておかれた。

 

「桃ちゃんに隠しても仕方ないので白状しますが、お相手はまあ……リュウくんです。彼のアプローチに負けてしまいました」

 

「そっかー、なんか……良かった、私も嬉しいです。あ、じゃあそれって婚約指輪ですか?」

 

 そこでようやく桃子は気づいた。和歌の指に、前まではついていなかったはずの指輪がはまっている。

 それは決して大きな宝石がついているわけでもなく、日常的に装着していてもおかしくはないような、ごくシンプルなデザインだ。

 だが、中央にはめられた小さな赤い宝石が、まるで和歌の放つ炎のように、周囲の光を浴びて煌めいていた。

 和歌がこれをいつからつけていたのかを、桃子はさっぱり覚えていない。

 もしかしたら今朝からかもしれないし、先週、あるいはもっと前からつけていたかもしれない。それくらい、気づけば自然につけていた。

 だが、いざ結婚の話を聞いてから改めて注目すると、その指輪が途端にまばゆく輝いて見えるから不思議である。

 

「正直言いますと、そんな格式張ったものは不要だと伝えたのですけどねー」

 

「すごい、素敵じゃないですか! あっ、そうだ、おめでとうございます」

 

 そして、今更ながら桃子は祝いの言葉を述べる。

 風間と和歌の馴れ初めと思わしき出会いの日は知っているし、ニライカナイの戦いのなかで、和歌が未来をみつめる転機を迎えた瞬間も知っている。そのどちらも、すぐ隣で見ていたのが桃子だ。

 あの時。ヒカリとの過去に囚われていた和歌が、今はきちんと未来を見つめてくれていることに、純粋な喜びが湧いてくる。

 

 ただし、必ずしも。

 この報告は桃子にとって、嬉しいだけの話ではない。

 

「でもですね。結婚したら私は山形の蔵王ダンジョンの近くに引っ越すことになるので、この職場には来られなくなっちゃうんですよねー」

 

「あ……」

 

 桃子の中で、時間が止まる。

 考えれば、当たり前なのだ。自分の隣でずっと見守ってくれていた同僚が結婚する。

 それはつまり、この場所からいなくなってしまうのだ。

 風間こそが千葉に来てくれれば――そんな考えが一瞬よぎるけれど、彼は桃の窪地を、蔵王ダンジョンをこれから先、守り通してくれる人なのだ。

 和歌も、桃の窪地も、どちらも大切に思う桃子としては、この事実をどう受け止めればいいのかわからない。

 

「……そっか、和歌さん、いなくなっちゃうんですね」

 

 桃子は、いつかくる未来に気持ちを曇らせて。

 和歌は――。

 

「そうなんです。在宅でお仕事は続けられますし、ネットを介して画面越しにお話はできますけど、直接ここに来る頻度はかなり下がっちゃいますねー」

 

「あ、退職とかじゃないんですね」

 

 意外とあっさりしていた。

 桃子はてっきり和歌が寿退社でもするのかと思っていたけれど、普通に仕事としてはこの工房に所属するらしい。立場的には、時折訪れて助手の仕事をしていく親方の弟子たちと同じような形になるのだろうか。

 直接会える頻度が下がるのは間違いないが、決して和歌がここからいなくなるというわけではない。そう理解したら、桃子もなんだか、気が抜けてしまった。

 

「ですから桃ちゃん。雪ん子姿で、定期的に会いに来てくださいね?」

 

「あ、えへへ……わかりました」

 

 けれど。

 和歌が最後に小声で付け加えた言葉には。

 桃子は、はにかんだ笑顔で返すのだった。

 

 

 

 そんなやりとりが、休憩時間のこと。

 別にそれで今日が終わったわけでもなく、普通に桃子と和歌は隣同士で仕事に励み、お昼時には二人で弁当をつついていた。

 そしてやはり、弁当を味わいながらの雑談では、先ほどの話題が再びテーマとなっていく。

 

「結婚するとは言っても、彼のギルド長としての仕事が安定してから入籍ということになりますから、まだまだ先ですけどねー」

 

「そうなんですか? すみません、てっきりもっと……ほら、和歌さんの年齢的には、焦ってたりするのかなって。子供とかも……」

 

「うふふ、年齢のことは禁句ですからねー?」

 

「ふぁい、ふぇほ、ふぁっふぇー」

 

 そもそもの話、蔵王ダンジョンのギルド社屋は立派なものが建っていたけれど、その周囲は工事現場だらけだったのを桃子も数日前に見ているのだ。

 ダンジョンとギルドが整っていても、土地の受け入れ態勢が整うまでは、大々的に公開とはいかないのだろう。

 最初は、限定された信頼ある探索者パーティのみを招く、などの順を追うことになりそうだ。

 桃子がそれで気になるのが、和歌の婚期や子供についてだったのだが、それを口にしたとたん頬を両手で引っ張られてしまった。

 

「そういった焦りはないですねー。というより、私とリュウくんには、時間はいくらでもありますからね」

 

「あ……」

 

 桃子ははっとする。

 和歌と風間は、双方ともが『精霊樹のりんご』を口にしており、不老に近い存在だ。

 彼らはこれから、普通の人々に比べて老いが圧倒的に遅くなる。文字通り『時間はいくらでもある』のだろう。

 

「子供も……うーん、予定はないですね。私には桃ちゃんがいますし、それに――」

 

「それに?」

 

「……いえ、なんでもないですよ。ふふ、近々ヒカリの墓前にも報告に行きますけど、ヒカリの墓参り土産は何がいいですか?」

 

「いや……あの、コメントに困るんですけど」

 

「じゃあ、桃ちゃんが好きそうなおやつでも買ってきますね。もう寒いですから、温かい紅茶に合うようなものを」

 

「えと……はい。じゃあ、楽しみにしてますね」

 

 なんだか、最後は和歌に話をうまくごまかされてしまった気もするけれど。

 なんにせよ、来年か、再来年か。この生活も、いつかは大きな変化が訪れるのだろうなと。

 桃子は、ほんの少しの寂しさと共に、漠然と感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

 

『なるほど、ようやくゴールインするんですね、あの二人』

 

「うん。婚約指輪もつけてたよ。なんか、素敵だなって思っちゃった」

 

 その日の夜。

 すでに受験を終えていると聞いた後なので、桃子は気兼ねなく柚花と通話を繋ぐことにした。一応これでも、今までは受験生である柚花にはきちんと遠慮をしていたのだ。

 これからは遠慮なく、柚花の声を聞きたいタイミングで通話をかけられるようになった。

 そんなわけでさっそく、この日はヘルシーなタンドリーベジタブルを調理しながらの通話である。

 

『結婚したらそれとは別に結婚指輪を購入するんですよね。実に太っ腹な話だと思いますよ』

 

「そうだねえ。和歌さんはいらないって言ったらしいけど、風間さんて意外とロマンチストなところあるよね」

 

『ロマンもありますけど、あの人はそれを実行できるだけのお金も持ってますもん。結婚指輪も、かなりの金額のものを用意しちゃうんじゃないです?』

 

「柚花ったら、そこで金額を気にしちゃうなんて子供だなあ。結婚指輪はね、ペアでつけることが大切なんであって、お値段じゃないんだよ、お値段じゃ」

 

 桃子はスパイスの香りを嗅ぎながら、珍しく柚花に対してドヤ顔を――いや、ドヤ声をみせる。

 桃子も柚花も、和歌と風間の恋愛話に花を咲かしているけれど、互いに恋愛経験などはない。

 柚花はそもそも青春時代は人間そのものを嫌っていたし、桃子の場合はおつき合いよりもカレー、男の子よりもダンジョン、という学生時代だったのだ。

 

 だが、桃子は知っている。

 結婚指輪は、値段ではないのだと。なぜなら――。

 

『先輩、なんかものすごく識者目線で語ってますけど、先輩は指輪なんて貰ったことないですよね?』

 

「私は貰ったことないけど、読んでた漫画で見たからね。指輪はお金じゃなくて、ペアの指輪で永遠を誓い合うことが大切なんだよ?」

 

『先輩、前からそういうところありましたけど、漫画知識をドヤ顔で語る癖は治さないと駄目ですよ? いつか赤っ恥かきますから』

 

「えー?」

 

 桃子の数少ない恋愛のバイブルが『赤っ恥』の一言で否定されてしまった。

 

『まあ、でも。永遠を誓い合うペア……っていう意味では、先輩はもう予約済みなんですよね』

 

「へ? 私、指輪なんてしてないけど……?」

 

 今日のタンドリーベジタブルは野菜がメインだ。多少の鶏肉も入れてはいるけれど、茄子やピーマン、ブロッコリーというヘルシーなメンバーがスパイシーになって生まれ変わっている。

 通話で会話をしながら、グリルの中身をちらりとのぞき見る。いい香りだ。

 

『なに言ってるんですか。ヘノ先輩とお揃いのリングをつけてるじゃないですか。あんなの、熱々のカップルにしか見えませんよ』

 

「え、そう? そうなのかな? えへへ……そうか、ヘノちゃんと私、熱々かあ」

 

 どうやら、柚花は桃子の『イヤーカフ』のことを言っているようだ。

 これは決して桃子が自分で用意したものではなく、あくまで和歌からの誕生日プレゼントだ。けれど、形状としては確かに筒に近い輪っか状なので、広義的には『ヘノとお揃いのリング』であることは間違いない。

 少なくとも、柚花からはそれが、桃子とヘノが永遠を誓い合った印に見えていた、ということだ。

 言われて、なんとなく桃子の顔が火照る。

 

「えへへ、えへへへへ……」

 

『先輩のこと好きですけど、なんだか今はかなりイラッとしますね』

 

「えへへ、ごめんね、私……えへへ」

 

『はぁー。今度私も、ニムさんとペアのアクセサリを作って先輩に自慢しますよ。だらしなくのろけられる気持ちを、先輩にも味わわせてあげますからね』

 

「えへへ、うん。そうしてあげてね。ニムちゃんきっと、喜ぶからね。……えへへへ」

 

『あーもう、しゃきっとしてください、しゃきっと』

 

 結局、この後しばらくの間、桃子はだらしなくえへへ笑いを続ける存在になってしまい。

 柚花は、ヘノとのろけ続ける桃子が妙に愛らしくて、ひとり悶々としてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔獣と赤ずきん Ⅱ】

 

 

 十八世紀、フランスはジェヴォーダン地方。

 そこには、魔獣の住まう森が存在した。その森に入れば、その領域の主である人食いの魔獣に食い殺されるという伝承が伝わる――禁忌の地である。

 そして、いま。その森を支配する魔獣の前に、赤いケープを羽織った人間の少女が佇んでいた。

 

「なんだ、貴様。吾輩の言葉を聞いておらぬかったのか」

 

「いえ、その……せめて、あなたにお礼を……したくて」

 

 それは、先日気まぐれで見逃した、未だ幼さの残る美しい少女であった。

 艶やかに、木漏れ日を反射して煌めくブロンドの髪。宝石のような蒼い瞳。それは魔獣の目から見てもなお『美しいもの』と断言できた。それこそまさに、人間離れした造形だ。

 だが、その美しさに反して、その少女の佇まいは見窄らしい。服は所々が汚れ、その身なりはお世辞にも美しいとは言い難い。袖から見える腕は細く、生活の苦しさも窺える。

 そんな少女が、武器一つ持たず、蔓を編んで作った籠だけを持って魔獣の森へとやってきたのだ。しかも何を思ったのか、今日の少女は森の中でも目立つ真っ赤なケープを頭から羽織っている。

 獣や魔物たちに「襲って下さい」と言っているようなものであり、魔獣からすれば自殺志願者としか思えない。

 

 少女は、巨大な魔獣を前にして、声を振り絞った。

 

「あの……ここの薬草で、母の容体がとても落ち着いてきたんです。だから……ありがとう、ございました」

 

「愚かな……この薬草は負傷や痛みを消し去ることはあれど、病を治す効果などありはしないのだ。貴様が命をかける価値などない」

 

「いいえ。母が……笑顔を見せてくれるんです。苦しみが薄らぐならば、私はそれでいいのです」

 

 声を震わせながら、少女は言葉を紡ぐ。

 数百年後の世界では薬が存在する病だとしても、この時代では不治の病となる。この森の薬草ですら治らないならば、すでにもう、少女の母の運命は変えられないだろう。

 それでも、せめて母が楽になるならば。

 少女はそれだけのために、魔獣はおろか、魔物や野犬と言った様々な危険のあるこの森へと脚を運んでいるのだ。

 

「その、目立つ色のかぶり物はなんなのだ」

 

「これで目立てば、あなた様が、見つけてくださるかと……」

 

「……阿呆が。何を勘違いしているのかは知らぬが、吾輩がそなたを食わなかったのはただの気まぐれである。調子に乗るな」

 

 最後に、震えながらも少女は、頭に被った赤いケープに右手で軽く触れながら、魔獣に微笑みかける。

 魔獣の瞳は、少女の恐怖の中に、一滴の信頼と、安堵を見た。

 それは、魔獣が今までに見たこと、投げかけられたことのない、不思議な感情であった。

 

 少女はその日も薬草を摘み、麓の村へと戻っていく。

 辺りの魔物や獣どもは、人食い魔獣の匂いが染みついた少女に近づくことはない。

 奇しくも、この森で人食いの魔獣と邂逅することで、少女は様々な危険から護られることとなる。












活動報告ページに、2月25日発売の『ハンマー少女はバズらない!3』
【挿絵表示】
のイラスト紹介やら雑談やらの記事を公開しておりますので、お時間ありましたらどうぞご覧下さいませ。
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