ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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長崎ダンジョンギルド

「この紙をぺりぺり剥がして。食べるお菓子なんだぞ」

 

「なるほどな。カステラというのは日本の焼き菓子のことであったか」

 

 その週の土曜日の昼。この日、桃子は先日の約束通りに千葉のデパートで『カステラ』を購入し、ヘノへのお土産として妖精の国へと持ち込んでいた。

 カステラは決して長崎でしか購入できないわけではない。もちろん長崎銘菓だけあり、現地でしか売っていない商品も多く存在するだろうけれど、一般的なプレーンのカステラならば意外と全国どこでも購入可能なお菓子である。

 そして、桃子が買ってきたそのカステラを並んで食べているのは、緑色の風の妖精ヘノと、巨大な大型犬――ルシオンの二名である。

 

「この紙が。甘いんだぞ。きちんとしゃぶるんだぞ」

 

「日本の菓子は奇妙なものが多いと聞くが、紙を味わうとは……日本人はいったいどれだけ挑戦的なのだ」

 

 カステラは一見洋菓子に見えるけれど、歴史を辿れば日本で独自進化を遂げて生まれた『和菓子』だと言われている。

 なので、フランスからやってきたルシオンは物珍しそうにカステラを食べていた。

 彼の身体のサイズからすれば、カステラの一切れなどほんの豆粒程度かもしれないが、しっかりとヘノの教え通りに紙も食べていた。

 

「待って待って」

 

 そこで一旦、桃子からのストップが入る。

 ヘノはいまひとつ分かっていないけれど、カステラの紙はぺりぺりと剥がしたら捨てるものなのだ。たとえ甘い成分がこびりついていたとしても、だ。

 ヘノが一人で悪食をするだけならともかく、その誤情報を海外から訪れた客人にまで広められては困る。

 なので桃子は、昼間から懇切丁寧に妖精と魔獣に向けて、カステラの紙について説明する羽目になるのだった。

 

 

 

「これも美味しいけど。長崎で食べた奴の方が。ヘノには。美味しかった気がするぞ」

 

 買ってきたカステラを全部ぺろりと平らげてからの感想がこれである。

 自分のパートナーのグルメっぷりに桃子は苦笑を浮かべつつ、けれどヘノの言っていることは理解できた。

 この日購入してきたカステラも、お値段的にはなかなか良いものである。けれど、事実として前にヘノが食べたものとは違う企業の商品であり、決して同じ味と言えるものではないのだ。

 

「そっかそっか、長崎のお店のやつが、まさにヘノちゃん好みの『カステラ』だったんだねえ」

 

「なんだか。今のを食べたら余計に。本物のカステラが食べたくなってきちゃったぞ」

 

「あのね、いま食べたのも偽物っていうわけじゃないからね?」

 

「桃子。どうにか。本物の美味しいカステラ。買えないか」

 

「さてはヘノちゃん、私の話あんまり聞いてないね?」

 

 ヘノの言っていることは桃子も理解はできる。

 どうしてもビーフカレーが食べたいときに、チキンカレーを出されても、胃袋は納得してくれないのだ。ヘノが言っているのはおそらく、そういうことだろう。

 とはいえ、ヘノの好きな長崎のカステラは千葉ではそうそう手に入らないのが現実だ。

 

「うーん、長崎のカステラかあ。通販だったら現地から取り寄せたりは出来るかもしれないけど、今すぐは難しいかなあ……」

 

 桃子が考え、そう言葉を漏らしたところで。

 ふいに、会話を聞いていたルシオンが言葉を挟んできた。

 

「幼子よ。ならば先日の長崎ダンジョンから外に出て、本物のカステラとやらを購入すれば良いだけではないのか?」

 

「まあ、それができれば早いんですけど――」

 

 ルシオンの言うことは真理である。長崎ダンジョンの中で買えないならば、外に出ればいいだけだ。

 だが、ダンジョンの入り口ではそれぞれのギルドがしっかりと出入りを管理しているため、いかに桃子でもそこから自由に外へ出られるわけではない。

 裏技として、クズ魔石を割ることで【隠遁】状態を継続すればどうにか見つからずに出入りできないこともないが、タイミングを間違えればその場で不審人物として囲まれるのは確実だ。桃子とてそのような賭けに出たくはない。

 

「そうか。ならば幼子よ、このケープを被るがよいぞ」

 

 桃子の説明を聞いたルシオンが取り出したのは、例の、真っ赤なフードつきの、いわゆる赤ずきんケープだった。

 先ほどまではそんなもの持っていなかったはずだが、どうやら魔法かなにかで保管されていたようだ。長寿の魔法生物というのは、便利な術を色々と持っている。

 ルシオンはその大きな犬の口で軽く咥えたケープを、バサリと一度翻して見せた。

 

「これならば地上でも人間の敵意を阻害することが可能であるぞ。もともと、そのために吾輩が加護を注ぎ込んだものであるからな」

 

「敵意って……」

 

「このケープを被っている間は、周囲の人間に特別な意識を向けられることはない。もっとも、幼子はこれより上を行く【隠遁】なる能力を所持している以上、迷宮内ではあまり意味はないかもしれんがな」

 

 桃子はケープを両手で受け取り、まじまじと見つめる。前はただ『加護』と言っていたけれど、そのような効果があるとは初耳だ。

 ルシオン本人も言っているが、言葉通りならこのケープの力は【隠遁】と類似のものだ。しかもどうやら、地上でもその効果は持続するらしい。

 ただし――桃子がこれを被ったとしたら、その姿は『赤ずきん』擬きになるのは間違いない。

 

「実は前のとき、掲示板に『赤ずきんと狼』なんていう噂が出まわっちゃってたんですよね。英霊様の加護で、なんか私たちの姿が見えてたらしくて」

 

「桃子の変な噂なんて。今さらだろ」

 

「それもそっか」

 

 掲示板の噂話はさておいて。

 ルシオンはこれを『人間の敵意から守る道具』として紹介していた。魔物では無く、人間からの敵意だ。

 はたして彼は、どうしてそんな魔法をケープに注ぎ込んだのだろうかと、桃子は頭の片隅でぼんやりと考えるが、その間もどんどん話は進んでいく。

 

「なんだかよくわからないけど。面白そうだな。試してみたらどうだ」

 

「よし、早速向かうとしようではないか」

 

「わ、わ、二人ともせっかちすぎない? えと、じゃあ……分かりました。少しの間だけお借りしますね」

 

 ものは試し、という言葉もある。

 それに、ルシオンが数百年も生きてきた魔法生物であり、彼の力が本物であることは間違いない。そんな彼が言うのならば、このケープは信頼できるものなのだろう。

 ここは、ヘノのカステラのためにもルシオンの力を借りてみるのも悪くはないだろうと、桃子は思い切りの良さを見せつけて。

 人間の敵意から身を守るというケープを。再びその身に被ることにした。

 

 

 

 

 

「クハハハハ、探索者カードだかなんだか知らんが、所詮は人間の浅知恵よ。吾輩にかかればこの程度なのであるぞ」

 

「ルシオンさん、静かに、静かにっ」

 

 桃子は、横で高笑いをしながら歩くスーツ姿の大男をたしなめながら、こそこそと隠れるようにして長崎ダンジョンギルドの玄関口から抜け出していた。

 結論から言えば、赤ずきんの効果は確かなものだった。

 桃子の【隠遁】ほど劇的な効果があるわけではないようで、他人から見えなくなるわけではないらしい。だが少なくとも、目の前を素通りするくらいならば、赤ずきんの性能は前情報通りであった。

 なお、桃子と違いルシオンは自前で自身に同じ術を使用しているらしい。スーツ姿のルシオンと、頭に赤いずきんを被った桃子、そしてその懐に隠れたままのヘノとあわせて、三人で堂々と――いや、こっそりと、長崎ダンジョンの外へと脱出してきたところである。

 

「びーすと。お前。便利なやつだったんだな」

 

「そうだとも、吾輩は実に有能なのである。もっとも、そなたらが『リリタン』と呼んでいたあの魔女のほうが、このような小賢しい術は得意かもしれぬがな」

 

「まあ、それは確かに……」

 

 話しながら、桃子たちは以前にも買い物をした土産物屋へと脚を踏み入れる。

 ここで購入した、千葉ではあまり見かけない企業のカステラこそが、ヘノの大好きなカステラだ。

 さすがに買い物のときは、桃子は赤ずきんフードを脱ぎ、素顔を晒している。ここはギルドでは無く普通の街のなかなので、わざわざ姿を隠す必要はない。

 外国人の大男と日本の小さな少女の組み合わせは多少人目をひきはするけれど、その程度である。

 なお、カステラ代は資産家であるルシオンが全額出してくれた。なんだかんだで、お金があると自由が利くものなのだ。

 

「桃子。さっそく食べてみないか。買ったばかりのほうが。美味しいんじゃないか?」

 

「わっ、ヘノちゃん落ち着いてね、ダンジョンに戻るまでは隠れないと、監視カメラとか――」

 

「どうした。桃子。何かあったのか?」

 

 ギルドへと向かい人間の街を歩きながら、桃子の懐から飛び出そうとしたヘノを押し止めたところで、桃子が言葉を途切らせる。

 桃子達は今からギルドへと向かい、再びこっそりとダンジョン内に潜入する予定だ。なので今は、赤いフードをすっぽりと被っている。

 だが、桃子はここでふと――きづいてしまった。

 

「ルシオンさん、この赤ずきんって、人間の……えと、感覚を誤魔化すんでしたっけ」

 

「その通りであるぞ。残念ながら、吾輩や妖精のような存在には効果はないがな」

 

 桃子は、恐る恐るといったように、横に立つスーツの大男を見上げる。

 ダンジョン内では大型犬の姿だが、彼は今は当然人間の姿に化けている。二メートル以上の大男と女児の組み合わせだというのに、街の人々は見向きもしない。これは、赤ずきんの『加護』が効いている証拠である。

 だが――。

 

「じゃあ、じゃあ……機械とかカメラって、大丈夫ですか?」

 

「何を言っているのだ。これは人間の感情を誤魔化すだけの術であり、機械には効果がないのであるぞ」

 

「なるほど、なるほど……って、うわあああぁぁっ!」

 

 そう、彼の術は、人間の意識に作用するものである。

 つまり、機械には何の影響もないのだ。ダンジョンの門など、当然ながら常に監視カメラが設置されている。場合によっては、何かしらのセンサーだってついているだろう。

 そして、そこには映っていたはずだ。赤い頭巾を被った少女と、外国人の大男がカードのチェックもなしにダンジョンから抜け出てくる姿が。

 

「私とルシオンさんが素通りしてるところ、カメラとかそういうのでめちゃめちゃバレちゃいますよ!」

 

「そんなもの、バレたところで支障はあるまい。ダンジョンに潜ってしまえば人間のルールなど適用外であるからな」

 

「いやいや、私は支障ありますから! と、とにかく走って急いで、ダンジョンに戻りましょう! 警備員さんとかが集まったら、戻れなくなっちゃいますよ!」

 

 桃子は慌てて、ギルドへと向かって駆け出していく。

 警備員が集まって人垣が出来ていたり、あるいは門を物理的に閉ざされたりすると、こっそりダンジョンに入ることすら難しくなってしまうのだ。これは、時間との勝負である。

 

「幼子よ、その時は吾輩がそのような者どもは叩きのめしてやるから、安心するがよい」

 

「ヘノも。戦うから。桃子は安心していいぞ」

 

「うあああん!」

 

 桃子はダッシュして、ギルドの受付や警備員が何かしらざわついている様子も無視し、とにかく真っ直ぐにダンジョンの内部へと続く通路を駆け抜けていく。

 幸運にも、扉は開かれている。このまま、赤い頭巾で顔を隠して走り抜ければ、おそらく身元が判明してあとから追及されることはないだろうと、信じて走る。信じて走る。

 

 この日、桃子は。ルシオンたちの話に流されてダンジョンの外に抜け出したことを。

 今さらながら、けっこう後悔したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ACEROLA撮影チャンネル】

 

 

 みんな、もう12月ね、冬の準備はできてるかしら?

 龍宮礁はこの季節でもかなり暖かいから、過ごしやすくて助かるわね。ククー♪

 

 ≪パシャ≫

 

 さて、今日の衣装はみんな、わかるかしら? わかるわよね?

 赤い頭巾に、お婆ちゃんへのお見舞いの品の入った編み込みの手提げ。そう、赤ずきんちゃんよ。ククー♪

 

 ≪パシャ≫ ≪パシャ≫

 

 どうかしら、龍宮礁の綺麗な空と赤ずきんちゃんよ。お婆ちゃんの小屋はないけれど、龍宮ダンジョンまで遊びに行っちゃうの。ククー♪

 でも、物足りないことがあるのよね。

 せっかくの赤ずきんちゃんなのに、私を食べちゃうオオカミさんがいないのが物足りないわね。ククー♪

 

 ≪パシャ≫

 

 もちろん、私は食べられたくはないわよ?

 でも、赤ずきんちゃんはオオカミさんとセットみたいなものじゃない? ククー♪

 

 ≪パシャ≫

 

 え? ククー、が分からない?

 そういえばそうね。じゃあ、皆には教えてあげちゃおうかしら。ククーっていう言葉は――。

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