ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『人魚姫』エピローグ

「あの方は……先代女王は『人魚姫』の物語を、妖精たちによく朗読して聞かせてくれていたのですよ」

 

 琵琶湖ダンジョンにおける、一連の問題は解決した。

 

 深潭宮の主と呼ばれていた謎の巨大生物、ペルケトゥスへとかけられていた誤解は、魔女との取引に応じたイリアが中心となり、解かれていくことだろう。

 遠野の病院で目覚めたアカヒトも、極秘にではあるが滋賀県へと帰還したとのことである。

 そして、琵琶湖ダンジョン第五層を己の領域としていた真の主。もともとの人魚姫であり、魔女であり、探索者であり、そして先代の妖精女王であったりりたんは、琵琶湖ダンジョンの第五層から姿を晦ませた。

 無論、人間として生活している以上は調べれば居場所を突き止めることもできるが、本人はそれを望まないだろう。

 

 妖精の国、女王ティタニアの間にて、桃子はティタニアに今回の事件。琵琶湖で起きた一連の物語の顛末を語っていた。

 今はこの空間には桃子とティタニアだけだ。ヘノとニムは、妖精の畑で仲間と共に今後のことを話している頃だろう。

 

 

「あの方は、生まれ変わったら静かなところで沢山の本に囲まれたい、広い海を泳ぐ人魚姫になりたい。よく、そう仰っていました。人間を好いてはいませんでしたが、でも人間の生み出す文化はとても好んでおりましたね」

 

「りりたん……先代女王様は、生まれ変わって、夢を叶えたんですね。ペルケトゥスと一緒に好きなだけ泳いで、沢山の本を読んでいたみたいですよ」

 

「ふふふ。りりたん、だなんて。あの方は、可愛らしいお名前を名乗っていらっしゃるのですね……」

 

 女王ティタニアは、桃子の話を全て聞き終えてから、懐かしそうに先代女王の思い出話を語りはじめた。

 ティタニアの口から語られる先代女王は、優しく、ときに厳しく、そして子供のような夢を語る、そのような妖精だった。

 

「あの、ごめんなさい、ティタニア様。私、今回は色々と……多分本当は、ティタニア様が秘密にしていたようなことまで、知っちゃいました。過去のこととかも……」

 

 桃子はティタニアに謝罪する。

 おそらくティタニアは話すつもりもなかった、過去のこと。滅んでしまった妖精の国、先代女王をはじめとした仲間たちの顛末を知ってしまった。

 これは、ティタニアにとっては辛い記憶だったはずなのだ。それを、いくら先代女王であるりりたんが関わってきたとはいえ、部外者である桃子が掘り起こしてしまったようなものである。

 

「いえ、いいのです。娘たちにはわざわざ話すようなことではありませんが、桃子さんなら……いえ、過去の仲間のことを知ってくれている人間が一人でもいるだけでも、私は嬉しいですよ」

 

「ティタニア様……」

 

「でも……本当に、良かった。あの方は夢を叶えたのですね。ただ、許されるなら一言でも、声を聴かせてほしかった。一目でも、その姿を見たかった……。本当に、生まれ変わっても厳しい方、ですね」

 

 花びらの玉座の上で、ティタニアは一粒の涙を零す。

 それは、すでに永遠に会うことが出来ないと思っていた先代女王が生きていた喜びでもあり、だがそれ以上に、その姿をひとめ見ることすら出来ないという哀しみと、喪失感。

 

 しかしそこで、桃子は思い出したように――忘れていたわけではなく、話の順序的に言いだすタイミングがなかっただけなのだが、とあることをティタニアへと伝えようと、花びらの横に立つ。

 

「……あの、それでですね! ティタニア様に報告しに来たのは、それなんです! これ!」

 

 ティタニアの横へと移動して、玉座の上に座る彼女にもよく見えるように桃子が差し出してきたのは、四角い板状の物体。

 人間の探索者たちが所有している、ダンジョン用スマホともいえる探索者用端末である。

 

「はい? ……ええと、これは人間の探索者の方々が所持している、機械ですよね? 私は機械には疎いのですが、これが如何なさいましたか?」

 

「あのですね、これって探索者の配信も見れるんですよ。ほら、ここを開いて、ここをクリックして……と。ほら、見てください」

 

 桃子がティタニアにも見えるようにボタンを押していき、タッチパネル部分を指で操作していくと、そこには探索者の動画配信サイトが表示された。

 タッチパネルというものを初めて見るティタニアは突然の桃子の行動に少々困惑気味ではあるものの、何事かとその画面を覗く。

 

 そして、幾度かの操作の後に、その画面に表示された文字は――。

 

 

「これは……『りりたんの朗読チャンネル』ですか? もしかしてこれは……」

 

「そうなんです! りりたん、今はダンジョン配信者やってるんです! えと、なんかひたすら本を朗読するだけの、ちょっと独特な配信なんですけど」

 

 桃子が、そこに並んでいた文字だけの無機質なサムネイルをクリックすると、画面が切り替わる。

 そこは青い花の咲く不思議な花園で、椅子に腰かけた少女が映し出されている。動画が流れ出し、少女は静かに声を紡ぎ始める。

 

『おはようございます、こんばんは、りりたんです』

 

「……あ……あぁ……」

 

 桃子が最後にりりたんから伝えられた『イイコト』。それは、探索者りりたんの動画配信チャンネルだった。

 りりたんはあの青い花園で、幾度にわたり、このような動画を配信していたのだ。

 

『今日も静かなダンジョン内で、朗読をしていきます。モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます』

 

「なんと可愛らしい……お姿になって……声も幼い……でも、あの頃と同じ……瞳なのですね……」

 

 ティタニアは玉座から立ち上がり、張り付くようにして、桃子の端末の画面に見入っている。

 画面に、小さな、小さな、水滴が跡を残す。

 

『今日は、ちょっとした、昔話をいくつか朗読しますね』

 

「ティタニア様。りりたん、沢山動画を残してますから。いっぱい見ましょうね。色々な朗読、一緒に聞きましょうね」

 

「……お母さま……お母さまぁ……うう……ありがとう、ありがとうございます、桃子さん……」

 

 桃子はティタニアを抱き寄せて、二人で一緒に、りりたんの動画を眺める。

 

 ヘノたちが迎えに来るまでのあいだ、ずっと静かに、りりたんの朗読に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、妖精の畑には今日も小さな少女たちが集まっている。

 

 

「おいっ! ヘノ! なんか……このっ! 変なの預かったぞ! かなり重いぞっ!」

 

「お前。相変わらず声がうるさいな。また何か。武器でも拾ってきたのか?」

 

 ニムと共に果実の様子を眺めていたヘノだが、赤い光を放つ元気な妖精に名前を呼ばれ、そちらへと振り返る。

 いつも人間の武器を拾ってくる妖精なので、また今回もそれかと思ったが、どうやら何か違うらしい。

 見れば、なんだか、妙に大きくて白い箱を引きずってきていた。

 

「これ! これ! 箱を預かったんだぞ!」

 

「うぅ……こ、これ、桃子さんも持っていた、クーラーボックスというやつですねぇ……」

 

「なんだこれ。桃子のとは違うな。開けてみるか?」

 

 赤い光の妖精が引きずってきたのは、まさに人間が使うようなクーラーボックスだ。

 以前桃子が大量の貝を入れてきたのも、これとほぼ同じようなものだった。しかし桃子の箱は今は寝室にあるため、これは桃子のものではない。なので、似ているだけで違うものなのだろう。

 

 何なのかはよくわからないが、とりあえずヘノたちは箱を開けてみることにした。

 どこをどうすれば開くのかは、以前の箱でヘノも把握している。ロックの部分を少しいじくれば、小さな妖精の身でも簡単に蓋を開くことが出来た。

 そして、そこには満々と水が入っており、更にその中にはなんだかよく分からないものが潜んでいるではないか。

 

「うぉっ! なんか変な生き物が動いてるぞ! なんだこれ!」

 

「こ、これ……イカと、海老ですよぅ……」

 

「これ。桃子が言ってた。カレーに入れると美味しいやつだな。まだ生きてるぞ」

 

 前に桃子が言っていた水の中の生き物だ。

 深潭宮では結局、人魚姫の騒ぎに巻き込まれてしまって魚を捕るどころではなくなってしまったが、元々はカレーに入れる食材を探しに琵琶湖ダンジョンを訪れたのだ。

 ヘノはそのことを完全に忘れていたが、いま完全に思い出した。

 

「うぅ……と、とりあえず、湖に放しておきましょうか……?」

 

 ニムの言う通り、生きているならば湖に放しておくのが一番だ。

 動物がどのように増えるのかはヘノはよく分かっていないが、あの湖に複数放しておけば、勝手に増えていくものだと認識しているし、あながちそれは間違いでもなかった。

 

「これな! 見たことない、ティタニア様そっくりの黒い羽根の妖精がな! ヘノか桃子に渡してくれってさ!」

 

 しかし、クーラーボックスの蓋を閉じ、さあ移動しようという矢先に赤い妖精が口にした言葉で、ヘノは手をとめ振り返る。

 見たことのない、ティタニアに似た黒い羽根の妖精。それはヘノがつい先日出会った、魔女ことりりたんの【分身】で出現した、その前世の姿そのものだろう。

 つまり、このクーラーボックスの差出人は、あの魔女だ。

 

「……そいつ。そのあと。何か言ってたか?」

 

「うん! ティタニア様に! 美味しいカレーを作ってあげてくれってさ!」

 

「……そうか。じゃあ。これを材料にして。桃子にたっぷりと。カレーを作ってもらわないとな」

 

 ヘノは感情が顔に出にくいし、実際に他者の感情に鈍いところはあるが、情緒がないわけではない。

 あの魔女が、女王ティタニアにとって大切な人物だということくらいわかる。そして、その魔女がティタニアの身を案じていることくらい、ヘノにだってわかるのだ。

 これは、早く桃子に伝えて、カレーの準備をしてもらわねばならない。

 

「おい! あれって知り合いだったのか!? なんか魔力がもの凄かったぞ!?」

 

「うぅ……あの方は、魔女さん……いいえ、えと、ティタニア様の、昔のお知り合い、ですかねぇ」

 

「そういうことだ。桃子と。女王にも。教えてあげたら。きっと喜ぶぞ。さっそく行ってくるぞ」

 

 クーラーボックスどころではなかった。ヘノは、すぐにでもこのことを、桃子と女王に教えたかった。

 なので、クーラーボックスをその場に放置して、急いで女王の間へと向かう。

 

 そして、桃子の肩にのって、女王に沢山伝えるのだ。

 魔女のことを。りりたんのことを。女王が、忘れてしまわないように。

 

「ヘノ! 先にこれ! エビとイカ! 放していったほうがいいぞ!」

 

「うぅ……忘れられて可哀そうなエビさんとイカさん……めそめそ」

 

 せっかちなヘノをニムが追いかけていく。赤い妖精はヘノたちを追いかけるのを諦めて、仕方なくクーラーボックスをずりずりと湖の方へと引きずっていった。

 

 

「ククク……相変わらず、ここは騒がしいねぇ」

 

 ずっと背後から聞こえるその騒ぎを聞かされていた薬草の妖精ルイが、クククと笑いながら、でも楽しそうに、いつぞやと同じ言葉を呟いている。

 

 今日も妖精の国は、平和であった。

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