ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
長崎ダンジョンギルドから外に出て、カステラを購入した日の夕刻の風景。
「ほらヘノちゃん、貝殻はこっちのお皿に捨てちゃってね。さすがに、ガジガジかじっても美味しくないでしょ?」
「なんか。硬いのが入ってると思ったけど。貝だったか。やられたな」
ヘノが、ガジガジかじり付いていた貝を諦めて、桃子が出してくれた皿にぽいと捨てる。カラン、と小気味良い音が卓上に響いた。
ここは妖精の国の女王の間。
この日の夕食は、長崎ちゃんぽんを意識した魚介類たっぷりのシーフードカレーうどんだ。
魚介類は妖精の湖からいくつかの魚や貝を捕まえてきて調理したものである。うどんはポンコが氷部屋に残していった冷凍うどんを利用した。
長崎ちゃんぽんとは大分違う料理になったけれど、とろみをつけ、魚介の旨味を大量に含むカレーはうどんとも相性がよく、これはこれで非常に美味しい夕食といえるだろう。
「それで先輩方、本当に長崎ダンジョンから外に出てこのカステラを買ってきたんですか? なんていうか、随分滅茶苦茶しますね」
「赤いの被った桃子と一緒に。ダンジョンの外に出るのは。面白かったぞ」
「あの赤ずきん、間違いなく効果は凄かったんだけど、カメラには意味がないって言われたときは本当に焦っちゃったよ。ダンジョンの入り口なんて、監視カメラとかセンサーとか、いくらでもあるからね」
夕食のシーフードカレーうどんを食べながら桃子の話を聞いているのは、女王ティタニアと、そしてこの日はニムとどこかに出かけていたらしい柚花の二人である。
二人とも、この日桃子とヘノがルシオンと連れだってどこかへ出かけていったことまでは知っていたようだが、まさか地上で買い物をしてきているとは思わなかったようだ。二人して桃子の報告に驚きの表情をみせていた。
「桃子さん。お土産は嬉しいのですが、あまり危険なことはしないでくださいね? ヘノも、好奇心を持つのが駄目とは言いませんが、ほどほどに」
「わかったぞ女王。次はもっと。気をつけて隠れるぞ」
「いえ、ヘノ。隠れ方の問題ではないのです。やらないでほしいのです」
「わかったぞ。隠れる前に。やってやるぞ」
「違います」
ヘノとティタニアが母子漫才を繰り広げている。
「クリスティーナ会長にでも報告して、裏から手を回しておいてもらいましょうか。監視カメラの映像が広まったりしたら、さすがに正体バレですからね」
ヘノたちの漫才を横目に、柚花はカレーうどんとともにテーブルに出されていたカステラに手を伸ばした。
柚花は一切れのカステラを、己のパートナーであるニムと半分こして食べている。その際、ペラリとカステラについていた紙が剥がされる。柚花もニムも、紙は食べない派のようだ。
「監視カメラかあ。まあ、ケープを被ってたから、顔までははっきりとは映ってないと思うけどね。ヘノちゃんもしっかり隠れてたと思うし」
「顔や妖精が映ってなかったとしても、子供サイズのモチャゴンのスカジャンを着てダンジョンに入る人なんて、世界で先輩しかいないじゃないですか。バレバレですって」
「まあ、このスカジャンも希少品だからねえ」
「希少かどうかの話じゃないんですよ」
柚花は簡単なツッコミの後、ため息まじりに目をつむり、考え事を加速させる。
今日の出来事は、桃子の中ではダンジョン内に逃げ込んだ段階でひとまずの解決をみせていた。けれど、柚花は桃子がゆるい分だけ、人間を疑うことにしている。
万が一、監視カメラ映像をリークする者が長崎ダンジョン内部にいたら。万が一、カメラに写った姿から、房総ダンジョンの探索者である笹川桃子に突き当たる切れ者がいたら。それらの、考えてもキリのない『万が一』は、桃子のぶんまで柚花が斬り捨てる。
幸い、今は日本のダンジョン業界にも強力な発言権を持ち、自由に圧をかけられる世界魔法協会会長であるクリスティーナが日本に滞在しているのだ。何かあれば直接要望を叩きつけに行けばよい。
柚花は桃子のためならば、他者の権力を利用することを厭わない。
「それで、ジェヴォーダンの獣――わんちゃんは今日はもう帰ったんですか? 花畑のほうでも見かけませんでしたけど」
「うん。明日に備えて、今日は地上で準備をしておきたいんだってさ」
「明日? 何かあるんです?」
柚花はカレーうどんを食べながら、ニムとカステラを分けつつ、桃子と変わらぬ会話を続けている。実に器用だ。
桃子は心の中で「カレーうどんとカステラって合うのかな? 意外と甘みがマッチして美味しいのかな? こんどカステラカレーを試してみようかな?」などと考えているが、まさか目の前の先輩が脳内でそんなことを考えているとは知らず、柚花は質問を投げかける。
そんな柚花の質問に答えたのは、意外にもヘノだった。
「後輩。桃子は明日。びーすとと東京に出かけるんだぞ」
「え、なんですかそれ。先輩、本当に彼に絆されちゃってませんか? 義娘っていう話、もしかして気になってます?」
「あはは、義娘がどうとかそういうのじゃないよ。ただ純粋に、日本に来たからには東京には一度くらい行ってみたいんだってさ」
「もうただの観光客じゃないですか。ダンジョンの魔獣も形無しですね」
「でもさ、案内を頼まれた私が、渋谷も新宿もあんまりよく知らないじゃない? だからとりあえず、いつもの探索者ショップでも覗いてみようかなって思うんだけど、どう思う?」
食後、柚花に明日の予定を聞かれた際に、桃子よりも先にヘノが柚花へと返答をする。
そうなのだ。桃子は明日、ダンジョンではなく地上を案内することになっている。目的地は、日本の首都である東京だ。
もっとも、東京と言っても色々な見所があるのだが、さすがに一日で案内するとなれば二、三カ所が限度だろう。
「いいんじゃないですか? フランスの武器の話とか、魔法生物目線の面白い解説とかを聞けるかもしれませんよ」
「あいつ。金持ちだから。桃子になんでも買ってやるって。言ってたぞ」
「特に私、欲しいものとかないんだけどねえ」
「いっそ、一番高い最新武具でも買っちゃいましょうよ。高いものはだいたい強いんですから」
「私はこのハンマーで十分なんだけどなあ」
お金があればなんでもできる――などということはないけれど、それでもお金があれば大抵のことは解決できるのが世の常だ。そういう意味では、ルシオンの『資産家』という立場はとても強い。
とはいえ、いくらルシオンがお金を持っているからと言って、これ幸いにと必要でもないものを購入して回る気にもなれなかった。
ただ、なんにせよ。せっかくだから久しぶりのショップで、何か素敵な出会いでもあればいいなと。
まだ見ぬ最新武具たちに、思いを馳せる桃子なのだった。
【魔獣と赤ずきん Ⅳ】
十八世紀、フランスはジェヴォーダン地方。
そこには、ジェヴォーダンの獣と呼ばれる、恐るべし人食いの魔獣が存在した。
魔獣の森からほど近い土地に存在した小さな村――その村人たちが嵐の夜、一夜にして全滅したという記録が後の世にも残されている。
だが、それから数年。
その村の滅びを境にして、魔獣が人を食らうことはなくなった。
「戻ったぞ、エレーヌ。なにか変わったことはあったかね」
「Coucou♪ 私はバッチリですよ。みてください、畑も随分広がったでしょう?」
そして、その森には今、一人の人間が住んでいた。
彼女はエレーヌ。過去に魔獣であるジェヴォーダンの獣と邂逅し命を救われた少女だが、今ではもう立派な大人の女性に成長している。
魔女と疑われ、村人たちから虐げられたエレーヌは、ジェヴォーダンの獣にかくまわれる形で人間の村を離れ、森の奥に存在していた異界のような領域で暮らしていた。
二人きりの間柄となっても、エレーヌは変わらず『Coucou♪』と、親しげな挨拶を忘れない。
「む。素晴らしい成果だが……力仕事ならば、吾輩の眷属に任せろとあれほど言ったではないか」
「だって、あなたの眷属は農具を上手く持てないじゃないですか。それよりルシオンこそ、その格好はどうですか? もう慣れてきましたか?」
「いいや、何年経とうが、人間の姿などには慣れぬ。だが仕方あるまい。この姿でなければ、人間の街には出られぬのだからな」
そして、魔獣たるルシオン。
本来ならば巨大な獣の姿であるはずの彼はいま、身長二メートルを超えた人間の男性姿をとっていた。
これは、エレーヌがこの土地に住むようになってから、必要に駆られてルシオンが形にした術の一つであった。
彼はいま、地上にて様々な手法で人間としての立場を確立し、資産を手に入れつつあった。
本来ならば、森に住まう魔獣に人間の金などはいらない。だが、人間であるエレーヌが生きていくためには、そのための道具を揃えるためには、人間の金が必要だったのだ。
「街には、様々な服や装飾が売っておった。吾輩には分からぬが、エレーヌの身を飾り立てるにはいいかもしれぬな」
「私には……不要です。装飾などなくとも、ここで、あなたと静かに暮らすだけで幸せです」
ルシオンはこうして定期的に、エレーヌが生きるために必要なものを、人間たちの住まう地上の街まで買いに行く。
エレーヌもまた、人間の世界を離れ、魔獣と――ルシオンとともに生きることを選び、月日は巡り続けた。
すでに、エレーヌは人間と会わなくなって久しい。
「……そうだな。ならば、せめてそなたが農地で作業する際に動きやすいものを選んでくるとするか」
「ふふ、ありがとうございます。あ、でも……」
「なんだね。何か、希望があるのならば吾輩に言うが良いぞ」
「……いえ、いいんです、なんでもありませんから」
この時、エレーヌの脳裏に浮かんだのは、幼き頃に聞いた話だ。
彼女の過ごした小さな村では見たことはないけれど、都市部の裕福な層では、結婚、あるいは婚約の際に『指輪』をプレゼントし、永遠を誓い合うという風習があるのだ。
永遠。それは、人間にとっては途方もなく長い時間だ。
エレーヌは、己の手指を眺めて。
幼き日に憧れた夢を、少しだけ、思い出してしまうのだった。
「希望なら。またあなたの大きな背中にのって、迷宮を駆け回りたいです」
「そうか。ならば、明日にでもまた、領域を巡ってみるか」
「でも、前みたいに馬鹿みたいな速度で飛び回るのは嫌ですよ? 落っこちて死ぬかと思ったんですからね」
「クハハ……すまんな。善処しよう」
そうして、時は巡る。
エレーヌとルシオン、二人の歓びも、悲しみも。全てを飲み込んで――。
「エレーヌ……具合は、どうだね」
「Coucou♪ ……今日は、随分楽です。美味しい果物を食べたいですね」
「ならばあとで、熟した木の実をいくつか採ってこようではないか」
エレーヌがこの土地へと逃げ込んでから、十年が経つ。いま彼女は、細くなった身体で、床についていた。
彼女は、母を亡くしたものと同じ疫病にかかっていた。当時、残念ながらやはり、エレーヌの中にその病は根付いていたのだ。
病というものが未だ解明されていなかったこの時代において。この迷宮内で彼女が口にしてきた薬草は、様々な魔力を含む食料の数々は、たしかに病からエレーヌを護ってきた。これまで彼女が生きてこられたのは、それらのお陰だった。
それでも。
病は、少しずつ、少しずつ、確実に。エレーヌの身体を蝕み続けていたのだ。
「……やはり、人間の医者を連れてこよう。吾輩が、何人でも、何十人でも攫ってこよう。もしかしたら、中にはその病を完治させられるものがいるやもしれぬ」
「ううん……ルシオン、いいんです」
ルシオンには、残念ながら病を治すための力はない。
だからこそ、エレーヌを救うためならば、なんでもするつもりだった。
人間の医者が必要ならば、何百人でも攫ってこよう。
海の向こうにある妖精の国に存在するという奇跡の果実が必要ならば、単身海を渡り、妖精を滅ぼしてでもその果実を手に入れよう。
けれど、エレーヌは、それを望まない。
「私は、アナタにもう……人を傷つけてほしくはありません」
「……エレーヌ」
エレーヌは、ただ。
己を愛してくれた魔獣と。己が愛した魔獣と。終わりまで共に居られれば、それだけでよかったのだ。
それが、どれほど残酷な願いだとしても――。