ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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この、日本という国で

「これが東京であるか。先ほどの電車もだが、随分と凝縮された世界であるな」

 

 それが、秋葉原駅から下りて、周囲の高層ビルを見上げたルシオン――ジェヴォーダンの獣の、一言目だった。

 

 

 

 ここは東京、秋葉原。

 桃子たちの親世代にとってはアニメや漫画の聖地であり、さらに前の世代にとってはジャンクショップの立ち並ぶアングラ臭の漂う電気街だった。

 そして令和の今では、様々な業種の入り交じった、国内有数の巨大な商業エリアの一つと化していた。

 街並みを眺めれば、様々な国から訪れたであろう観光客の姿も珍しくはない。

 そんな街並みを見たルシオンの一言目が『凝縮された世界』というものだった。

 

「そうは言っても、フランスでも人口密度で言えば、パリとかは似たようなものじゃないですか?」

 

 そして、ルシオンの言葉につっこみを入れているのは柚花である。

 本来は、桃子がルシオンを案内する予定だったのだが、いくら相手が魔法生物とはいえ、男性と二人きりのショッピングは柚花が許さなかった。

 なので、この日は朝から柚花は桃子にひっついている。

 

「パリなど所詮は小さき都市であるからな。ここまで無秩序に凝縮された景色が延々と続く巨大都市ではない」

 

「東京をけなしてるのか褒めてるのかはっきりしてくださいよ」

 

「驚いているだけである。幼子たちは、このような自然のない環境でよく息切れしないものだとな」

 

「なんなんですか。観光に来て早々喧嘩売るのやめてくれません?」

 

「事実を述べただけであるぞ。見よ、この灰色の街並みを。吾輩は――」

 

「待って待って! ほらほら、二人とも落ち着いて。ほら、カレー屋さんがあるでしょ! カレー屋さんの前で喧嘩しないの!」

 

「カレー屋さんて気付けばどこにでもありますよね」

 

「日本人にとってカレーとはいったい何なのだ」

 

 なぜだか、本来この街を案内する役割だった桃子よりも、柚花とルシオンの会話のほうが盛り上がってしまった。

 とはいえ、素で相手を威圧するような傲慢なところのあるルシオンと、他人に対してトゲトゲしい柚花の組み合わせは、案の定すぐに言い争いのようになってしまう。

 なので、桃子が間に入り、二者の手を握って仲裁に入る。桃子が手を握ってカレー屋について語り始めると、柚花は落ち着き、ルシオンも落ち着いた。

 やはりカレーの力はすごい。

 なお、桃子が勝手に心配しているだけで、柚花もルシオンも通常運転、特に相手を敵視しているわけではないのだった。

 

 しかし、なんにせよ。

 なんだかんだで柚花は海外のダンジョンの話に興味があるし、ルシオンは聞かれなくとも語りたがりだ。

 なので、桃子を間に挟んだまま、二人の会話はどんどん進んでいく。

 

「――わざわざあのような門を制作し迷宮を管理しようなど、日本のやり方は吾輩も驚いたぞ」

 

「欧米だと、ダンジョンの入り口ってもっと広範囲で管理してるんでしたっけ」

 

「あっ、次はダンジョンの話をしてるのね?」

 

 この話題には桃子も興味があったので、しっかりと耳を傾けることにした。

 日本のダンジョンは、洞窟の入り口にダイレクトに門を設置して、そこに隣接させたギルドで探索者を管理している。

 けれど聞く限りでは、海外ではそのようなやり方は少数なのだそうだ。

 

「フランスでは土地そのものを高い柵で囲い、区画として管理している。人間たちは、監視塔で常に監視しているのだ」

 

「へー、そうなんですね」

 

「先輩、日本で言えば、蔵王ダンジョンの桃の窪地みたいなものですよ。まあ、あそこは事情が少し特殊すぎますけど」

 

「あ、なるほどね」

 

 柚花の言葉で、桃子もすんなりと納得する。

 桃の窪地の場合は「ダンジョンの外にまで魔力が溢れ出している」という特殊すぎる事情によるものだけれど、ダンジョンに直接門をおかずに、周囲の土地を囲う形で管理しているのだ。監視塔とは違うかもしれないが、クヌギという管理者が常駐しているのも状況としては近い。

 それと比べると、ダンジョンに直接門を設置し、ギルド施設で管理するというのは確かに、狭苦しいやり方に感じられる。

 

「フランスのダンジョンに興味があるならば、我が義娘になるがいい。吾輩の領域に来れば、畑での栽培だけではなく、バターやチーズも作れるぞ」

 

「ちょっと、隙あらば先輩を娘にしようとするのはやめてくださいよ。先輩は私のお嫁さんなんですから」

 

「いや、私は娘でもお嫁さんでもないよね?」

 

 隙あらば桃子の所有権を奪い合おうとする二人に挟まれ、桃子は不可思議なやりとりに首を傾げるのだった。

 

「でも、義娘になる予定はないけど、畑とチーズは正直気になっちゃうかも」

 

「あーもう先輩、食べ物につられないでください」

 

「でも柚花、ダンジョンの野菜と乳製品だよ? カレーがどれだけ進化するかと思うと、やっぱりほら……ね?」

 

「ね? じゃないです」

 

 世界は広い。

 ここに来る間、聞いてもいないのにルシオンは自分の住むダンジョンについてあれこれ語っていたのだが、その中でも桃子たちの興味を引いたのは、ダンジョン内で採れる食料についてである。

 世界には、ダンジョンの土地を利用して畜産を行っている国も存在する。

 もちろん、その大半は地上から持ち込んだ動物をダンジョンで育てているというだけだったりするのだが、中には本当に原生生物を畜産化している国もあるのだそうだ。

 そして、ルシオンの住まう土地はその究極形と言えるだろう。彼の隠れ地では、野菜となり得る原生植物が畑で計画的に栽培され、畜産では肉はおろか、原生動物の乳や卵を得られるという、まさに食事事情だけで言えば夢のような場所だった。

 

「今日は本当、ヘノ先輩がいなくてよかったですよ」

 

「あはは。ヘノちゃんがいたら『よし。桃子。フランスにいくぞ』とか言いだしかねないからね」

 

 桃子は、容易に想像のつくヘノの言動を頭に思い浮かべながら。

 お守り代わりにつけてきたイヤーカフに指先でそっと触れて。お揃いの腕輪をつけている風の妖精との絆を、ほんのりと、感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、ルシオンさんに先輩。ダンジョン専門店はもう少し先ですけど、どうしましょうか?」

 

「うーん、どうしようか。ルシオンさんって行きたい場所はありますか?」

 

 柚花がすたすたと道を進みながら、後ろを歩く桃子とルシオンに問いかける。

 この日の目的はあくまで東京案内だ。ダンジョン探索者向けの店を目的地として設定したのは桃子たちだが、別にルシオンがそこを見たがったわけではない。

 なので、ルシオンに要望があるならば、極力それを優先しようというのが柚花と桃子の考えだった。

 彼が人間ではない魔法生物だろうが何だろうが、せっかくはるばる海外からやってきてくれたのだ。希望する場所があるならば、紹介してあげたいという気持ちがある。

 

「そうだな。日本の名所に興味がないとは言わぬが――今はよい。どうにも視線が集まり、居心地が悪い」

 

「あはは……ルシオンさん、目立ちますからね」

 

 人の視線。それは先ほどから感じていた。

 先頭を歩いているのは、自他ともに認める美少女である柚花。彼女は探索者としても顔を知られているので、もしかしたら柚花に気づいて視線を向けている人もいるかもしれない。そして、その後ろを歩く女児はさておき。

 やはり、どう考えても身長二メートルを超えた巨大なスーツ姿の外国人男性が、目立つのだ。

 

「先輩とルシオンさんが並ぶと、なんかもう身長差がすごいですからね」

 

 どことなく、犯罪臭すら漂う。

 柚花は内心そう思ったが、さすがに口にはしないことにした。

 

 

 

 

 

「ここが日本のダンジョン探索者向けのショップです」

 

 そして視線の先。柚花が紹介するのは、すでに何度か桃子も訪れたことのあるダンジョン探索者用の専門店だ。

 ビル丸ごとがショップとなっており、武具や消耗品、探索用のサポートアイテムの販売フロアから、ダンジョン素材の買い取りフロアまでがこのビル内に全てそろっているのが売りだ。

 道路に面した大きなガラスには、最新モデルらしき軽装備をスタイリッシュに着こなすマネキンが立っており、いまひとつ腰の入らないポーズで短剣を構えていた。

 

「先輩、せっかくですから今日はルシオンさんのお金でたっぷり上質な買い物しちゃいましょうね」

 

「もう、柚花ったら。ルシオンさんのご厚意に甘えるなとは言わないけど、程々にね」

 

「吾輩は一向に構わぬがな。しかし、このような場所でそこまで上質なものがあるのかどうか、クハハハ……高みの見物と洒落込もうではないか」

 

「余裕ぶってますけど、日本の技術力を甘く見ないほうがいいですよ」

 

 そしてまた、互いに挑戦的な言動を投げつけあうルシオンと柚花の間に挟まれて、桃子は苦笑を浮かべる。

 もしかしたら、この二人はどこか似たもの同士なのかもしれないな、と。

 桃子は今更ながらに、頭の片隅で思うのだった。

 

 店内の飾り付けは、少し前に訪れたときとはガラリと変えられていた。

 季節柄もあるのだろうが、中に入ったらサンタクロースの衣装を着たマネキンが飾られている。もちろん、サンタクロースはダンジョンとほぼ無関係だ。

 

「柚花、柚花! これこれ、新しいエナジーバーが出てる! カレー味! 買い占めよう!」

 

「いや先輩、せめて今日はひと箱にしましょう。欲しければ房総ダンジョンでも入荷してもらえばいいだけですから」

 

「うーん、カレー味……」

 

 桃子と柚花は、ルシオンを連れてきているのも忘れて、店内の様々な棚を吟味していた。

 別段ここで買い物をする予定はないとはいえ、やはり未知のダンジョン武具や新商品のアイテムは心が躍る。特に、カレー味は見逃せない。

 柚花と共に武器をみて、防具やダンジョン向けの衣服を見たり、そして消耗品の数々を見たり。

 二人して、ついはしゃぎ回ってしまい、ルシオンの様子に気づけなかった。

 

「先輩、戻ってきてください。買い物かごに入れておけばいいですから、ほらルシオンさんも――」

 

 そこで柚花が、背後を振り返る。

 あの二メートルを超える巨体も、ともにこのフロアにやってきていたはずだ。

 あれだけ目立つ風貌だ。フロア内に居ればどこに居ても気づく――はずだった。

 

 

 

 

「ルシオンさん?」

 

「え、どうしたの?」

 

 ルシオンが、いない。

 正確には、先ほど上ってきた階段の踊り場で、足を止めていた。大柄なルシオンがエレベーターを嫌ったため、三人は階段で上ってきたのだ。

 彼は、そんな階段の踊り場に、膝をついて――。

 

 

「……探したのだ……! 吾輩は、何十年、何百年と……!」

 

 

 彼は、とある等身大ポップの前で、膝をついて、項垂れていた。

 

「ルシオンさん……?」

 

 不審に思った桃子たちが近づいて、遠慮がちに声をかける。

 けれど、彼には桃子たちの声すら聞こえていないようだ。

 彼は、ただ。

 泣いていた。

 顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を堪えて。幾つもの滴が、彼の頬から流れ落ちる。

 

「もう、思い……出せなく、なっていたのだ……そなたの、眼差しを……微笑みを……!」

 

 踊り場には、上下階に流れる店内BGMだけが静かに届く。

 そして、ルシオンの震え声と、彼が子供のようにしゃくり上げる声だけが響く。

 

「ちょ、ちょっと……ルシオンさん」

 

「ねえ柚花、あれって……」

 

 ルシオンが見つめているもの。すがりついているもの。

 それは、実写の等身大ポップである。

 

「だが……君は……この国で笑っていたのだな……エレーヌ……」

 

 それは、武器職人を題材としたドラマに出てきた、職人達に力を与える、滝の女神。

 それは、桃子の友人。龍宮礁のウエイトレス。

 

 笑顔でポーズを決める阿瀬ローラが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔獣と赤ずきん Ⅴ】

 

 

 十八世紀、フランスはジェヴォーダン地方。

 とある森の奥。人間の踏み込めぬ異境の地には、一人の魔獣と、一人の美しい少女が住んでいた。

 魔獣は少女と共に暮らし、人間を愛する心を知った。

 少女は、この森に来て初めて、心穏やかな、幸せな時間を知ることができた。

 

 けれど、間もなく。

 二人の時は、終わりを迎えようとしている。

 

 

「ねえ……ルシオン。指を出して……くれませんか?」

 

 エレーヌは、もうほとんど寝たきりとなっていた。

 この森に訪れる度に被っていた赤いケープはすでに被られることもなくなり、彼女の枕元にたたまれている。

 この異境に咲く薬草、あるいは豊富な魔力を宿す食材の力で、彼女の苦しみは抑えられている。

 

 けれど――それでも。

 彼女の時間は、一刻、一刻と、終焉に近づいていた。

 

「吾輩の指が、どうした」

 

「ほら……指輪です。私の手作りの……婚約指輪です。うふふ、ごめんなさい……勝手に、婚約しちゃいました」

 

 それは、小さな花で作った輪だ。

 エレーヌは、細くなった手でその輪を一つ、ルシオンの大きな手の指に、はめ込んだ。

 

 これは、誓いの指輪だ。

 エレーヌが幼い頃に憧れていた、二人が永遠を誓い合うための、祈りの指輪だ。

 ルシオンは、婚約指輪というものを知らない。けれど、それがエレーヌにとって、大切なものだということは、彼女の眼差しで理解できた。

 

「婚約者になれば……これからも、ずっと……離れずに……いられますよね」

 

「……ああ、そうだな。ずっと、一緒だ」

 

「ふふ、よかったあ……あなたと、家族になれますね……」

 

「ああ……もちろんだ」

 

 もちろん、これは儚い花の指輪だ。一日と持たず、次の日にはボロボロになって塵と化す。それくらい、エレーヌとて分かっていた。

 けれど、エレーヌはルシオンの指にはめられたそれを、ただの枯れ草となるであろうそれを。幸せそうに、見つめていた。

 

 これは、彼女にとって最初で最後の、愛した相手との『誓いの指輪』なのだから。

 

 

 

 時は、過ぎていく。

 太陽は沈み、月は昇る。

 

 初めてルシオンと――ジェヴォーダンの獣と出会ってから、一体どれくらいの月日が経ったのだろうかと、エレーヌは考える。

 そして、この日もずっと、ベッドの傍らから離れようとしないルシオンに向かって、いつもの挨拶とともに、掠れた声で笑いかけた。

 

「Coucou♪ ねえ、ルシオン……」

 

「ああ、吾輩はここにいるぞ。どうした、何でも言ってくれ……エレーヌ」

 

 もう、エレーヌの声には力がない。

 もう、彼女の命が消えようとしているのが、分かってしまう。理解できてしまう。

 ルシオンはただ、震える声で、どうにか口角をあげ、涙を堪えて。エレーヌに笑いかけることしかできなかった。

 

「今朝……動物になった夢をみていました。……ニャン♪ って……あなたと、微睡んで過ごしていたんです……ニャン♪」

 

「きっと、可愛らしくて、美しい動物だったのだろうな、エレーヌは」

 

 エレーヌが、ルシオンに弱々しく手を伸ばす。

 ルシオンの大きな手が、彼女の手を包み込む。

 そこにはもう、儚く散った誓いの指輪は、残っていない。

 

「私、あなたをおいて……逝ってしまうのが、悲しいです」

 

 静かな世界に、エレーヌの言葉が響く。

 

「とても弱い、寂しがりのあなたを……この世界に、一人きりにしてしまうのが、怖いんです」

 

 エレーヌの瞳が、ルシオンを見つめる。

 

「だから、ルシオン。私と、約束してください……」

 

 それは、最期の約束だった。エレーヌにとって、最後の希望だった。

 

 

 

「また――私を……探してくださいね。何十年経っても……何百年経っても……」

 

 

 

 ルシオンは、笑顔を浮かべられていただろうか。もう、ルシオン本人にも、それはわからない。

 きっと、彼の表情を見つめていたエレーヌだけが、その答えを知っている。

 

「ああ、探すとも! この命がある限り、君のことを、探し続ける! だから……」

 

 ルシオンは、約束をした。

 これが、どれほど絶望的で、残酷で、己の魂を削り取るような約束だとしても、構わなかった。

 ただ、ただ。

 エレーヌに、喜んでほしかったのだ――。 

 

「ああ、よかったぁ」

 

「私はまた、Coucou♪ って……あなたと会えるのね……」

 

 

 ――それが、エレーヌの最期に残した言葉だった。

 

 

 魔獣の森には。

 愛するものをなくした獣の慟哭が、愛するものに取り残された獣の嘆きが。

 ずっと、ずっと。

 

 響き渡ったという。

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