ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
沖縄本島の北に、龍宮礁と呼ばれる小さな島がある。
島――ではあるのだが、実際には海に出現したダンジョンの隆起により水面に迫り上がっただけの土地である。ダンジョン入り口とギルド施設の建物が存在しているが、他には少しの自然風景が根付くだけという、非常に、非常に小さな島だ。
その施設内の喫茶店では、桃子の友人である阿瀬ローラという女性が働いている。
年中様々なコスプレ姿で接客し、本人も探索者としてそのコスプレ姿の自己撮影配信を続けている、ストレートに言えばかなりの変人だ。
そして彼女を語る上で外せないのは、その途方もない美しさだろう。
彼女自身は生まれも育ちも生粋の日本人らしいが、しかし母方の血の影響を受けたシルクのようなブロンドの髪、湖畔のように澄んだ青い瞳、その全てが柚花をして『怪異のような美人』と評するほどの、異様な美しさだった。
その美しさ故に、テレビドラマにて『滝の女神』なる人外の役目を引き受けたこともあるけれど、彼女は芸能には興味がないらしく、ドラマの撮影が終われば再び、社会から隔離された龍宮礁へと帰っていってしまった。
桃子は、ローラとは同い年の友人同士のつもりだけれど、彼女のことをあまり知っているわけではない。
けれど、話してみれば分かる。彼女は、善良なる普通の人間だ。
少なくとも、彼女からはりりたんのように前世がどうとか、柚花のように特殊なスキルがどうとか、そういう話は聞いたことがない。
ただ、桃子は前々から、不思議に思っていたことがある。
彼女はどうして、龍宮礁から離れようとしないのだろうか、と。
もちろん理由は聞いている。あの場所は空気も景色も綺麗で、彼女のコスプレを認めてくれる環境だ。ローラはその自由を満喫するために龍宮礁に居着いているのだという。
けれど、だ。どれだけ風景が美しく、趣味が許される空間だとしても。若い女性が定住するには、あの環境はいくらなんでも過酷すぎるのだ。
ローラは、普通の人間にしては、同い年の女性としては。世を、捨てすぎているのだ。
龍宮礁。そして、死者の国であるニライカナイに繋がっている、龍宮ダンジョンこと、龍宮洞。
そこに、彼女を引き寄せる何かがあるとでもいうのだろうか。
桃子には、わからない。
「私、世界魔法協会職員の老芝奈々と申します! ええと、そちらが……」
「吾輩は、ルシオン。ルシオン・ド・ヴァロンブル。クリスティーナの……古くからの、友人だ。よろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
世界魔法協会、長崎ダンジョン支部前の路上にて。
桃子もよく知る、相変わらずスーツがいまひとつ似合わない魔法協会職員の老芝奈々が、ばかでかいスーツ姿のルシオンと自己紹介を交わしていた。
「桃子。せっかくだから。カステラを買っていかないか?」
「こ、ここが……カステラのある、長崎なんですねぇ……?」
「ほら、ヘノ先輩にニムさん、きちんと隠れていてくださいね。人の目があるんですから」
「カステラは今はちょっと難しいからさ、帰りに何か、甘いものを買おうね」
「わかったぞ」
「うぅ……わかりましたぁ」
そして、奈々たちを眺めている桃子と柚花の懐には、各々のパートナーであるヘノとニムがいる。
何故、この長崎に妖精たちがいるのか。
そもそも何故、桃子たちが長崎にいるのか。
数刻、時間をさかのぼる。
この日。桃子と柚花はルシオンを連れて東京は秋葉原、探索者用ショップを訪れていた。
そして数時間後の今、桃子たちが長崎にいるのは何故か。それはひとえに、ルシオンが、見つけてしまったからだ。
エレーヌの生き写し――阿瀬ローラという女性を。
それからは、大変だった。
店員を捕まえ、写真に写る阿瀬ローラについて泣きながら聞き出そうとする外国人の大男と、それを必死で止める桃子と柚花。
ローラのことは桃子がよく知っているからとなだめるのに精一杯で、その後どうなるかまでは考えていられる場合ではなかったのだ。
そして、ローラについて話してしまえば、当然ながらルシオンは即、その足で龍宮礁に向かおうとする。
しかし、いくらなんでも今のルシオンをローラにそのまま会わせるわけにはいかない。緊急の通話でクリスティーナとコンタクトをとり話し合った結果、最終的には『桃子と柚花が同行し仲介する』という形で、話が落ち着いたのだ。
そして、沖縄――龍宮礁までの最短ルートとして選ばれたのが、妖精の国を経由し、長崎ダンジョンギルドから地上にあがるルートだった。
それは奇しくも、つい昨日カステラを購入したルートの再現である。
もっとも、今回は世界魔法協会が裏で手を回しているので、顔を隠しつつも、後ろめたいこともなく比較的堂々と門を通ることができた。
「では空港まではこのまま私が運転します。そこからはクリスティーナ会長がヘリコプターを用意してくれるらしいので、それで向かいましょう!」
「ばなな女。お前。いつもここにいるな」
「えへへ、奈々さんはやっぱり長崎が似合いますね」
「私も別に長崎に住んでるわけじゃないんですけどねえ」
そして今、この場にいるのは桃子と柚花、ルシオンに加えて、妖精の国で合流したヘノとニム、そして魔法協会職員である老芝奈々である。
すでにクリスティーナからは色々と手を回してくれていたようで、ルシオンが乗っても余裕のあるワゴン車が手配されていた。
「老芝さんが長崎にいてくれて助かりました。事情を知ってる人がいるといないじゃ、手間が段違いですからね」
「私も、今回は桃子さんと橘さんがいらして助かりましたよ」
長崎ダンジョン支部に、既知の相手である老芝奈々が訪れていたのは桃子たちにとっては幸運だった。
けれど、これは決して偶然ではない。
「正直、仕事で長崎に呼ばれて来たはいいものの、怪異現象として渡された監視カメラ映像を見て、どうしたものかと途方に暮れていたところですから」
「あはは……なんか、すみません」
「先輩。良かったですね、不問にしてもらえて」
奈々の管轄は、地上で起こる『怪異』である。
たとえば、洋館で発生する心霊現象。たとえば、古い木造校舎で発生した七不思議現象。
そしてたとえば、監視カメラに写った謎の『赤ずきん』の調査。
ギルドの誰もが気づいていない謎の『赤ずきん』の調査に訪れた奈々は、途方に暮れていたのだ。
というのも、映像を見てみれば、そこに写っているのは奈々も良く知る桃子である。桃子が奇妙な格好をして、堂々とギルドのチェックをすり抜けている映像である。
奈々は、頭を抱えて崩れ落ちたらしい。
結局その事件は、今回の依頼とともにクリスティーナが手を回すことで『解決済み』となったのだった。
長崎空港に到着した一行が向かった先は、通常の滑走路ではない。
と、いうよりも。そもそもここで乗り換えるのは飛行機ではない。
「うわあ、ヘリコプターって初めて乗ったけど、なんか……こわっ」
「先輩、もっとこっちに寄ってくださいね」
「おやつが。食べたいな」
「海って、何度見ても……お、大きいですねぇ……」
これは、世界魔法協会が所有する、基本的にはスクランブル用のヘリコプターだ。
過去に、桃子からの救援要請を受けた柚花と風間が龍宮礁を訪れたときにも、まさにこのヘリコプターに乗り、龍宮ダンジョン――その奥に隠された死者の国、ニライカナイへと駆けつけたのだ。
「それで、ルシオンさん。さっきの先輩との約束は、絶対に守ってくださいね」
「うむ。わかっている、わかっているとも……」
「その心あらずな感じが、私たちとしては非常に心配なんですけどね」
ヘリコプターに運ばれながら、柚花は念入りに、ルシオンに確認する。
ルシオンは、先ほどからずっと言葉が少なく、心ここにあらずという状態が続いており、桃子も心配げに見つめている。
「まあまあ柚花。さすがにルシオンさんも、普通の人間のローラさんに変なことはしないよ」
「そうだといいんですけどね」
桃子たちが、ルシオンと交わした約束は三つ。
一つ。ローラはエレーヌとは違う、別な個人であることを尊重すること。
どれだけ似ていようともローラの人格を無視せず、決して、エレーヌ扱いはしないこと。
一つ。ローラに拒否された場合は、大人しく諦めること。
彼女はクリスティーナや桃子とは違う、普通の人間なのだ。
決して、魔法生物であるジェヴォーダンの獣が、己の都合で振り回して良い存在ではない。
そして、最後の一つ。魔法生物としての力で危害を加えることだけは、絶対にしないこと。
これは、クリスティーナの出した絶対条件だ。
仮にルシオンが魔法生物としての力で地上の人間に危害を加えるならば――世界魔法協会は、彼を討伐することも視野にいれねばならない。
はたして、ルシオンは。ジェヴォーダンの獣は。
この約束事を、しっかりと理解しているのだろうか。ローラを前にして、理性を保ってくれるだろうか。
この後、桃子たちを追う形で、最悪の場合に備え、リヨンゴをはじめとした何名かの戦えるものたちが龍宮礁へとやってくる。
けれど、それは本当に『最悪』なのだ。
いくら孤島とはいえ、いくら被害が最小限で済む土地だとはいえ。
それでも、地上である龍宮礁を魔法生物同士の戦いの現場にするなど、許されることではないのだから。
ルシオンは、静かに、赤いケープをその手で抱きしめたまま。ずっと、うつむいている。
とてもではないが、今のルシオンの精神状態がまともだとは思えない。
それが今の、桃子と柚花の、一番の心配事だった。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
今日は、有名な童話『赤ずきん』を朗読していきますよ。
古い童話で、有名なのは十七世紀のペロー版、十九世紀のグリム版でしょうか。実はその中間にあたる十八世紀にも、赤ずきんにまつわる不思議なお話があるのですが……ふふふ。それはまた、別のお話ですね。
今日はそのどれでもなく、日本の出版社が独自で出している子供向けの本ですよ。
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赤ずきんは「もう、次からは寄り道はしないわ」と、おばあちゃんと約束を交わしました。
一つ成長した赤ずきんは、おばあちゃんと笑いあうのでした。
めでたし。めでたし。
ふふふ。朗読しておいてなんですが、りりたんは皆が幸せなハッピーエンドが好きなので、狼さんが死んでしまうオチはさほど好きではありませんね。特に、この物語のように人と同じ言葉で話し、人と同じ感情を持てる狼さんには、なんだかんだで愛着を持ってしまいますから。
だから、最後には狼さんも幸せになれるような『赤ずきん』があればいいのですけれどね。きっと、今の世の中なら探せばあるのかもしれませんね。
ふう、一息つきますね。
え、紅茶じゃないのか、ですか?
ええ。本日は、ビタミンたっぷりのアセロラジュースです。とっても酸っぱいですよ。
アセロラは、日本では沖縄などでも栽培されておりますね。
花言葉には『健康増進』などというそのままなものもあれば、『愛の芽生え』や『永遠の幸福』といった物もあるそうですよ。
ふふふ。はたして、永遠の幸福などというものはあるのでしょうか?
永遠の幸福。
その道は、困難ですよ。
ほら――もう、すでに。青い花の世界が、ざわめいていますからね。
というわけで、『赤ずきん』と『アセロラ』のお話でした。
最後が意味深でしたか? ふふふ。りりたんはミステリアスなのですよ。