ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ククー♪ 久しぶりに会えてうれしいわ、桃子さん。魔法協会のお手伝いだなんて、すごいじゃない」
「あはは……うん。ローラさんも、元気?」
「ええ、この場所は空気が綺麗だし、この季節でも寒くないから、病気とも縁がないのよ。ククー♪」
沖縄本島の北にある小さな島、龍宮礁。
そこに建てられた龍宮ダンジョンギルド施設の喫茶店では、以前と変わらず、不思議な衣装の美人ウェイトレスがにこやかに笑っている。
魔法協会のヘリが到着してから、まずローラの様子を確認するために一人でこの喫茶店を訪れた桃子は。
いま。目の前にある光景を、一体どう受け止めればいいのかわからなかった。
「桃子さんの好きだったコーヒー牛乳でも出しましょうか? 再会記念に、私のサービスでいいわよ?」
「あっ、ごめんね。今は外に……えと、今回の手伝いの仲間がいるから、飲み物とかはまた後で頼もうかなっ」
ここは龍宮ダンジョンギルドのロビーにある喫茶店。カウンター席につく桃子の目の前には以前と変わらぬ様子の阿瀬ローラがいる。ルシオンが言うには、彼女はエレーヌの生き写しなのだそうだ。
ローラが本当にエレーヌの生まれ変わりなのか、はたまたエレーヌの遠い血縁かなにかなのか。その真実は、桃子には分からない。
だが。
いま、目の前に。とても偶然では片づけられないことが起きているのは、理解できた。
「ローラさん。えと、その格好は……?」
阿瀬ローラは、日常的に様々なコスプレをしている不思議な女性だ。
彼女が今までに披露してきたコスプレのレパートリーも多岐にわたる。
猫娘メイドだったり、駄菓子の注射器を持ったナースだったり、あるいは大空の妖精だったり、けものの姫だったり、ハロウィンにはカボチャの着ぐるみ姿だったりと、実に様々だ。
彼女はその生来の美しさに毎日変わるコスプレ衣装を掛け合わせ、このダンジョン以外になにもない島を、日々華やかに彩っている存在だった。
そんなローラだが、桃子が知る限りでは彼女は普通の――いや、あまり普通でない変人なのは間違いないのだが、少なくとも魔法生物絡みの人ではないはずだ。
柚花が初めてローラと出くわした際には、すわ怪異かと【看破】でローラを覗き見たらしいが、そのとき見たローラの魔力にも不審なところはなく、彼女は完全に一般人だったそうだ。
なので、ルシオンには残酷な話かもしれないが、エレーヌとローラはただの『他人のそら似』である可能性もあるのだろうと、桃子は考えていた。
けれど――。
「ククー♪ 赤ずきんちゃんよ♪ この赤いケープは、私の手作りなの。素敵でしょ?」
「う、うん……本物、そっくり」
「桃子さんたら、本物を見たことあるみたいに言うじゃないの」
「あは、えへへ……そうだね」
この日の「ククー♪」なる謎のかけ声はともかくとして。目の前のローラが頭から羽織っているのは、間違いなく『赤ずきんのケープ』である。
それは薔薇のように赤い、ウールのような素材で作られたフード付きのケープだった。
仮にそれを小柄な桃子が被れば、それはきっとマントのようにも見えるはずだと、桃子には断言できた。なぜならば、それは桃子が知っているケープと、大きさも、形状も、その全てにおいて瓜二つのケープだったのだから。
「さすがにここまでくると、偶然……なんていうことは、ないよね」
「桃子さん、私のケープに何かついてる? 偶然って、何のこと?」
「あ、ううん、ううん。その、偶然にも素敵なケープを見つけちゃったなー、って思ったの」
「そう言ってくれると、作った甲斐があったわね。ククー♪」
ところで。本当に、ところで。
先ほどから彼女が繰り返している「ククー♪」とは一体なんなのだろうか。
桃子の頭は時間とともに、その疑問でいっぱいになっていくのだった。
一方。
ヘリポートに残された者たちは――。
「なんだ。どうしたびーすと。行かないのか」
「うぅ……ビーストさん……?」
今ここには、柚花とルシオン、そしてヘノとニムの四名がいた。ヘリコプターの操縦士と老芝奈々の二人は、ギルド施設にてこの島のギルド長たちと挨拶を交わしている頃だろう。今回ヘリを飛ばしてきたのは『世界魔法協会がダンジョンの異変を感じ取ったため、取り急ぎ検査に来た』という架空の名目になっているのだ。
そして、ルシオンたちがどうしているか、だが。
結論から言えば。ルシオンの足は、止まっていた。
ルシオンは、ここから先へと踏み込むこともできず。しかし、何もなかったことにして戻る道も選べず。
彼はただ、その場で立ち尽くしていた。
「笑うがいい。吾輩は……怖いのだよ、妖精たちよ」
「うぅ……笑いませんけどぉ……」
「ヘノだって。笑わないぞ。でも。何が怖いんだ」
ルシオンは、ローラの中にエレーヌを見いだした。それは、間違いない。
しかし、それと同時にルシオンは恐怖していたのだ。
もし、ローラがエレーヌでなかったとしたら。
もし、ローラに拒否されてしまったとしたら。
今までクリスティーナにどれだけ否定されても、あるいは桃子に義娘の話をすげなく断られても、それはそれで諦めはついたのだ。彼女らはやはり、エレーヌではないのだから。
けれど、ローラはエレーヌに似すぎていた。だからこそ、ルシオンはこれ以上踏み込む勇気を持てない。
もしかしたら、会わない方がいいのではないかとすら、頭の片隅で考えている。
「ルシオンさん。今、先輩が先に喫茶店に入って、ローラさんを連れてきてくれる手はずになってますけど……」
柚花はルシオンに声をかけながらも、心の中ではやはり、葛藤が続いていた。
はたして、このままルシオンとローラを対面させてしまっても良いのかどうか、柚花にもわからなかった。
もしかしたら、真実など知らずにこのまま引き返し、彼にはローラのパトロンにでもなってもらったほうがいいのではないか。ただ遠くからローラを見守り続ける生活でもしてもらえばいいのではないか。それが一番誰も不幸にならないのではないか。
そういった考えが次々と浮かんでくる。
だが、ここにはそのような葛藤を無視し、まっすぐに。ただ、まっすぐに。
ルシオンに言葉を叩きつける存在がいた。
「おい。何やってるんだ。怖がってる場合じゃ。ないだろ」
ヘノが、ルシオンの眼前に飛び上がる。
ルシオンの目を、真剣に覗き込んで言葉を続ける。
「お前。ずっとずっと。会いたかったんだろ。探してたんだろ。今は。動くときだろ」
「貴様に、何が分かるというのだ……」
ルシオンは弱々しくも、以前のようにヘノに言い返す。
桃子を失ったことのないヘノには、いまのルシオンの心はわからない。パートナーを容易く不老にしてしまう妖精には、ルシオンの気持ちがわかるはずがない。
だが、それでも。
そんなヘノでも、ルシオンではなく『彼女』の気持ちを想像することくらいは、できるのだ。
「わかるぞ。お前が探すのをやめちゃったら――えれーぬが。かわいそうだ」
「それは……」
ヘノにはルシオンの気持ちはわからないし、わかるはずがない。それでも。
エレーヌの気持ちを想像することは、できた。
もし自分がひとりきりで、桃子に見つけてもらうのを待つ立場だったら。ヘノはきっと、桃子が迎えに来てくれるのを――いつまでも、いつまでも、待ち続けるのだから。
それがとても、寂しくて、悲しいことくらい、ヘノにだってわかるのだ。今もそれを想像するだけで、胸が苦しくて、潰されそうなのだから。
いつも無表情なヘノは。いまだけは、悲しげに表情を歪めて、言葉を続ける。
「えれーぬが待ってるんだったら。どれだけ時間がかかっても。探してやらなきゃ……かわいそうだろ」
『また――私を……探してくださいね。何十年経っても……何百年経っても……』
ルシオンには、ヘノの言葉の裏で、エレーヌの最期の約束の言葉が被さって聞こえた気がした。
彼は、思い出す。彼はあの日、間違いなく、エレーヌと約束をしたのだ。
エレーヌを探し出すと。何十年経っても、何百年経っても、必ず探し出す、と。
「……貴様……妖精」
ルシオンは、ぎりりと強く歯を噛み締めて。そして、ギラリと強い瞳を、ヘノへと向けて。
「そなたのお陰で、吾輩は大切なことを思い出せた。……感謝する」
柚花たちの見守るなか、ルシオンは視線を西へと向けた。傾きかけの太陽が、彼の貌をオレンジ色に染め上げる。
ヘリポートには、夕陽に照らされたルシオンの影が、長く、長く、伸びていた。
「ククー♪ 柚花さんも、お久しぶりね。それと、あなたが……」
「ああ。吾輩はルシオンと言う」
黄昏時のヘリポートで、屈託の無い笑顔のローラと、緊張した顔のルシオンが対面している。
ローラには、彼女の出演したドラマをだしに使い、「世界魔法協会の仕事で来ている仲間がローラのファンなので挨拶をしてあげて欲しい」と伝えているので、ルシオンが異様に緊張していたとしても不審に思われはしないだろう。
肝心のローラの反応だが、二メートルを超えるスーツ姿の外国人男性の姿にはローラも少しばかり驚いていたが、逆に言えば彼女の見せた反応はその程度だった。
「ルシオンさんね。私はローラよ。龍宮礁へ、ようこそ♪」
「……あ、ああ。ローラか……そなたは……そなたは……」
「あら、どうしたの? 泣かないで、ルシオンさん。ここはとても優しい島だから、大丈夫よ、怖いものなんてないわよ」
「……ありがとう、ローラ」
彼女の口から発せられる言語は、記憶の中のエレーヌが語るフランスの言語ではない。彼女は異国――日本の言語で話し、その口調すら違う。友人に囲まれた彼女はとても楽しげで、やはり、エレーヌとは違う存在だ。
目の前の女性は、エレーヌではない。ルシオンとて、それは受け入れざるを得ない事実だった。
けれど。
ルシオンの目の前にいる女性は、夕陽に照らされて、赤いずきんをかぶるその姿はやはり、エレーヌそのものだった。
自然と涙がこぼれるルシオンの頬を、ローラのしなやかな指先がなぞる。
その手の優しさは、ルシオンがとうに忘れていたものと、なにひとつ変わっていなかった。
「先輩。これって仕込みかなにかですか? あのケープもう一つあったんですか?」
「違うの。あれ、ローラさんが自分で作ったものなんだよ。ローラさん、初めから赤ずきん姿で……」
「そんな偶然あります?」
柚花は桃子に小声で囁くように質問をする。そのやりとりには、互いの懐に隠れた妖精たちも聞き耳を立てていた。
どうやら柚花は、桃子が先に喫茶店に入ったときに、何か仕込んできたのではないかと疑っているようだ。
それも仕方がないことだろう。この場に現れたローラが、ルシオンが所持しているものと全く同じデザインのケープを、赤ずきんとして羽織って現れたのだから。
これは、本当に偶然なのだろうか。
仮にこれが偶然だとしたら、それはもう『奇跡』と呼ぶべき偶然だろうと、桃子は思う。
「そのケープは『赤ずきん』であるか。とても良く似合っている」
「ククー♪ 赤ずきんちゃんです♪ あ、ククーってフランスの挨拶だけど、それはわかるわよね?」
ルシオンは、決してローラに国籍までは名乗っていない。
けれど、フランスからやってきた彼は、優しげな瞳で、ローラの言葉に静かに頷いてみせる。
そして、その手にずっと持っていた、エレーヌのケープを差し出した。それは、ローラが被っているものと瓜二つの、まっかなケープだ。
「よければ、君に……これを使ってほしい。フランスの、本物の赤ずきんがつけていたという……赤い、ケープである」
「嘘?! 私のと同じデザインじゃない! どうして?!」
ローラは、そっとそれを両手で受け取る。
「……懐かしい手触りだわ。とても……とても、懐かしい……なんで、なんでかしら……」
そして、ローラの瞳には、ひと筋の涙が流れ落ちる。
ルシオンは、何も言わずにただ、優しく見守っている。
桃子と柚花は、この『偶然』とは思えぬ奇跡のような出会いを。奇跡のような再会を。
沈みゆく夕焼けの中で、静かに見つめているのだった。
しかし、桃子たちは失念していた。
もし、ローラのなかに『エレーヌ』という死者の魂が存在するのならば。
彼女と出会うべき場所は、ここではないということを。
死者が居るべき場所が、すぐ近くにあるのだということを。
ローラが、謎の発熱とともに。どこかから呼ばれたかのように。深い、深い眠りに落ちたのは。
この後、すぐのことである。