ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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呪いの魔物たち

「桃子。絶対に。ちゃんと戻ってくるんだぞ」

 

「うん、ヘノちゃん。絶対に戻ってくるよ。大丈夫、大丈夫だから」

 

 これ以上先へは自分はついて行けないと知ったヘノは、すぐには言葉が出ないほどにショックを受けていた。そして、桃子の元から離れようとしなかった。

 もちろん、ヘノだって頭では理解している。ここで桃子に縋り付いても、何の力にもなれないのだと。

 けれど、それでも。ヘノはギリギリまで、桃子にくっついていた。

 

「うぅ……ひっく……柚花さぁん……し、死なないで下さいねぇ……めそめそ……ずるずる」

 

「もちろんです。私は……ニムさんを残していなくなったりしませんから、安心してください」

 

 それはニムも同様だ。ニムは話も出来ないほどに泣きだし、今ようやく、きちんと会話を交わせるまで落ち着いてきたところだ。

 柚花はニムを胸元に抱き寄せて、絶対に帰ると、何度も約束をしていた。ニムが泣き止むまで、何度も、何度も、約束をしていた。

 そうして、ヘノとニムはようやく覚悟を決めて、下の階層へ降りようとするそれぞれのパートナーの手を離れる。

 

 そして妖精たちは、無言でその風景を見つめていた魔獣へと、向き直る。

 ルシオンは、先ほどからずっと静かに、少女たちと妖精の抱擁を見つめていたのだ。

 

「びーすと。……お願いだ。桃子と後輩のこと。守ってやってくれ」

 

「わ、私たちじゃ……ち、力になれなくて……あ、あなただけが……うぅ……た、頼りで……」

 

「……吾輩に、任せよ」

 

 ルシオンは、不安で泣きそうな顔で、あるいは泣き顔で、願いを伝える妖精たちに向けて。

 真っ直ぐに、堂々と、言い放つ。

 

「吾輩こそは、古よりジェヴォーダンの獣と恐れられし魔獣であるぞ。そなたらの――友の願いは、必ず吾輩が叶えようではないか」

 

 ルシオンは、ヘノたちを『友』と呼んだ。

 初めは、誤解から戦いになったこともあった。あまりにデリカシーのない言動に、本気で怒りを感じたときもあった。

 そして、共に食べたカステラは、美味かった。特にヘノなどは、カステラの紙を分け合って食べた仲なのだ。

 

「友よ。吾輩を、信じるがいい。そなたらに、吾輩と同じ悲しみは……何があろうと、背負わせぬ」

 

 ルシオンは、ヘノたちと約束をしてくれた。

 あとは、ヘノたちにできることは、桃子たちを見送ることだけだ。

 

「ヘノちゃん、ここで待っててね! すぐ、帰ってくるからね!」

 

「もちろん。待ってるぞ。待ってるからな」

 

「そうですよ、ニムさんも、笑って出迎えてくださいね。約束です」

 

「うぅ……や、約束ですよぉ……!」

 

 最後に妖精たちはそれぞれのパートナーに、ひしと、抱擁をしてから。

 第二層へと旅立つ一行を、霧の向こうからずっと、涙を堪えながら見送るのだった。

 

 

 

 

「……ふむ、なるほど。この地には確かに、異様なほどの濃厚な瘴気が集まっているな」

 

 ヘノたちを上層に残して、桃子と柚花、そして巨大な魔獣姿のルシオンは第二層の平原を征く。

 過去に桃子がここを訪れたときには、ゴブリンや獣人を始めとした魔物の大群が襲ってきたのを思い出す。

 サンドワームと大量のスライム、そして、数多の一反木綿に酷い目に遭わされたことを思い出す。

 

 桃子は覚悟を決める。もし、あの時と同じことが起こるならば――きっと、とてつもなく厄介な魔物がこの地に現れるはずだ。

 そして同様に柚花もまた、覚悟を決める。もし、過去に自分が討伐した魔物が現れるというのならば――きっと、途方もなく厄介な軍勢が現れるはずなのだ。

 

「ごめんね、柚花に先に謝っておく。これからここに、ものすっごく厄介なのが、たっぷり現れると思う」

 

「先輩、同じく私も今のうちに謝っておきます。今からこの場所は、もの凄く面倒くさいことになると思います」

 

 両者とも、身に覚えがありすぎた。

 二人で謝りあい、くすりとどちらともなく笑みをこぼす。

 だが――すぐに、真剣な瞳で二人とも武器を構える。

 柚花は双剣を構えて、そこにはバチバチと電撃のスパークが走る。桃子もまた、ハンマーを巨大化させ、すぐにでも振り回せるように、ぎりりと両手に力を入れる。

 

「周囲の塵芥は吾輩が刈り尽くす。小娘は電撃であの漆黒の群れを対処せよ。幼子にはその護衛を任せる」

 

「はい! 頑張ろう、柚花!」

 

「ええ、先輩!」

 

 見上げれば、遠くの空に広がるのは、漆黒。

 大量の黒い鳥――巨大な猛禽類の魔物たちが、この黄昏の空を埋め尽くす勢いで、こちらへと向かってきている。

 これは、柚花が過去に上高地ダンジョン『蒼空』にて煤にしてきた、空を覆う鳥たちだ。その数は数百羽では済まないだろう。数千、もしかすれば数万にも届くかもしれない数の魔物の群れが、空に暗幕を造り出そうとしている。

 すでに、柚花がその場で【チェイン・ライトニング】を連発している。連鎖する落雷が空に広がり、近づいてきていた数十、下手をすれば百に届く鳥たちが消滅していく。

 だが、途方もない数の鳥たちはそれでもなお、黄昏の空を徐々に闇へと変えていく。

 

 一方、地上では。

 同じく、数多の魔物が地平線の先から進軍してくるのが見える。

 これが、桃子と柚花の討伐してきた魔物たちだ。ゴブリンや魔獣なども少なくはない。どこで倒したのか記憶も定かではないような魔物たちも多くいる。香川ダンジョンを苦しめてきた黒い蜘蛛たちの姿、つい先日にも長崎ダンジョンで討伐したばかりのアンデッドの姿も多い。

 そして――その中には、桃子が今一番、危険視している魔物たちの姿もあった。

 

『タスケテェ、タスケテェ……』

 

『オカアサン……オカアサン……』

 

 それは、人間の姿をしていた。

 古めかしい着流しやもんぺ姿の、過去の時代の『農民』たちが、それぞれの手に鎌や鍬といった人間の道具を持ち、苦しみの声を上げている。人間の言葉で、助けを求めている。

 だが、それが決して人間などではないことを、桃子は知っている。

 

「柚花、お願い! 絶対に……絶対に、あれの声は聞かないで! 耳を傾けちゃ駄目!!」

 

「わ……かり、ましたっ!」

 

 吉野ダンジョン第三層『ヒトザト』に出現した、桃子が出会ってきた中でも最悪の魔物、ニンゲン。絶対に、人間である探索者たちと遭遇させてはいけない、人間と同じ形をした、動く呪い。

 そのニンゲンたちが数多の魔物とともに、濁流のように襲いかかってきた。

 桃子はまだ、吉野ダンジョンの守護者――ギンロウの加護が込められた牙のネックレスを身につけているため、ニンゲンの呪いの声に多少は抗うことはできる。

 けれど、柚花は桃子と違い無防備だ。だからこそ、何があろうと、柚花にニンゲンを近づけてはいけない。事実、先ほど少し聞こえてきたニンゲンの怨嗟の声だけでも、すでに柚花は冷や汗をかいている状態だ。

 

「くっ……あれが、ニンゲンってやつですね……! どうにか【看破】で人間じゃないことは確認できますけど……正直、キツいです」

 

「そう! 最悪の、最悪の魔物なの! このお! あなたたちなんて、嫌い! 消えて! あなたたちのせいで、あなたたちのせいで、オオカミさんたちは……!」

 

 声の聞こえる距離に現れたニンゲンに向けて桃子が駆け出し、ハンマーを振るう。

 ニンゲンの声に耳を傾けず、可能な限り目を背ける。正面から見てはいけない。見てしまえば、対象が苦しみ藻掻く『生きている人間』にしか思えなくなる、そのような呪いなのだ。

 桃子は必死で、自分の大声でニンゲンたちの声をかき消しながら、ハンマーを振り回す。

 人を叩き潰すような錯覚に、吐き気がこみ上げ、涙が出てくる。呪いなどに負けじと、桃子は頭の中で必死にヘノを、そして柚花を思う。笑顔でカレーを食べる皆の姿を思えば、力が湧いてくる。

 

「先輩……!」

 

 柚花もまた、地上を見ずに空だけを見て、ただひたすらに雷を放出していく。

 ニンゲンも、黒い鳥たちも、一体一体は大した強さではないはずなのだ。どうにか、この大量に押し寄せる第一陣さえ凌いでしまえば、楽になるはずなのだ。

 これは、桃子と柚花がどれだけ耐えられるかの勝負だった。

 

 

 

 しかし、桃子たちは決して一方的に押されているわけではない。

 

「クハハハハ! 吾輩が貴様らごときの擬態に惑わされると思ったか」

 

『タスケ……テ――』

 

「わが友に、近寄るでないわ! この……醜悪な、人間擬きめが!!」

 

 平原を、目にも留まらぬ速度で縦横無尽に駆け抜ける黒い魔獣。それこそが、桃子たちの最大戦力だ。彼が地を駆けるだけで、その破壊的な魔力に触れた魔物たちは弾け飛び、消えていく。

 柚花が空の魔物に専念し、桃子は柚花を守ることだけに注力する。

 そして、地上の敵は全て、ジェヴォーダンの獣が刈り尽くす。それが今回の作戦だ。

 

 そんな中、桃子が一つの発見をする。それは、この戦局を覆す、重要な発見だ。

 

「柚花! いた! 左側の空!! でっかい鳥が、遠くから見てる!」

 

「先輩、ナイスです!」

 

 忘れもしない、上高地ダンジョンにおける戦い。

 あのとき、大量に飛び交っていた黒い鳥たちには、それを操る黒幕がいた。

 そして今、はるか遠くのオレンジ色に染まった空に見えたのは、配下の魔物を眺めている巨大な怪鳥のシルエットだ。桃子が遠くの空に見つけたそれこそがまさに、己の手を汚さずにこの黒い鳥たちを操り動かしている、天空の司令塔だ。

 

「少しの間【チェイン・ライトニング】は止まりますから、周囲のけん制はお任せします!!」

 

「うん! このお! 柚花に近づかないでっ!!」

 

 桃子がハンマーを振り回し、周囲を飛び交う鳥たちを威嚇する。

 幸い、ルシオンの活躍により、少なくとも柚花の周囲ではニンゲンを始めとした地上の魔物は一掃されている。

 桃子はだから、空だけを見上げて。襲い来る鳥に向かい、ひたすらにハンマーを空振りしていた。

 

「本当は、こんな詠唱は好みじゃないんですけどね!」

 

 本来、魔法を使用するのに詠唱は必要ない。ただし、探索者たちのなかには、集中するためのルーティンとして、独自の詠唱を唱える者たちもいる。

 柚花はだから、双剣に極限まで魔力を充填させて。この魔法を授けてくれた魔女がよく唱えていた詠唱を、今だけは、代理で口にする。

 

「我が指は雷の道しるべ――【召雷】!!」

 

 柚花の双剣を道しるべにして。

 巨大な爆音と共に、遥か先の空へと、まばゆい電光が走る。

 それはまるで、ひとつのビーム砲となり。

 

 大空の怪鳥を、貫いた。

 

 

 

 

 

 

「……ふう。空の敵がいなくなれば、こっちのもんですよ」

 

 司令塔を失った黒い鳥たちは、柚花が魔法を使わずとも、その全てが勝手に消滅していった。

 これで、この第二層『黄昏の平原』における制空権は勝ち取った。

 地上に溢れる魔物たちも、気付けばルシオンによってその大多数が滅ぼされていた。さすがは伝説の魔獣だけあって、彼は地上での戦いならば圧倒的な強者である。

 この調子ならば、近づいてきたこぼれ魔物にさえ気をつけておけば、今のところは多少の休憩も許されそうだ。

 

 そこで桃子は、柚花の隣に立ち。

 先ほどから気になっていたことを、問いかける。

 

「ねえ、柚花。【看破】で、この場所に――」

 

「いませんよ」

 

「え?」

 

 桃子が質問を言い終わるより先に、柚花は返答を返してきた。

 それは「いませんよ」の一言だけであるが、桃子にはそれが全てだった。

 桃子が柚花に確認して欲しかったこと。それは、この土地にいま、桃子がとどめをさしたはずの『あの魔物』はいるのか、である。

 

「りりたんも言ってたじゃないですか。ここに現れるのは、私たちに『恨み』を持つ魔物なんです」

 

 桃子の言葉をすでに、柚花は分かっていたのだろう。

 

「だから、最後まで先輩を恨まなかった『躯』は、いませんよ」

 

「……そっか」

 

 実を言えば、桃子はこのニライカナイに踏み込む際、少しだけ期待していたのだ。

 桃子が討伐した魔物に再会出来るのならば。鎌倉ダンジョンにて桃子が最後に戦った『躯』にまた、会えるのではないか、と。

 しかし、彼は桃子を恨んではいなかった。

 だからこそ、皮肉にも。彼はこのニライカナイに復活することは、ない。

 

 遠くでは、ルシオンが平原を駆け回っている。

 ここがダンジョンでなければ、縮尺がおかしいだけで、黄昏の空の下を元気に駆け回る犬の姿に見えたかもしれない。

 もっとも、その犬が数多の魔物を轢き殺していなければ、だけれど。

 

 

 

「ところで先輩、あのデカブツはどうします? 先輩がやります?」

 

「うーん、ルシオンさんにこのまま任せちゃおうかなって」

 

「じゃあ、私たちはここで待ってましょうか」

 

「そうだね。きっと、もっと面倒くさいのが出てくるだろうから……」

 

 視線の先には、巨大な異形の巨人の姿があった。あれは、ニンゲンたちを操っていた醜悪な怪物だ。

 吉野ダンジョンの事件のときには皆の力を借りて、最後は桃子とポンコの二人で討伐したはずの異形巨人が、再びこの地に現れたのだ。

 とはいえ、あの巨人はサイズが大きいだけであり、特殊個体ほどの強力無比な存在ではない。

 つまり、ルシオンの敵ではないとして、桃子と柚花は、異形巨人の相手はルシオンに押しつけることにした。

 

 そして、それよりも。

 二人の中で、とある『覚悟』が、首をもたげる。

 

 この階層には、大空を支配する巨大な蜂の群れは、いなかった。

 この階層には、無限の悲しみとともに湧き出る怪魚の群れは、いなかった。

 

 ならば、第三層だ。

 ここを更に降りた先、ニライカナイ第三層の『青い花畑』には、より強大な魔物たちが、待ち構えているはずなのだから。

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