ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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蟻と蜂 前編

「ふむ。青い花……か。ギリシャ神話では、冥界の手前には青いネモフィラが咲いているという話があるな」

 

「へえ、わんちゃんて意外と博識なんですね」

 

「クハハハ、そうだろう。もっとも、吾輩はその話が嫌いなので、殊更記憶にこびりついていただけのことであるがな」

 

 ニライカナイ第二層『黄昏の平原』で魔物の軍勢を撃破し、第二層の瘴気を浄化した桃子たちは、その足で第三層へと降りてきた。

 ここは、死の国の入り口とも言われている第三層『青い花畑』である。半年前には多くの死者たちと共闘し、バジリスクや鵺といった特殊個体と戦ったのもこの場所だ。

 この一行のなかで随一の戦闘能力を所持する巨大な大型犬を先頭にして、桃子たちは、ゆっくりと青い花畑の世界を進んでいく。

 

「柚花、ルシオンさん。瘴気は見える? 魔物がどこにいるとかは、わかる?」

 

「先輩、残念ですけど、辺り中が瘴気だらけで、いつどこに魔物が発生してもおかしくない状況ですよ」

 

「そっか……」

 

 なんとなく、肌にまとわりつくような嫌な気配はずっと感じている。けれどやはり、桃子には瘴気が見えない。

 なので、今は柚花とルシオンの感覚が頼りであるのだが、残念ながら瘴気が濃すぎて周囲の感知は柚花たちにも難しいようだ。

 しかし、桃子と柚花には、予感があった。

 この場所に現れるのが、桃子や柚花が直接討伐した魔物だというのならば。特殊個体だというのならば。

 出現が考えられる敵は、限られる。

 

「しかし、だ。これだけ瘴気が濃いならば、すぐにでも――」

 

「……え? ルシオンさん?」

 

 ふと、前を行くルシオンの言葉が途切れ、その脚が止まる。心なしか、その尻尾の毛も逆立っているように見える。

 桃子が魔獣の顔を見上げるが、彼は黙り込み、漆黒の毛皮の隙間から見える赤い瞳が、油断なく、広がる青い花畑を睨みつけている。

 

「……幼子、小娘。地面の中から、多数の魔物の気配が近づいてきておる。気をつけろ」

 

 それに最初に気付くことができたのは、人間離れした感覚を持っているルシオンだけだった。

 上空は瘴気で濁った夜空が広がり、地面は地平線の彼方まで続いていそうな青い花畑が広がっている。桃子が見る限りでは、そこに敵影はない。

 しかし、ルシオンは地面から近づく何者かに備えて姿勢を低くしている。

 

「柚花、地面って言うと……!」

 

 地面の中の魔物。

 それだけで、いまこの場に現れようとしている魔物の正体がわかる。

 それは――アリ。

 

 いまから二ヶ月前。房総ダンジョンでは、二体の巨大な魔物の同時討伐作戦が決行された。

 桃子はその際に、地下洞窟の巨大なアリを統べるクイーン、女王アリをこのハンマーで撃退したのだ。

 

「そうですけど、先輩、悪いニュースです。空のほうもセットみたいですよ」

 

 柚花の言葉とともに、桃子もそれに気がついた。

 夜空に反響するように。まるで巨大なモーター音のような振動音が、徐々にこちらへと近づいてくる。

 これは忘れもしない、巨大な蜂の群れの襲撃を示す、あの羽音である。それが、猛烈な勢いで押し寄せてくる。

 

「むう、速いぞ! 幼子! 小娘!」

 

「はっ、はい!」

 

「ほら、もうきましたよ! 暗い空に黒い蜂ってのは、闇に隠れて厄介ですね! 【チェイン・ライトニング】!」

 

 柚花が空をめがけて連鎖する稲妻を放つと、暗い夜空を走る電流が、何十もの蜂の群れのシルエットとともに広がっていく。

 すでにもう、かなりの数が押し寄せている。

 だが、上ばかり見上げてはいられない。

 

「幼子、来たぞ!」

 

 目の前の地面が突然膨れあがったかと思うと、そこから這い出てきたのは外骨格の魔物たち。大量の巨大アリの群れが、ほぼ同時に桃子へと躍り掛かってきた。

 

「きゃっ! このっ、このおっ!!」

 

「ヤバいです、これ全部一緒に対処は……!!」

 

 桃子がハンマーを振り回し、柚花の周囲のアリを撃退していく。ルシオンは第二層のときと同じように周囲のアリを撃退していくが、なにぶん地面の下に隠れている個体が多く、取り逃がしが多い。

 桃子たちのもとに、わらわらとアリが群がり、空には漆黒の蜂が集まりつつあった。

 

「くっ……仕方なし、幼子! 小娘! 吾輩の背に乗るがよい!! この場を離脱する!!」

 

 ルシオンが、桃子たちの正面に現れたアリたちを全て弾き飛ばし、その場に急停止をする。

 この包囲網を突破するために、この背に乗れということだ。

 

「は、はい! よいしょ、よいしょ!」

 

「どこかに女王アリと女王蜂がいるはずです! それを探しだしましょう!」

 

 桃子が、よじよじと。

 柚花が、軽やかな動きでルシオンの背中に飛び乗った。

 二人がしっかりとその背に乗ったのを確認すると、ルシオンは花畑の中を駆けだしていく。

 生半可なGではないが、桃子と柚花は魔獣の長毛を命綱にして、振り落とされないように必死でしがみついた。

 

 背後には大量のモーター音。

 脚を止めれば再び包囲されるのは確実という、高速で駆け抜けながらの討伐戦が、いま、スタートした。

 

 

 

「電撃が、通じるのは……! ありがたいですけどっ!」

 

 柚花の構えた剣先から、連鎖する稲妻が迸り、空中に群がっていた巨大な黒蜂たちを撃ち落としていく。

 不幸中の幸いと言ったところだろう。この地では女王アリが再び力を取り戻しているため、蜂たちが女王アリから吸収した力――電撃を無効化する性質は失われているようだ。

 もっとも、だからといって決して、楽な戦いではない。

 

「さいっ! あくのっ! 乗り心地ですねっ!」

 

「贅沢を言うな! このまま走り抜ける! 吾輩は結界は得意ではないのだ!」

 

 事態は、悪化していた。

 魔獣が駆ける先には、至る所にアリの群れが待ち構えている。しかし、それはいい。アリだけならば、ルシオンの敵ではない。速度さえ維持しておけば、包囲されることもない。

 だが、それを厄介にしているのは、巨大な蜂たちだ。

 飛び交う蜂たちだけならば、柚花の電撃でどうにか対処はできているし、仮に蜂に群がられようともルシオンならば対処はできるだろう。

 だが、いまこの状況で一番厄介な敵は、この空のどこかにいる女王蜂だ。

 暗い空から止めどなく叩きつけられる魔法弾――女王蜂の、毒針だ。

 上空から延々と撃ち込まれるそれを、高速で駆け抜けながら。ルシオンのつたない結界術でどうにか凌いでいる状態だった。

 

「そなたら、落ちるでないぞ!」

 

「柚花、落ちないでね! 私が押さえてるからね!」

 

「【チェイン・ライトニング】! ……ああもう、焼け石に水ですねこれ!」

 

 柚花が空に向けて雷を撃ち続けるためには、最低でも片手をフリーにしなければいけない。

 なので今は、疾走するルシオンの背で魔法を撃ち続ける柚花を、桃子が全身で抱きしめるようにして固定している形だ。

 ルシオンが長毛種だったのが幸いし、今は彼の毛を即席のロープのようにしてどうにか振り落とされずに済んでいるが、状況としては散々だ。

 

「耐えるのだ! 見つけたぞ、このまま前方に、巨大な魔物の気配である!」

 

「女王アリ……っ!」

 

「そうである! このまま突入する!」

 

 ルシオンが、標的の一体である女王アリの居場所を捕捉した。

 いつか房総ダンジョンの地下で相対した、巨大な腹部から延々と兵隊アリを産み出し続ける、大地を支配する魔の母胎。それが、青い花畑の先にいる。

 まっすぐに、ルシオンはその女王へと向けて駆けだした。

 

 だが、背に桃子と柚花を乗せたままでは、ルシオンは女王とは戦えない。いや、厳密に言うのならば、戦うことはできても、その場合の桃子と柚花の安全が一切保障できない。

 かといって脚を止めれば、如何にジェヴォーダンの獣といえど多勢に無勢。降り注ぐ女王蜂の毒針弾を防ぎながら、雪崩のように現れるアリや蜂を相手取るのは難しい。

 

 そこで、三人は事前に作戦を決めていた。

 綱渡りのような、しかし今の状況では確実と言える、一つの作戦だ。

 

「幼子よ! 先ほどの作戦通りであるぞ、準備はできたか!」

 

「は、はい……っ」

 

 柚花はいま、魔法を放つ手をとめて、両手でしっかりとルシオンの背にしがみついている。今は、柚花を押さえる役目で桃子の手をふさぐわけにはいかない。

 

 今から作戦に打って出るのは、桃子である。

 桃子はいま、赤いケープを頭から被っていた。これはルシオンの魔術により、人間はもとより、魔物の認識をも阻害できる装備である。

 これを、ダンジョン内の桃子が羽織ったとしたら――。

 

「大丈夫です先輩! 【隠遁】も安定してます! ですから、やっちゃってください!」

 

「うん、わかった……! ルシオンさん、柚花をお願いします!」

 

「うむ! ぬかるなよ!!」

 

 昆虫の魔物たちが【隠遁】の影響を受けることは、以前の戦いではっきりしている。

 そして今の桃子は、以前のニライカナイの旅路と違い、生身の肉体で訪れている。つまり【隠遁】が効いている。

 そこに、更にルシオンの術を重ねがけすることで。桃子はいま、魔物たちにとって、完全な透明人間となっていた。

 

 桃子は、赤いケープをしっかりと頭から被り。手にはしっかりと、己のハンマーを握る。

 

 

「グオォォォオオ!!」

 

 ルシオンが、女王アリへと向かい、跳躍する。

 弧を描き、その何十メートルもある巨大な女王の体躯を、飛び越えるように。高く、高く翔ぶ。

 女王アリの触角が、複腕が、ルシオン目掛けて叩きつけられるが、しかしルシオンは止まらず、女王アリの頭上を通過した。

 

 そのとき。

 

 魔物たちは、一切気付きはしなかった。

 弧を描き空を跳ねる魔獣の背から、一人の赤ずきんが飛び出した瞬間に。女王の頭上目指して、空を翔んだ姿に。

 

 落下しながらも。赤ずきんは、ハンマーにはめ込まれた紅珠に魔力をつぎ込んでいる。今回は【氷結】ではなく、純粋な破壊の力だ。

 空中で大きくハンマーを振りかぶり、女王アリの攻撃が届かない死角――頭上から、いま。

 

「こんのおぉっ!!」

 

 魔力の爆発とともに、女王アリへと向けて桃子のハンマーが振りおろされた。

 

 轟音と、衝撃。

 

 魔力の光とともに大地が揺れ、そして。女王アリの上半身は、跡形もなく弾け飛び、消滅した。

 残されたのは、巨大なクレーターのようにえぐられた地面と、煤へと変わっていく女王アリの巨大な下半身。それと、衝撃で跳ね飛ばされて地面をごろごろ転がる赤ずきん姿の少女だけである。

 

「いててて、頑丈でよかった。でも……やった! 女王アリ、討伐!」

 

 柚花たちの目論見通り、女王アリを失ったアリたちは動きをとめる。そして、ボロボロと。肉体を失っていき、煤へと還っていった。

 桃子の周囲には、生者も、魔物もいない。静かなそよ風だけが吹き抜ける。

 アリはもとより、蜂たちにも【隠遁】は効いている。桃子を襲う蜂はおらず、女王蜂の魔力の弾丸も降り注がない。

 

「……あとは、柚花。お願いね」

 

 今は、ルシオンたちには桃子を回収する余裕などない。

 クレーターに残された桃子は、遙か先で繰り広げられる、雷と魔力弾の飛び交う空を見ながら。

 ひとり、強く、その手を握りしめ。柚花たちの勝利をただ、祈るのだった。

 

 

 

 

「クハハハハ! 足元に群がるアリどもが消えて、随分と楽になったのである!」

 

「そうですね、このくらいの速度なら私も落ち着いて、魔法を連発できますよ!」

 

 魔物の軍勢の一角、アリたちは滅びた。これで、ルシオンたちは上空の敵へと集中できる。

 ルシオンが結界を維持し、降り注ぐ毒針弾から柚花を守護しさえすれば、先ほどのような振り落とされるほどの速度で駆け抜ける必要もない。

 

「ならば小娘、次はあの空飛ぶ蜂の女王であるぞ!」

 

「ええ、やってやりますよ!」

 

 桃子は、役目を果たした。完全に、女王アリを撃破した。

 ならば次は、この大空を支配する魔物――女王蜂を討伐するのは、柚花の役目だ。

 

「女王蜂! 今度は間違いなく、この橘柚花が――」

 

 柚花は、ルシオンの背に跨がり、しっかりとその魔獣の長毛をロープ代わりにして己の体を固定すると。

 暗闇の夜空に向かい、己の剣を向けて。力強く、宣言するのだった。

 

「――引導を渡してやります!」

 

 青い花畑で。

 空を統べる女王との、第二ラウンドが。

 いま、開始された。

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