ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子が高所からのダイブにて、アリの女王を討伐した。
残すは、黒い巨大な蜂の群れを操る特殊個体、女王蜂だ。夜空に紛れるようにホバリングしているその巨大な女王蜂の姿を、柚花の【看破】は間違いなく、見通していた。
房総ダンジョンでの決戦時は、ヘノとルゥを従えた桃子による、女王蜂の更に上からの強襲で討伐できた。だが、残念ながら今はそのような手段は不可能だ。
なら、どうすべきか。柚花とルシオンは花畑を高速で駆け抜けながら、言葉を交わす。
「小娘! なにか作戦はあるのか!」
「わかりません! でもまあ、打てる手はどうせ少ないので……!」
アリが消えて多少は戦いやすくなったとは言え、未だに黒い蜂の群れは襲いかかり、女王蜂の放つ魔法弾――毒針は、柚花とルシオン目掛けて降り注いでいる。
柚花も負けじと魔獣の背中にしがみ付き、空いた片手で【チェイン・ライトニング】を奔らせ、周囲の黒い蜂の群れをまとめて焼き尽くすが、残念ながらその雷は女王蜂には届かない。
ならば、使える魔法はたった一つしかない。
柚花は、右手に持った剣を真っ直ぐに構え、女王蜂へと狙いを定めた。刀身はすでに、バチバチと雷の魔力のスパークを纏っている。
柄を握るその人差し指は、まるで引き金を引くように伸ばされて。刃と共に、獲物である女王蜂を捉えている。
そして――。
「我が指は、雷の通り道――【召雷】!」
詠唱とともに、その切っ先を砲台として、目映い雷が迸る。
パン、と破裂するような音と共に奔ったその電流は――しかし、届かない。女王蜂に届く直前、空中に張り巡らされた透明の壁によって、雷は全て拡散して消えていく。
女王蜂の手前に張り巡らされているのは、房総ダンジョンでの戦いにおいて柚花達を苦しめた『結界』だ。魔力タンクだった巨大な蜂の巣が無くとも、柚花一人の魔法を弾く程度ならば、女王蜂にとって容易いことだった。
「やっぱり……っ!!」
「遠いな。そして、あれは結界か……!」
「女王蜂は、はるか高所に陣取る魔法タイプの特殊個体です。下手したら、人間にとって一番厄介な魔物なんですよね……!」
房総ダンジョンの戦いの際に、りりたんは言っていた。より危険で、人間や魔法生物にとっての天敵となり得る魔物。それが、女王蜂なのだと。
手の届かない高所で結界を張り、向こうからは貫通力の高い魔法弾をとめどなく撃ち込んでくる。シンプルに、強い。
だが、今ここで女王蜂へと届きうる攻撃方法を持つのは柚花だけだ。柚花は降り注ぐ魔力弾の中を駆け抜けるルシオンの背で、再び女王蜂へと剣を向ける。
「【召雷】! 【召雷】! まだまだ、【召雷】!」
何発もの雷が、女王蜂へと迸り、そして。
その結界に、散っていく。
柚花の表情に、焦りが浮き彫りになる。
敬愛する先輩が、危険を承知で単身で女王アリへと飛び込み討伐を成功したというのに。今の自分のふがいなさに、歯を食いしばる。
せめて、ここに自分を鼓舞してくれる、サポートしてくれる水の妖精がいてくれたならばと、弱い心が脳裏を過る。
「小娘、落ち着け。そなたの魔力が先に底をつく! ここはひとまず速度を上げて虫けらどもから距離をとるぞ!」
「……先輩から離れすぎず、近すぎずの距離を保ってくださいね!」
「無論である!」
ルシオンの言葉は、柚花に冷静さを取り戻させてくれた。
周囲には黒い蜂が飛び交い、臓腑に響くようなモーター音の如き羽音が空気を揺るがし続けている。
ルシオンは結界を維持したまま速度をあげ、密集した蜂の群れから距離をとることにした。
しかし、雑兵をいくら撒こうが、上空からこちらを観察している女王蜂からの毒針は、留まることを知らない。
もし足を止めてしまえば、不慣れなルシオンの結界では一分と持たないだろう。
「わんちゃん、ダメもとで伺いますけど、空を飛べたりはしませんか! あるいは、空まで伸びる巨大な植物を生やしたりとか!」
「できるわけなかろう! 獣は地を駆けるものであるぞ!」
「数百歳なんだから、それくらいの術は覚えておいてくださいよ、もう!」
「無茶を言うな!」
モーター音と爆撃音が鳴り止まぬ中、ルシオンの背にしがみつき、軽口を叩き合う。
これは別に、両者とも本気で文句を言っているわけではない。自分を追い詰めないよう、あえてふざけた言動をとっているだけである。
柚花はそんなやりとりの中でも、いくつもの選択肢を浮かべては、取捨選択を繰り返す。撤退する道。相手を消耗させる道。結界の一点を狙い続ける道。援軍を呼び寄せる道。いくつもの道を頭のなかに並べ立て、最適解を選び取るために脳を回し続けていた。
しかし。
そこに一つ。別な選択肢を投げかけてきたものがいる。
それはもちろん、柚花を背に乗せて弾幕の中を走り続けている魔獣、ルシオンだ。
「ひとつ、手がないわけではない!」
「聞きましょう!」
双方とも、周囲の爆音に負けじと怒鳴り声だ。
柚花は魔獣の首に抱きつくようにして更に身体を密着させ、ルシオンの頭に顔を近づける。
「先ほどの幼子のハンマーと同様だ! 貴様ら人間は、赤の魔石の力を引き出し、威力を底上げできるのだろう!」
「そうですけど、さっきの女王アリは特殊個体じゃないので紅珠は落としません! そもそもここに出てくる魔物は魔石を落としません!」
赤の魔石。それはつまり、特殊個体の落とす紅珠のことだ。
しかし、柚花は残念ながら紅珠を持ってはいない。そして、このニライカナイに出現する魔物たちは瘴気が形になっただけの擬似的な存在であり、ここで強大な魔物をいくら倒そうが紅珠を落とすことはない。
「違う、そういうことではない! 吾輩の所有する魔石を使用しろと言っておる!」
「は? あなたをここで討伐しろってことですか?!」
「馬鹿を言うな! 吾輩を殺すでない!!」
ルシオンの所有する魔石。
柚花は気が動転して勘違いをしてしまったが、決してここでルシオンを討伐して魔石の出現を狙うというわけではない。そもそもルシオンを討伐しても魔石など出ないだろう。
「吾輩が、地上を出歩くために所持しているものだ!」
「ああっ! そういう!」
そう。桃子も柚花もあまりに自然にルシオンが地上を出歩いているために失念していたのだが、ルシオンしかり、リヨンゴしかり、本来彼らは、大気中に魔力が含まれていない地上世界を自由に出歩ける存在ではないのだ。
それを可能にしているのが、それぞれの持ち歩く『紅珠』である。
アフリカのダンジョン、或いはフランスのダンジョン。各地のダンジョンで特殊個体に相当する魔物を討伐した際に出現する、凝縮された魔力の結晶体。
まさに、ヘノが地上に出る際に使われているヘノ袋と同様のものだ。ルシオンもまた、己のための『紅珠』は所持していたのだ。
「それを先に言ってくださいよ!」
紅珠は爆発的な力を与えてくれる。それは、間違いない。
ただし、それ相応のリスクがあるのもまた、事実である。
「しかしだな……そなたが制御できるかどうかが問題だ! 吾輩にも、そなたの身に何が起きるかはわからぬ!」
過去、桃子は剥き出しの紅珠から力を引き出し、結果として力の暴走を押さえ込めずに、ダンジョンの通路を派手に崩落させたことがある。
あれはあくまでハンマーという道具で壁を破壊するのが主目的だったため、結果オーライでどうにかなったが、今回は違う。
魔法を使う起点となるのは、ハンマーのような丈夫な武器ではなく柚花自身だ。柚花自身が、紅珠の暴走する力をその身で受け止める必要がある。
そして更に、その力を制御して、空を飛ぶ女王蜂を撃ち抜かねばならない。
「……やりますよ! それしか手はなさそうですしね!」
どの道、女王蜂が追い立てている現状では柚花に選択肢はない。
魔力の制御ならば自信がある。少なくとも、ダンジョンを破壊した当時の桃子よりは、柚花の方がうまく紅珠の力を制御できるのは間違いない。
ならば、やるだけだ。
柚花は瞳に闘志を燃やし。女王蜂打倒に向けた作戦を、脳内で構築し始める。
逃げ惑うのは、ここまでだ。
柚花はいま、青い花畑の上に、両の足で立っていた。
そして、一本の剣の柄を両手で握りしめ、はるか遠くの夜空に滞空する女王蜂へと、真っ直ぐに刃を向ける。人差し指は、女王を射貫くように伸びている。これはあくまで砲台。魔力の雷撃砲を放つのは、柚花自身の肉体だ。
遠くからは、黒い蜂の群れが押し寄せてくる。音からして、あと数十秒もすればこの場所は蜂の群れに包囲されるだろう。
女王蜂の弾丸は、ルシオンが結界を維持することでどうにか防いでいるが、ルシオンの結界が保つのも数十秒が限界だ。
「小娘、もってあと三十秒だ! やれるな!」
「ええ。私、天才なんです! やります!」
剣の柄を掴むその両手に、深紅の光を持つ紅珠を一つ、握り込む。柚花はその紅珠に、少しずつ、少しずつ、魔力を繋げていく。
バチバチと、絶大なスパークが剣を中心に――いや、柚花を中心に弾け始める。柚花は【看破】で魔力の流れを読み取り、その暴れ馬のような紅珠の魔力を全力で制御し、押さえつける。全身が悲鳴を上げる。臓腑が内から炙られるような苦痛が押し寄せてくる。
痛い。熱い。今にも目の前が真っ白になりそうな中、歯を食いしばり、意識を繋ぎ止める。
ルシオンの巨体は柚花の背後に陣取り、がっしりとその身を支えている。おそらく、ルシオンにもこの暴走する魔力の奔流が届いていることだろう。
これは、これから訪れるであろう爆発的な衝撃から柚花を守るための位置取りだ。女王蜂を撃破するまでの数秒間、柚花の背中を支えきるための位置取りだ。
「ならば、やるのだ! 失敗は許さん!」
土砂のように迫り来る蜂の羽音。結界を破壊せんとする魔弾。すでに、互いの声もかき消される。
そんな中、ルシオンの叫びとともに、柚花の中で暴れる膨大な魔力もまた限界点を迎え――。
「我……が指は、雷の道しるべッ――【召・雷】っ!!」
爆発的な、魔力の奔流。雷の奔流。
過去に妖精りりたんと共に唱えた【召雷】よりも、遥かに膨大で、圧倒的な破壊の魔力。
爆発的な光と、轟音。
巨大な濁流に、ちっぽけな人間が巻き込まれたかのような。人間が、その身一つで天の裁きに身を投げ出すかのような。
そんな衝撃で、柚花の意識は飛びかける。
けれど――耐える。
全力で。全力で。全力で。己の魔力で全身を強化しつつ、女王蜂から雷が逸れぬよう、照準を維持し続ける。【看破】の瞳が、目映い光の中でも女王蜂の居場所を教えてくれる。
頭の中で、ニムの声援が聞こえる。桃子の応援が聞こえる。幻の桃子が、柚花に笑顔でカレーを差し出してくる。まるで走馬灯だが、それがたとえ幻聴だろうと構わない。ニムが、桃子が、柚花に気力を与えてくれる。
柚花の背には恐らく、ルシオンがいるのだろう。柚花の身体は吹き飛びそうになるが、何か温かく大きい者に支えられている。まだ、剣は空へと向けられている。
そんな、永遠とも言える数秒間の、雷の奔流が終わると。
周囲から、音が消えた。
残念ながら、今の雷の奔流はあまりに視覚や聴覚に与えるダメージが大きく、柚花は一時的に五感が麻痺した状態だ。
空がどうなったのかも分からず、自分が立っているのか、倒れているのかもわからない。かろうじて、青い花が全て吹き飛び、荒れた土だけになってしまった地面が見えた気がしたが、それだけだ。
静かな世界が、本当に静かになっただけなのか、はたまた自分の耳が働くことを放棄しているだけなのかもわからない。
そこで、唯一聞き取れたのは――。
「クハハハハハ! さすがは我が魔石であるな! 蜂どもが全て、消え去ったぞ!!」
すでに何度も耳にした、魔獣の愉しげな高笑いだった。ルシオンが笑っている。つまり、作戦は成功したのだ。
柚花は安堵とともに、その場に倒れこむのだった。
「柚花! すごいよ、すごかったよ! ドカーンてなってピカーがずっと続いて空が真っ白に――あれ? 柚花?」
「……せんぱい……もっと、褒めて……」
アリも蜂も消えた青い花畑で。急激な魔力の枯渇で倒れた柚花のもとに桃子が駆け込んできたのは、数分後のことだった。
桃子のいた遠くからでも、先ほどの紅珠を使用した【召雷】は、非常によく見えていたらしい。あれだけ明るく派手な光線を放ったのだから当然と言えば当然なのだが、しかし今の柚花は残念ながら、興奮気味の桃子に反応を返すのも一苦労だ。
今でこそ柚花は横になっているだけに見えるが、倒れた直後は口や鼻から血を流し、身体は痙攣をはじめ、ルシオンが治癒の術を覚えていたから助かったものの、かなり危険な状態だったのだ。柚花としてはそのような姿を桃子に見せずに済んだのは僥倖だが、ルシオンとしては気が気でない。
柚花がもし、桃子のカレーで魔力容量の底上げされた存在で無ければ、今頃は廃人になっていたとしてもおかしくはなかったのだ。柚花も今でこそこの身をもって理解できるが、琵琶湖ダンジョン崩落事件は、人並み外れた魔力容量を持つ桃子だったからこそ笑い話で済んだのだ。
「幼子よ。今しばらくは、小娘を休ませてやるがよい。こやつは今、魔力を一気に消耗しているのだ」
「あ、そっかそっか。さっきの【召雷】すごかったもんね! 柚花、頑張ったね。偉いよ、凄いよ、自慢の後輩だよ」
そして、今にも意識が飛んでしまいそうな柚花の代わりに、その尻尾を柚花の枕代わりにしていたルシオンが桃子に説明をする。
柚花の危険な状態を見ていない桃子は、いまの柚花をみて恐らく普通の魔力の枯渇症状だと思っているのだろう。柚花も桃子に心配をかけたくはないので否定はしないし、ルシオンもその意を汲んで何も言わない。
桃子は柚花の横に座り込み、その髪を撫でるようにして、やさしく柚花を労っている。
ようやく呼吸が整ってきた柚花は、目を細めて桃子を見上げている。
「なんかもう、バトルものの漫画みたいだったよ、波ァー! って! あはは!」
「せん、ぱい……?」
桃子のテンションが、高すぎる。
今にも意識が飛びそうな柚花だったが、それでもその聡明さは変わらない。何かがおかしい。
いつもと比べて、桃子の様子がおかしい。
魔物の影響かもしれない。柚花は敬愛する桃子の異変を無視して倒れるわけにもいかず、どうにか瞼を上げて、桃子を見上げる。
もし桃子の一大事だとしたら、こんなことで休んでいるわけにはいかないと、己を鼓舞する。桃子の異変の原因を突き止めようと、その瞳で桃子を見つめる。
「あのね! すごいの! 秋葉原で買っておいたカレー味のエナジーバーを食べてみたらね、ちゃんとカレーだったんだよ! それでテンションあがっちゃった!」
「……」
桃子の言葉を聞き届け。
柚花は無言で、瞼を閉じた。
もし今、仰向けで倒れている柚花が、瞼をあげたままだったならば。
空を『泳ぐ』、『怪魚』の存在に気づけたかもしれない。
過去。瀬戸内海を中心として、多くの悲劇を生み出した敵の出現に。人魚姫によって討伐された、とある敵の顕現に。
いち早く、気づけたのかもしれないが――それはすでに、IFの話である。