ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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Sea of Sadness 前編

 青い花畑に腰を下ろして、桃子たちは一時の休憩を挟んでいた。目の前には柚花の魔法に巻き込まれ捲れ上がってしまった地面が広がり、空は相変わらずの暗い夜空だ。

 まだ本来の目的である、ローラ――あるいはエレーヌのもとへと辿り着いてはいないものの、魔物との連戦で全員疲れがたまっており、柚花に至っては魔力が枯渇状態だった。

 そこで桃子が提案したのが『カレー休憩』だった。

 

「先輩のスキルって、一体全体どうなっちゃってるんです?」

 

「日本人にとって、カレーとは一体なんなのだ」

 

 柚花は訝しむように桃子に視線を向けて、巨大な大型犬は真剣に考え込んでいる。

 

「まあ、さ。私もさすがにさ、これはなんか変だなあとは思ってるんだよ?」

 

 その場には、なんとも腑に落ちぬ、釈然としない空気が漂っていた。

 と、いうのも――。

 桃子には【カレー製作】なる珍妙なスキルがある。このスキルは、簡単に言えば『ダンジョンで即座に理想的なカレーを完成させる』というスキルである。だが、このスキルには『食べたものに食材の魔力を還元する』という隠された性質があり、今回桃子が活用したのは、その性質を利用したものだ。

 

「実際に、エナジーバーのカレー味がぴかっと光ったときには私も驚いちゃったからね」

 

「でしょうね」

 

 柚花がその手に持ち、会話しつつ、もぐもぐと咀嚼しているもの。

 それは桃子が感慨深げに語っている通りで、つい先ほど桃子が【カレー製作】で加工を施した、市販品のエナジーバーだった。

 もっとも、それ自体は地上の完成した形状の食品なので、スキルで加工を施したところで見た目は特には変わらない。ダンジョン食材でもないので、それ自体に魔力は含まれてもいない。つまり、変化という変化はないに等しい。

 だが、それでも。

 桃子がスキル使用時に意図的につぎ込んだ莫大な魔力が、エナジーバーにはそのまま含まれていた。これはだから、桃子から柚花への、魔力の譲渡である。

 

「でもさ、柚花がきちんと魔力を補給できたんだもん。結果オーライじゃない?」

 

「そりゃまあ、結果的には助かりましたけどね。腑に落ちるかどうかは別問題ですけど……」

 

「日本人にとって、カレーとは一体なんなのだ」

 

「えへへ」

 

 桃子自身、自分のスキルに対して何も思わないわけではない。カレー味ならなんでもいいのかと【カレー製作】の雑な判定に対してもの申したい気持ちもある。

 けれど、実際に柚花がカレー味で元気になったので、それが嬉しくて。

 そして、カレーについて先ほどから真剣に考え込んでいる魔獣が、なんだか面白くて。

 ついつい、笑みをこぼしてしまうのだった。

 

 

 

 

「さて、と。まあお陰で普通に魔物と一戦交える程度の魔力は補給できましたし、ついでにカロリーも補給できました」

 

「うん、よかった! じゃあ、進もっか!」

 

 柚花が立ち上がって、軽く腕を上げて伸びをする。釣られて桃子も立ち上がり、全身を動かしてストレッチを行う。

 気力も十分。あとは、エレーヌを探しつつ、残りの瘴気も可能な限り祓っていけばいいだけだ。

 

「……って言っても、どっちに行けばいいのかな」

 

「問題はそこなんですよ」

 

「瘴気も澱んだままであるし、何よりエレーヌがどこにいるのか皆目見当がつかぬな」

 

 全くその通りで、皆で「さあ行こう!」と口にしても、行き先がわからないのではどうしようもないのだ。

 桃子は改めて周囲を見渡す。桃子の瞳は柚花やルシオンのように魔力や瘴気を視認できないため、なおのこと、今からどこを目指せばいいのかがさっぱり分からない。

 

「まあ、瘴気が濃い方に歩いていくしかないですかね。先輩、こちらの方角です」

 

「わ、さすが柚花じゃん。こういうとき迷いないよね」

 

「私だって内心ではビクビクですけどね。こういうときは強気に出るに限りますから」

 

「はえー」

 

「小娘。くれぐれも無理をするでないぞ」

 

 柚花の理屈に、納得いったような、よくわかっていないような声をあげながら、桃子はその背中を追い掛ける。

 横では大きな大型犬のルシオンが柚花に続いてのそりと歩いているので、方角的に間違いということはないのだろう。

 だが、柚花が向かう先は『瘴気が濃いところ』である。

 いつ、どんな敵が出ても大丈夫なように。桃子は柚花と話しながらも、小さくしたハンマーを、ぎゅっと強く、握り絞めていた。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 歩いている途中で、最初に違和感を覚えたのは桃子だった。

 柚花やルシオンは花畑を歩きながらも、次なる魔物を見逃すまいと、常に周囲を警戒し続けていた。

 そのため逆に、何も考えずに歩いていた桃子こそが最初にこの違和感に気付くことができた。

 

「どうした、幼子よ」

 

「えと、なんか、急に身体が軽くなったというか」

 

「気のせいじゃないですか? 先輩、もとから軽いですもん」

 

「……いや、待て。言われてみれば吾輩も気のせいか、体が重苦しい感じがするのである」

 

 それは、言われて気付くほどの、微細な違和感だった。

 桃子は、どことなく自分の身体が軽くなった気がした。たとえるならば、重力という枷が緩み、ふわりと宙を浮遊できそうなイメージだろうか。

 一方、巨大な魔獣たるルシオンもまた、気付けば体が重苦しく感じてきた。

 軽いけれど、重苦しい。普通に花畑を歩いているにもかかわらず、まるで目に見えぬ何者かに拘束されているような錯覚に陥る。

 だが、特別な魔法の気配はない。あるのは、周囲を漂う濃厚な瘴気だけである。

 そして、最後には柚花もその異変をはっきりと感じ取り、声をあげる。

 

「……え、待ってください。なんですかこれ、これって絶対おかしいですよ!」

 

「気をつけよ。どうやら、この瘴気の漂う空間そのものが、不可解なことになっているのである」

 

 この会話を始めた最初のうちは、ただのカレーによる錯覚かと桃子も考えていたし、柚花たちも気付いてはいなかった。

 けれど、こうして足をとめて会話している間にも、その異常は加速度的に、現実を上書きしていく。

 身体を、浮遊感が覆っている。正体不明の圧が、覆っている。

 決して、何者かに魔法や呪いをかけられたわけではない。けれど、周囲に漂う瘴気そのものが変わってきている。環境そのものが、変異し始めている。

 

「え?! 不可解って……うわああっ?!」

 

 桃子は、身体の具合を確認しようと、その場で跳ねてみただけなのだ。その結果として桃子は――空中を浮遊していた。

 いや、厳密には浮遊しているわけではなく、重量に従い正しく落下してはいる。それが、あまりに不自然なほどに、遅いのだ。

 

 たとえるならば、月面着陸をした宇宙飛行士のように。

 あるいは。

 水底を歩くダイバーのように。

 

「……っ! 先輩! これ、水です! 呼吸こそできてますけど、瘴気が水みたいになってます!! 意味わかんないですけど!!」

 

「えっ、うそ、ほんとだ……!? なんか、空中を泳げるよ!?」

 

 桃子は驚きと共に、もう一度地面を蹴って空中に漂ってみる。

 確かに、この浮遊感と体の重さ、それは完全に『水中』と同様の感覚だ。

 呼吸ができるままなので今まで気付きもしなかったが、気付けばすぐに納得できる。

 いま、桃子たちは『水中』にいるのだ。

 

「ってことは、先輩!」

 

「うん! 遊んでいる場合じゃないよ。これは――『あやかし』の前触れだよ!」

 

 桃子が人魚姫のヒメを身体に憑依させ、広い海中で死闘を繰り広げた特殊個体『あやかし』。それは、尾道ダンジョンを二度に渡って支配した、悲しみを糧とする魔物だ。

 そしてすぐ、それを肯定するかのように、あやかしの配下として桃子とヒメを苦戦させた多くの怪魚たちが遠くから現れた。怪魚たちは、文字通り水中を泳ぐ魚のような速度で向かってくる。

 

「先輩、気をつけてください! あの魚は魔物です!」

 

「わけがわからんな!」

 

 長く鋭い角を持った怪魚たち。大きく鋭い牙を備えた怪魚たち。巨大な岩のようなもの。漆黒の姿がぼやけたもの。様々な姿の怪魚らが、真っ直ぐに柚花やルシオンを狙って突進してくる。その速度は、並大抵の速さではない。

 桃子が狙われないのは、【隠遁】と赤ずきんの相乗効果かもしれないが、だからといって決して安心出来る状態などではない。

 

「【チェイン・ライトニング】!」

 

「面白いではないか! たかが魚ごときが、吾輩に挑むか!」

 

 だが、柚花もルシオンも、このような怪魚ごときに後れをとるほどやわではない。

 物理法則、あるいは魔力法則がどのようになっているのかはわからないが、柚花の放つ電撃はこのような状況下でも健在だ。迫り来る怪魚の群れを一斉に焼き尽くす。

 ルシオンもまた、身体を襲う浮遊感により動きづらそうにしているが、しかしこのような文字通りの雑魚魔物など、ルシオンが近距離で威圧的な魔力をぶつけるだけで、弾けて消えていく。

 

「一瞬焦りましたけど、呼吸ができるならこっちの方が有利に決まってるじゃないですか! 【チェイン・ライトニング】!」

 

「クハハハハ、多少動きづらくはあるが、なかなか愉快であるな!」

 

「先輩、今回は能力相性も良さそうですし、本体を探してさっさと倒しちゃいましょう!」

 

「う、うん」

 

 柚花とルシオンの適応は早かった。すぐに態勢を立て直し、襲い来る怪魚の群れとの戦いを開始している。

 一方桃子はハンマーを握りしめるが、水中でハンマーを振り回すというのはなかなか難しい。踏ん張りが利かず、ルシオンの後ろでふわふわと妙な動きをしているだけだ。

 そして、ふわふわとしながら。桃子の心には、疑念が生まれていた。

 

 はたして、あの狡猾だった魔物が、こんな簡単に討伐できるのだろうか。

 一度は人間のギルドやティタニア、そしてりりたんすら手玉にとったあのあやかしが、ただの怪魚の群れという力押しで攻めてくるものだろうか。

 

 

 ――キィィイン

 

 

 ふわふわとしながら考え込む桃子の耳に、一瞬、耳鳴りが届く。

 

「先輩、見えました! あっちに巨大なウミヘビがいます! もう少し近づけば【召雷】で――」

 

 柚花が双剣で指し示す方向、数百メートル先には確かに、間違いなく。巨大で長い、蛇や鰻を思わせるシルエットが存在していた。

 それは桃子が戦った、セイレーンの肉体を依り代にした姿ではない。おそらく、過去に尾道ダンジョンを長期間にわたって支配し続けた、海の悪魔としての真の姿なのだろう。

 その巨大な海蛇がずるりと動きだし――桃子と、目があった気がした。

 

 

 ――キィィイイイン

 

 

 桃子の脳裏に、心にとどめていた記憶が蘇る。

 今まで桃子が救えなかった人々。封印せざるを得なかったオオカミたち。救えなかった魔物と、彼を思い嗚咽の声をあげ続ける妖精。様々な記憶が、桃子の心の中で慟哭をあげる。

 

「……だ、だめ! 柚花、この音を聞いちゃだめ! これは……!!」

 

 それらの心に秘めていた『悲しみ』が、記憶から吹き出すように、桃子の意識を染め上げた。

 桃子はこれを知っている。

 ヒメと共に桃子が戦った、あやかしの力だ。セイレーンの身体を使い歌い続けていた、人を悲しみの呪いに沈める歌と同様のものだ。

 先ほど聞こえた耳鳴りこそが、桃子たちを呪いの世界へ引き込むための合図だったのだ。

 

「うぐ……馬鹿な……吾輩に……」

 

 ルシオンが、動きを止めている。

 本来ならば海魚など歯牙にもかけないはずの彼の腹部には、一斉に怪魚たちが突き刺さり、空中を――いや、水中を、彼の赤い血が漂いはじめる。

 しかし、ルシオンは動かない。動けない。意識が、悲しみの呪いに飲み込まれている。

 本来、ルシオンほどの魔獣ならば、このような呪いへの抵抗は造作も無いはずだった。

 ただ、相性が悪すぎた。この呪いは『悲しみ』の記憶を糧にする。そしてルシオンはいま、『悲しみ』を抱きすぎていた。

 彼はだから、あやかしの呪いに抗うことなく意識を奪われ、水中を漂う。

 

「先輩……やだ……や……先輩……!」

 

「駄目、起きて柚花! 柚花!!」

 

 柚花もまた、魔法を放つことも出来ず、己の身を抱きしめるようにして震えている。

 かろうじて、すぐ横にいる桃子のことを認識しているようだが、駄目だ。

 柚花は、呪いに負けた。彼女の瞳は、いまここにいる桃子を見てはいない。恐らく、桃子を失う分岐を、桃子のいなくなった世界を、彼女は覗き見ているはずだ。

 

 ――キィィイイイン

 

「あ……嘘……」

 

 そして、かろうじて守護の護りによって意識を保っていた桃子にも、呪いは襲い来る。

 あやかしに立ち向かい、死んでいった者たちの無念の記憶が、流れ込む。

 あやかしに家族を殺され、残された者達の悲しみの記憶が、流れ込む。

 桃子もすでに――呪いに、囚われた。

 

 

 ――キィィイイイン

 

 

 動きをとめた標的目がけて、怪魚は襲い来る。

 無防備な獲物を突き刺し、切り裂き、潰すために。

 

 いま、数多の怪魚たちが、戦うすべを失った桃子たちを包囲していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一方その頃】

 

 

「うぅ……柚花さんたち、大丈夫でしょうか……」

 

「悔しいな。ヘノも死ねば。ここの下に。行けるのか?」

 

「え、縁起でもないことを言わないでくださいよぉ……めそめそ」

 

『ピイイ……ゲンキ、だして』

 

「ほ、ほらぁ、この赤い子たちも……お、応援してますからねぇ……」

 

 桃子たちを見送ったあとのヘノとニムは、ずっと、ずっと。落ち着くことなく、桃子たちを心配し続けていた。

 始めのうちはギクシャクしていたキジムナーたちも、やはり根は妖精たちと同じく善良で純粋な魔法生物だ。共に過ごすことで、ヘノやニムとも打ち解けることに成功していた。

 今もまた、赤い髪のキジムナーがヘノたちの横に居着き、元気づけようとしているところだった。

 

「まったく。きじむなーだかなんだか知らないけど。お前ら――」

 

 その瞬間。

 ヘノの持つツヨマージが、紫色のスパークを放った。

 

「……なんだ。いま。何か。ビリビリしなかったか」

 

「ヘノぉ……? ツ、ツヨマージから、電気が出ませんでしたかぁ? ゆ、柚花さんみたいな……」

 

「そうだな。そうだけど……ヘノは何もしてないぞ」

 

 そして再び、もう一度。

 ヘノのツヨマージが、紫色のスパークを放つ。

 ヘノとニムは、今まで見たことのない現象に、呆然として。

 キジムナーたちは、どこか懐かしそうに、その電撃を見た。

 

「……どういうことだ? まて。どういうことだ」

 

「……ヘノぉ?」

 

「いま。知らない奴の声が。聞こえたんだ。桃子が……桃子が。ピンチだ」

 

「え、えぇ?!」

 

 

 

 ――モモちゃんを、助けてあげてね! 助けてあげてね!

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