ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
遠い昔の夢を見ていた。
私はまだ子供で、仲間とともに、幸せな日々を過ごしていた頃の夢を。
「お母さま、何を作ってるの?」
お母さまの好きだった、青い花びらの玉座。
あの人は、星空が好きだった。静かな青い世界が好きだと言っていた。
「ティタ、アナタまだ女王様のことお母さまって呼んでるのネ! そんなことだからもっと大きくなれないのだワ!」
「もう、いいじゃないそんなこと。それで女王様、それは何を?」
「ふふふ。これは、精霊樹の若樹を削っていますよ」
お母さまは、精霊樹の若樹を魔法で小さく削り取っていた。
私はそれを知っている。精霊樹が失われたとき、新たな樹を蘇らせるための、神槍。
この槍はのちに私を持ち主として選び出す。そして、それが私にとって大きな運命の転機となることを。
「女王様! 若樹を削ったら可哀想よネ!?」
「そうですよ女王様、そんなことをしたら樹が駄目になってしまいます。この樹は、このティルナノーグを護っている大切な樹なんですよ?」
「ああ、ごめんなさい。説明を違えてしまいましたね。若樹の力そのものを削っているわけではなく、一本の槍に込めているところですよ」
「槍? じゃあ武器なのネ?」
「槍、ですか? でも一体どうして?」
「……いつ、瘴気が抑えられなくなるか、わかりませんからね」
「瘴気……最近、怖い魔物が増えてるワ」
怖い魔物。強い瘴気を吸い、人間も妖精も食らいつくす、強大な魔物が増えていた。
お母さまがダンジョンの瘴気を抑えて、浄化しても、魔物が増えていく速度の方が速いのだ。多くの妖精、そして人間たちが犠牲になった。
それでもまだ、あの国は大丈夫だったのだ。この頃は。
「人間の瘴気が増えている、ということですか? でもクリスは、今はこの国はとても平和だって言ってましたよ」
「そうですね、ティタニア。この国は平和です。しかし、地上が平和であることと、この迷宮に瘴気が集まっていることと、表裏一体なのですよ」
お母さまは、すでにもう訪れる終焉を知っていたのだろう。
人の想いが、私たちを生み出した。
希望は妖精を生み、瘴気は魔物を生む。それは表裏一体で、地上が希望で溢れるのならば、行き場を失った瘴気は迷宮へと集まる。
そしてそのバランスが保てなくなれば、魔物たちが暴走を始める。
その致命的な未来の訪れを知っていたからこそ、私にあれを残してくれたのだろう。精霊樹の若樹。新たな精霊樹を作り出すための槍。
「女王様、今日のお話はなんだか難しいわネ!」
「ふふふ。そうですね、またあとで楽しくなる絵本でも一緒に読みましょうね」
「うれしいワ! ティタも一緒に絵本を読みましょうネ! ワタシのお隣! お隣ネ!」
「もう、わかったわよ」
夢の舞台が切り替わった。
お母さまは、人間の作り出した『書物』を眺めていた。
私たちの身体には大きなそれを、1ページずつ、ゆっくりとめくっていく。
「女王様は、今日も人間の本を読んでいるんですか?」
「あら、ティタですか。今日はクリスティーナとお出掛けはしないのですか?」
「クリスは今日は学校です。お母さまもクリスも、お勉強ばっかり」
「ふふふ。でも、本を読むのは悪いことではないですよ。様々な世界を知れますからね」
お母さまの読んでいた書物を横から覗き見る。
それは、地上の様々な景色が掲載された本。高い山に広い海。
ダンジョン内に似たような景色はあれど、私は外の世界の本物の山や海を見たことがない。
おそらく、この世界に生まれたお母さまも、それは同じなのだろう。
「……女王様は、外の世界に出ていきたいんですか?」
「いいえ、人間の世界には行きたくはありませんね。ただ、願うなら、大海原というものを見てみたいです」
「大海原……人魚姫の舞台ですね!」
「ええ。人のいない静かな水の中で、自由に泳いで、自由に本を読む生活に憧れますね」
「お母さま、海に行ったらここからいなくなっちゃうの? 嫌です、いなくならないでください!」
「ふふふ。そうですね、居なくなりませんよ。でも、生まれ変わったら、人魚姫になりたいですね」
「はい、約束ですよ……!」
居なくならない。
それは、お母さまが唯一破った約束だった。
夢の舞台が切り替わった。
花畑は枯れ落ち、精霊樹は燃えている。
大勢の人間が戦っていた。妖精たちは彼らに力を与え、共に戦っている。
人間も妖精も、仲間を護ろうとあの恐ろしいものに抗っていた。
でも、私だけは、それが許されなかったのだ。
「ティタ! アナタは絶対にそこから出てこないでネ! クリスを守るのヨ!」
「ティタニア、神槍ツヨマージの使い道、忘れてはいませんよね? 次は、あなたが女王になり、新たな妖精たちを導いてくださいね」
「 ッ!? ッ!!」
私は叫ぶが、夢の中では何も声が出ない。伝えられない。
自分が何を叫んだのかも分からない。
「ティタ、ワタシたちのこと、忘れないでネ……」
「クリスティーナと仲良くするのですよ。愛しい娘、ティタニア」
「 ッ!!」
彼女たちは、私を残して逝ってしまった。
あの恐ろしいものを封じるためには、全てを犠牲にするしかなかったのだ。
私は、消えかけていくクリスの命を繋ぐので精いっぱいで、彼女たちに何もしてあげられなかったのだ。
夢の中では、最後まで私の声は届かない。
「女王。どうした。酷くうなされてたぞ」
目を覚ましたそこには、心配げな娘たちの姿があった。目の前で私の顔を覗き込むのは、緑色の風の妖精であるヘノ。
どうやら私は、うなされていたようだ。
表情をあまり表に出さないヘノが、心配げに眉をひそめている。
とうに見なくなった、あの頃の夢を久しぶりに見て、私は相当うなされていたのだろう。
「うぅ……心配で、皆さん集まってきちゃいました……」
「ククク……眠れる薬草を、調合しようかねぇ……」
見ればヘノだけではなく、多くの子供たちが心配そうに集まっている。
ヘノ。ニム。ルイ。他にも、特に自我が強く育っている子たちは全員集まっている。
私はどうやら、随分と娘たちに心配をかけてしまったようだ。
「あなたたち……ごめんなさいね。少し、怖い夢を見ておりました」
私が立ち上がり、声をかけると子供たちは安堵の息をつく。
とても、優しい子たちだ。
「怖い夢は怖いよぉ。女王様、今日はみんなと一緒に寝ようよぉ」
「お酒飲むと、気持ち良く寝られるのよ♪」
自我の育った子たちは、それぞれ自分の好きなものに拘りを持つようになる。
毒物やお酒に執着しすぎるのは困ったものだけれど、それも彼女らの生まれるもとになった存在を考えれば仕方ないことだろう。
「ふふふ。一緒に眠るのも良いですが、駄目ですよ? お酒を飲みすぎては」
困った子たちだけれど、私が頭を撫でれば皆、目を細めて笑顔を見せてくれる。
今の私には、この子たちがいてくれるのだと思うと、先ほどの夢で重くなった心が少しずつ、軽くなっていくのを感じる。
「ならば。花畑の皆も呼んで。今日はここで皆で眠るのは如何かな?」
「お! それはいいな! 賛成だぞ!!」
「さっそく声をかけてくるヨ」
私は、娘たちの中で一番困った娘を手招きする。
感情表現が希薄で、少々荒っぽくて、仲間想いで、気になったものには一直線で、そしてあの頃の私と同じく、人間の少女に加護を分け与えた娘。ヘノ。
「ヘノ、桃子さんの様子はいかがですか? 何か、身の回りで困っていそうなことはありませんか?」
「大丈夫だぞ、女王。いまの日本は、とても平和だって、桃子も言っていたからな。だいたい平和だぞ」
胸を張るヘノに、何故だか先ほどみた夢の中の自分の姿が重なった。
今のこの国は、とても平和だ。
「それは……ええ、とても良いこと、ですね」
せめて、私がお母さまほどの力をつけるまで、この平和な時が続くことを祈ろう。
今はもう、人間も。妖精も。あの頃とは違うのだから。
同じ轍は、私が踏ませはしない。
この娘たちは、私が護るのだ。
見守っていてくださいね、お母さま。
二章 人魚姫 了