ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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Fin Heureuse

「幼子。小娘。それに、ヘノ。すまないが……今しばらく、吾輩を一人にしてもらえぬだろうか」

 

 誰もいない世界で。静かなそよ風が優しく吹き、青い花々を揺らしている。

 そんな青い世界の、ぽつりと取り残された丘の上で。ルシオンは一人、ずっと、夜空を見上げていた。

 桃子たちからは、巨大な犬の背だけしか見えない。

 

「ルシオンさん……」

 

「先輩。私たちは、行きましょう」

 

「……すまぬな」

 

 何か言おうとした桃子の手を、柚花が掴みとる。柚花は桃子の目を見て、首を静かに振る。

 桃子は、ルシオンの背中を見つめて数秒ほどの逡巡を見せるが、しかし柚花に促されるままに、背中を向けて、歩き出す。

 

 最後に、一人でぽつんとその場に残っていたヘノが、ルシオンに声をかける。

 

「おい。びーすと」

 

「……なんだ、ヘノ」

 

「お前とまた。カステラが食べたいから。きちんと。帰ってくるんだぞ。約束しろ」

 

「ああ。吾輩は、友との約束は……破らぬ」

 

 ヘノは、それだけの会話を交わすと。すぐに桃子たちの元へと追いつき、桃子の肩に着地する。

 桃子も、柚花も、ヘノすらも。

 帰りの道のりは、何も言葉がなく、ただ静かに、青い花畑を歩いていく。

 

 遠くから、悲しげな遠吠えだけが。

 ずっと、ずっと。青い世界に、響きわたっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……柚花さん、柚花さぁあん……!!」

 

「ただいま、ニムさん。すみません、心配かけちゃいましたね」

 

 第二層を抜け、第一層である『霧の海岸』まで帰ってきた一行を迎えたのは、盛大に涙を流すニムのハグだった。

 いきなり顔にベチリと体当たりされた柚花は、顔に張り付くニムを冷静に手で掴んでから、胸元に引き寄せる。

 すでに顔がニムから漏れ出る様々な水でびしょびしょだが、それでも柚花はうれしそうだった。

 

『ピイー! ピイィー! ヨかった、ヨかったー!』

 

『キャー! ウレしいねえ! ウレしいねえ!』

 

「このきじむなーたち。耳元で。きーきーうるさくて。大変なんだ」

 

「あはは、でもよかった、仲良くなれたんだね」

 

 一方で、赤い髪の小さな魔法生物、キジムナーたちもお祭り騒ぎのようにはしゃいでいた。

 島の中央部に並ぶガジュマルの木々の上では、何人ものキジムナーたちが跳びはね、抱き合い、ときに追いかけっこで仲間を泣かせたりしながら、とても元気な姿を見せていた。

 最初に出会ったときの、何かを恐れていた様子はもう、どこにもない。

 

 そして、ヘノの持つツヨマージがずっとまとっていた紫のスパークは。ヘノを、死者の国で活動できるようにと守ってくれていた雷の力は。

 桃子とヘノが見つめている前で、少しずつ、静かに。消えていった。

 

「消えちゃった……ね」

 

「桃子。ビリビリからの。伝言があるんだ」

 

「……うん」

 

 周囲ではニムやキジムナーが大騒ぎをしているけれど、桃子とヘノの間には、言葉は少ない。

 ヘノもきっと、先ほどの雷がいったい誰だったのか。それくらいはもう、察しているはずだ。

 

「『元気そうで。良かった』って。ビリビリは。そう言ってたぞ」

 

「うん、うん、そっか、そっか」

 

 きっと、どこか遠くから見守ってくれている。

 そうは信じていても、その距離は遠すぎて。信じていても、いるべき世界が違いすぎて。自分たちを隔てる壁が、あまりにも大きすぎて。

 だからきっと、一言だけ、その言葉を貰えただけでも。それは、心から喜ぶべきことなのだろう。

 それは、わかっている。わかっているけれど。

 

 桃子はヘノを抱きしめて。

 少しだけ、睫を濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

「――ずっと、夢を見ていたのよ。私、前世はフランスの女の子だったみたい」

 

 時刻はすでに夜。

 この日はギルド施設に宿泊することになっている桃子と柚花がローラの部屋を訪れると、彼女はすでに目覚めていた。熱もひき、顔色も回復している。

 

 そこはとても華やかで、色調豊かな部屋だった。

 彼女のコスプレ衣装は施設の空き部屋を倉庫として使わせてもらっているとのことだったが、それでもなお、ローラの部屋には様々な衣装がかけられていた。その中にはもちろん、この日彼女が着ていた赤ずきんのコスプレ衣装もある。

 桃子たちはつい、その赤いケープに視線を向けてしまう。エレーヌと同じデザインのケープだ。エレーヌとしての記憶が、ローラのなかに間違いなく刻まれていたという証しだ。

 ケープを見つめる桃子と柚花の視線に気付いているのか、いないのか。ローラが語り出したのは、彼女が見ていた長い夢の話だった。

 

「その子は、エレーヌという名前の女の子。見た目はたぶん、私とそっくりだったのかしらね」

 

 その少女――エレーヌは、フランスのとある村で生まれた。彼女の生まれ育った家は、お世辞にも幸せな環境とは言えなかった。

 兄弟はおらず、幼くして父を亡くし、続いて母も病で倒れた。村人たちからは異質な存在として距離をとられ続け、唯一の味方は病弱な母だけだった。

 それは、桃子たちが事前にルシオンから聞いていたエレーヌの半生と一致していた。

 いや、むしろ。ローラはルシオンよりも詳しく、エレーヌの人生を語っている。

 

 小休止。ローラが喉の渇きを癒すために、急須でいれた緑茶を口に運ぶ。

 すでに施設内の職員も大半が寝静まり、室内にはローラの喉の音が妙によく響く。

 

「あの、ローラさん。ええと、その……」

 

「どのくらい覚えてるんですか? それ以降の話も、夢で見たんですか?」

 

 桃子と柚花は、ちらりと視線を合わせて。

 夢という形とはいえ、ローラに、いったいどこまで見知っているのかを確認する。

 もちろん、仮に夢のなかでそれより先、ジェヴォーダンの獣について知ったとしても、彼女の記憶を消したりするわけではない。

 ただ、ローラがどこまで見ていたのか。今回の事件をどこまで把握しているのか。

 それは、確認しないわけにはいかなかった。

 

「ええ、長い夢だったけど、はっきりと覚えてるわ。魔女狩りから逃れて、黒い魔獣とともに暮らしていたことも。私だけが先に、お母さんと同じ病気で死んでしまったことも」

 

 やはり、彼女は覚えていた。ぽつり、ぽつりとローラはエレーヌの最期を語っていく。

 それは、ルシオンが語らなかった部分であり、桃子たちも知らなかったエレーヌの死因である。

 夢でみただけというには、あまりに詳しいその話に、桃子と柚花は言葉を失う。

 そして更に、ローラは当たり前のように、エレーヌの死後の――その続きの物語を語り始める。

 

「青い花の世界……ニライカナイには、桃子さんと柚花さんも、妖精さんと一緒に迎えに来てくれてたわよね?」

 

「あ、う、えーと、あはは……」

 

「そう、あれはやっぱり、本当のことだったのね……」

 

 ローラが、問いかけるように桃子の目を見つめる。

 桃子は肯定も否定もできず、ただただ視線を泳がせているだけだが、すでにその挙動不審な態度が『正解』と言っているようなものだった。横では柚花が、呆れたような苦笑を浮かべている。

 どうやらローラは、ニライカナイの出来事までかなりはっきりと覚えているようだ。

 あいにく、彼女が夢で見たという妖精さん――ヘノはいまここにはおらず、キジムナーたちのいる『霧の海岸』で夜を過ごしているはずだけれど、おそらく彼女はヘノのこともはっきりと認識していることだろう。

 

「夢の中で、エレーヌと二人きりになったあと、お話をしたの」

 

「えっ?!」

 

「ローラさん、エレーヌさんとお話をしたんですか?」

 

「ええ。彼女は、最後までルシオンさんのことを案じてたわ」

 

 そして、そこからローラが続けた話は、桃子たちにとっても初耳の内容である。

 エレーヌは光になって消滅したかに見えたけれど、彼女はあくまでローラの魂であり、前世の記憶だ。実際にあそこで消滅したわけではなく、その後にローラとの対話があったようだ。

 驚いて聞き返す桃子たちに、ローラは悪戯っぽい笑みを返して頷いて見せた。

 

「夢の中のエレーヌは、最後まで、笑いながら、泣いてたわ。最後の最後まで――自分が消えようとするそのときまで」

 

「……そう、なんだね」

 

 きっと、ローラに魂を還す際の、ほんの一瞬の、奇跡のような邂逅だったのだろう。

 エレーヌも、ローラも。どちらも同じ魂であり、同一人物なのだから。本来は、その二人が別人として邂逅することなど、あり得ないのだから。

 桃子はそう、考えた。

 

 けれど。

 けれど。

 

 現実は、桃子の想像よりも、はるかに壮絶なものだった。

 はるかに、エレーヌの痛みと涙を、伴うものだった。

 

「だから、かなり頑張って引き止めて、捕まえたわ。あの子、勝手にひとりで成仏しようとするんだもの。それはもう、必死で捕まえたわよ。腕をとって、腕ひしぎ十字固めっていうのかしら?」

 

「ん?」

 

「へ?」

 

 桃子たちは、耳に理解できない単語が入ってきたため、反射的に妙な声をあげてしまった。空耳か、気のせいかと思った。

 けれど、現実はときに、斜め上から襲い来る。

 

「最終的には私が彼女の腕を極めて、痛みで涙目になったエレーヌがギブアップして勝利よ♪」

 

「待って待って、ローラさん待って」

 

「護身用の関節技を学んでいてよかったわ♪」

 

「いやいや、『よかったわ♪』じゃないですよ! エレーヌさんに勝利してどうするんですか! なんで自分の前世の魂に関節技を極めて泣かせてるんですか! じゃあエレーヌさんはギブアップしたあとどうなっちゃったんですか!」

 

 ついに、柚花による怒濤のツッコミが繰り出された。だが、キレ味抜群のツッコミを正面から叩きつけられても、ローラは美しい笑顔を浮かべたままである。

 桃子には、意味がわからなかった。

 何がどうしたら、ローラがエレーヌの腕をとって腕ひしぎ十字固めを極める展開になってしまうのか。直前まではもっと、しっとりした話だったはずだ。

 桃子には、意味がわからなかった。

 

「もちろん、私が勝ったんだから、勝手に消えるなんて許さないわよ。今は私の中で静かにふて寝しているけれど、ダンジョンにでも入れば元気になるんじゃないかしら」

 

「え、えー……?」

 

「頭の中に、もう一人の私が増えたみたいな感じね。なんだか楽しいわよ?」

 

「そんなことあります?!」

 

「だって、実際そうなんだもの」

 

 ローラは普通に楽しげに笑っている。先ほどまでのしんみりとした空気はいったいなんだったのか。桃子はそのテンションの急転についていけずに混乱しっぱなしだ。

 頭の中にもう一人の自分がいる感覚。二重人格か、はたまたイマジナリーフレンドか。桃子自身、ヒメが憑依したときには似たような状況になるので、理解できなくはない。

 けれど、そもそも幽霊――いや、前世の自分に腕ひしぎ固めを極めて勝利する人間など、前代未聞だろう。普通の人はそんな経験はしないし、機会があってもやらない。

 

「……先輩。この人やっぱりおかしいですよ、怪異ですよ怪異! 奈々さんに調査してもらったほうがいいですって!」

 

「うーん……そうかも」

 

 桃子はなんだかもう、気が抜けてしまった。

 驚くでもなく、笑うでもなく。どういう表情をしたらいいのか分からない。柚花の言う通り、ローラは怪異かなにかかもしれない。本気でそんな気がしてきた。いや、きっと怪異に違いない。

 だが、なんにしてもだ。

 桃子には、たった一つだけ、確信できたことがある。

 

 エレーヌの物語は、きっと。

 最後の最後に。ほかでもない『生まれ変わった自分自身』の手によって。

 

 ハッピーエンドを迎えることが、できたのだ。














次話更新は2月23日(月) 23時更新予定となります
また、活動報告も更新しておりますのでお時間あれば是非とも覗いてみてくださいませ
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