ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「あらぁ、ローラちゃんは本当に、フランス人形みたいねえ」
「こんにちは、おばさまがた」
「まあ、おばさまですって。なんだか私も貴族になったみたいだわー」
阿瀬ローラという少女は、子供の頃からその容姿の美しさで人目を引いていた。
母方のヨーロッパの血を色濃く引いてしまったようで、彼女はまるで漫画やアニメに出てくるような金髪碧眼の美少女であり、幼い彼女を評する人々の言葉の大半は『フランス人形』というものだった。
「お母さん、わたしってフランス人形なの?」
「……ううん、ローラが綺麗だって褒めてくれただけよ? あなたは、お人形じゃないわ」
幼少期の阿瀬ローラは、だから。
自分が本当に、阿瀬ローラという『生きている人間』なのかどうか、わからなくなることがあった。
自分は、ここにいる人たちとは違う、異端の存在なのではないか。そう、どこかで感じていた。自分の中の『何か』をずっと、見失っている感覚があった。
『あの娘は、本当に人間なのか? あの髪と目を見たか? あれはやはり、異端の魔女なんじゃ……』
『やめろ、やめろ。下手に手を出して呪われたらかなわん、あれには関わるんじゃないよ』
子供の頃から時折、不思議な夢を見ることがあった。
夢の中のローラはやはり、今と同じようなブロンドヘアーに碧い瞳をしていた。
その世界でも、ローラの髪と瞳はやはり周囲の人々とは異なるものだったらしく、見知らぬ人々からは異物をみる目で扱われていた。
「ねえ、お母さん。私って――なんなのかしら」
「……馬鹿、何を言ってるのよ。あなたはちょっと綺麗なだけの、普通の女の子よ」
「そう、そうよね。私……」
阿瀬ローラは、日本で生まれ日本で育った、生粋の日本人である。
けれど、彼女のその容姿は。彼女が普通の日本人でいることを、許してはくれなかった。
「……ごめんね。もっと、日本の子らしく産んであげられなくて」
「違うの、違うの、お母さん」
級友たちは彼女をまるで美しい芸術品のように、あるいは、自分たちとは違う世界からきたゲストのように扱った。
悪意を向けられることこそなかったが、子供の頃のローラは、孤独だった。
ローラにとって『自分』というものは、ただ美しいだけの、空っぽな置物だった。
『ふん……人間の女か。こんな場所までやってくるとはな。吾輩の餌となりに来たか』
ローラが高校に上がった頃だろうか。
それまでの不幸な夢が終わり、幸せな夢を見るようになった。
その夢の中では、映画に出てきそうな、言葉を話す獣がいつもそばにいて。彼女はとても、幸せだった。
彼女の幸せな世界に、人間はいなかった。
「うふふ、わおーん♪」
「阿瀬さん、コスプレでもするんですか? 悪くないですけど、細部が甘すぎますよ。なんで犬なんですか?」
「なんでかしら。私、もしかしたら動物になりたかったのかもしれないわ。わおーん♪」
「今度、コスプレの撮影機材でも持ってきましょうか? ガチで揃えますよ」
高校生ともなれば、周囲の同級生たちもある程度は分別のつく年齢に成長していた。
表だってローラを腫れ物のように扱う生徒は減り、なかにはローラを対等に扱ってくれる同級生たちも現れた。
中でも、この頃よく話すようになった彼女は、アニメや漫画の世界に心から傾倒しており、阿瀬ローラという美貌を前にしても意に介さない、珍しい存在だった。
「ああそうだ阿瀬さん、思いつきましたよ。いっそその姿で配信とかしてみたらどうですか?」
「配信? 動画サイトの?」
「ええ。動画サイトもありますし、私たちの年齢ならダンジョンに入って配信してる子もいますよ? ほら、こんな感じで」
友人がローラに見せたのは、どこかのダンジョンで撮影されたらしい、若い女性探索者たちの姿だった。
背景には枯れた樹木と荒野しか見えないが、ときおり別な探索者たちが背後を行き来しているので、この場所は安全が確保されたダンジョン入り口付近に違いない。
そこでは、彼女らは魔物と戦うでも、ダンジョンを探索するでもなく。緩そうな雰囲気の女性が無口な女性に向けて、何故か一方的にダンジョン食材について熱く語っていた。荒野から掘り起こした干からびた魚を戻して食べたら美味しいのだそうだ。
「ダンジョンって、こんな緩い感じでもいいの? なんか楽しそうね」
「そうなんですよ。このくらいの雑な配信でしたら、阿瀬さんは無駄に美人で変人ですから、人気が出ると思いますよ?」
「変人だなんて、失礼ね」
「事実でしょう。しかし安心してください。わざわざダンジョンで配信を行う人たちって基本的に変人だらけですから、相対的に阿瀬さんが普通に見えるはずなんです」
「なにも安心できないわ」
ローラからみても確実に変人である友人がさらりと酷い偏見じみたことを言っている気がするが、それはまた別な日に話し合うとして。
この日、阿瀬ローラは生まれて初めて『ダンジョン配信』というものに興味をもつのだった。
とはいえ、彼女の住んでいる土地にはダンジョンはないため、その仄かな興味が花開くのは、これから更に数年後のこととなる。
『また――私を……探してくださいね。何十年経っても……何百年経っても……』
ローラは、その夢の内容は覚えていない。
ただ、目覚めてからも、ずっと。涙が留まることはなかった。
「よろしくお願いします、阿瀬ローラです。喫茶店のウエイトレスとして、住み込みで働かせていただくことになりました」
「あー、男性職員は変なことを考えないように。互いに互いを監視しておけよ」
阿瀬ローラは、高校を卒業後しばらくはフリーターとして過ごしていた。
大学へと行く気も起きず、モデルなどの勧誘は数えるのも億劫なくらいに来たけれど、そのどれもが彼女にとっての『居場所』になるとは思えず、断り続けていた。
ローラはずっと、世界に馴染めていなかった。高校では友人がいたけれど、それでもやはり、彼女が彼女でいられる『居場所』は存在しなかったのだ。
そんなローラにとって、龍宮礁という僻地での住み込みバイト募集は、まるで天からの贈り物のように思えた。
「阿瀬さん、ご趣味は!」
「ううふ、色々な姿になるのが好きなんです。これから毎日、色んな格好でお仕事させてもらいますね♪」
「あ、はい」
この時期のローラは、コスプレ趣味にどっぷり浸かっていた。
残念ながら、『阿瀬ローラという日本人』は、この世界に居場所がない。けれど、だからこそ。ローラは、自分でない何者かになるのが好きだった。
犬になり。猫になり。見知らぬ職業の人物になり。このまま、名前も知らぬ誰かになってしまえればいいのにとすら、思っていた。
「お待たせしました、ご注文のブレンドコーヒーと、メロンソーダでーす♪ にゃん♪」
「やった、和歌さん、メロンソーダにさくらんぼが乗ってますよ!」
「あら、良かったですねー桃ちゃん」
「何を隠そう、さくらんぼはお子さまサービスなのよ♪ 普段はついてないんだから、他の皆には内緒よ? にゃん♪」
龍宮礁で働き始めてから、子供の姿を見たのは久しぶりのことだった。
ローラはだから、その子供にはついサービスをしてしまったのだが、その相手が自分と同い年だと聞いたときは、最初は冗談だと思っていた。
「ローラさんも19歳なんだね。えへへ、同い年」
「そ、そうなのね。私と桃子さんが同い年なのね……。にゃん」
ローラにとって、この一週間の交流はかけがえのないものとなった。
高校時代の友人の「探索者は変人だらけ」という、言葉が蘇る。その言葉は間違いなく、正しかった。
ローラ同様に、特殊な容姿による事情を抱えながらも指先ほども気にしていない人たち。
ローラを美しい置物扱いするどころか、初対面で真っ正面から『怪異』呼ばわりしてくる人たち。
探索者というものは、本当に変人だらけで。そして、とても気持ちのいい人たちだった。
それから、季節は巡っていく。
この龍宮礁では、ローラはとても落ち着いて過ごすことができた。この場所ならば、自分が探している『自分自身』に出会える予感がしていた。
流れていく季節のなかで、テレビドラマに出演したこともあった。ドラマの続編のときには、桃子との不思議な縁に驚かされた。
そして、十二月。再び龍宮礁に『世界魔法協会』のヘリコプターが降り立った。
そこから現れたのは、ローラの希少な友人である桃子と柚花。
そして――。
ローラとエレーヌは、不思議な空間で邂逅していた。
そこは、心象風景の世界だ。二人がいるのは、古めかしい映画館だ。目の前には大きなスクリーンが垂れ下がっている。
年期の入った古いスクリーンには、『阿瀬ローラ』という少女がこれまで辿ってきた人生の軌跡が、映し出されていた。
『私、ずっと自分の中の何かが足りていないって感じてたのよ? きっとそれは、あなただったのね、エレーヌ』
『ごめんなさい、ローラ。私がずっと、あなたの中で未練を残していたから……』
『ううん、責めてるんじゃないの。なんだか嬉しいの。ずっと小さな頃から存在を知っていた、生き別れのお姉ちゃんに出会えた感じかしら? ニャン♪』
映画館だったそこは、気付けば龍宮ダンジョンギルドの喫茶店に変わっていた。カウンター席についているのはエレーヌで、ローラはいつの間にか猫耳ウェイトレス姿になっている。
二人の他に、人の気配はない。窓ガラスの向こうは真っ白な霧で覆われており、何もない世界が広がっている。
ローラは慣れた手つきでエレーヌにコーヒーを差し出し、猫のポーズで笑いかける。
『コーヒーよ、にゃん♪』
『ふふ、なんだか不思議。同じ顔で、同じ魂なのに、あなたと私は随分違うんですね』
『それは……私には、私のことを愛してくれる両親やお友達がいてくれたからだわ。ニャン♪』
エレーヌは、温かいカップに手を触れて、阿瀬ローラという女性のもつ熱を感じ取っていた。
二人とも、同じ外見で、同じ魂で、同じ悩みを持ち育ってきたはずなのだ。
それなのに、ローラはとても明るくて、前向きで、周囲の人々を笑顔にできている。
エレーヌは、ローラという少女を知って。そして、受け入れる覚悟を決めた。
周囲の景色が消える。
映画館も、喫茶店もない。ただの、白い霧の世界が広がっていた。
『……良かった。あなたなら、安心して任せられるわ』
『エレーヌ?』
エレーヌは、笑顔を浮かべて。それでも、彼女は間違いなく、泣いていた。
白い霧が、エレーヌを包み込んでいく。
ローラの前で、エレーヌが静かに、ゆっくりと、消えていこうとしている。
『ねえ、ローラ。ルシオンは、とても弱くて、寂しがり屋なんです。だから……もう一人の私であるあなたなら……』
『エレーヌ、何を言っているの? どうして、消えようとしているの?』
『だって、私はもう、この世にはいな――』
『だまるニャン!』
ローラは、消えようとしているエレーヌの右腕を強引に引っ張り、そのまま地面へと押し倒す。
これは、護身術としてローラが習っていた柔術の技だ。
『きゃ?! ちょっと待って!! ローラ?!』
『だまるニャン!』
消えかかっていたエレーヌは、霧の中に倒れ込み、ローラと揉み合いになる。
しかし、力の差は明らかだった。
いかに同じ身体、同じ魂だとしても、ローラはこれでも現役の探索者だ。身につけている身体の使い方が違う。
『だまるニャン!!』
『何も言ってないわ! って……ふひゃあああ!!』
そして、流れるように腕をとり――腕ひしぎ十字固めの体勢に持って行く。
白い霧と、二人の美女しか存在しない心象風景のリング上では、どったんばったんのキャットファイトの末に。
ローラの強引さと関節技を前にして、エレーヌは涙目で、敗北を喫するのだった。
輪廻は巡る。
歓びも、悲しみも。全てを飲み込んで――。
――ねえ、ルシオン。私はまたいつかまた、ルシオンを置いて消えてしまうのだと思います。
ルシオンと再会できたエレーヌは。
あるいは、ルシオンと出会えたローラは。
はるか先にまた、ルシオンを置いて寿命を迎えることになる。
それが、人間として生まれるということだ。
――きっと、その時にはあなたはまた、泣いてしまうのでしょうね。
それがもう、彼女が彼と出会う、最後になるのかもしれない。
二度と、転生などという奇跡は訪れないかもしれない。
もしかしたら彼はまた、自分をずっと、探し続けるのかもしれない。何十年も、何百年もかけて。
だから、せめて。
次は、せめて。
彼が孤独でないように。自分がいなくなった世界でも、彼が歓びや安らぎを覚えられるように。
そして、今度こそ自分が最後に、安心して眠れるように。
――沢山、思い出を作りましょう。大勢のお友達を作りましょう。あなたが、泣かないように。あなたが、孤独にならないように。
この祈りは、エレーヌの夢だった。ローラの望みだった。
彼女は、瞬く星空を見上げて。
美しい星々に向けて。祈りを捧げ続けていた。
――だから、どうか、私がお婆ちゃんになるまで。それまで、頑張って生きるから。
――ずっと、見守っていてくださいね。
彼女の祈りが、天に通じるのか。奇跡を起こすのか。
それはまだ、誰も知らないことである。
ただ、夜空には。
美しい流星がひとつ、瞬いていた。
十六章『赤ずきんとジェヴォーダンの獣』了
活動報告に十六章あとがきを公開しておりますので
気が向いた方はどうぞ覗いてみてくださいませ